「くれるってんだから、貰っとけば良いじゃねーか」
身も蓋もないことを言ったのは、の想い人である政宗だった。
大坂城での電撃発表の夜、本丸奥にが与えられた部屋でのことである。
何の先触れも無く伊達三傑を連れてふらりとやってきた政宗は、当然のように部屋の奥に上がり込んで、持参した酒を飲み始めた。
成実などは通りがかった侍女に酒肴の用意まで頼み、いつの間にか軽い宴会になっている。
「他人事だと思って、簡単に言わないでくださいよ」
「Ah--nn? お前のことなのに、他人事な訳ねぇだろ」
軽い愚痴に当然のように即答されて、は言葉に詰まって顔を背けた。
不意打ちで嬉しすぎることをさらりと言うのは、本当に卑怯だと思う。
赤くなっているだろう顔を見られるのは悔しくて、
もぐいっと酒を煽った。
「殿、怪我人が御酒など召されぬ方が良いのでは……」
「ありがとうございます、綱元さん。労ってくれるのは綱元さんだけです」
三傑唯一のオアシスである綱元の優しい言葉も懐かしい。
「いやいや、折角ちゃんと会えた目出度い日なんだから、飲まなくてどうすんのさ! 大体、酒は薬だって!」
「成実殿はいつも飲んでるだろうが。政宗様も! 程々になされませ」
「お前にだけは言われたくねぇな、小十郎」
ふと、この面子だけでこんな風に気軽に酒を飲むのは、まだ何も知らずに米沢に居た頃以来だと気づいた。
懐かしさがこみ上げて、胸を突かれる。
「……What? どうした、」
政宗の記憶には無いであろう時間を懐かしんでいるとは言えず、首を振ってそもそもの疑問を口にした。
「いえ…今更ですけど、政宗さんも小十郎さんも、本当に体は大丈夫なんですか?」
大和へ向かう山中で、松永の罠であれだけの高さの崖から落ちたのだ。
政宗に至っては、地雷のようなものの爆発も受けている。
小十郎が助けに飛び込まなければ、生きてはいなかっただろう。
「Ofcause! あれくらいでいつまでも寝てられるか」
「政宗様はともかく、俺は本当に問題ない」
最悪の事態もあり得たのだとぞっとしているに、双龍は何でもないことのように言ってのけた。
しかし、眉を吊り上げたのは、残りの二人だ。
「人の気も知らないで、呑気なことを言わないでいただきたい」
「全くだね! 二人が谷底に落ちて、ちゃんまで攫われたって聞かされたこっちの身にもなってもらいたいもんだ!」
「報告を聞いた時は生きた心地がしませんでしたぞ!」
「大体、梵と小十郎は昔っから無茶苦茶なんだよ! 人のこと猪とか言う割に、気分次第で一番に斬り込んでったりするし、いくら強いからって、二人だけでひたすら突っ走る時とか、後ろの隊まとめてついていくのがどんだけ大変か分かってんのか!?」
「殿からも言ってやってくだされ!」
「ちゃんからも言ってやってよ!」
だいぶ溜まっていたらしい綱元と成実に、最後はハモるように言われ、は思わず同情してしまった。
今までは、それが伊達軍だと思っていたので大して疑問に思わなかったが、確かにこの二人についていく兵をまとめる指揮官はとてつもなく大変だろう。
武田も幸村が突っ走りはするが、大方が父の作戦に則ったものなので、後ろの隊長たちもそれに合わせて動くことができる。
臨機応変と言えば聞こえはいいが、行き当たりばったりな面も強い伊達軍での伝令隊って、もしかしてとてつもなく過酷だったのでは無いだろうか。
「小言は小十郎だけで十分だぜ。こうしてピンピンしてんだから、No probremだろうが!」
全く反省してない様子の政宗に、も苛立ちが沸く。
「……崖から落ちた後、武田の砦に辿り着いたらしいですね。――幸村から聞きましたよ」
何を――とは言わず、黒い笑みを深めると、政宗はようやくが怒っていることに気づいたらしい。
武田の砦の近くで佐助に保護された時、政宗に至っては最初から意識が無かったし、小十郎も途中で気を失ったと聞いている。
あれだけの事があった後なのだから、命があっただけでも奇跡なのだが、これが他の敵軍に発見されていたらどうなっていたか。
それ以上は二人の名誉の為に言うつもりは無いし、が情けなくも捕まってしまったことも関係しているので強くは言えないが、ちょっとは苦言を呈させてほしい。
「――無茶も程々にしてください。……こっちの身がもちませんから」
政宗が反論する前にそう続ければ、むっとしていた顔が途端にニヤリと人の悪いものに変わる。
「ほぅ……そりゃあ悪かったな、honey。誰のことが心配すぎて死にそうだったって?」
「! は…ハニーじゃないし、そこまで言ってません! …小十郎さん! 見てないでこの全く反省してないお殿様を何とかしてください!」
「……てーか、ちゃんも今日から豊臣の殿様じゃんねー」
そんなことを言ってけらけらと笑う成実はいつの間にかかなりの量を飲んでいるらしい。
無駄に顔を近づけてきた政宗から逃れようと後ずさった態勢のまま、
はため息をついた。
結局話題が最初に戻っただけだ。
「私に一国の主なんて無理ですよ。武田の姫修行でだって、跡継ぎ教育なんてもちろん受けてませんし」
女性の地位が未来よりもかなり低いこの戦国時代では、女性に求められるのは良妻賢母となることだ。
大名の正妻としては城や館の采配も仕事だが、それにしたって領地運営とは規模が違う。
女武将として戦場に出ることだって、かなり異例なのである。
「にそういう実務を求めてる訳じゃないだろう」
「え?」
「竹中も言ってたろ? 石田は官吏向きで、主向きじゃねぇってよ。これだけデカイ土地だ、統治も組織立って回してる筈だ。それを一からやり直すのは勧められねぇぜ」
小十郎と政宗の言葉に、は目を瞬かせた。
大坂に負けず劣らずの小田原を征伐して一から統治体制を築き直した政宗の言は実感がこもっていた。
幼い頃から教育を受けて、若くして奥州を束ねている政宗でも、寝食を削って追われていたというそんな仕事をが出来るとは到底思えないし、半兵衛たちもそこまで期待してないだろう。
そこは分かっているが、それにしても全く知識が無い状態で出来る筈も無い、身に過ぎた役目だ。
「それに、問題はそこじゃねぇ」
手元に注がれていた隻眼がを捕らえて細められた。
「厄介なのは、魔王だ」
ビクリと反射的に震えた体に自身眉を顰めた。
「いつ攻めて来てもおかしくねぇ……か」
小十郎の憂い通り、それはも考えていたことだった。
明智の大坂城攻めに加担していた濃姫と蘭丸――伊達と武田の介入によって一時的に兵を引いたとは言え、勢力図を鑑みても織田が次に狙うのはまず間違いなく、この大坂と京の都を含めた近畿一帯を手中にしている豊臣だろう。
「豊臣が領する地は広大……しかし先の乱で数多の武将も欠き、当主の秀吉殿も床から離れられぬとなれば、次に攻められればもちますまい」
「要は、豊臣の領地を守らせるに足る勢力じゃねーと失格ってことだ」
政宗は再び並々と手酌で酒を継ぎ足し、ニヤリとそれを掲げて見せた。
「体よく、伊達と武田は合格だったんだろ」
は目を瞠った。
伊達と武田――そうなれば、そこからは
とて想像がつく。
あの石田三成をはじめとした臣下や半兵衛・秀吉自身もどちらに託すべきか悩んだはずだ。
そこに、更に体よく居合わせたのが、
だ。
両家に籍を置いているようなどちら付かずの人間。
「彼らからしたら、伊達でも武田でもどちらでも構わないと……そういうことですね」
つまり、政宗や父信玄よりも都合が良かったから、を選んだということだ。
女だから与しやすいと思われたのか……それは結局――
「女で領主の知識も無い私ならやりやすいと……いくらでも手綱を握れると……そう舐められてる、と」
半眼で手元の猪口をゆらりと揺らしたに、慌てたように小十郎が反論する。
「そんなことはねぇだろ、現に豊臣はと話してみて信頼に足るからと……」
「いえ、やっぱりおかしいと思ってたんですよ。相手はあの竹中半兵衛……もっと疑うべきでした。きっとこれも彼の策の一環……」
「いや、明らかにあれはちゃんに心酔してたっつーか……」
「自覚が無いのはご本人だけですな……」
浮上した現状尤も納得のいく筋書きにが思考を巡らせている間に成実と綱元が何か言っていたが、酔いも手伝って耳には入らない。
惰性で手元の酒をぐいと煽れば、独特の酩酊感が思考を揺らし、酔っていると自覚しつつも、ふつふつと湧いてきたのは熱く感じるほどの悔しさだった。
「――やれというならやってやろうじゃないですか! 豊臣の当主? そんなのこの虎姫にかかれば朝飯前です!」
立ち上がって杯を掲げたに、成実はいいぞー!と囃し立て、綱元はもうその辺でと心配し、小十郎はため息をついて無理やりの杯を取り上げた。
子ども扱いされたようでますますムッとした
は、指先だけに灯した炎を政宗に突きつける。
「いっそのこと、私が政宗さんも父上も倒して、天下を取ってやりましょうか」
隻眼を瞠った政宗は、ニヤリと口元を引き上げて好戦的に笑った。
宙で小さな雷がバチリと爆ぜる。
「――いいねぇ。豪気じゃねぇか。独眼竜が食らうまでよ。You see?」
その後は、その場で得物を抜きそうになったと政宗を三傑が慌てて止めて、何やら賑やかに過ごしていたような気はするのだが、の記憶は曖昧に途切れている。
そして、次に目が覚めたのは翌朝――
「う……ん……………………え?」
すぐ目の前に眼帯と閉ざされた瞳――
思考が停止したまま凝視し、長い睫毛に縁取られた瞼と高い鼻梁、そして頬に掛かるさらさらの茶髪――それが紛れも無く自分の想い人であると認識する。
更に反射的に捩った体がびくともせず、それは彼に腰を抱き寄せられているからだと理解したことも相まって、
は反射的に悲鳴を上げた。
我ながら特大の悲鳴は、恐らく広大な大坂城中に響き渡ったと思われる。
それを至近距離で浴びた政宗と部屋の中で同じく寝ていた三傑は耳を押さえて悶絶し、屋根裏に居たらしい疾風と豊臣の忍たちがひっくり返った。
そして更に――
「何事じゃぁ、!!!!!」
障子を突き破って現れたのは、まさかの父・信玄だった。
部屋の中を見たその額に青筋が浮き、一瞬で炎の闘気が燃え上がる。
ずっと会いたくて追い回していた筈のは、耳を押さえながらも逆の手でいまだの腰を掴んで離さない政宗とこの状況を思い出し、瞬時に青褪めた。
「ちっ……父上、これはっ……」
「――何をやっておる、この小童どもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」
が言い訳する暇も無く、ほんの一瞬で政宗と三傑だけを鷲掴みにした信玄は、躊躇なくそのまま庭に放り投げ、どこから取り出したのか、いつもの戦斧を振り回して本気の一撃を放つ。
いくら独眼竜と伊達三傑と言えど、起き抜けの無防備さに加え、耳の感覚も失っているだろうこの時にそんなものを食らえばただでは済まない――
本能的に炎を飛ばして父の攻撃を逸らしたと、振り返った信玄の目が合い、数秒。
はっとした様子の父の手を、はがしりと掴む。
「――――やっと捕まえました、父上」
「っ……むぅ…………」
何が幸いするか分からない――思わぬ怪我の功名展開に、は複雑すぎる心境で対面することになったのだった。
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