「ほんとに、あんまりな仕打ちだと思わない!?」
パチン!パチン!と手元の扇を開け閉めしながら、はイライラと語気を荒くした。
大坂城での激戦が明けて五日――
場所はその大坂城内、被害が少なかった奥客間の一室である。
何故かは、そんな場所で豊臣の典医に付き添われ、《賓客》として療養の身だったりする――名目上は。
「ちょっと聞いてるの、佐助!」
「はいはい、ちゃんと聞いてますって、姫様。それこそもう何回もねー」
ウンザリな様子を隠そうともせず投げやりに返事をしたのは、姿こそ見えないものの、慣れ親しんだ気配の忍――猿飛佐助。
気心が知れているとは言え嫌味を忘れないその言いぐさにはむっとしたが、今が愚痴れるのは彼しかいないのだから、仕様がない。
この大坂城で明智の毒刃に倒れてしまっただが、すぐに設備も揃った豊臣の典医の元に運び込まれ、手厚い看護を受けたらしい。
その甲斐もあってか、翌日には目も覚め、数日でそれなりに回復した。
光秀や濃姫は致死量だと言っていた毒だが、そうでないことは自分で分かっていた。
幼い頃から持病のせいで多種多様な薬を飲んでいたので、元来薬の効きにくい体である。
おまけに大坂に来る前に大和で松永久秀の毒を受け、その解毒薬も飲まされていた。
そんな体に、松永と手を組んでいた明智の"毒"――無効とまではいかずとも、効き目はかなり薄いだろう。
本気で心配してくれた政宗やみんなには悪いが、その予想は当たっていた。
目が覚めた時から意識もしっかりしていたし、だからこそもすぐに家族や大切な人に会いたかったというのに、豊臣の典医に絶対安静を申し付けられ、挙句、竹中半兵衛からの命令で部屋の外に出るのも禁じられていると聞いた段になって、ようやくこれが《療養》という名の《軟禁》なのだと理解した。
だが、分からないのは、《何故》である。
聞こうにも、命令を出した竹中半兵衛はおろか、豊臣家の武将には誰一人会えていないし、侍女に取次ぎを頼んでも無駄だった。
「助けてもらったのはありがたいけど、一体いつまでこうしてればいいのよ……」
パチン!と扇を閉じて深いため息をついた。
絶対安静を申しつけられているので、起きていても脇息に凭れながらだし、格式がどうとかで豪奢な打ち掛けも羽織らされている。
端から見ると、まるで昔見た時代劇に出てくる怖い悪女そのままに違いない。
何だかんだで愚痴に付き合ってくれている佐助は、苦笑してなだめるように言った。
「まあ、休みだと思って今は療養に専念しなよ。休み貰えない俺様からしたら、羨ましい限りだっての」
「代われるものなら代わってあげたいよ……」
休暇だって、望んだ時に望んだ環境で取ってこそだろう。
「ねえ、本当に、どうにもならないの?」
「……だってほんとは分かってんでしょ?」
ため息交じりに言われて、はむっと眉を寄せた。
「分かってる…けど……! もうーー……埒を開けよ、佐助!」
「無茶言わないでよ! 逆に乗り込んでこようとする旦那抑える俺様の身にもなってよ」
「う……それは……」
頭で理解はしているけれど、到底納得はできない。
「どうして……どうして! 父上にも政宗さんにも会えないのよー!」
口の中だけで叫んで脇息に突っ伏した所で、手元の扇子がぼきりとへし折れたのが分かった。
「なんでこんなに無駄に広いの……」
「だが、その分隙も多い」
潜めた声でのに言葉少なに答えたのは、伊達軍忍隊――黒脛巾の疾風だった。
大坂城の本丸から西の丸への途中にある庭園。
現状日本一とも呼べるだろう広大すぎる大坂城の中を、監視の目を掻い潜って隠密行動中……正確には、偵察の最中であった。
「こんな面倒なことをせずとも、望めばどこへなりと連れて行く」
言外に、もっと自分を頼れと言われている気がして、は苦笑した。
「疾風には十分甘えてるよ。私もこんな状態は早く抜け出したいけど、今はダメ。慎重に行かなきゃ――相手はあの竹中半兵衛なんだから」
目が覚めた翌日に豊臣の監視を掻い潜って忍んできた忍二人によってもたらされたのは、武田、伊達、そして豊臣の現状だった。
たちが大坂城天守閣で明智と対峙している中、無事に幸村と佐助によって助け出された父・信玄は、長期の囚われの身で衰弱が激しく、また持病も芳しくなかったので、すぐに療養が必要だった。
甲斐から信玄を追って転戦して来た幸村たち武田軍の兵たちも疲弊していた。
また、伊達軍も、政宗・小十郎は松永に騙し打ちされた大怪我で絶対安静であったし、小田原から大和、大坂と無茶な行軍をしてきた伊達軍にも休息は必要だった。
そんな中、大和で重症を負った豊臣秀吉と竹中半兵衛を連れて、慶次が大坂城に入った。
主の瀕死の帰還に慌ただしく城内が動き、石田三成・大谷吉嗣ら城内に残っていた豊臣の残党は、本丸を占拠し、立てこもってしまった。
ただし、武田と伊達に対しても、全軍を西の丸に収容し、医師と薬、食料を供出したという。
いくら敗残の軍勢と云えど、自ら差し出し歓待するのは破格である。
外からやってきた人間としても、一度蹂躙して壊した後で入城するのと、最初から揃っている城内に迎えられるのでは雲泥の差があるからだ。
しかしそれにも条件があった。
秀吉との回復までの休戦である。
戦をしている訳では無いので休戦というと語弊があるが、時間を置くという意味だろう。
つまり、秀吉はともかく、何故かの軟禁を静観するという条件なのだ。
「豊臣は敵だ。素直に敵の言い分をきいてやる義理は無い」
常にない疾風の厳しい言葉には少し驚いたが、なるほど、彼が敵意を示すだけのことを確かに豊臣はしてきている。
それに、正論でもあった。
豊臣は、最早まともに軍の体裁を取れるとは思えない。
そもそも、が松永に捕らえられるのと時期を同じくして、何者かの調略によって大坂城内で謀反が起こり、城内は占拠され、豊臣秀吉は城から落ち延びた。
秀吉はそれが松永の仕業であると気づき、単身大和へ奇襲を仕掛けたが、松永の毒と爆薬の罠にかかって瀕死の所を、後から追いかけてきた竹中と慶次によって助けられ、が渡した解毒薬によって一命を取り留めたのだ。
松永は伊達の将である慶次に討たれ、最後は自爆。三好三人衆も疾風によって討たれた。
その後、大坂城を落とした勢力――織田は明智光秀と共に城内に武田信玄を幽閉し、守りを固めた。
そこに、半兵衛から城内の地図を託されたと伊達・武田が潜入し、明智を討ち、信玄を助け出し、織田は撤退。
大坂から明智・織田を退けたのは、伊達と武田なのだ。
「豊臣勢は、二割も残っていないって話だったけど……」
「いや、それは当初の概算で、実際は良くても一割だ」
「………そう」
それだけ弱体化していて、当主である秀吉も重症――そんな中で、竹中半兵衛は一体何を考えて、を軟禁し、それを静観することを伊達・武田歓待の条件にしたのか……
相手が、今まで何度も煮え湯を飲まされてきたあの竹中半兵衛である分、そこに二重三重の思惑があって当然と警戒しなければならない。
「動くのも動かないのも危険。だけど、いざという時の事も考えとかなきゃね」
部屋を出る前に言ったのと同じ台詞を告げれば、疾風は珍しくため息をついた。
彼にしてみれば大人しく寝ているか、彼に連れ出されるかの二択を選ばせたいのだろうが、こんな状況で誰かに会うことも部屋からの外出され禁じられ放置されて五日目、自身が軟禁場所周囲の状態を知っておくに越したことはない。
それで、タイミング良く様子見に現れた疾風をつき合わせているのだった。
実際、出てきて良かったと思う。
疾風や佐助から話で聞くだけと実際見たのではやはり違う。
豊臣勢はほとんど機能していないと思ってはいたが、城内の静けさは予想を上回るものだった。
生き残った兵たちもほとんど重症を負っているのか、人の気配がある部屋は、大体がけが人が療養している場所だ。
見張りもほとんど居らず、こうしてこそこそと庭を徘徊していても見つかることはない。
だが、その油断が命取りだったのだろう。
ふと、近くの回廊を歩いてきた一つの気配が、真っすぐにこちらに向かってきた。
このままでは見つかると隣の疾風に目配せしたというのに、彼は何故かこちらの意図が理解できないというように沈黙している。
そうしている間にもその気配は迷うこと無くの方へと近づき、不機嫌な声が掛けられた。
「こんな所で何をしている」
恐る恐る振り仰げば、その白い影――研ぎ澄まされた刀のように細い長身の男が、の目の前で仁王立ちしていた。
「石田三成……殿」
名前を呟けば、じろりと一瞥が返る。
特に敵意は感じないので本人に睨んでいる自覚は無いのかもしれないが、刃物を思わせる鋭い視線に、反射的に委縮してしまう。
しかし、気後れしては負けだと、何気なさを装って微笑みかけた。
「もう体は平気なんですか?」
先の戦闘で彼もまた重傷を負っていた筈だが、こうして一見しただけでは分からない。
一応気にはかかっていたのでそう問いかけたのだが、フンと鼻を鳴らされて一蹴された。
不審な行動をとぼけての質問だが、あまりの態度にむっとした瞬間、「秀吉さまがお呼びだ」と言ってさっさと身を翻した。
「…………豊臣秀吉…殿が……?」
驚きから数秒遅れて問い返した時には、三成は既に大分先に進んでいた。
何をしているとばかりに振り返った鋭い視線に責められ、はため息をついて降参した。
しゃがんでいた物影から立ち上がり、既に影に潜っていた疾風に毒づく。
「見捨てるなんて、ひどくない?」
「――部屋から豊臣の忍が付いていたのは承知していると思っていた」
僅かの後に影から返った言葉に思わず瞠目する。
どうやら、自分で思っているよりも体調は万全では無いらしい。
降って沸いた秀吉との…そして恐らく半兵衛との会見に、気を引き締めて足を踏み出した。
本丸の奥の豪奢な部屋――秀吉の自室と思われるその部屋には、床から半身だけ起こした秀吉とその傍に控えた半兵衛だけが待っていた。
案内してくれた三成も既に退がり、護衛の一人もいない。
秀吉は今まで寝ていたのか、夜着に羽織を掛けただけ、半兵衛も簡素な着流しでいつもの仮面さえ外した寛いだ姿ではやや面食らう。
「こんな恰好で失礼するよ。体の方はどうだい?」
勧められるまま座ったに、半兵衛が親しみさえ感じる調子で口火を切った。
相手の出方を伺いながら、おかげさまで、とだけ慎重に返す。
さてどう話を進めたものかと思案する暇もなく、秀吉が口を開いた。
「今の日ノ本をどう思う」
予想だにしない質問に、不意を突かれる。
目を瞠ったが半兵衛に視線を向ければ、彼はただ静かな目でを見返した。
意図は測りかねるが、どうやら酔狂では無さそうだと感じて、はやや瞑目し、ゆっくりと口を開いた。
「このまま戦を続けていれば、どこも共倒れだと思います」
端的な言葉だったが、秀吉も半兵衛も、何も言わずそれを受け止めた。
の脳裏に諦観に満ちた黒い声が蘇る。
――「放っておけば、世は朽ちる。殯宮(もがりのみや)に置かれた、屍のように」
昔、地獄のような戦場で聞いた松永久秀の言葉――確かに真理なのだろう。
「だから……」
だが、いっそ人の手で全て滅ぼせばいいのだというかつて身を委ねた破壊論に縋らなくても、今のには大切な人たちがいる。
闇に背を向けられるようになった自分を、素直に嬉しいと思える。
「だから一刻も早く、終わらせなければなりません――可能な限り、戦乱が再発しない形で」
未来の平和な時代で育ったが感じることが、ずっと真剣にこの国のことを考えてきた人たちにどれだけ通じるかは分からない。
それでも相手が真剣だからこそ、飾らない正直な考えを口にしていた。
それに対して半兵衛が言葉を発し、秀吉が口を開く。そしても返す。
唐突に降って沸いた秀吉・半兵衛との談話は、そうして夜が更けるまで続いたのだった。
210406
CLAP