117.介入

「推せ推せー! 真田幸村一番槍ー!!」

 炎を纏った二槍を振り回しながら抜群の推進力で進んでいく幸村の傍らで、も弓と薙刀を使い分けながら駆けていた。

 ようやく本調子を取り戻してきたように真っ直ぐな槍捌きを見せる幸村に、弟扱いしないと言ったばかりのもやはり親心のように嬉しくなってしまう。

 しかし、怒涛の快進撃もそう長くは続かないことは分かっていた。
 何せ、今この城の中には一体どれだけの勢力が三つ巴・四つ巴になっているやも知れないのだ。

 ともすれば、分断されて今は別々に奥を目指す政宗は無事だろうかと気もそぞろになるのを引き締めても属性の炎を操って進んでいった。


 そして本丸の奥へと入り込んでいった先……長い廊下を抜けた渡りから、その声は掛けられた。

「――あら、本当に本人だったのね」
「げっ、邪魔女!」

 聞こえた声は二つ。
 一つは妖艶な女性のもの、もう一つは無邪気な少年のもの。
 火薬によって生まれた煙が切れた先に、その二人は佇んでいた。

 予想はしていた顔だが、その足元を見ては目を瞠る。

 激闘の痕も露に、二人の男が満身創痍で倒れていた。
 まだ息は有るが、戦える力は残されていそうに無い。
 はその内の色素の薄い細身の男を知っていた。例え知らない人間だったとしても、このタイミングで"彼女たち"とぶつかったのだとしたらそれは……豊臣の残党ということでしかありえないが。

 はゆっくりと視線を上げて、回廊の奥に佇む二人を見た。
 どちらも知った顔だ――いや、正確には、一方は"思い出した"顔だった。

 その一方――懐かしげに目を細めた女性は、母親のような慈愛まで滲ませての名を呼んだ。

「綺麗になったわねぇ……

 昔の面影とほとんど変わらないその妖艶な美貌を呆然と見つめる。

「…………帰蝶様」

 自分の口から自然に零れた名前に、の中で更に幾つかの記憶が蘇った。
 常に魔王の傍にあって、母のように姉のように世話を焼いてくれた。
 病に冒された体で曲がりなりにも"壊れずに"いられたのは、彼女が人間らしい生活を提供してくれたお陰だ。
 この帰蝶――魔王・織田信長の妻である濃姫が。

「なっ…女子がなんと破廉恥な……っ! 知り合いでござるか、?」
「……昔にちょっとお世話になってね。私もこんな所でお会いするとは思わなかったけれど」

 先日まで豊臣の城だった大坂城に織田勢がいることへの揶揄を含めて言えば、濃姫はくすりと笑い、少年――森蘭丸と名乗った彼は得意げに鼻を鳴らした。

「こんなでっかい城、猿には勿体無いよーだ! ここはもう、織田が占拠したんだからな!」
「織田が占拠だと? 謀略を用いて盗人のように入り込んだだけではないか!」
「あら、貴方たちに人のことが言えるのかしら?」
「そうだそうだ! ばーかばーか!」

 濃姫の援護射撃を受けて幸村に噛み付く様は少年らしいものだが、それでも蘭丸はまだいつきや小次郎と同年代だろう。
 そんな幼い彼が盲目的に魔王を慕っている様を見ていると嫌でも思い出す……過去の自分を。

「帰蝶様……いえ、濃姫殿。織田は相変わらず子供を戦場に出すのがお好きなのですね」
「ふふふ、そうね。昔に優秀な鬼子が居たからかしら。――ほら、蘭丸君、彼女はあなたの先輩なんだから、きちんとご挨拶でもなさいな」
「えーっ、嫌ですよ、濃姫様ー! こんな奴より蘭丸の方が強いんですから!」
「あら、だったら折角ですもの。試してみたら良いんではなくって?」
「え、やっつけちゃっていいんですか!?」
「ええ、出来るならね」

 を置いてけぼりに話を進める母子のような二人は、周りなど目に入っていないようだった。
 しかし、隣の幸村もただ黙って見ているつもりは無いとばかりに大きく二槍を回転させ、蘭丸に突きつける。

「それを黙ってさせると思うか? を傷つけるものは例え女子供だろうと容赦せぬ!」
「あら、中々イイ目をするじゃない、坊や」

 濃姫は幸村の闘気に惹かれたようだったが、倒れていた男が呻いたことで、いま思い出したようにそちらを見下ろした。

「まだ生きていたの。新しい玩具も来てくれたことだし、ちゃんととどめを刺してあげるわね」

 言うが早いか、太もものホルダーから二丁の短銃を取り出した濃姫は、それを目線の高さに平行に持ち上げ、連続で引き金を引いた。
 けたたましい発砲音が響く直前に、もとっさに炎を飛ばす。

「幸村っ!」
「――承知」

 こちらの意図を察した幸村が素早く動き、辺りが爆煙に包まれる。
 濃姫の弾丸を全て空中で誘爆させた炎が爆ぜて、熱風が肌を焼く。

「何故貴女が助けるのかしら」
「お…んなぁぁ……! 貴様が何故……!」

 煙が晴れると、幸村に担ぎ上げられた二人がの前に下ろされた。
 邪魔した濃姫にならともかく、助けた相手にまで非難されて思わず苦笑が漏れる。

「命の恩人に対してひどい言い草じゃないかしら?――石田三成殿?」

 わざと恩着せがましく言えば、言われた細身の男は渋面を更に顰めた。
 この石田三成とは、小谷城に捕まった時に面識があった。
 竹中半兵衛の補佐的な仕事をしていて、当時それほどの地位ではなかったが、未来でも名前を知っていたので、この人が……と思ったのを良く覚えている。
 今では秀吉の信頼も篤く、家臣の中でも筆頭格にまで上り詰めていると忍から聞いていた。

「三成を…知りやるか、虎の姫よ」

 もう一人も意識を取り戻したのか、しゃがれた声でそう言った。
 全身を包帯で覆った奇妙な出で立ちのその男のことは見たことが無かったが、足が不自由らしいことと三成と親しそうなところから当たりはつく。
 黒脛巾の報告にもあった秀吉子飼いの知恵袋だ。

「敵同士でも、そっちも私を知ってるのだからおかしくは無いでしょう、大谷吉継殿」
「そう…だっ…! 貴様らは秀吉様の敵だ! それが何故私たちを助ける! そもそも、あの囲みの中をどうやって城に入ったというのだっ…!」
「どうやってって……抜け道から? あなたたちの軍師さんからこの地図を預かったもので」

 半兵衛から受け取った地図を掲げてみせれば、三成たちは目を瞠った。

「貴様ァっ、それをどこでっ……!」
「だから、竹中半兵衛からよ。場所はと聞かれれば大和だけど。あ、ちなみに豊臣秀吉も渡した解毒薬が効いて命は取り留めたはずよ」
「秀吉様がっ……!?」

 動揺も露に驚きを見せたところを見ると、どうも三成はだいぶ秀吉を慕っているらしい。
 そこに鋭い矢の雨が飛んできて、幸村が槍で叩き落とした。

「こっちを無視するなんて、いい度胸じゃん! つーか、邪魔すんなよ、赤いの! 蘭丸はそこの弱っちそーな女に用があるんだいっ!」

 やる気満々の少年に弓の穂先をびしっと突きつけられて、はため息をついた。

「私には無いけど、蘭丸君?」
「うるさいっ! お前の意見なんて聞いてないんだよ。気安く呼ぶな、バーカ!」
「なっ、を愚弄するかっ!」

 子供らしい虚勢に本気で怒る幸村を宥め、は濃姫に視線を向けた。

「濃姫殿、私たちは大和で松永久秀を討ちました。この大坂は松永が豊臣から謀略で奪った城。松永亡き今、同盟を結んでいた明智光秀が城を掌握する前にと、豊臣からこうして地図まで預かってここにいる。私たちには大義名分があります。貴女方織田は、如何なる理由でここにいらっしゃるのですか?」

 淡々と感情を廃して尋ねたの言葉に、濃姫はほほほと笑った。

「その私たちというのは、武田かしら? それとも伊達?」
「…………」
「ふふ、責めている訳ではなくってよ、。けれど、あの上総介様にただ淡々と従っていた貴女が家に背を向けてまで殿方を追いかけるようになるなんてねぇ……」
「……貴女なら理解出来ると? それで私に同情してくださるのですか?」

 以前まつから聞いた話を思い出した。
 織田信長正妻の濃姫もまた、実家の斉藤家との間で板挟みになったが、結局は斉藤は織田によって滅ぼされた――

 濃姫は一瞬目を瞠り、ほほほと笑った。

「貴女も中々言うようになったのね、。でも、そうやって成長した貴女なら分かっている筈」
「……はい。貴女も私も、ここで簡単に引くような覚悟なら、最初から武器を持ったりしない」
「そう! 全ては上総介様の為っ!」

 きっぱりと言って濃姫は見掛けにそぐわない大きな大砲のような銃を構え、その隣で蘭丸も弓矢を構えた。
 は接近戦に備えて薙刀に持ち替え、幸村も二槍を構える。

 一触即発に高まる緊張の中で、側面から飛んできた球体がその空気を破った。

「……どういうつもり、大谷殿?」

  が薙刀を構えたまま球体を飛ばした主を見遣れば、どういう原理なのか、大きな数珠を空中に浮遊させ、自身も浮いている大谷善継とその傍らに満身創痍ながらも立ち上がった石田三成が居た。
 その三成はこちらを睨み付けて、宣戦布告するかのような剣幕で言った。

「お前達はとっとと先へ行け!」
「え……?」

 不意打ちすぎる言葉を理解出来ずに聞き返すと、彼の眉間の皺が深くなる。

「お前は言葉も理解できんのかっ! ここは我々が引き受けてやると言っているのだ!」
「何故、あなたたちが?」
「敵に借りなど作ったままでいられるかっ!」

 はしばしの逡巡の後、頷いた。
 濃姫とは昔の因縁があるし、蘭丸にも甲府で政宗を射られた借りなどもあるのだが、この先にこそが立ち向かわなければならないものがあるのだ。

「死なないでくださいね」

 走り抜け様に言った言葉に、三成と大谷は僅かに目を瞠ったようだった。
 だが、それを見届けるまでもなく幸村に声を掛けて走り抜け、濃姫たちが追ってこられ無いように炎の壁を作っておく。



 そうして飛び込んだ、天守の最上階で……普通の天守よりも何倍も広く作られているその空間では、既に戦いが始まっていた。

「政宗さんっ!」
「Oh, 遅かったと言いたいとこだが、来る前に片ぁ付けようと思ってたんだぜ、Honey」

 軽い調子で言ってくる政宗は、ここに到着して既に幾らか戦った後なのか、言葉よりも格段に消耗しているようだった。
 小十郎と成実の姿は見えない。
 あの二人が簡単に政宗の傍を離れるとは思えないから、こちらと同じように、途中で他の敵を引き受けたのだろう。

 そして一番奥に居るのは、政宗と戦っていた――明智光秀だ。

「おやおや、 。ようやくのご登場ですか。待っていましたよ。えぇ、この日を待っていましたとも……ずーーっとね」

 気味の悪いイントネーションで舌なめずりするその視線に射抜かれて、は条件反射のように動けなくなる。
 蘇る幼い頃の恐怖……

 しかし、今の自分は昔のように無力でも、たった一人きりでも無い。

「おっと、お前の相手は俺だって言ってんだろ。人のhoneyに手ぇ出すのも大概にしとくんだな!」
「それがしの目の黒い内は、を傷つけること適わぬと心得よ!」

 政宗と幸村がを守るように前に立ち、明智と対峙する。
 その後ろで僅かに微笑したは、ぐっと歯を食いしばり炎を乗せた弓矢を放った。

「ナイトが二人も居て女冥利に尽きるんですが……私はただ守られるだけの女でいるつもりはありません!」

 口笛など吹いて「流石俺の女だ!」と臆面もなく叫んでいる政宗は今は取り合わないようにして、持ち替えた薙刀を敵に突きつけた。

「明智光秀――さっさとこの城を明け渡し、父上を返しなさい! さもなくば、この虎の娘・が相手です!」
「ふ…ふふ……! 美味しくいただいて差し上げますよ、……!」

 その愉悦の仕方は異常だが、向かい合った強さは本物――は得物を握り直し、強く前を見据えた。
 因縁深い目の前の敵と正面から戦う為に。

 そして、こうしている今もひたひたと近づいてくる……闇の記憶と向き合うために。





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