遠目に見ても巨大だったが、麓から見上げる大坂城はやはりすさまじい威圧感があった。
 その規模もさることながら、広大な城下町を睥睨するように聳えている天守も圧巻だ。

 しかし、それよりも中から漏れ出てくる暗い……不穏な気配に、思わず気圧されている自分を感じた。

「……、辛いようならここで待ってな」

 傍らでそう言った相手を見上げると、力強い隻眼に出会う。
 は一つ瞬きして首を振った。

「いいえ……行きます。行かせてください」

 隻眼をまっすぐに見つめ返すと、彼は――政宗はいつもの不敵な笑みで笑ってくれた。
 たったそれだけのことで、は勇気を貰ってどこまでも強くなれる気がするのだ。

116.大坂

 つい先日まで豊臣の本拠であった巨大な城への侵入は、そうと思えぬくらい拍子抜けするほど簡単だった。

 やはり、大和で半兵衛から預かった見取り図のおかげだろう。
 成実たちも合流した伊達軍の少数精鋭は地図を頼りに抜け道から忍び入り、それほど人目につかずに城の外郭を進んでいた。

 どれほど進んだのか、やがて一つの門が見えてくると、その周りに多くの屍が横たわっているのが見て取れた。
 鎧や旗などから、それが豊臣の兵であることが分かる。

「一体誰が……」

 呟くの後ろで、小十郎が片手を上げて一行の歩みを止めた。

 何者かがたちより先にここを突破して行ったのは明白だ。
 だが、現在この城を掌握しているのは豊臣ではなく、松永軍のはずだ。
 ではここで倒れている豊臣軍は、外から城を奪還する為にやってきた豊臣の残党ということになるのだろうか。

 不可解な状況に眉を顰めた一行が足を止めていると、よく知った気配が近づいてくるのを感じた。

「っ……これは…!」
「shit……暑苦しいのが来やがった」

 ほぼ同時に顔を上げたと政宗の視界に入ったのは、乗った馬ごと不可思議な回転を入れて走ってくる赤い炎を纏った青年――

「っ……幸村っ!」

 は思わず叫んで、慌てて馬を降りて駆け寄った。

 六文銭を掲げた武田の一番槍――真田幸村と顔を合わせるのは、実に数ヶ月ぶりだった。
 幼馴染で弟分で……そんな幸村が見たこともないような真剣な顔で求婚してくれたのが遠い昔のことのようだ。

 会っていなかった間に随分と逞しい顔つきになったように感じる幸村は、たちに気づくや否や大きく目を見開き、立ち止まった。
 そして一言も発せず馬を降り、無言でずんずんと近づいてくる。

「? ゆき……っ」

 無事の再会を喜ぼうとしたは、突然何も言わずに抱き締められた。
 息が詰まるほど強い力で抱擁を受け、耳元に落ちた自分を呼ぶ苦しげな声に胸が締め付けられる。

……心配…していた。ずっと……あの日から」

 それが甲斐を飛び出した日を指しているのだと分かり、言葉に詰まった。
 自分のことに精いっぱいで、幸村の気持ちをきちんと考える余裕も無かったことを思い知る。
 随分長い間、ずっと心配を掛けていたのだ――向けられた想いの答えさえ返さずに。

「……ごめんなさい……ごめん、幸村……」

 そう言うことしか出来ずに繰り返し謝るは、震える逞しい身体を抱き締め返した。

 その、時だった。

「ぐぇっ……ぬわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「幸村っ……!?」

 唐突に苦しげに呻いたかと思えば反対方向に飛んで行った弟分に、は一瞬何が起こったのか分からなかった。
 しかしその後ろに仁王立ちした政宗の姿を見つけて、まさかと思うと同時に確信し、半眼になる。

「……大人気ないとは思わないんですか?」
「shut up! 十分寛大だろうが! 時間が無ぇってのに、いつまでも待ってやれるか!」

 感動の再会中にも関わらず幸村の首根っこを掴み上げてそのまま後ろに投げ飛ばしたらしい政宗は、尊大にそう言い放った。
 時間が無いのは確かであるし、としては複雑だ。

 地面に起き上がって呻いている幸村を見ると可哀想になるが、嫉妬されたのかと思うと嬉しくも思ってしまうのだから始末に負えない。

「あーらら、ちょっと旦那、大丈夫?」
「佐助!」

 少し遅れて大鴉に掴まってやって来た迷彩忍者は、主とは違って相変わらず軽快に挨拶を寄越した。

「待ってたよ、、独眼竜の旦那。待ちくたびれて、流石の俺様でも結構ヤバかったんだぜー?」

 幸村を助け起こしながらの台詞は軽かったが、その内容にはっとした。

「そう、二人とも大丈夫!? どこも怪我してない!? 明智と戦ったって……」

 その質問に、幸村もはっと顔を上げて、「明智…!」と叫んだ。

「そうでござる! 我々は、その明智を追っていた所だったのだ!」
「どういうこった、真田?」

 政宗が眉を潜めて問い掛けた時だった。
 突然、空気を震わす轟音が聞こえたかと思うと、感じた気配に全員一斉に天守を振り仰ぐ。

「shit! 散れっ!!」

 政宗の掛け声で各々その場を離れた途端、爆音と共に天守から撃ち出された砲弾が爆発した。

「どうやら敵はのんびり待っちゃくれないようだ」

 共に逃れた小十郎の言葉に、政宗は口の端を上げて刀を抜いた。

「Oh-key. 上等だ。向こうがその気なら、こっちもノッてやるまでよ。一気に行くぜ! Let's party!!」

 その掛け声と共に双竜と成実は駆け出し、は声を張り上げた。

「幸村! 佐助! 私たちも遅れられないわよ!」
「――無論っ!!」
「お任せ下さいなっと!」

 ようやく生き生きしたいつもの幸村らしい表情を見せてくれた弟分と共に、も弓を片手に走り出したのだった。







「出城作って、結構イイ感じで押し返してたんだよね。旦那も明智とやり合ってイイとこまでいってたんだけど、その明智が急に「そろそろですね」とか言って、変な煙幕使って一人で突っ込んできてさ。面目無いことに、そのまま抜けられちゃったってわけ」

 雨あられのように降り注ぐ弾丸をくぐり抜けて本丸の中へと侵入した一行に、佐助はそう説明した。
 建物内に入ったことで頭上からの弾丸に気を配らなくてよくなったが、流石に本丸ともなると敵総出で歓迎してくれたので、今も一時も休まず戦いながらの会話である。

「チッ……野郎、何考えてやがる」
「案外何も考えて無いんじゃないの? だって明智っていかにもイッちゃってんじゃん?」

 後ろで戦っていた小十郎と成実がそう言い、も苦笑した。
 本当に何も考えていないなら苦労は無いのだが……。

「明智は某と戦っていた時もどこか本気では無いようだった。他に目的があると見て間違い無かろう」
「Han, そいつぁロクな目的じゃねぇな」

 幸村と政宗もそれぞれの得物を捌きながら軽口のように話す。
 しかしそうしている間にも敵をなぎ払い、道を切り開いて進んでいるのは流石だった。

 それにしても――とは戦いながら思考の淵をなぞる。
 今の大坂城内の勢力はどうなっているのだろうか。
 元々本拠にしていた豊臣軍は、秀吉に反旗を翻した者たち以外は全て粛清されたか、城外に落ち延びたと聞いている。
 現在、こうして城を守っているのは、秀吉から城を奪った松永軍――その筈だ。
 しかし、拭えない違和感がある。
 誰が誰と戦っているのか――戦場にいる当事者だけが把握出来ていないような気持ちの悪さ。

「……幸村、外に倒れてた豊臣兵は、幸村と戦った後城内に逃げ込んだ明智にやられたのよね?」
「恐らくは」
「それじゃあ、どうして……」

 口の中で呟いて眉を寄せる。
 何かを見落としているような気がしてならない。
 取りこぼしてはならない何かを。

 明智光秀が同盟を結んでいる松永軍に合流するのはおかしくないのだ。
 だが、光秀個人の行動を追ってみると疑問が沸いてくる。

 駿河で武田信玄を拉致し、米沢でを挑発して逃げ、後を追う伊達軍を松永の下へ誘導し……結局大坂に現れて、幸村と戦っていながらまるで何かを待つようにのらりくらりと……

「!……待っていた? 援軍を?」

 横に並んでいた幸村も、政宗たちもはっとしてを見た。

 明智がこの城を守っている松永軍と思しき勢力と手を結んでいたとしても、それだけでは武田と伊達の連合軍相手に持ちこたえられないと踏んだ。だから、援軍を待っていた。
 そう考えれば辻褄は合う。

 そして光秀の言った言葉――「甲斐の虎は我々が捕らえましたよ」
 それに、政宗から聞いた話によると、松永は幸村に宛てた脅迫文で、信玄は織田に捕らわれていると言ったらしい。

 それらから導き出される可能性に気づいたは目を瞠ってその場に立ち止まった。
 幸村や政宗が訝し気に呼びかけてきたが、返事をする余裕も無い。

 「我々」というのは当然明智・松永のことを指していると思っていたが、松永はを捕らえていた間も信玄のことに終ぞ触れなかった。
 だとしたら、光秀が本当に手を結び、共に信玄を捕らえた相手は、織田――

 そして今、この城を掌握しているのも……


「――まさか……織田が……?」

 が呟いた瞬間、本丸の奥から銃撃と矢が飛んできて、全員とっさに両側の部屋に飛び込んだ。
 そして間髪入れずに大量の伏兵が間の通路を埋め尽くし、一行は瞬時に分断されてしまう。

 左側にと幸村、佐助。
 右側に政宗と小十郎、成実。

 奇しくも武田と伊達に別れた図式になり、それぞれがあっという間に伏兵に囲まれた。

「Ah-han...舐めた真似してくれんじゃねーか。待ってな、。これくらいすぐに蹴散らして……」

 やる気十分になっている政宗の言葉を遮って、は声を張り上げた。

「政宗さん! どちらが早くゴールに着けるか、競争です!」
「!? オイ、待て――」

 驚いたような制止の言葉を振り切って駆け出す。
 明智が時間稼ぎをしていたのなら、時が経てば経つほど相手の有利になるに違いない。
 最短でこの城を掌握するには、伏兵を一掃して合流するよりも、別ルートで最奥を目指すのが得策だ。

「良いのでござるか?」

 すぐ後を追って来た幸村に短く頷いて、は佐助に「お願いがあるの」と告げた。

「佐助なら伏兵とか関係ないでしょ?」
「そりゃまぁ……相手の忍も黙ってはいないだろうけど、俺様くらいになればね」
「それじゃぁ、お願いは二つ。一つは政宗さんたちに伝言してきて欲しいの――敵は松永軍じゃなくて織田かもしれないから十分気を付けて。最短で城を落とすことを一番に考えて――って」

「織田!? 、それは……」

 驚いて声を上げた幸村を目線で制して、続きを告げた。

「もう一つは、先に行ってる疾風と協力して……父上を探して欲しい」
「なっ……!!?」

 絶句して叫ぼうとした幸村の口元を慌てて押さえて、はひたと佐助を見つめた。

「一刻も早い方が良いと思う」
「……確証は?」

 真剣な表情で聞いてくる佐助に、判断が揺らぎそうになりながら緩く首を振った。

「確証は無いの。だけど、明智と織田が手を結んでいるとしたら、この時期に明智光秀が逃げ込んだここに、もしかしたら父上も……」

 本当に確たる自信も無くて言葉を濁したの前で数瞬沈黙した佐助は、顔を上げて「了解」と告げた。

「そういう可能性があるのは確かだし、何より我等が姫様の勘だ。大船に乗ったつもりで、旦那のお守りでもしててよ」
「どういう意味だ、佐助!」

 ありがとうとお礼を言うのと、佐助が行ってきますと言って掻き消えたのは同時だった。

 幸村と二人残されたは、属性技を使って当面の周りの敵を薙ぎ払ってから弟分に向き直った。

「幸村も行く?」

 短くは無い逡巡の後、幸村はしっかりと首を横に振った。

「…………いや。それがしは、己の為すべきことをする」

 そう言った横顔に確かな信念が見て取れて、は微笑んだ。

「しばらく会わない間に、逞しくなったね、幸村」
「なっ……そ…それがしとて、いつまでも子供ではござらん! …………いつまでもの弟では、ない」
「……うん」

 真っ直ぐな強い眼差しを向けてくる幸村から目を逸らさずにも正面から見返した。

 この真剣な瞳から逃げずに向き合う強さが欲しいと、甲斐から逃げ出した日がとても遠く思えた。

「行こう、幸村。私たちに出来る限りのことをして、絶対父上を助け出そう!」

 今は、それが自分たちの為すべきことだ――
 見つめるの前で、幸村も力強く頷いたのだった。





120910
CLAP