「HELL…ッDRAGON!!」
膨れ上がった電撃が前方を一直線に貫き、圧倒する。
その政宗らしい一撃が開戦の合図だった。
群れて突進してくる足軽の槍襖を蹴散らし、真っ直ぐに駆けていく青い背中。
その後ろを駆けながら、も彼の後ろを守るように、取り囲もうとする敵を薙ぎ払って行く。
「Rest in Peace! この竜のhoneyを奪うなんて吠えたんだ。覚悟は出来てるよなァ?」
三好の元まで到達した政宗は、そう言って最初の一人に斬りかかった。
普段なら恥ずかしいセリフも、極限まで高まった戦い独特の緊張感の中ではその真剣さを増すだけだ。
「関係無い。命令故に従うまで」
「HA! Simpleだと言いたいとこだが、そんな犬っころにアイツは渡せねぇな!」
三人から繰り出される連撃を、政宗は六爪を操って見事に捌いていく。
しかし、三対一では圧倒的不利には変わりない。
「政宗様……!」
当然も焦って加勢しようとするものの、多すぎる雑兵によって分断され、近寄る事も儘ならなくされてしまった。
「もうっ、退いて……!」
――「松永軍の死神部隊。そう呼ばれてる」
以前、佐助は三好三人衆のことをそう称した。
どんな汚い手も躊躇せず、忠実に任務を遂行するのだと。
いま政宗に刃を向ける目の前の死神たち――この米沢をも火の海にした張本人。
一人でその猛攻にさらされている政宗の姿に、の内の炎がざわめくのを感じた。
ギリリと薙刀を持つ手に力が入る。
(私は、何の為に……っ!)
武田も伊達も関係無い。
がとしてこうして戦場に立っているのは、どうしても傍で守りたい人がいるからだ。
譲れない大切なものがあるから……だから!
「――退きなさい!!」
内から湧き上がる熱を開放するように属性の力を乗せた薙刀で辺りを薙ぎ払う。
紅蓮の炎がを中心に広がり、ようやく視界が開けた。
こちらも相手を押し返したばかりの政宗と目が合い、彼は至極楽しそうに口笛を吹く。
「いいね、いいねぇ! 戦の華だねぇ!」
よく知ったいつもの不敵な笑みに、は思わず強張っていた頬を緩めた。
しかも政宗の最大級の賛辞までおまけについていて、素直に笑みが漏れる。
「ありがとうございます」
かつて伊達軍の伝令隊として傍に居た頃、は独力ではまともに戦うことは出来なかった。
出会い、惹かれて、共に戦場に出たことも何度かあったけれど、全て疾風や政宗本人に助けてもらって何とか生き延びられた程度だ。
ずっと、肩を並べて戦いたいと――その背中を守って一番傍で助けになりたいと、そう願っていた。
「虎の娘、あくまで抵抗するか」
三人並んだ鬼面の一つがそう言った。
はその三人を見据えて答える。
願っていた力が僅かでもこの手にある今……この期に及んで迷ったりはしない。
「愚問です。私は私の意思で伊達の為に戦ってる――その敵である松永殿に用はありません」
言い切ったに、しかし三好は動じた風も無く、嘲笑に似たものを薄らと浮かべた。
「随分と物分かりが悪い」
「そちらに用が無くとも、主には有る」
「抵抗するようならこう言えとも言っていた――『君と私の仲でつれないことを言わないでくれ、』」
ピクリと、思わず動揺してしまった自分が情けなかった。
一度目を閉じてゆっくりと開く。
忘れてしまって、いまだ思い出しきれていない暗い過去……そこで乱世の梟雄とも言われる人物とどんな関わりがあったのかなど知らない。
けれど、一つだけ言えるとしたらそれは……
「では、私からも松永殿に伝えてください。"虎姫・"は、貴方のことなど知らない――と」
少なくとも今のにとって、松永久秀は敵である。
その事実があるだけだ。
「……結局は徒労か」
「仕方無い」
三好たちがさして感情も見せず淡白に言い、一人がパチンと指を鳴らした。
何の合図かと思う間もなく、右から引き攣った悲鳴が上がってはとっさに左に飛ぶ。
ただの直感だった。
しかし直後、まさにその右手から爆発が起こった。
直撃は免れたが、衝撃に更に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられて息が詰まる。
「っ!!」
「っ……だ…いじょうぶです」
焦ったような政宗の声に答えて何とか起き上がる。
目を開けて大きな怪我も無いらしいと確かめると、そこでようやく先ほどまでが居た右側の地面がぽっかりと抉れていることに気がついた。
「! ま…さか……」
ゆるゆると瞠目し、言葉を失った。
覚えている。
先ほどまでそこには、槍を構えた敵の足軽が居た筈だ。その周りにも何人か敵兵が居た。
そして合図と共に上がった悲痛な声――
「一人減ったら一人足す」
三好の言葉に、またわらわらと兵たちが周りの囲みに加わった。
明智軍の者たちらしいが、今度はあからさまに爆弾を背負っただけの兵も居る。
「自軍の兵を…使い捨ての武器にするなんて……正気…!?」
呆然と呟いたの言葉にも、三好は動じない。
いや、何を言っても通じないのだと、今さらながらに理解した。
政宗も忌々しげに毒づく。
「HA、正真正銘の外道ってわけか」
三好は返事の代わりに得物を構えた。
「くだらない」
「我らは命を果たすだけだ」
「早く済ませるとしよう」
言葉と同時に、背中の爆弾に火をつけられた兵が恐怖に顔を引き攣らせながら特攻して来た。
政宗とを同時に狙っているそれらに、は思わず顔を顰めた。
死ぬと分かっていて突っ込んでくる相手を前に動じない訳は無い。
そうやって無為に散っていく魂が闇に落ち、戦場を血と怨嗟渦巻く更なる地獄へと引きずり込んでいくのだ。
命の重さを考えもせず、人間同士が殺し合う世界――
大切な人を危険に晒したくないと思う心は、皆同じである筈なのに――
「Goddom! !!」
視界の端で、政宗が自分の敵を退けながらこちらに来ようとしているのが分かった。
「来ないでくださいっ!!」
爆弾兵に背を向けたが最後、間違いなく次の瞬間には諸共に吹き飛ばされてしまう。
こんな所で心中など御免だし、政宗一人ならば退けられる敵だ。
自分のせいで彼の身に危害が及ぶなど、からすれば冗談では無い。
「私だってッ…こんなところで死にませんっ!!」
炎の属性を使えば逆効果なので、薙刀の遠心力だけで次々に爆発していく特攻兵を何とか掻い潜って行く。
「クッ……!!」
しかし、すぐに限界が来た。
連鎖的に爆発が起こり、それがに肉迫している兵にまで届く。
「っっ……!!」
「――ふじょうなるものよ、しりぞけ!」
諦めた訳ではないが、襲い来る爆発の衝撃に思わず身を縮めた刹那、その玲瓏たる声は場違いなほど静かに戦場に響いた。
「つみなきいのちがうばわれるなど、毘沙門天のみちびきにあらず」
水面の波紋のように広がる厳かな気配に、はそろそろと瞼を上げた。
一陣の風の後に砂煙が晴れ渡り、驚きに大きく目を瞠る。
「どう…して……」
そこには、良く見知った白と金の麗しい主従が佇んでいた。
「謙信公……」
越後の元主――上杉謙信とその忠実な忍・かすが。
の傍で今にも自爆しようとしていた敵兵は、その背中の爆弾ごと謙信の属性によって氷漬けにされていた。
「――ひさしいですね、とらのひめ」
「お前! こんな所で!」
驚きに固まるの前で、懐かしい麗人は思慮深い声でそう告げた。
守るように前に出た忍も、いつものように眦を吊り上げる。
その懐かしい光景に、はとりあえず力を抜いた。
自分を落ちつける為に深呼吸をする。
「お久しぶりです、謙信公、かすが殿」
何故こんな所に上杉が――思ったのは、政宗も同じに違いない。
ましてや、今はこんな状況だ。
武田の庇護を受けている筈の謙信本人が、何故越後に近いとは言え伊達領に居るのか――
しかし、ゆっくりとそんなことを話している場合ではない。
すかさず仕掛けて来た三好たちの攻撃に、と上杉主従は一斉に距離を取った。
尚もそれぞれに追いすがる三好に顔を顰めて、は薙刀で応戦する。
「共に来て貰うぞ、虎の娘」
「――しつこい男は嫌われるぜ?」
今まで三好たちを一手に引き受けていた政宗が、の前に割って入った。
代わりに数合斬り結び、二刀を旋回させるようにして弾き飛ばす。
「Are you all right?」
「はい、ありがとうございます。政宗様は?」
「Ha! No problem.」
たったそれだけのやり取りを交わして、背中合わせに武器を構える。
嘘のように安堵する自分には苦笑した。
「政宗様、上杉は一体――……」
「あぁ、軍神自ら出て来てんだ。間違いなく裏があんだろ。ま、関係無いがな」
後の二人は謙信とかすがが相手取っているのだろう。三好の一人くらい政宗とには敵では無い。
足軽と一緒に向かってくるそれの攻撃をいなしながらの会話である。
この状況でも余裕たっぷりに言い切る政宗に首を傾げれば、彼はHa!と景気良く周囲の敵を蹴散らして不敵に笑った。
「上杉だろうが明智だろうが松永だろうが、竜の地をこれ以上荒させはしねぇ!」
――光。
眩いそれは、が政宗への想いに気付いたきっかけでもあるものだ。
すぐ隣でそれに触れられることが嬉しくて、はいと笑顔で頷いた。
政宗と一緒なら、大丈夫。
その想いが胸を満たした――その、直後だった。
連続して爆発音が響き渡り、と政宗は緊張に体を強張らせる。
疾風が向かった城下かと思ったがそうでは無い。すぐ近くだ――
そうして立ち込めた爆煙を裂くようにして現れた人影に、は呼吸ごと縫い止められるように眼を瞠った。
その場に、今までと種類の違うざわりとした殺気……いや、狂気が膨れ上がる。
「あけち……」
謙信の呟きと同時に、一瞬で理解した。
「ふふふふ……ようやく会えましたね、」
明智光秀――織田信長の重臣でありながら反旗を翻し、松永久秀と結んで越後を攻め、九州を焼いた男。
そして、幼き日のを織田に放り込み、未来へ追いやった張本人――
ざわりと身体の奥の闇が膨れ上がり、はとっさに自分の胸を掴み、反対の右手で政宗の羽織を握りしめた。
驚いたように見返してくる隻眼にも、今は何も返せそうにない。
"あちら"に、引き寄せられる――
懸命に抗うに心底楽しそうな笑みを向けて、明智光秀は舌なめずりをした。
そして、毒を流しこむように、獲物を追い詰めるように、じわりじわりとその言葉を紡ぐ。
「甲斐の虎は我々が捕らえましたよ」
「――――!!!!」
それは、激流のようにの心を揺さぶり、翻弄した。
その心の隙間に入り込んできた闇に侵食されながら、はただ右手を強く握り締めたのだった。
090410