――「貴女と私の想い――どちらが強いか、シンプルに勝負です!」
言った直後に相手から膨れ上がった気配は、そのまま彼女の――義姫の想いの強さを表している。
パチパチと、彼の竜とは違って重くは無い――けれど見た目にも激しい雷光が宙に散る。
考えてみれば当然かもしれない。
武芸に秀で、鬼姫とまで呼ばれる気性で戦場さえ押し通った彼女が、その力を持っているということくらい。
属性の力――自らの子と同じ雷の属性を。
不器用そうな人だ――そう思って、政宗によく似ているとも、は感じた。
対峙して、その人の纏うオーラが雷の属性を帯びて闘気が膨らんで……確かに高揚している己を自覚する。
「参ります!」
最初に仕掛けたのはの方だった。
駆け出して、初太刀を属性の力で弾かれる。
雷撃が伝わって腕が痺れたが、それに気を取られる訳にはいかない。
隙を狙って繰り出される薙刀の刃をかわし、返す柄での打撃を勢いを殺して受け流す。
相手は薙刀、こちらは懐に入れていた短刀――明らかなリーチ差に組み合うのは不利と判断して一旦距離を取った。
離れたを追うことはせず、義姫も腰を落して呼吸を整える。
年齢的に体力は無いのだろう。属性の力もそれほど強くは無いようだが、構えには隙が無かった。
その姿は、今まで見てきた義姫とはまるで別人である。
故意に隠していたのだろうけれど、気付かなかったというのは情けなかった。
しかし、ふと視線を遣った先に政宗と小次郎も目を瞠っているのを認めて、もしやと思いまじまじと義姫を見つめる。
「……驚きました。それほどの力をどうして今まで隠していたんですか?」
ぴくりと持ちあがった義姫の片眉が、政宗が不機嫌な時の動作とそっくりだった。
「隠してなどおらぬ。必要無くなったが故、使わなんだだけじゃ。現に最上の者や伊達家古参の者らは当然知っておる」
わざわざ隠していた訳では無い――けれど、まさかと思った通りに政宗も小次郎も知らなかったのは本当のようだ。
この義姫なら自ら刀を取って我が子を鍛えそうなものだが……
腑に落ちないものを抱えて、は間合いを取りながら眉を顰めた。
――必要無くなった?
その言い方では、それまでは必要だから戦っていたということだ。
伊達家でも古参なら知っているということは、輿入れして来てしばらくは普通に力を使っていたということ。
そして、子どもたちが知らないとすれば、それは――……
「……政宗様を身篭ったから……? 子を生み、育てる為――ですか?」
政宗が息を呑んだのが分かって、は真っ直ぐに義姫を見つめた。
小さな変化も見逃すまいと見つめる先で、僅かに相手の眼光が揺らぐ。
は歯がゆい想いに囚われた。
義姫のことが理解出来無かった。単に憎めたら簡単なのに、それも出来ない。
なぜなら、この人は――……
「貴女は、伊達も最上も愛しておられます」
「何……」
「そして小次郎様も政宗様も、同じように愛しておられる!」
「っ!!」
それなのに、なぜ――その言葉は続けられなかった。
一気に間合いを詰めて来た高速の連撃を後ろに飛んでかわす。
間近で見た瞳には、怒りの色があった。
「そなたに何が分かるっ!」
息を乱した義姫は鬼気迫る勢いで叫んだ。
「愛している? 笑わせるでない! わたくしは許せなんだだけじゃ! 最上が! 伊達が! 殿の土地が! 御子たちが! 大切なものが蹂躙されるなぞ!」
殿――義姫の夫、政宗たちの父である伊達家先代・伊達輝宗。
「奥州統一は伊達にとっても最上にとっても悲願! それを成したのは重畳じゃ。だが、政宗は幼い頃には池に映る自分にも怯えていたような御子……この戦乱を生き抜くなぞ、所詮無理なことなのじゃ! 撫で斬りなどとそれが証拠よ。臆病に過ぎる証じゃ! いずれ政宗は負ける――そうなれば、伊達も最上も滅んでしまう!」
ギリリと政宗の心が上げる悲鳴を聞いたと思った。
撫で斬りは臆病者の証――見せしめの意味を含んでいる以上、違うとは言い切れないだろう。
だが、決してそれだけでも無い。
はそう信じることが出来る。
だから、真っ直ぐにその言葉を口にした。
「臆病者は、貴女です」
はっと上げられた視線を捕まえ、言葉を重ねた。
「失うことが怖いんですか? 傷つくことが怖いんですか?」
「……怖くて何が悪い…っ!」
耐えがたいというような震える声で、義姫は答えた。
「このままでは、梵天は殺される! 戦場で魔王や覇王にその首取られるくらいならば、この世に産み落としたわたくしがこの手で……!」
「――だから、毒を盛ったと?」
ピクリと政宗が反応したのが分かった。
記憶を失っている彼には、身に覚えの無いことだろう。
も、記憶を失うきっかけとなったあの出来事をわざわざ教えることは無いと隠してきた。
けれどこうなった以上、この場ではっきりさせなくてはならない。
興奮したままの義姫は大きく頷いた。
「そうじゃ! 今ならまだ間に合う。分別のある小次郎を頭に戴き、堅固な奥州に篭って備えれば、伊達の地を守ることは出来る! そもそも、小田原なぞにかまけて米沢が落とされれば何とする! 血の臭いの染み付いた小田原など卑劣な武田にくれてやれば良いのじゃ!」
「武田に……?」
訝しげに眉を寄せたの背後で、低い声がなるほどと呟いた。
虎の軍師の隻眼がぎろりと義姫を見据える。
「武田の駿河攻略が成った暁には御身を駿河領内で保護するようにと要求しておきながら、何故真逆の米沢に現れたかと思えば……竜の母上はとんだ食わせ物であられる。明智まで利用し、尚且つ米沢で自分が騒ぐことによって小田原を空にし、その隙を武田に見せてどうぞとばかりに取らせる……そうしておいて、その後は織田や豊臣への盾として使われるおつもりか?」
勘助の言葉に、その場の全員が驚いて義姫を見つめた。
ただ米沢を……伊達家の悲願であった奥州の土地を、自分の大切なものを守る為だけに。
その為だけに修羅になり、明智や武田を利用してまで事を成そうとした――それ自体には感心するし、尊敬すら覚える。
はまじまじと義姫を見ながら、けれどその策には問題があると思った。
それを口に出したのは、では無く、血を分けた彼女自身の息子――
「甘ぇな、母上」
「政宗様……」
「アンタの考えは温ぃんだよ。大体、甲斐の虎ともあろうもんが、竜の本拠である小田原をそう容易に狙う訳ゃねぇ」
の父親だぜ? などと、どういう意味だと反論したい台詞まで付け足されたが、その内容自体には同感だった。
小田原を落とすまでは簡単に出来たとしても、その先を考えないということは武田信玄にはありえない。
「それに、小次郎を当主に立てて奥州の安堵を願ったって無駄だ。あの魔王やサルや明智、松永辺りにそんなもん通用する筈ねぇ。こっちが城明け渡したって皆殺しにするような連中だぜ?」
政宗の言葉に目を見開いた義姫は、傍目にも真っ青になってガタガタと震えだした。
戦慄いた唇が、そんな……と繰り返し紡ぐ。
「義光殿は、それで確かに伊達は安泰だと……」
「……へぇ? おもしろそうな話だ。伯父上にはそう請け負えるだけの根拠があったってか? そうだな……明智あたりか。俺の首を差し出せば、奥州をやるとでも言われたか?」
真正直に顔色を失くした義光は非常に分かりやすかった。
それを見遣って政宗は馬鹿にしたように笑う。
「毒とかいうのもアンタの差し金か――最上義光」
犬歯を剥き出しにして笑みを深め、その手がついと鯉口に掛けられた。
――駄目!
奥州有数の大名であり、小次郎派の筆頭でもある最上義光を政宗自らの手に掛ければ、後々の火種になり兼ねない。
本能的に感じた警鐘に、が飛び出そうとした時だった。
それよりも一瞬早く動いた影が義光の前に躍り出て、躊躇の欠片も無く袈裟掛けに斬り捨てる。
「お…前……な…ぜ……」
驚愕の表情で崩れ落ちて行った義光の背後で、その人物は刀の血のりを払って鞘に収めた。
「小次郎……お前……」
目を瞠って立ち尽くしているのはその場の誰もが同じ――けれどその驚きが一番大きな竜の前に、その少年は――伊達小次郎政道は膝をついた。
「兄上――いえ、筆頭。最上はお東の方を唆し、筆頭を亡きものにせんとし、奥州を掠め取ろうとした裏切り者。その所業は血の繋がった伯父と言えど到底許せぬものです」
「こ…小次郎っ! そなた…そなた、何ということを……っ! 伯父上はそなたの為にもと思ったればこそっ…」
叫んだ義姫の言葉にも、小次郎は揺らがなかった。
見違えるように落ち着いた口調で、義姫に告げる。
「母上、それは私の意思ではありません。私は伊達の臣下として、裏切り者を誅したまで」
はっきりと告げられた声音は揺るぎなく、政宗は眼を細めた。
「小次郎、そりゃ今度のことにお前は無関係だって言いてぇのか。それを証明するために、俺への忠節を尽くしたと」
「はっ。私も兄上の為に臣として働きたいのです。……他国の武将のように!」
ちらりとを見遣って、小次郎ははっきり告げた。
軽く瞠目した隻眼がに向けられ、そう言えばそんな話もしたなと思い出す。
苦笑を返せば、呆れたように溜息をつかれた。
「Huu……I see」
政宗は、跪いたまま深く頭を垂れた小次郎に歩み寄り、口の端を引き上げた。
その頭にがしりと手を置いて傲岸に言い放つ。
「よくやった、小次郎! 後で褒美をやる。これからも俺の傍らで励め!」
「はっ…はいっ、兄上っ!」
思えば、これが小次郎にとっての初陣であり、人を斬ったのも初めてだったのだろう。
相手が実の伯父というのは因果なものだが、確かに謀反を企てたことに対する処罰は下さねばならず、それを小次郎自らが臣下の立場を明確にする為に成したという点では最良と呼べるのかもしれなかった。
小次郎もそれを痛いほど理解し、その覚悟でここに来たのかもしれない。
――「damn!……身内ほど厄介なもんは無ぇ…!」
少し前に聞いた政宗の言葉が甦り、はやり切れなさに唇を噛み締める。
それが戦国の世の習いなのだとしても、大切な人たちにそんな業など背負って欲しく無かった。
兄の激励に思わずといった風に声を上げて破顔した小次郎は、先ほどまでの大人びた雰囲気は消え去り、今は千切れんばかりに降る尻尾さえ見えそうである。
そんな微笑ましい様子に幾分か救われた気持になり微笑したは、一度深呼吸して、そしてゆっくりと義姫に向き直った。
仲が良かった実兄を失ったばかりの麗人――
現実を受け入れ難いのか、実の息子に殺された兄の遺体の横に座り込み、呆然としている。
母に拒絶された子。
子を拒絶した母。
噛み合わなくなってしまった歯車。
そんな馬鹿げたすれ違いなど、もうここで終わりにしなければならない。
例え自分が恨まれてでも――とは思った。
「――母上、最上に唆されたとは言え、アンタも咎めなしって訳にゃいかねぇ。だが、実の母親を斬る訳にもいかねぇからな……しばらくは寺にでも篭ってもらう」
固い声で告げた政宗に、義姫はゆっくりと視線を上げた。
「……政宗。そなた、伯父上が…殺されて……何も思わぬのか……?」
「母上にゃ悪ぃが――自業自得だ」
カッと逆上したように逆巻いた空気は、バチバチと空中で電気を放ち小さな落雷が立て続いて起こる。
「殺される……」
不意に呟かれた言葉が、その場に落ちた。
「殺される……政宗も小次郎も……殿のように殺されてしまう…っ!」
――また、失う。
心からの慟哭が、そこにはあった。
そしてそれは、全く理解出来ない訳ではない――むしろ共感出来る部分が大きい為に、の心にも鋭い痛みをもたらす。
とて、政宗を失えば自分がどうなるのか……想像も出来なかった。
きっと義姫よりも脆く弱く簡単に、闇に呑まれてしまうかもしれない。
けれど、簡単に引き摺られる訳にはいかなかった。
「――それが、貴女の本音なんですね」
ようやく聞けました。
痛みに蓋をして静かに発したの言葉は、雷鳴渦巻く中でもやけにその場に響いた。
義姫の狂気を宿した瞳がゆるゆるとを捕らえる。
「武田の娘……そう、皆お前のせいじゃ!」
怒りと絶望の矛先が鋭い刃となってに向けられる。
「誰が為に、政宗が撫で斬りなぞしたと思っておる!」
「…!」
小田原の撫で斬りのお陰で、小谷城で豊臣に攻められていたたちは結果的に助かった。
政宗がそんなことをしたなどと信じられなかった反面、その理由を考えてもしかしたらという自惚れも無かったわけでは無い。
けれど、そんな筈は無いと蓋をして目を背けたのは、の逃げだ。
「いつかお前は政宗を殺す! 小次郎も、伊達家もっ! 武田の犬のお前がっ……!」
狂気に彩られたまま踊りかかってきた斬撃を、短刀の刃に属性の炎を乗せることによって何とか受け止めた。
間近で向かい合った眼には怒りや悲しみや苦しみや……様々な負の感情が混ざり合っていて、その『闇』に引きこまれそうになる。
は奥歯を噛み締めることで何とか自分を律すると、相手の薙刀を追し返し、下がった一歩を起点に反撃に転じた。
「私は確かに武田の娘です! ですが、私が『私』である以上、大切な人を殺めたりしない。……殺めさせたりしないっ!」
スピードに乗って一閃した斬撃は得物のリーチ差で防がれたが、大振りになった相手の隙を逃さずその懐に入り込む。
「失うことも、傷つくことも、怖い。出来るなら避けたい――そんなの、当たり前です。誰だって怖いに決まってる。でも!」
一旦はかわされた一撃の影から繰り出した蹴りが義姫の胴を捕らえ、その体を横に弾き飛ばした。
「……でもだからこそ、信じなきゃならないんです」
大切な人を、かけがえの無い人を、そして何よりその想いを抱く自分自身を。
「貴女が失いたくないように、私だって無くしたくない――況してそれが自分のせいだなんて、耐えられません!」
「おのれっ……!」
横腹を押さえて大振りで斬りかかってきたそのおざなりな攻撃は、もはやにとって問題では無かった。
腕の一振りで炎の壁を作って防ぎ、自らそれを突っ切って懐に入り込めば、義姫は大きく目を瞠った。
短刀の柄で腹部を突き、まともに入って崩れた体を抱きとめる。
「貴女は……一人で背負いすぎたんです」
それは、女としての痛いほどの想い。
大切な人を失わない為なら、何でもしてみせる――健気なまでの盲目。
失う前から恐れすぎて……
気持ちが理解できるだけに、嫌いにはなれない。
けれど、やはり結果を見れば許せないという気持ちは変わらなかった。
「……殺すがいい。さぁ、わたくしの首を取れ」
に支えられたまま、小さく告げられた言葉。
しばしの瞠目の後、も笑って義姫だけに聞こえるように言葉を落とした。
「冗談じゃありません。私は政宗さんの心も守りたいんです……あの人も貴女を愛している。なのに血の繋がった家族が厄介だなんて……そんな強がりもう二度と言って欲しくないんですよ」
体を支えているため相手の表情は分からなかったが、体が強張ったのは分かった。
それを確かめようとした所に、ふと頭上に影が差す。
見上げたの視界には、静かに佇む政宗の姿があった。
見詰め合ったのはほんの数秒。
その間に、いつか夢で見た幼い隻眼の子供の影が薄くなって消えていくのを見た気がした。
だからこそ差し出された手に、躊躇無く義姫を預ける。
「……俺は死なねぇ」
母親の体をの代わりに抱き取った政宗は、一語ずつ噛み締めるかのように言った。
「アンタの息子だぜ? んな簡単にくたばらねぇよ」
「政…宗……」
「母上、アンタや小次郎、奥州の民……それに大事な女まで残して、死ねねぇからな」
不敵な笑みで見上げられての台詞は完全に不意打ちで、赤くなってしまったはとっさに顔を背けた。
こんな時にまでどこまでマイペースなのだと八つ当たり気味のことを思いながらも、これでこの不器用な母子が互いに歩み寄れるかもしれないと思い、強張っていた肩の力を抜く。
息をついて緊張を解き、は短刀を鞘を収め、懐にしまった。
折角の親子の時間を邪魔することは無いと、政宗たちに背を向けて……しかし不意に、意識の端にざわりと何かが引っ掛かったのを感じた。
弾かれたように顔を上げてみれば城下の先に明らかに敵意のある軍勢の姿――
「あれは……明智軍!?」
今まで義姫の方に気を取られていた全員がはっと視線を巡らせた。
それとほぼ時を同じくして、信じられない言葉を聞く。
「火矢だー!! 逃げろっ!!」
城下から聞こえたそれは、間違いなく切羽詰った民の声。
まだ視認は出来ないものの、の中の属性が感じ取っていた。
「燃えてる……城下が、燃えてますっ……!!」
息を呑んだのは誰だったのか……日が沈み、闇が支配し始める刻限――長い夜が、始まろうとしていた。
081121
100話到達しました。長い道のりをお付き合いいただいてありがとうございます!
まだもうしばらく続きますので、気長にお付き合いください。
CLAP