9.人質と副団長

「私をどうする気?」

 屋上のエレベーター前に陣取っていたシェルビーの前に押し出されるなり、はそう言って相手を睨み付けた。

 ここに連れて来られる途中、砦の中の様子を窺ったが、に良くしてくれたような――つまり、シェルビーに傾倒していない漆黒兵の姿は一つも無かった。
 適当な任務をでっち上げ、一時的に砦から遠ざけているのかもしれない。
 新たな味方が期待出来ないとなれば、手持ちの札で何とかするしかないが、それには何はともあれ騒動の大元であるこのシェルビーだ。

 よっぽど機嫌がいいのか、シェルビーは挑戦するようなの言葉にくつくつと笑った。

「アルベルがいつ戻って来るか分からんからな……もしもの時の為の言わば保健だ」

 言っている意味が分からず怪訝な目を向けると、シェルビーはおもしろそうにの顎を捕らえた。

「確かに整った顔立ちだが………あの小僧め、お前のように非力そうな子供が好みとはな」

 言われた瞬間、カッと頭に血を登らせて、はシェルビーの手を払いのけた。
 見かけが弱々しく見える事も、些か童顔であることも自覚しているだけに腹が立つ。
 おまけに、値踏みするような視線を向けられたことや、自分とアルベルのことを勝手に勘違いして侮辱するようなことまで……悉く気に食わない。

 今の状況を忘れて思わず飛び掛かろうとしたのを、を連行していた漆黒兵が羽交い絞めにして止めた。

「くっ………!」
「ははは! 威勢だけは良いと見える」

 嘲笑を上げるシェルビーに奥歯を噛み締める事で耐え、は一つ深呼吸をした。
(冷静にならなきゃ……)

 気持ちを落ち着かせて、先ほどの漆黒兵たちの言葉とシェルビーの言葉を繋ぎ合わせる。

 まず、今回のことは全てこのシェルビーの勝手な独断だ。
 シェルビーは、アルベルの留守に逃亡した捕虜を捕まえて手柄を立てるつもりでいる。そうすることで、漆黒の団長に成り代われると信じているのだ。
 だが、それまでにアルベルが戻って来た場合……アルベルは人質などという姑息な手は嫌うだろうし、何より独断で行動しているシェルビーを叱責するだろう。
 その時に、を保健として使うということは………
 まさか、という思いと共に、は厳つい男を見上げた。

「まさか、アルベル様まで手に掛けるつもりで………!?」

 の掠れた呟きに、シェルビーは片眉を上げる。

「中々頭の良い女だ。お前を質にすれば、アルベルも手を出せまい」

 信じられない台詞に言葉を失っているの鎖を自ら掴み、シェルビーは歩き出した。
 それに追い立てられるように前を歩かされたの視界がやがて開け、屋上の空の下に出る。

 そこで繰り広げられていた光景に、は目を見開いた。

 奥の柱に、まるで処刑するかのように磔にされた二人の女性――あれが捕らえたというシーハーツの隠密だろう。
 その前で繰り広げられている戦闘……遠目で分かりにくいが、時折見える青い髪はフェイトだろう。
 フェイトと金髪の男と赤い髪の女性――その侵入者を取り囲んでいる漆黒兵は4人。

 数的に不利だと思ったのは一瞬で、は驚いたようにそれを見ていた。
 圧倒的な強さで、相手をのしていったのは侵入者の三人だったのだ。

「アーリグリフに栄光あれ!」
 最後の漆黒兵がそう声を上げて倒れると、フェイトたちはすぐに磔にされている二人を助け下ろした。

「大丈夫ですか?」

 そう言って二人を気遣っているフェイトの声が辛うじて聞こえる。
 二人に気を取られている背後に、シェルビーは再び歩き出し、処刑場に入った所で足を止めた。
 の鎖が微かに音を立て、金髪の男と赤い髪の女性が動きを止める。

「――だな。首の後ろが殺気でチリチリしやがるぜ」

 一斉に振り向いたフェイトたちに、シェルビーがフンと鼻を鳴らした。

「お前たちか? アーリグリフに落ちた、謎の物体に乗っていたという奴らは?」
「だったらどうだってんだ?」

 金髪の男が言った直後、とフェイトの目が合った。

「……!?」
「フェイト」

 思わずそう返してから、はしまったと動きを止める。
 そろりと振り返った先で驚いたようなシェルビーが、すぐに口の端を上げたのが分かった。

「お前たちは知り合いか? ……ふむ、中々おもしろい筋書きが出来そうだ」

 アルベルが取り立てたが敵国の技術者(と目されている)フェイトと知り合いというのは、いくら何でもマズイ。
 自分の軽率さを呪ったは、ふと金髪の男に目を止めた。

(クラウストロ人……?)
 クラウストロ星系の人種特有の首の二本線がそれを表わしている。
 しかし、は別の理由でその男が気になった。
(どこかで見覚えが……)
 記憶を探っていた思考がピタリと答えを導き出し、は思わず叫んでいた。

「クリフ・フィッター!?」

「あん?」
 いきなり名を呼ばれ、驚いたクリフがを凝視する。

「おい、フェイト。あのお嬢ちゃんは一体何者だ? この俺を知ってるみたいだが……」
「……僕にもって名前しか分からないよ。この前カルサアの街で偶然会って少し話をしただけで……どうしてこんな所で捕まってるのか……」

「……アルベルもとんだ拾い物をしたことだな」
 楽しそうに笑うシェルビーに、は心の中で絶叫した。

(私の馬鹿――!! アルベル様の言う通り本物の阿呆だ!!)

「まあ、分からないことは直接本人に聞きゃあいいか。若い女に手錠かけてるような奴を放っとけないしな」
「ああ。ちょっと待ってて、! 今助けてあげるからね!」

「フェイト……」
 善良な少年の優しい言葉にも、今は涙が零れてしまう。
 これ以上事態を悪化させない為にも、は口を噤んだ。
 今更だという気もしたが……

「お前は何者だ?」
「私はシェルビー……」

 フェイト達とシェルビーのやり取りの中、の隣で微かな溜息が聞こえた。
 を牢から連れて来た漆黒兵である。
 は周りで気付かれない程度の動作で、軽く横目に睨んでおいた。

「無駄な悪あがきはやめることだ」

 やがて、シェルビーがそう言い放ち、強烈な殺気が発せられる。

「来るぞ」
 フェイトの言葉と共に、シェルビーと周りの漆黒兵の一部が駆け出した。

 両者が刃を交えた瞬間、

「ラドフさん!」
 隣での鎖を任せられたあの漆黒兵がその錠を外し、が隠し持っていたナイフで反対側の漆黒兵に切り付ける。
 絶妙のタイミングだった。
 見事に一瞬生まれた周りの油断に、とシェルビー派を装っていたラドフは顔を合わせて不敵に笑う。

! 物見櫓の下にお前の弓を置いてる!」
「了解です!」

 言葉と共に、は駆け出した。
 一瞬呆気に取られた周りの漆黒兵もすぐに後を追ってくる。

「何っ……!?」
「お前の相手はこっちだ!」

 シェルビーも騒ぎに気付いたが、すぐにフェイトによって攻撃され、目の前の戦いだけで手一杯のようだった。

「っ……来ない…でっ!」
 牢でラドフに殴られた時に密かに渡されたナイフをがむしゃらに振り回し、は物見櫓めがけて走った。

 追いつかれそうになった刹那、目的の武器を見つけ、スライディングの要領でそれに飛びついた。

「チッ!」

 舌打ちした漆黒兵に体を反転させて向き合うと、すぐに矢をつがえる。

「悪いけど、絶対に捕まるわけにはいかないの!」

 鋭く神経を尖らせたの目の前には二人の漆黒兵。
 あの場には五人ほど残っていた筈だから、三人をラドフが引き付けてくれているのだろう。
 申し訳無いが、あれでもラドフは漆黒内でも屈指の強さ……ただ時間を稼いで逃げるだけなら問題無いだろう。

(問題なのは、私の方ね……)

 冷たい汗が流れるのを感じた。
 元々の腕前も団の最下層であることは認めるが、それよりも何よりも、漆黒の重装備に矢が通用するとはとても思えない。
 前もって分かっていたならレプリケーターで強度の高い矢を作っていたのだが、まさかこうもあからさまに身内を敵にすることになるとは思ってもみなかったのだ。

「だけど、絶対逃げなきゃ……」

 呟いて、迫ってきた敵の頭部を狙って矢を射掛けた。

 正直、フェイトたちの事は気になる。
 自分を心配してくれた同じ世界から来た人たち……それに、クリフの事は更に強く引っかかる。
 一度話してみたいと……思う気持ちは否定できないが、これ以上彼らに関わってはいけない。

 彼らの強さならあのシェルビー相手でも何とかなりそうだが、シェルビーが生き残って彼らが脱出した後……またはもしも負けてしまった場合、は間違いなく再び捕らえられるだろう。
 さっきの失態のせいで敵国と通じている嫌疑を掛けられそうだというのに、これ以上アルベルに迷惑を掛ける訳には行かない。

(……でも、私じゃアルベル様に対する人質にはならないような気がするけど)

 アルベルの女だというのはシェルビーたちの勝手な勘違いで、全くの事実無根だ。
 現実はただ気まぐれに入団を認めて貰えた上官と部下という関係でしか無く、鬱陶しがられているような気さえする。

 例えシェルビーがを盾にしても、アルベルは動揺の欠片もしないんじゃないかと思え、はなぜかとても悲しくなった。
 余計な考えを振り切るように首を振った直後、背後に確かな殺気を感じては振り返る。

(もう一人……!?)

 一段高くなった塀から、新たに加わった漆黒兵が斬り付けて来た。

(間に合わないっ!!)

 何とかかわそうと必死に体を捻ったの背中に、熱い痛みが駆け抜けた。








04.3.14
CLAP