7.遭遇

「あー、怖かった……」

 トラオム山岳地帯を抜け、カルサアに着いたは深く溜息をついた。
 どういう訳か、アーリグリフ周辺のモンスターは凶暴で、必死に逃げ回っていた為、ほぼ全力疾走でここまで来たことになる。

 後はグラナ丘陵を通るだけだから少しゆっくり行こうと、は周りを見回した。
 目立たないようにクオッドスキャナーを取り出し、道具屋を検索する。
 そこでふと、その道具屋の中に何かの反応があることに気付いた。

(これは――……)

 点滅しているこれは、一体何だろうと思いつつ、道具屋の扉を開ける。

「うわぁっ!?」
「きゃっ……!」

 丁度中から人が出て来た所で、タイミング良く真正面からぶつかってしまった。
 相手の抱えていた買物袋と、が覗き込んでいたクオッドスキャナーが宙に飛んだ。

「アイタタタ……ごめん、大丈夫?」

 そう言って手を差し出してくれたのは、ぶつかった相手――青い髪の少年。
 同じ年頃からか、その笑顔に安心したのか、も笑みを返すと有り難くその手を取った。
「ありがとう、こちらこそ御免なさい。ちょっとぼーっとしてて……」

 地面に散らばってしまった相手の買物を拾い集め、謝罪と共に少年に渡す。
 そして、自分のクオッドスキャナーを拾おうとしたより先に、相手がそれを拾った。

「あ、それは……」
「あれ? いつの間に落としたんだろう……」

 何か言う暇も無く、相手がそれをポケットにしまった瞬間、はその場に凍りついた。

(えっ、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?)
 内心パニックしているに、少年が首を傾げる。

「そ…それは、あなたの……?」
「ああ……うん、そうなんだ。危うく無くす所だった」

 ようやく搾り出した問いを笑顔で肯定され、はようやく思い出した。

(あの反応…! 同じスキャナーの反応だったんだ! ……と、いうことは……)

「ああ……どうしよう………」
 思わず呟いてしまったに、少年は眉を潜めた。

「どうしたの? もしかして、気分が悪いとか? それとも、今のでどこか怪我でも……」
「ああ、違うの! 違うんだけど……」

 言ってはまじまじと少年を見つめた。
 こちら風の衣服に剣も携えていて、一見傭兵のような恰好だが、クオッドスキャナーを自分の物と勘違いしたことから見ても、間違いなく先進惑星の人間……そして、タイミング的に昨日アーリグリフ城から脱走した捕虜で間違い無さそうだ。

(これが、あの小型艇の主か……お気の毒に………じゃなくて、まさかこんな所で出くわすなんて!)

(どうしようどうしようどうしようどうしよう……!)
 軽いパニックを起こしている頭を溜息をついて落ち着かせ、懸命に考える。

 まずは少年に取られてしまったクオッドスキャナー……無いとそれなりに不便だが、翻訳機は通信機の方に内蔵されてるから問題無いし、武器の類もポッドのレプリケーターさえあれば大丈夫。
 返して貰おうと思ったら自分も先進惑星の人間だとバラさなければならないが……出来ればそれは避けたかった。

「あの……僕はフェイトって言うんだ。君の名前は?」
「あ、です」

 条件反射で答えてしまい、しまったと思ったものの、ちょっと神経過剰になっているんじゃないかと頭を振る。
 その後、少し世間話をして少年――フェイトとは別れた。

「……………」
 後姿に手を振りながら、は深く息をついて頭を覆い、グラナ丘陵への門を潜った。





 グラナ丘陵に入り、たまに出会ったモンスターを何とか退治しながら、はカルサア修練場へ向かっていた足をポッドの方へと変更した。
 先ほどカルサアで出会った捕虜の一人――フェイトたちについて、ポッドのコンピューターで少し調べてみようと思ったのだ。

 屈託無く笑っていたフェイトという少年――こんな辺境惑星にいるような人間には見えなかった。
 育ちも良さそうで、あまり苦労を知らずに生きてきたように見える。
 本当に極々普通の、と同じように地球で大学にでも通っていそうな少年――……

 漆黒兵としては、見逃すべきでは無かったのだろう。
 けれど、どう見ても無害そうだし、あの小型艇が直ったらこの星を出て行く人間だ………もう一度アーリグリフに捕まったらまた拷問を受けて、説明しようも無い事情を聞かれるのだろうし、このまま逃げてくれれば………そう思ってしまった。

 それに正直、関わりたくなかったというのが本音だ。
 は、先進文明とは決別した人間だ。
 もう、あそこには戻らないと決めた。
 誰にも知られず、見つからずにこの星で生きていく為には、先進惑星の人間と関わるべきでは無い。

 それに、には今はやらなければならないこと――守らなければならないものがある。

 アルベル――彼の傍で力になりたいと……なろうと決めた。

 その彼の周りが、少しおかしいように思える。
 まだ右も左も分からないだったが、分からないなりに、気になる事があるのだ。

 例えば、漆黒内にもアルベルに反感を抱いている者がいる事や、それに疾風団長のヴォックスという男……
 アルベルに書類を押し付けて……あれは単なる嫌がらせだろうか?

 ちらりと見た所によると、どうもアーリグリフ軍総司令の認可を必要としているような書類も混じっていた。
 地位に固執し、プライドの高そうなあの男が、嫌がらせ程度でそんな重要な書類をアルベルに任せるだろうか……



 考えに没頭する余り、は周囲の気配に気付くのに遅れた。

 気付いて、慌てて弓を取り出した時には、既に周りを囲まれた後………
 しかし、それがモンスターでは無く、漆黒兵だと気付いて安堵しそうになった矢先だった。

「こんな所で何をしている、女」

 漆黒兵の後ろから胸を反らせて出てきたのは、見覚えのある人物――

「シェルビー……様」

 は思わず渋面を作った。
 シェルビーの手には、得物が握られていたのだ。

「……修練場にアルベル様のお帰りが遅くなる事を連絡しに行く途中でした。モンスターを相手にする内に、少し街道から外れてしまったようで……」
「そんなことはどうでもいい」

 相変わらずこちらの話を聞かないシェルビーに、浮かびそうになる青筋を必死に抑えながら、は怯まずに言った。

「ならば、私に何の御用でございましょう?」

「お前はすぐにアーリグリフに戻り、アルベルの帰りが少しでも遅くなるように足止めするのだ」
「何を……」
「我々には、その間にすることがある」

 は思い切り眉を潜めた。

 アルベルを呼び捨てにしたこと、そして足止めをしろと言ったこと、挙句に団長の不在に乗じてやること――?
 そんなものに、とてもじゃないが協力できるはずが無い。

「お断りします」
「――新入りの女の分際で、上官の命令に背く気か?」

 きっぱりと言ったに、シェルビーが不快気に鼻を鳴らした。
 は、いろいろな事が有り過ぎて痛くなってきた頭を押さえて嘆息する。
 自分を抑えるのは慣れた物だったが、もうそろそろ、我慢の限界というものだろう。

「いいから、さっさと行ってアルベルのお守りをしておれば良いのだ」

「――馬鹿なことを……私はあなたの兵ではありません」

「何だと……?」
 言った途端に剣呑な殺気を出したシェルビーと、その周りで武器を掲げた漆黒兵を見回して、は忍耐を放棄した。
 こいつらは、敵―――そう判断して、睨みつける。

「小娘一人動かすのにぞろぞろと仲間を従えて、お山の大将気取っているような小物の部下では無いと言ったのです。私が仕えるのは、王と……アルベル様のみ」

「なっ……! お前っ……!!」
 カッとなって剣を振り上げた漆黒兵を片手で止めたのはシェルビーだった。

「どうやら、お前がアルベルの女だと言うのは本当らしいな。そんなにあの生意気な小僧がいいか?」
「なっ……!!」

 ぐいっと無理矢理顎を持ち上げられ言われた台詞に、は頬に朱をのぼらせた。
 とっさにその手を振り払って、頭二つは高いシェルビーを睨みつける。

「くくく、まあ良い。それならばそれなりに役に立って貰おう。万一の時のあの小僧への切り札としてな――」

 シェルビーが歪んだ笑いを残し、背を向けると、お供の漆黒兵がすぐにを拘束した。

「くっ……なんの権限でこんな事を……っ」
「上官の命令に従わない部下に懲罰を与えるだけだ。よもや、女だから手加減してくれとは言わぬだろうな?」

 高笑いしているシェルビーを睨みつけながら、はぎりりと歯噛みした。

 遅かった―――まさか、こんな強引な手に出るとは。
 だとすると、やはりヴォックスも一枚噛んでいることになる。

(アルベル様――!)

 いまだ王都で足止めされているだろうアルベルのことを思った時、腹部に鈍い痛みが走り、は意識を手離した。








04.3.14
CLAP