愛しい君を心に想う。
一度灯った火は内側からじりじりと苛み、
時に鋭く、時に甘く、この身を焦がす。
消えることの無い妖火。
業火のように、烈火のように心を焼く……目に見えぬ野火――
「聞いておるのか、小僧」
本日何度目になるか分からないその言葉に、彼――アーリグリフ軍漆黒団長にして、アーリグリフ軍総指揮官を務めるアルベル・ノックスは、不機嫌そうに溜息をついた。
「うるせぇ、ジジイ」
「相変わらず態度だけは大きい奴じゃ」
アルベルの短い言葉に深々と嘆息したのは、彼の親代わりでもあるアーリグリフ軍風雷団長のウォルターである。
王都から程近いカルサアの領主邸――ウォルターの広大な屋敷――
その最奥にある彼の私室に呼び出されたアルベルは、朝からウォルターと二人きりでこの部屋に閉じ込められ、延々と説教を受けていた。
そんな状況で機嫌が良い訳は無いが、別口の苛立ちも相まって、最低の気分だった。
「全く……そんなことでは、我が娘をくれてやれんぞ。いい加減に覚悟を決めんか!」
普段温厚なウォルターが珍しく荒げた声にも、アルベルからは忌々しげな舌打ちしか出てこない。
何かと言うと「娘はやらん」と持ち出すウォルターに日頃から不満があったので、こういう時には殊更苛立ってしまう。
「うるせぇ! ジジイには関係ねぇだろうが! 過保護も大概にするんだな」
「関係ないじゃと…?」
思わず感情的になってしまった言葉への返答――その静かな低い声に、アルベルは一瞬しまったと感じた。
ウォルターは好々爺とした外見からは想像できないほど、怒らせると怖い。
正直、いかに勇猛なアルベルとて、絶対に敵には回したくない相手である。
だからこそ、どんなに不快でもこの説教に耐えていたのだが……
「小僧の縁談は、の義父であるわしには関係無いと……そう言うんじゃな?」
「………待て、俺は………」
「よう、分かった」
対面のソファから立ち上がったウォルターにつられて、アルベルも腰を浮かす。
無表情な相手に、アルベルの背を冷たい汗が伝った。
「小僧がそう言うなら、お主がどこの誰と結婚しようとわしら親子には関係あるまい。には、然るべき家から真っ当な婿を選ぶとしよう」
「オイ……!」
「大事な愛娘を、どこぞの礼儀知らずな坊主にくれてやらずに済むなら、わしにとっても否やは無い。娘にはわしから伝えておく故、漆黒殿にはお引取り願おう」
「オイ、ジジイ……!」
何が怖いといって、こうなったウォルターは、完全に本気なのが問題だった。
縁談に無関心だと言えば本当にそうするし、に貴族の婿を迎えると言えば本気で実行するだろう。
養子となり、今では実の親子以上にウォルターを慕っているは、父の言葉に逆らうことなど出来まい。
「チッ……!」
追い出されたウォルター邸を足早に後にしながら、アルベルは盛大に舌打ちした。
どんどん事態がややこしくなっていくことに、溜息を禁じ得なかった。
切欠は一体何だったのか……が疾風団長に就任し、疾風ごとカルサア修練場に移動してきて半年が経った頃だった。
唐突に、アルベルの周りが「結婚はまだか」と言い出したのだ。
王やウォルターにせっつかれるだけならまだしも、どこから聞いたのか、かつて行動を共にした女性陣――マリアやソフィア、ネルに至ってはわざわざシーハーツから訪れてまで、アルベルにプレッシャーを掛けてきた。
それも、には気付かれないように接触してくるので、アルベルの苛立ちは高まっていく一方だった。
そして先日、どういう訳か、突然が「しばらく会うのを控えましょう」などと言ってきた。
控えるも何も、同じカルサア修練場を本拠としている身だし、特別喧嘩をしたわけでもない。
いきなり何を言い出すのかと本気では取り合わなかったアルベルだったが、翌日から王城の警備見直しを検討するとかで、疾風団長はしばらく王都勤めになると通達が来た。
あの義親にして、この義娘ありだ――有言実行するだけの力を持っているのだからタチが悪い。
訳が分からないまま、徹底的にに避けられること数日……
マリアからは「プロポーズ集100選」と書かれた分厚い本、ソフィアから「地球式プロポーズ」と題された手作りの冊子、ネルからはシーハーツで人気だと言う恋愛成就お守りなどが一方的に送りつけられ、頭痛と苛立ちを持て余しているところで、休日に朝からウォルターに呼び出され、早く求婚しろと懇々と説教されて現在に至る。
「クソ……一体何だってんだ、付き合ってられるか……!」
もう自分の知ったことでは無いと吐き捨てて、自宅に帰って寝ようと決心したアルベルだったが、気付けば王都に足を運んでいた。
頭の中には、「には、然るべき家から真っ当な婿を選ぶとしよう」というウォルターの言葉が回っている。
「…………チッ!」
結局相手の思う壺であることは気に食わなかったが、ここまで来たからには本人に問い質してやろうと、半ば開き直った。
雪の舞う王都に足を踏み入れ、一直線に城へ向かう。
そうして、城の一階廊下を歩いている時、聞き覚えのある声が聞こえてきてアルベルは足を止めた。
「んじゃー、これが今日までの書類な。んで、こっちが疾風副団長からの報告書で……」
それは、今頃アルベルの代わりに修練場に詰めているはずの人物――漆黒副団長のラドフの声だった。
こんな所で一体何を……と思うと同時、聞こえてきた声に思わず物陰に身を隠す。
「わざわざありがとうございます。すみません、漆黒のラドフさんにこんな事を頼んでしまって……」
「いや、まあ……バレた時にから団長に説明するって約束さえ守ってくれんなら、どうってことないさ」
「ふふ……約束します」
どうやら、から頼んで、必要な書類をラドフに届けて貰っていたようだ。
何も聞いていないアルベルとしては、もちろんおもしろくない。それもこれも、自分を避ける為だろうから。
「それにしてもお前、今度は一体何企んでんだ? 別に団長と喧嘩した訳でも無いんだろう?」
それこそ、アルベルが聞きたいことだった為に、思わず聞き耳を立てる。
しかし、続きが語られることは無く、聞こえてきたのは喧騒と悲鳴だった。
「っ……そこの奴、逃げろっ…!!」
「きゃぁっ……!?」
「うわっ…なんだ一体………!?」
「くっ……大人しく…しなさいっ……!!」
立て続けに起こった破壊音と、聞きなれた咆哮――エアードラゴンの鳴き声に、アルベルはとっさに物陰から飛び出した。
目に飛び込んできた光景に、思わず驚愕する。
訓練途中で暴走でもしたのだろうか――通路に飛び込んできたエアードラゴンが、あろうことかその場でファイアーブレスを撒き散らしたらしい。
石造りの壁のあちこちが溶け、大惨事になっていた。
その中でも、真ん中に蹲った小柄な少女にアルベルの視線は縫いとめられる。
「大丈夫か、!?」
「……大したことはありません。それより、他の皆は……」
「ああ、事のデカさに比べりゃ、被害は少なそうだ。お前がとっさに放った水属性の攻撃で相殺されたみたいだな。ドラゴンも気を失ってるだけみたいだし」
「そうですか……良かった……」
「良かったって暢気だな……ドラゴンの暴走だぞ? 疾風の団長として事実関係の調査だとか……とにかく大問題だろうが」
「大問題は大問題ですが……犯人は分かってますから。狙われたのは私ですし」
「は……? 狙われたって……お前………」
ドラゴンの業火で肩を軽く負傷したらしいだったが、その場で応急処置したラドフの様子から見て大したことは無さそうだった。
それはいいのだが、の言葉は離れた場所で立ち尽くすアルベルにもはっきりと聞こえて、信じられない内容に耳を疑う。
「ええと…噂っていうか何ていうか……そういうので、とある貴族の一門に目を付けられてしまいまして。修練場よりは王都に居たほうが手を出されにくいかと思ったんですけど、ここまで周りを巻き込むような手段に出るとは……あまり気は進みませんが、どうにかしないといけませんね」
「気が進まない…? が……? ――って、噂ってまさか………」
そこまで行けば、アルベルにも分かった。
やられたことは倍返し――それを地で行ってるかのような策士のが、自分を狙う犯人を特定していながらもこんな事態になるまで動くことに戸惑いを見せる相手――
更にそれが貴族となれば、心当たりは一つしかない。
別の星から来たが貴族の恨みを買うようなことなど普通では有り得ないからだ。
つまり、犯人はアルベルの縁談相手――
その貴族が、アルベルと恋仲だという噂のあるに逆恨みして、その命を狙っている――
持ちかけられた当初に一度はっきり断った筈だが、そう言えばしつこく理由を聞かれたものを今日まで面倒くさがって放置していたことを思い出した。
縁談を断る理由を明文化するとなれば、婚約や婚儀など正式な事実が必要になる。
(そういうことか……)
「――アルベル様には、黙っておいてくださいね?」
アルベルに背を向ける位置に居るとラドフは、アルベルの存在に気付いていない。
危うく死ぬほどの目に遭っていながらも、そんなことを言っているに顔を歪めて、アルベルは足早にその場を後にした。
恐らくは王もウォルターも、そして他国に居るネルまでも、事情に気付いていながらラドフと同じようにに口止めされたに違いない。
せめて状況を打破しようとして、ネルから話の伝わったマリアやソフィアまでもがアルベルに結婚を嗾けてきたというわけだ。
そしては、アルベルがはっきりと将来のことを口にしていなかった為に、自分を狙う貴族に対して強く出ることも、それをアルベルに言うことも出来なかった。
「……阿呆が」
王都を出た途端襲い掛かってきたモンスターを一刀の元に斬り伏せて、アルベルは誰にともつかぬ言葉を吐き捨てた。
「………はぁ、疲れた」
バール山脈の内部で一日がかりの目的をようやく終えたは、深々と溜息をついた。
先日、アーリグリフ城内で起きたエアードラゴンの暴走。
調査の結果、何者かがこっそりと、ドラゴンに錯乱する香を嗅がせたらしいということが判明した。その後、実行犯らしき近衛隊の男も捕まえたが、その背後関係まではいまだに口を割っていない。
実行犯は近衛隊の者だったが、エアードラゴンは疾風の管轄である。
管理不行き届きとの処断で、疾風団長であるにも咎めがあったのだが――
「陛下もどういうおつもりなのかな……」
これまでにもここまで規模は大きく無かったものの、似たような手口が続いていた為に、これがを狙った犯行であることは最初から分かっていた。
それは、事情を知る王とて同じである。
流石にここまで被害が大きくなってしまい、証拠を掴んで処断することを決めたようだが、にもそしてアルベルにも非が無いことは日頃から王もウォルターも口を揃えて請け負っていた。
今回とて、その点では同じ姿勢であり、疾風団長としての咎めも形だけのものだと言っていたのだが――……
今日になって突然、錯乱したドラゴンをバール山脈の竜洞に連れて行くようにと命令が下った。
竜洞はドラゴンの生まれる場所――そこに湧く泉は、竜族の病気や怪我を癒すと言われている。
香で錯乱し、動きを止める為にが仕掛けた攻撃で足を負傷したエアードラゴンは、中々の重症だった。誰かが竜洞に連れていかねばならず、にも責任があるので、命令に対して別段否やは無いのだが、どこか腑に落ちない。
騎竜のタイタスを洞窟の入口に待たせ、は迷路のような内部を負傷したドラゴンを守りながら何とか泉まで辿り着いたところだった。
ブーツを脱ぎ、自分も膝まで泉に浸かりながら、ドラゴンを導いて泉の水をかけてやる。
キュイ…と気持ちよさそうに鳴いたドラゴンに、は瞳を和ませた。
――と、その時である。
音ではなく、気配の張りつめた闘気に気付いて、がざっと弓を構えた時だった。
タタンと独特の軌跡を描いた一撃に、とっさに弓本体を盾にして防ぐ。
「――アルベル様っ!?」
燃えるような赤い瞳が、互いの武器ごしにいつもとは違った距離から見つめていた。
感情の読めない強い光が、ぞくりとの心を波立たせる。
やがて、刀と弓の間でバシリと火花が散った。
その反動で、アルベルは身軽に後ろに着地し、は予期せぬことにそのまま後ろに弾き飛ばされた。
間髪入れずに地を蹴ったアルベルが、倒れそうになったの体を捕まえて、泉の奥にある壁に押し付ける。
ダンッと顔の横に拳が叩きつけられ、一瞬身を強張らせたは、呆然としてアルベルを見上げた。
入口にはタイタスを見張りに立たせていたのに、とか、一緒に泉に入っていたドラゴンは無事かとか、的外れなことばかりが頭を巡り、ようやく口に出来たのは疑問一つだけ。
「どうしてここに……?」
しかしアルベルは、表情一つ動かさず、別のことを口にした。
「俺に隠してることがあるだろ」
疑問系ですら無い言葉に、は大きく目を見開く。
「な…何のことです……」
「惚けんな。俺自身の問題をお前が背負いこむなんざ、どういうつもりだって聞いてんだ!」
――「お前ごときが、アルベル様の想い人だって言うの!? 身分違いも良い所……思い上がりも甚だしいわ!!」
一連の事件が起こり始める前、の前にどこかのお姫様といった美しいドレスを纏った美少女が現れ、そう糾弾されたことがあった。
言っている内容はとて頭に来るものだったけれど、封鎖的なこの国の風土を考えると少女を恨むことも出来ない気がした。それに、言葉はどうであれ、あの少女もアルベルのことが本当に好きなのだと気付いたから――
(私が現れなければ、アルベル様の横に居たのはあの子かもしれない……)
そう考えると、自分からはどうにも動けなくなってしまったのだ。
アルベルの顔を見ているのさえ辛く、また彼に危険が及ばないようにと、半ば逃げるようにして傍を離れた。
「挙句、勝手に人のこと避けやがって……聞いてんのか?」
「……だって……私には何も無いから……」
「何?」
「私には、あの子に言えるだけの確かなものなんて何もありません…! 今のアルベル様の心だって、ずっと変わらないなんて保障は……っ!」
「見くびんな!」
再び壁に叩きつけられた手に、は大きく震えた。
怒りやその他のものを抱えた赤い瞳が、真っ直ぐにを射る。
「――昔、フェイトに言ったことがある。所詮、俺達人間なんてのはテメエとテメエの周りにいる、ごく僅かな仲間のコトしか考えられねぇ生き物なんだとな。テメエや、テメエの仲間、ホレた女の一人も幸せにすることが出来なくて、一体何の意味があるのか、と。フェイトはそれでも思いやりの心が大事だなんてほざいてやがったが、俺の考えは今でも変わってねぇ。一国の軍の頭に居る限りは、国丸ごと守れるのが理想なんだろうが、それにはまだまだ力が足りねぇ。いざという時は、中途半端で何も守れねぇことだって有り得る」
真剣な瞳、真剣な言葉は、の視線も呼吸も縫いとめる。
「だが、どんなことがあっても俺がこの手で守りたいと思うもの――それが一つだけある――」
ドクンと高鳴った鼓動までもが、目の前のアルベルによって支配されてしまった感覚を覚えた。
全神経が、アルベルに傾いている。
(胸が…熱い……焼かれるみたい……)
息苦しさに胸を押さえるとは対照的に、動揺も照れも無く、アルベルはを瞳に映したまま、はっきりと告げた。
「――お前だ、」
大きく見開かれたの瞳に映るアルベルは、どこまでも真剣だった。
そして、壁に凭れる形のの前に、ふわりと跪いた。
泉の中でのこと……跪くことで腰まで水に浸かったが、そんなことは一向に頓着しなかった。
片膝をついて、呆然とアルベルを見下ろすの左手を取る。
壊れ物を扱うかのように持ち上げ、その甲に恭しく口付けた。
次いで懐から取り出した指輪をその薬指に嵌めて、その指輪にも口付ける。
「………俺のものになれ」
指輪に口づけたまま、目線だけ見上げて言われた台詞に――ようやく我に返ったは、頬や耳だけでは収まらず首まで真っ赤になった。
心臓が早鐘のようになって、胸に付いた火が容赦なく心を焦がす。
「なっ…なっ……」
余りのことに、言葉を失くすとはこのことだった。
反射的に後ずさりそうになったが後ろは壁で身動きできず、引っ込めようとした左手はアルベルによって引き止められる。
「受けるなら、お前から口付けろ」
「えっ……はっ……!?」
これはもしや、俗に言うプロポーズなのでは……混乱する頭でようやくそう思い当たったところに、更にとんでもない事を言われて再びの頭は混乱する。
「俺のものになんのは嫌か?」
ようやく照れを自覚してきたらしいアルベルが怒ったように睨み付けてきて、は慌てて首を振った。
「嫌じゃありません!……けど……」
「だったらさっさとしろ!」
歪みのアルベルに睨まれての命令口調では、脅されているような感もあったけれど、はゴクリと覚悟を決めると、身を屈めて跪いたアルベルに口付けた。
その瞬間腕を引かれて、派手な水しぶきと共にも水中に引き込まれる。
逃がすまいとするような強い抱擁と共に、熱い口付けを泉の中で受けた。
どこか神聖な泉の中でのそれは、まるで、二人だけの婚姻の儀式のようだった――
「――で? 結局プロポーズの言葉は何だったの?」
その後、の命を狙っていた貴族は口を割った実行犯の証言により罪を問われ、負傷したドラゴンも完治し、正式に婚約したアルベルとも無事結婚式まで漕ぎ着けることが出来た。
これは、式の後、気心の知れた身内だけで開いたささやかな酒宴の席でのマリアの台詞である。
アルベルからいろいろと聞き出して、マリアが「プロポーズ集100選」という本をアルベルに送ったのを知っていたは苦笑した。
先ほどまで、王によってプロポーズのエピソードが暴露されて散々からかわれていたアルベルのことを考えると、台詞まで教えるのは気が引ける。
何と言っても、『俺のものになれ』である――マリアやソフィアが大喜びで騒ぐのは目に見えている。
「それにしても、アルベルが自ら「由緒正しい求婚がしたいから協力してくれ」と言って来た時には驚いたぞ。俺に頼み事をすること自体珍しいが、事が事だからな」
祝いの席で得意そうに暴露し始めたアーリグリフ王に、アルベルは今にもクリムゾン・ヘイトを抜きそうだった。
結局おもしろがったフェイトとクリフにより、二人がかりで取り押さえられ、一部始終が暴露されたのだが、も初耳のことだったので、純粋な驚きもあった。
アーリグリフに伝わる由緒正しい求婚方法――それは、竜洞の泉で求婚するというものだった。
男が女の手に口付け、女が唇に口付けを返したら、求婚は成立するという。
だからあの日、急にあんな命令がくだったのかという納得と、何も知らされなかったのは詐欺なんじゃないかという気持ちがわきおこった。
アルベルはきちんとプロポーズの言葉も言ったので別に騙された訳ではないのだが、その意味を踏まえて自分の行動を思い出すと、恥ずかしさに眩暈がしそうだ。
「三人とも心配掛けたものね……プロポーズの言葉はねぇ……」
意趣返しとばかりに、マリア、ソフィア、ネルに口を滑らせただったが、彼女たちに――主にソフィアに伝わるということは、フェイトにもクリフにも、王にもウォルターにも伝わるということである。
「キャーーー! すごーい! ホント!?」
(うっ……マズかった…かな……)
ソフィアが黄色い声を上げた瞬間、アルベルの殺気を感じた気がしたが、は意図的に無視した。
プロポーズで指輪を贈ってもらえたのは、ソフィアの手作り冊子のおかげだ――ロストチャイルドとして全てを諦めていたでも、一応女の子としての夢も憧れも隠し持っていた訳で……
左手の薬指に輝く指輪に、は誰にも見られないようにそっと口付けた。
不意打ちでも、騙し打ちでも、構わない。
あの日二人の心に灯った野火は本物で、一生消えることは無いだろうから――
CLAP