驚きの余り、声が出なかった。
乾燥した冷たい風が周囲に舞う中、の体はただ目を見張って凍り付いていた。
(……………え…?)
喉元に冷たい感触。
ツ、と底光りするそれを辿っていった先には、一人の男が立っていた。
彼は、その赤い瞳に剣呑な光を走らせ、低い声で問う。
「――貴様は何者だ?」
にとってのそもそもの事の起こりを、いつと言えば良いのか……
その正確な日付はもはや覚えても居ないほど昔になってしまったが、一つの大きな転機が、一週間前にやってきた。
訪れていたリゾート地・ハイダが突如バンデーンによって奇襲攻撃を受けたのだ。
アールディオンならともかく、なぜバンデーンが……
皆がそのような疑問を抱き、そして壊されていった保養惑星と、逃げ遅れた人々の命――
モニターに映し出された戦闘の様子は生々しく、あの光の一つ一つが大勢の命を奪っていっているのだと、伝わる振動がリアルに実感させた。
はすぐに緊急避難施設へと押し込められ、事無きを得たが、第6深宇宙基地への護送船に乗艦する際、そして乗艦後、自分でも驚くほど大胆な行動に出た。
つまり、混乱に乗じてわざと連れとはぐれ、誰一人知り合いのいない安全な護送船から救命ポッドで単身脱出したのである。
我ながら、なんて無茶な……とは思う。
救命ポッドはあくまで緊急時の脱出用であって、出来る限りの救命装備があるとは言え所詮は人一人乗れるだけの小型ポッド……そんなもので広い宇宙のど真ん中に、何の経験も知識も無い小娘が飛び出すなど……自殺行為と取られてもおかしくはなかった。
けれど、脱出後にポッドの中でが最初に感じた事は、恐怖でも焦りでもなく、安心感だった。
「コンピューター、救難信号は出さないで。それから、なるべく先ほどの母艦にも追跡されないように――お願い」
おかしなオーダーだという自覚はあったが、コンピューターは、了解しました、と答えたのみだった。
そして約6日……130時間ほど漂流して、の要望したヒューマンタイプの生存が確認できる……しかし文明があまり発展していない未開惑星に到達した。
逃亡している身を隠すには、先進惑星では都合が悪いのだ。
「エリクール2号星――」
降下する美しい惑星を眺めながら、はその名を呟いた。
――エリクール星系第2惑星。地軸の傾き32.6%、恒星距離0.8天文単位、重力0.9G、地球での17世紀中盤程度の文明が確認できます。
コンピューターの説明に頷いて、画面に出ている情報に目を通した。
戦乱が絶えず、人口の測定もままならない惑星………
どちらの大陸のどの辺りに着陸するかと問われ、は無意識に答えていた。
「西の文明の低い大陸へ――そして、一番戦乱が多い地域へ……目立たないように降りて」
その星に降り立ち、久しぶりの外気に触れて、は思わず身を震わせた。
海沿いの丘陵地帯……どこか寂しいながらもどこまでも開けた自由な海に、一つ大きく深呼吸する。
ハイダは常夏のリゾート惑星だったが、降下したこの地域の季節は冬なのか、随分冷たい風が吹いている。
は寒さには滅法弱い。思わずレプリケーターを操作して、最初にコートを生成した。
次いでクォッドスキャナーを取り出し、辺りの情報を検索する。
北方と南方に、共にヒューマンの生命反応が複数………北の方が規模が大きいが、どうするか……と考えていると、周りにヒューマンでない生命反応が動き回っていることに気付いた。
「………凶暴な怪獣とかだったらどうしよう…」
はここでようやく命の危険を感じ、弱気になった。
荒涼とした荒野に、ぽつんと一人で立っている不安が押し寄せてくる。
しかし、後悔先に立たず。
今は、ようやく自由になったこの身で、立派に生き延びることが先決だ。
取り合えず町に行き、どうにかして職を見つけ、何とかして住む場所を探し、頑張って食べ物を調達する!
「………………………ええと、そうだ、武器とかも一応要るよね…」
墓穴を掘りそうなほどお先真っ暗な状況を今は敢えて頭の片隅に押しやり、は再びレプリケーターを操作した。
戦闘経験なんて勿論無いし、武器を扱った事も無い。
だから、が扱える武器になりそうなものは、一つしかなかった。
「よし、中々上手く出来た」
宙から現れたのは、小型のアーチェリーと矢。
学校の部活で使い込んでいたのと同じようなタイプのものである。
以前友達に誘われてやったゲームのファイトシミュレータでも武器として使えたし、何も無いよりはマシだろう。
「――さて、こうしてても始まらないもんね」
人の多い北に出発!
と、クオッドスキャナーを覗き込んだ途端にの体は反転。
心意気とは裏腹に南を目指しながら、は深い溜息をついた。
北への道には、やたらと未確認生体反応がたむろしていたからだ。
「――やぁっ!」
何とか最初に遭遇したキノコお化けのようなモンスターを倒して、はその場にへたり込んだ。
――つ…強すぎる…!
さっきは取り合えず一体だけだったし、アーチェリーは遠距離攻撃型なので、攻撃しては逃げる、攻撃、逃げる、の繰り返しで勝てたのだが、これが数体まとめて出てきたらと思うとゾッとする。
早くも矢の残りも心配になって来たし、どうするか……一旦ポッドまで戻るか……そう考えている時に、恐れていた事態が起こった。
「…きゃぁっ………!」
思わず漏れた悲鳴と共に、体が叩き付けられ、激痛の中、はどうにか体を起こした。
振り向いた先には、先ほど戦ったのよりも強そうなモンスターが3体……
たらりと嫌な汗をかきながら、ここは逃げの一手! とばかりに身を翻して、その途端に走った痛みに派手に転倒した。
慌てて見ると、左足が赤黒く腫れ上がっている。
先ほどの攻撃を受けた時に挫いたのかもしれない。
荒い息の下、眩暈に頭を押さえると、額の辺りでぬるりと温かい感触。
離した掌には、真っ赤な血が付着していた。
まさに、ボロボロの絶体絶命――……
自分の死に直面しながら、はふっと笑った。
この星に来たこと、こんな結果になったこと、後悔はしない。
けれど、簡単に諦めてしまうのは絶対に御免だった。
「くっ……!」
痛む体を引きずって、尻餅をついたまま、迫るモンスターに矢を射掛ける。
霞む視界のせいで上手く当たらなかったが、それでもめげずに何度も射た。
しかし、すぐにその矢も尽きて、は全くの無防備になる。
それを待っていたかのように、モンスターたちは一斉に飛び掛ってきた。
「っ! お父さん、お母さんっ!!」
アーチェリーを握ったまま両手で頭部を庇って、思わず目を閉じた。
その時、ばさりと何かが動いた気配がして、モンスターとは反対方向からのそれに目を開けると、の視界に刀を振るう男の姿が飛び込んできた。
不機嫌な様子で大振りに刀を薙ぎ払い、あっという間に3体のモンスターを地に沈める。
――助…かっ……た?
こんな物語のようなタイミングで助けが入るなんて……
そうは思いながらも、当面の危険が去ったことで、は深い溜息をつき……かけた所に、ざっと男が動いた。
何とにモンスターの血に濡れたままの刀を突きつけたのだ。
(……………え…?)
ちくりと痛みを感じるほど正確に喉元に当てられたそれは、少しでも動くと急所を切断されそうな位置だ。
助けてくれたのでは無かったのか………?
驚きすぎて真っ白になった頭に、それだけが去来する。
「――貴様は何者だ?」
黒から金にかけての不思議なグラデーションの髪、左手につけられた鉄甲と鉄の爪、この気候にしては寒そうな格好……
だが、朦朧としたの視界に、それ意外の一つだけが深く刻み付けられた。
何者をも拒む、孤高の色をした瞳が――――
そこまでで限界だった。
の意識は、深い闇へと飲まれていった……
04.3.14
レベル1でグラナ丘陵はツライですよね…(笑)
敵は捏造……だってあそこ、キノコと漆黒兵しかいないんだもん…
CLAP