「ほら、こっちよちゃん。今の内!」
隠れていた物陰から手を引かれて走る。
「……ねぇレイヴン…」
「シーッ!」
緊迫感を出してこちらの声を窘めるレイヴンに、は反射的に謝った後で我に返ってため息をついた。
「……じゃなくて、こんなことする必要、ある?」
呆れて言ったに、レイヴンは不思議そうに瞬き、やがて得意顔で不敵に笑った。
「ふっふっふっ、やっぱり再会はインパクトが無いとねぇ。それに、ちゃんも見たいっしょ? 少年少女の驚いた顔」
「そりゃまあ、カワイイ子はからかい甲斐あるけど」
誰かに追われている訳でも、見つかって咎められる訳でも無いのだから……と言っても無駄なようである。
こっそり船に上がり込み、上に引っ張り上げて貰いながらは諦めて複雑な境地でレイヴンの背中を見つめていた。
ダングレストの偉大な大首領が命を落とした翌日、待ち合わせの時間になってもレイヴンは現れなかった。
心配になり、訪ねた彼の部屋はもぬけの殻。
慌てて通りすがりのユニオンの人間に聞けば、朝早くからドンが居なくなったことで生じた諸々の問題を解決する為に引っ張り回されているという。
何だそういうことかと安堵したは、この段階になってようやく凜々の明星の面々と何も言わずに離ればなれになってしまったことに気付いて、彼らが取っていた宿に足を運んだ。
しかしそこにも誰もおらず、凜々の明星は昨夜の内に街を出てしまったことを知った。
きっと、ジュディスを探しに行ったのだろう。
背徳の館で、ジュディスが魔狩りの剣に狙われているという話を聞いたのはまだ昨日のことだ。
ギルドとしてのけじめでもあるのだろうが、困っている人を放っておけないお節介性分ばかり集まっている彼らの行動はある意味分かりやすい。
これからレイヴンがどうするつもりなのかは知らないが、ドンのことで大変になってしまった今、護衛の話からはこちらから解放してあげるべきかもしれない。
ユーリたちなら、エステルの依頼の後で、出世払いでもきっと依頼として請け負ってくれるだろう。
大橋の上から川を見下ろし、そんなことをぼんやりと考えていたの元に、息を切らしたレイヴンが走ってきたのはそんな時だ。
「やっと見つけた、ちゃん! 俺様置いて勝手に散歩行っちゃ駄目じゃないー」
「ご…ごめん…?」
散歩ではないのだが……と思っていると、レイヴンはいつも以上に挙動不審な所作で辺りをこそこそと見回して言った。
「それはともかく、うるさい連中に見つかる前にさっさと出発しましょ」
「え? ちょ…ちょっと待って、レイヴン! うるさい連中って……出発って、ユニオンは?」
「あー、大丈夫大丈夫。緊急の問題は片付けてやったし、後はあいつらでどうにかすんでしょ」
そんないい加減な……とは思ったものの、「もうこき使われてヘトヘトよ~」やら「あいつら、遠慮ってもんを知らねーんだから」などとぶつぶつ言っているのを見て、もごちゃごちゃ考えるのを止めた。
ドンを失ったユニオンにとってレイヴンに頼りたい部分があるのは確かなのだろうが、レイヴンとていろいろ考えたに違いない。
その上で決めたことなら、何も知らないがどうこう言うことでは無いだろう。
それと同じに、こうして表面上はいつも通り笑っている顔が、どれだけ無理をしているのかなど、には分からないし、分かったところで彼の痛みをどうすることも出来ない。
ならば、に出来るのはレイヴンに合わせてなるべく彼の負担にならないようにするだけだ。
「……それで、行くって何処へ?」
なるべくいつも通りを心がけて尋ねたに、レイヴンはおよ?と目を瞬き、それはもちろん……と続けた。
「いたいけな若者達のとこ、よ」
「――んむんむ。青春よのう」
がここに至るまでの経緯を思い出していると、レイヴンが船室の上でポーズを決めながら『いたいけな若者達』の注目を集めているところだった。
「……ヤッホー、昨日ぶりー」
もヤケ気味に苦笑いで挨拶する。
かなり驚いた様子の面々は、ぎょっとして目を瞠った。
「うわっ! お…おっさん……!? それにまで!!」
「一体いつの間に上ったんだよ……」
ユーリの尤もなツッコミを華麗にスルーしてレイヴンは一人で飛び降りてしまい、置いて行くのかとぎょっとしたに向かって、大きく両手を広げた。
「さあ、ちゃん! しっかり受け止めるから、おっさんの胸に飛び込んでおいでー!」
「………………ユーリ、お願い」
「りょーかい」
胡散臭さ全開のレイヴンは無視してユーリに頼んで飛び降りる。
そんなに高くもなかった為、少し手を貸して貰ったくらいで無事に着地出来た。
何で青年なのよー!!と一人で騒いで年少組に呆れられているレイヴンに、ユーリは、で?と半眼を送る。
「おっさんは何してんだよ? まで巻き込んで」
そこからはと同じような「ユニオンはいいのか?」というようなやり取りがあり、レイヴンの目的がドンの遺言であるイエガーの件に絡んでいるのだということをようやく知った。
その為に、イエガーとも衝突している凜々の明星と行動を共にしようと……そういうことなのだろう。
他に何か目的があるのかは今のには想像もつかないが、以前とは違ってちゃんと知りたいとも思うようになっていた……聞いたら教えてくれるのだろうか。
ぼんやり考えている内に、一行はジュディスを追って、デズエール大陸のテムザ山に向けて出発する。
「フィエルティア号、出発進行なのじゃ」
船を仕切るパティの掛け声によって、再び大海原に向けて船はこぎ出したのだった。
十年前、人魔戦争、生き残り、始祖の隷長<エンテレケイア>、ヘルメス式魔導器<ブラスティア>、バウルとジュディス――……
ジュディスを追って分け入ったテムザ山では、にとって初めて知ることがたくさんあった。
人魔戦争というのも、簡単な常識の範囲で耳にしたことはあったが、それにレイヴンが参加していたというのには驚いた。
「さすがの俺様も、あんときは死ぬかと思ったね。あ~、あんとき、死んでりゃもうちっと楽だったのになあ」
冗談めかして言ったレイヴンの言葉は、ズキリとの胸に突き刺さった。
以前、「死にたくない」とレイヴンに縋って泣き喚いたことが蘇る。
普段の紳士な彼ならば、そんなの前で無神経なことを言うはずがない。
再びコゴール砂漠を通ったからか、それとも昔の戦争が関係あるのか……レイヴンの様子は、ドンの死後に輪をかけておかしかった。
妙に饒舌だが、どこか退廃的だ。
そして、ようやく再会できたジュディスから聞いた、魔導器を破壊していた理由……ヘルメス式魔導器とエアルの関係。
エアルが関係している以上、にも無関係の話ではない。
もしかしたら、がこの世界に来たことにも関係しているのかも――
その後、ジュディスの相棒である始祖の隷長バウルを狙って来た魔狩りの剣のティソンとナンを退け、バウルは無事に始祖の隷長としての成長を遂げた。
人間の数倍の竜のようであった姿が、成長した後は見上げても全長が見えないほど巨大になり、まるで空を泳ぐクジラのようだ。
空を飛ぶ生き物ではあるが、鳥ではなくクジラと思えば怖くない。
半ば自分に暗示を掛けて、その場から脱出する為に、も他のみんなと一緒にバウルの背に乗った。
動けなかったバウルの為にずっと寝ずの番をしていたらしいジュディスが倒れたのは、戻って来たフィエルティア号ごとバウルに引っ張り上げて貰い、空行く船と化した甲板でのことである。
病気ではなく疲労だというエステルの見立てでその日はゆっくり寝かせておくことにして、翌朝、起きてきたジュディスは昨日の続きを語ってくれた。
「長い間、始祖の隷長はエアルを調整し続けて来た。だけど近頃エアルの増加が、彼らのエアル調整の力を上回ってきている」
その言葉に…ジュディスの話に真っ先に思い浮かんだのは、"似ている"という思いだった。
エアルを大量に吸収でき、エアルを糧に生きているは、始祖の隷長に"似ている"と。
そして、デュークに言われた言葉を思い出した。
――「お前は、あの少女とこの剣の中間のような存在。どちらとも似たような性質を持つが、どちらでも無い……中途半端な存在だ。だが、役割を得たいなら私と共に来るべきだろう」
エステルや剣云々というのはよく分からないが、彼が"役割"と言ったのは、そういう意味なのではないのか。
不思議な剣でエアル・クレーネのエアルを静め、聖核<アパティア>を砕き、人の世に興味は無いと言い、浮世離れした雰囲気を纏うデューク……彼はどちらかというと、人間よりも始祖の隷長側にいるように思える。
とにかく、バウルがエステルをエアルの乱れと感じた理由も含めて、落ち着いたらフェローに聞きに行こうということで話は落ち着き、一行はとりあえずの補給をするため、一度ダングレストに戻ることにした。
行きは船で二日ほどかかった日程も、帰りは空路だと半日もかからないらしい。
しかも、海と違って空は魔物が襲ってくることもなく、同じく空を領分とするの天敵・鳥類もバウルを恐れて近付かない。
到着までの間、みんなそれぞれ思うように船上で寛いでいたが、見張りも必要無いので船室で仮眠を取る者が多く、いま甲板に居るのはだけだった。
船のヘリに頬杖をつき、吸い込まれそうな空の蒼をぼんやり眺める。
ふと上を見上げれば、悠然と空を飛ぶバウルのお腹が目に入った。
「始祖の隷長……か。バウル、あなたなら私のことも何か知ってる……?」
答えを期待していた訳では無いし、会話が成立するとも思っていない。
しかし予想に反して、空に響き渡る短い鳴き声が返り、次いでくすくすという可憐な笑い声が聞こえた。
「"答えられない"ですって」
「ジュっ…ジュディ…!! 寝て無くていいの?」
「もうたくさん寝たもの。むしろ寝過ぎちゃったわ」
そう言って艶やかに笑ったジュディスは、お邪魔しても良いかしら?と聞いて、の隣に並んだ。
「バウルを恨まないであげて。何も意地悪で答えない訳では無いの、彼にも分からないのよ」
静かなジュディスの言葉に、動揺していたも頭を冷やしてため息をついた。
少し考えれば、当然のことだ。
ジュディスは始祖の隷長のバウルと意思疎通が出来、相棒と言える程信頼しあっていて、バウルの感じ取るエアルの乱れを知覚できる。
しかも、始祖の隷長でもかなりの権限を持っているらしいフェローや亡きベリウスとも知り合いだ。
いくらアレクの魔導器で普段エアルの出し入れを抑えてはいても、一度肉体を無くしたエアル人間などという規格外なものに気付かないわけがない。
「ううん、私こそごめんなさい――『私のこと』なんて、大ざっぱすぎだよね。私自身にさえ分かんないのに」
「……そうね、貴女の気配はとても不思議だわ。人間らしく笑ったり怒ったりするのに、纏う空気はどこか始祖の隷長<彼ら>に近い」
はゆっくりと瞬きして、そっか……と呟いた。
「もしかして、私のことも何かフェローに言われてた?」
「ええ……彼らと似たような性質の、けれど異端の存在が現れた――とだけね。どれだけエアルに干渉するか全くの未知数だから、監視しろって暗に言われていたの」
「それで、監視の成果は?」
「バウルと同じよ。"よく分からない"――ね。貴女はエステルのように日常的にエアルを乱す訳では無い。私が一緒に旅をしてきて、感じた大きな乱れは一度だけ――封鎖されたカドスの喉笛を通って野宿した晩だけよ」
しかも、エアルを乱して増やした訳では無く、逆に減少させた。
そう言われて、レイヴンと二人でこっそりカドスのエアル・クレーネに採取に行った時のことだと思い出した。
あの時から……いや、出会ったときから既にが異端だと知っていたというのは、何だか不思議な感じだったが、そうと気付かせないジュディスのポーカーフェイスもすごい。
「ありがとう、みんなに黙っててくれて」
「……どうして秘密にしているのかしら?」
「私も意地悪してる訳じゃないんだけど、ちょっと言えない理由があって。それに……」
言えないのは、アレクと約束したからだが……
「それに、怖いのかも」
ユーリたちといるのは楽しいし、気が楽だ。
だからこそ怖くなってしまったのだ。
言うことによって、何かを失ってしまうのが怖くて。
「少し……分かるわ」
「え?」
「私も、何故だか離れる日が来るのが怖いと思ってしまった。それでも……動かなければ止まってしまうだけ」
化石のように止まって、何も変わらなくて……変えられなくて。
それでは、ひたすら前に向かって走っている彼らの中では、たちまち置いてけぼりにされてしまう。
ジュディスは動いたのだ。そうして今、真実を話してここに居る。
は微かに自嘲の笑みを漏らして、頷いた。
「そうだね。私も、動かないと」
自分のことを、みんなに話そう――はそう決めた。
けれどその前に、アレクに会って、エアルと世界のことや始祖の隷長のことを知らせる……そして、この前の話の続きを――元の世界に帰れる可能性があるのかを、聞かせて貰う。
一応けじめとして、レイヴン以外の旅の同行者であるユーリ達に話す許可も取らなければならない。
――でも、何よりもとにかく先に。
「私も、フェローに会って、確かめるよ」
デュークの言葉の意味を、このテルカ・リュミレースという世界でいま"生きている"意味を、見出す為に。
120125
ドリ要素ほとんどありませんでしたが、駆け足でジュディスちゃんとバウルの成長イベント終了!
竜使い小説読んで、いろいろ考えました。
ジュディスちゃんとの番外編とかも書きたいなー。
次回はフェロー行く前にダングレスト書きます!