13.torre - 塔 -

「……だ、誰だ、そのクリティアッ娘は? どこの姫様だ?」

 ガスファロスト――歯車の楼閣。

 ユーリを追って何とかその塔に侵入出来たたちは、早速バルボスの配下たちに見つかり、戦闘になった。
 それが終わった頃に現れたユーリは元気そうで、追いかけてきた面々は安心したのだが、ユーリと共に捕まっていたという美女を前にしてレイヴンは今までに無いはしゃぎようを見せていた。

「俺様としたことが大きすぎるミスを犯した! こんなことならもっと早くに乗り込んでくるべきだった! ユーリよりも先に、そちらのクリティア族のお嬢さんに出会えていれば、今頃ふたりはっ……!」

 舞い上がって盛大な独り言を漏らし、妄想に身を悶えさせるレイヴンに、の彼に対する評価は大暴落していた。
 ユニオンでの周囲の反応や本人の言動からしても相当の遊び人だということは分かっていたが、少し甘く見すぎていた。
 普段はわざと道化ている所もあるようだが、これは本気だ。というか、習性だろうか。
 本気で彼女が好みのタイプど真ん中なのだろう。
 ドンが言っていた通り、天性の女好きとはこういうことなのだ。

「私は。あそこの気持ち悪いおじさんの連れなんだけど……えっと、放っといていいから、ゴメンね」
「ジュディスよ。みんな個性的でおもしろいのね」

 整った容貌で紅い唇から発せられた柔らかな声音と微笑みに、は思わず顔を赤らめた。
 見たところ自分よりも年下だろうに、この色気に溢れた存在感はどうだ。
 完全に負けているというか、勝負にもならない。
 何やらクリティア族という種族らしいし、女という性別は同じでも人種が違うんだ!と自分を納得させても微笑みを返した。

「そう言って貰えると救われるよ、ジュディスさん。んー…私もユーリみたいにジュディって呼んでいい?」
「ええ、いいわ。なら私も、、ね」
「うん! よろしく、ジュディ! あ、ホントにあの気持ち悪いのはスルーしてね」

 レイヴンを無視してジュディスと交流を深めていたに、ようやく我に返ったらしいレイヴンが寄ってきた。

「ちょっ…ちょーっと、さん? さっきから気持ち悪い気持ち悪いってもしかしておっさんのこ……」
「ユーリも行こ。長居してると、誰かさんの怖い病気が移っちゃうよー?」
「そいつは勘弁だなー。下町の魔核もまだ取り戻せてねーし」
「青年も一緒になってひどい! ちょっとちゃん、待ってってばー!」

 無性に苛々してしまったは、そのままレイヴンを置いてユーリとジュディスとその場を離れようとしたのだが……

「危ない!」

 叫び声が聞こえたかと思うと、急に上から何かが降ってきて強く突き飛ばされた。

「フレン!?」

 ユーリの声に身を起こせば、ユニオンで見たフレン・シーフォという騎士団のキラキラ王子が立っていた。
 どうやら上からたち目がけて襲いかかってきた敵を、タイミング良く仕留めてくれたらしい。
 しかもそのままなら丁度が危なかったようで、間一髪のところで助けられたのだと分かった。

「おまえ、仮にも小隊長が何やってんだ、一人で」
「人手が足りなくてね。それに、どんな危険があるかも分からなかったし」

 驚くユーリに答えたフレンは、剣を鞘に戻してに歩み寄ると片膝をついて手を差し出した。

「大丈夫かい? とっさとは言え、女性に手荒なことをして申し訳ない」
「い……いえ、滅相もない! 助けていただいてありがとうございます…!」

 絵本から抜け出して来たような王子様っぷりに照れながらも、有り難く手を借りて立ち上がる。

 その後は、バルボスのことやエステルの同行についてフレンとユーリたちが話をしていたが、結局全員で行くと決まって改めて挨拶をして歩き出した。
 再度怪我はないかと執拗に聞いてくるフレンに笑って大丈夫だと請け負っただったが、その背を見送りながらしみじみと呟く。

「白馬の王子様ってホントにいるんだな……」
「……ちょっとー、ちゃん何ぼーっと見つめちゃってるわけ? もっ…ももももしかして、あの小隊長の坊やにほほほ惚れちゃったとか……!?」

 何やらよりも後方からのんびり遅れてやって来たレイヴンに声をかけられ、わざとらしくそんなことを言われて。
 は深いため息をついて歩き出した。

「まさか。一目惚れなんてレイヴンじゃあるまいし」

 扱いが違いすぎると大騒ぎで付いてくるレイヴンに、は心中で、どっちが!と悪態をついて顔を背けたのだった。






 剣を中心にエアルの光が収束して波状に弾ける。
 僅かに反応した体の鼓動のようなものを確認し、は呆然と塔の頂上を見上げた。

「デュークさん……」

 塔の中を歯車の仕掛けを作動させながら登りきって、屋上で対峙したバルボス。
 三流悪役よろしくご大層な野望をいけしゃあしゃあと語る大言壮語はある意味尊敬する。
 しかし、こちらはジュディス、フレン、そして一応も入れて八人と一匹なのに、バルボスの持つ魔導器の剣一つに全く手を出せずにいた。

 触れなくても離れた場所に爆発を起こさせるそれは最早反則というもので、バルボスが出力を上げ、大きな攻撃の準備に入った時だった。
 まさに神出鬼没のデュークが現れ、伏せろと警告した。

 赤い光を纏った剣が突き上げられ、それを中心に光が巻き上がって周囲のエアルを支配していく。
 ケープ・モックの時と同じような現象。
 けれど今回は、エアルを操作してバルボスの持っていた魔導器を破壊した。
 一体どういう仕組みなのかは相変わらず分からなかったが。

 ピンチを助けてくれたデュークは何も言わずに去り、魔導器無しでもユーリたちに敗れて夢破れたと知ったバルボスは、ユーリに呪いのような言葉を残して塔の上から身を投げた。
 この高さから落ちれば、まず助からない。

「何も死ななくても……」

 世の中には生きたくても生きられない人だってたくさん居るのに――

 は思わず暗い声で呟いてしまって、傍らのレイヴンの視線に気付いて苦笑を返す。
 別段自分のことだけを言ったつもりも無かったが、変に気を使わせるのも、この世界やギルドのことをよく理解出来ていないが安易に言うのも、良く無いと思った。

「……はい、コレ。ちゃんと無事みたいよ」

 リタがバルボスの使っていた魔導器に嵌っていた魔核を取り出して一瞥し、ユーリに渡す。
 どうやらそれがユーリの探していた下町の魔核だったらしく、一行は早くダングレストに戻ろうということになったのだが……

「あ、ちゃんちょっと」
「どうしたの、レイヴン?」
「しっ! いいからコッチ来て」

 塔の階段を下っている最中、レイヴンに引っ張られたは階段の陰に連れ込まれる。
 いい加減このパターンにも慣れてきつつあって、口を塞がれる前にどういうことかと目線で尋ねた。

「いやー、ごめんね。おっさん、一応ドンにバルボスの後始末を任されて来たからさ。何かいろいろ証拠とかそういうの持ち帰んなきゃなんないんだわ。悪いんだけどちゃん手伝ってくんない?」
「それは勿論構わないけど……それならユーリたちに一言いってから別れても良かったんじゃないの?」
「あー、ユーリたちはいいんだけどね。あのフレン君にはちょっと知られたくないのよねー」
「……あ、そっか」

 組織としてギルドと帝国は犬猿の仲だ。
 五大ギルドでもあった紅の絆傭兵団<ブラッドアライアンス>の不始末の内容を、おいそれと騎士団に知られる訳にはいかないのだろう。

 了解して頷くと、心の中で謝りながらユーリたちを見送る。
 どうせここから一番近いのはダングレストなのだし、宿屋を回って探せば目立つ一向を見つけることは難しく無いだろう。

 もしかしたらユーリとフレン、ジュディス、ラピード辺りの誰かはたちが離れたことに気付いたかも知れないが、表だっては誰にも気付かれないまま気配は遠ざかっていった。

「はーやれやれ。肩凝ったわー」

 二人になってすぐ、魔物の気配の無くなった塔の中をのんびりと歩きながらレイヴンは深々とため息をついた。

「やっぱり騎士様と一緒だとレイヴンも気が抜けなかった?」
「んー、そりゃまあね」
「そう言えば、フレンとほとんど喋って無かったもんね。何だかずっとそっぽ向いてた気もするし」
「……そういうちゃんは随分仲良くお喋りしてたじゃないの。おっさんジェラシー感じちゃってとてもじゃないけど仲良くする気になんてなれなかったわ!」
「あー、はいはい。そういうことにしといてあげるね」
「……ちゃんが冷たい……」

 大げさにうなだれたその動作がいつものレイヴンのものだったので、も何だかほっとして肩の力を抜いた。
 何だかんだ言って敵の本拠地に乗り込むことに我知らず気を張ってたのかもしれない。

 隠し部屋などが無いかあちこちをゆっくり見て回りながら下まで降りてきた二人は、最初に忍び込んだ階でバルボスの部屋らしきものを見つけた。
 手分けして何か決定的な書類が無いかと探す……と言っても、まだすらすらと文字を読める訳でも無く、ユニオンの事情にも疎いが出来るのは散らばった書類の整理と家捜し程度のことだったが。

「そう言えばさー、ユニオンでお留守番してる間、何か困ったこととかは無かった?」

 手と目を動かしながら、レイヴンは律儀にそう聞いてきた。
 ドンが過保護と言ったのも頷けるかもと笑って、大丈夫だったよ、と返す。

「ドンがレイヴンの昔話とかしてくれたから退屈もしなかったしね」
「ええぇ!? ちょっ…どどんな……!? ていうか、どれ!?」
「…………そんなに慌てるほどろくな心当たり無いんだね」

 別段女癖が悪いとかの話では無くハリーに気に入られて玩具にされてたとか、そういった微笑ましい話が大半だったのだが、慌て方が尋常では無かったので相手にするのも馬鹿らしく、内緒ーと軽く受け流す。
 しかしレイヴンは諦めが悪く、周囲のものを読みあさりながらも執拗に聞いてくるので、は些細な意趣返しだと別の話題を出した。

「そう言えば、ハリーにも会ったし、友達になったよ。他の人たちにも紹介して貰って……そうそう、ハリーってば『レイヴンの嫁』なんて冗談言うから、みんなから「それだけは止めとけ!」って力説されちゃった。俺にしときなよって言ってくれるイケ面も居たしー」
「ぬわぁにぃっ!? 一体誰だ!そんなこと言う奴は!!」
「えーと、グレンさんにオーリンさん…だったかな。あ、後あの雑誌に載ってたニールさん?」
「あいつら……」

 半ば以上がレイヴンに対するからかいと嫌がらせだろう。
 今の怒りを燃やすレイヴンを見る限りそれはしっかり叶えられたようで、レイヴンはみんなに愛されてるんだなーとこっそり微笑む。

 その後、部屋からいくつかの紙束を持ち出したレイヴンは、最後に別の扉の前で足を止めた。
 この先の地下の動力室を見てくるから、入口で誰か来ないか見張っていて欲しいと言われ、付いて行くと一応言ってみたが、中は魔物が出るかもしれないからと押し切られる。

 特に食い下がる理由もないので頷いて待つことしばし、不意に後ろで足音が響き、顔を上げると銀髪の美丈夫――デュークが立っていた。

「あ! さっきは助けていただいてありがとうございました!」

 また風のように去ってしまう前にと慌てて頭を下げたが、デュークは軽く目を伏せただけで、別のことを口にした。

「この先に何があるのか、知っているのか」
「……地下の動力室だと」
「そうだ。だがお前はその意味までは知らない。ここにあの男が入っていった意味も」

 はゆっくりと瞬きした。
 言われてみれば、この塔はバルボスが完成させた塔で、紅の絆傭兵団のアジトのような場所だ。
 塔についてレイヴンは知らないそぶりを見せていたのに、なぜこの扉から先が地下の動力室だと知っていたのか不可解である。

 なるほど、をここに残して行ったのも隠された事柄があるのだろうと納得はできたが――それだけだった。

「デュークさん。私は、その意味を知ろうとは思わないんです」
「………………」

 無言で物問いたげなまなざしを返してくるデュークに、は困ったなと苦笑した。

「上手く言えないけど……レイヴンはこんなお荷物な私を守ってくれるって言ってくれる人で、私はその恩返しに少しでも役に立ちたいなと思ってます。帝都に居る恩人に対してもそれは同じで……だから、レイヴンやその人がやろうとしている事を知りたいとは……ううん、知る必要は無いと思ってるんです」
「……仮にそれが世界に害をなすことだったとしてもか」
「もしかしたらそうかもしれないから……なのかも」

 謎かけのような答えを返してしまったの元に、デュークはゆっくりと近づいてきた。
 目の前で足を止め、流れるような動きで首のチョーカーに触れる。

「この魔導器がどんなものかも、知る必要は無いと?」
「……そりゃあの人がくれたものだから、怪しさ大爆発ですけどね。でも……」

 近くなった距離から赤い瞳を見上げて言った。

「どんなものだとしても、外すつもりは無いです。私から欲しいと言ったものだから」
「そんな義理など果たす必要は無い。お前は…………」

 不意に言葉を途切らせたデュークは、顔色一つ変えず唐突に背後に飛び退いた。
 ほぼ同時に呆然としたの真横を風がすり抜け、まっすぐにデュークに向かって飛ぶ。

 キンという高い金属音と共にデュークの剣に弾かれたダガーは、見覚えのある物だった。

「ちょっとちょっと、人が居ない間になーにウチの子にちょっかい出してくれてんの?」
「レイヴン!」

 用を終えて戻ってきたらしいレイヴンが、扉から一歩出た状態でデュークを睨み付けていた。
 しかしその顔には一片の笑みもなく、台詞の軽薄さに反して声も低い。

「この娘はどこにも属さない。人にも、それ以外にも、この世界そのものにも」
「――ッ」

 デュークの台詞にが息を呑むのと、レイヴンが地を蹴るのとは同時だった。
 左手に持った弓が瞬く間に剣に変化してデュークのいた場所を横薙ぎにする。
 紙一重でかわしたデュークは更に後ろに大きく跳躍した。

「ふ……道化を止めても、剣はやはり虚ろなままか」
「……虚ろな剣でも、女の子を傷つけるよりマシだと思うけど?」
「…………私は人の世に興味はない」

 一歩も動けず呆気に取られるの前で、一瞬だけ視線を寄越したデュークは来た時と同じように音もなく去っていった。

「レイ…ヴン……?」

 残されたは、紫の羽織を棚引かせる後ろ姿に呼びかけたがなぜか声が震えた。
 動かないレイヴンは、声音も纏う気配も何やらいつもと違う。
 一瞬、どこかで会ったことのある別人のように思えた。

 しかし数秒後、ガリガリと頭を掻いたレイヴンは一つため息をついて振り返った。

「お待たせ、ちゃん」

 そう言った顔も声もいつも通りで……デュークが現れたこと自体が無かったような自然さで。

「さ、おっさんももう疲れたし、とっとと帰ってゆっくり休もうぜー」

 考える前に、も反射的に頷いていた。
 本能的に笑顔を付けて。

「うん、帰ろう。私もお腹空いちゃったー」

 そのまま、ダングレストに着いたらどこかに食べに行こうか…などとレイヴンと平和な話をしつつ塔を出る。
 何事もなく笑い合う二人の背後で規則的に回り続ける歯車の音が軋み、はそっと首元のチョーカーに手を這わせた。
 





100806
かなり間空いてしまいましたが、ガスファロストでした。
何だか当初の予定よりデュークさんが出張っています。
ほんの少し「虚空の」ネタを盛り込んでみました 。
CLAP