14.invasione - 襲来 -

「んー…良く寝たー…」

 そろそろ慣れて来た宿の部屋で目が覚めたは、あくびと共に大きく伸びをした。

 昨夜遅くにようやくダングレストに戻って来たので、最早朝とは呼べない時間だが、夕暮れの街では寝過ごしたという感覚も希薄だった。

 とりあえず食事を取ろうと身支度して部屋を出て、宿の食堂へと向かう。
 女将から簡素なパンとスープを貰い、部屋に戻りながらふと、そう言えばと昨日別れたきりの面々を思い出した。

 レイヴンはドンへの報告やユニオンの仕事があるということで夕食の後で別れて、今日の昼過ぎにユニオン本部で落ち合う約束をしているが、ユーリたちがどうしたのかは皆目分からない。
 昨日ガスファロストであれだけ疲労したのだから、地理的にもこのダングレストに滞在しているのは間違いないだろうが、鉢合わせないところを見ると別の宿なのかもしれない。
 それとも、が戻る前に眠って、寝ている間にもう出発してしまったのだろうか。
 レイヴンの仕事上、彼らとはぐれる訳にはいかないのだが……

「どうせ暇だし、後で探しに行ってみようかな」

 まだはっきりとはしない寝起きの頭でぼんやりと独り言を呟きながら自室のドアを開けた瞬間、はたっぷり十秒はその場にフリーズした。
 そしてようやく出てきたのは一言のみ。

「――あ、部屋間違えました。すみません」

 何も見なかった。もしくは見間違えだと本能的に判断して閉めようとしたドアは、しかしそれも叶わずガシリと止められた。

「間違ってなどいない。早く入ってはどうかね、お嬢さん」

 ひくりと顔がひきつりそうになるのをようやく耐え、は気力を振り絞った笑顔で頷いてドアを潜った。

 部屋の主よりも何十倍もの威厳を振りまいて無断で入りこんで待っていたその人物は、質素な宿の一室にまるでそぐわない風格で小さな木の椅子に鎮座していた。

「無事に護衛とは会えたようだな」

 挨拶もなくいきなりそう切り出されて、は何から言うべきか迷ったが、とりあえず敢えて笑顔で言ってみる。

「お久しぶりです、アレクさん。いつこちらに?」
「時間が無い。ケーブ・モックの報告を聞こう」

 淡々と黙殺されて、はため息をついた。
 ザーフィアスに居るはずの多忙の恩人がなぜかいきなダングレストのが泊まっている部屋に現れて、口を開くなり報告を求められたとしても、疑問を差し挟むことは許されないらしい。

「……レイヴンに会えたのは偶然イエガーさんっていう怖い人に親切にしていただけたからなんですけどね」

 皮肉を込めて言ってみると「イエガーだと?」と意外な所で反応が返ったが、その後は特に何を言われるでもなく、淡々とがレイヴンとユーリたちと共にケーブ・モックに行った話を聞いていた。

 そして例のごとくの前にコンソールを展開し、何事か一人でピコピコいじり始める。
 数字やアルファベットの羅列の後に複雑な表やグラフなどが表示されるに至って、初めてアレクの表情が動いた。

「ほぅ……中々に興味深い。よもやこれほどのエアルを採取できるとは……採取の際、体調に変化は無かったかね?」

 この質問が単純に体を労ってのものではないと分かって、ちくりとの胸が痛んだ。
 死人も同然の自分が少しでも恩返しできるならと、検体として協力することを決めたのは自分自身だし、道具として扱われるのも承知していた筈だった。
 それなのに、以前まで感じなかった胸の疼きを感じて、自分自身が一番戸惑った。

 ふと、ドンに夢はなんだと聞かれたことを思い出す。
 何かが自分の中で変わったのかもしれないし、違うのかもしれない。
 けれど、今この時を逃さず聞いておきたいと思った。

「アレクさん」

 意を決して呼びかけ、正面から赤い瞳を見つめる。

「私は、本当に元の世界に帰れるんでしょうか?」

 軽く見開かれた瞳はすぐにいつものように凪いで、冷たい視線となってを射貫く。

「……それを聞いてどうする? 否と答えれば、私に協力するのを止めるか」

 質問に質問で返されて、は静かに首を横に振った。
 デュークにも言われたが、今更、アレクやレイヴンの思惑がどうであれ、の在りようが変わることはない。

「具体的にどうこうする訳じゃありません。……けど、覚悟したり、足掻いたりはするかもしれない……かな」

 はこの数日で、自分が死にたくないと思っているのを痛感させられた。
 だから夢は何だという質問もずっと考えていたが、やはり思い浮かぶのは元の世界でのことばかりで……けれど、もし事実としてが帰れる可能性が皆無だとしたら早い内に覚悟したいと思ったのだ。
 この世界で、"人"として"生きて"いく覚悟を。
 それにもし、アレクには断言できない可能性が欠片でもあるのだとしたら、自分で足掻いてその僅かな可能性を探したい――。

 しかし、難しい顔で沈黙するアレクはまた死んだ人間がどうこう言い出し兼ねない雰囲気で、は慌てて言葉を足す。

「あ、言いたいことは大体分かります。でも、死人って言われても自分では全然ピンと来ないし、やっぱり死にたくないって思っちゃって……、……アレクさんの正直な見解を教えてほしいんです。自分自身のことだから、ちゃんと本当のことを知りたい」

 必死に言い募ったの前で、アレクはふっと感情の読めない短い息をついた。

「……君から今その言葉を聞くとはな」
「え?」

 思わず聞き返したに、アレクは淡々と首を振った。

「いや……思わぬ成果が得られるかもしれないと思っただけだ。それより、次元を越える可能性についてだが……」

 先の言葉には首を傾げたものの、とにかく話してくれる気になったらしいアレクに居住まいを正す。
 しかしその瞬間、外から悲鳴と喧噪が聞こえてきて言葉が途切れた。
 次いで何やら遠くでの爆発音や振動が響いてアレクは素早く窓を開けて外を覗く。

 もその後ろから覗いてみたが、ここからでは騒ぎの元は見えない。
 しかしアレクは何か思い当たることがあったのか、「まさか」と言って身を翻した。

「また連絡する。君は一刻も早く護衛と合流したまえ」

 それだけを言い残してあっという間に部屋を出て行ってしまった。
 アレクがあれほど慌てた所など見たことが無く、残されたも確かにレイヴンと一緒に居た方が良いと判断して部屋を出る。
 急いで宿を出た途端、逃げ惑う人の群れに押しつぶされそうになりながらも、流れに押されるようにユニオン本部に向かう。
 そして途中、目立ちすぎる巨躯の後ろ姿の横に紫の羽織を見つけて駆け寄った。

「レイヴ……」

 しかし、呼びかけようとした言葉は途中でぽっかりと宙に浮く。
 ドンの隣で空を見上げていた横顔が、尋常では無い顔色をしていた。
 普段のレイヴンからはおよそ想像のつかない……何か恐ろしいものを見つめるような眼。
 死神でも見るような……絶対的な恐怖に直面したような……そういう瞳。

 呼びかける声も無くして口も足も止まってしまったは、笛のような何かの音を聞いて反射的に空を振り仰いだ。
 そして視界いっぱいに広がったのは、派手な色彩をした大きな翼を羽ばたかせて空を回遊する……あり得ないほど巨大な……鳥。

「いっ……」

 ザァァッと音を立てて血の気が引き、悪寒と恐怖が背中から瞬時に駆け上がった。

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

 無我夢中で助けを求めるように駆け出し、思い切り抱きついて必死に震えを押さえる。

「鳥嫌い鳥嫌い鳥嫌い鳥嫌いっ……!!」

 あんな怪鳥に襲われたら一溜まりも無いと思うと余計に恐怖で頭が真っ白になり、ひたすらぶるぶる震えていた。
 そしてしばらく後、頭に置かれた手でようやくはっと我に返る。

「大丈夫よ、ちゃん。でっかい鳥ならもうどっか行ったから」
「……ほんとに?」

 恐る恐る顔を上げればにっこりと笑ったレイヴンが居て、それはもういつもの彼だった。
 ほっとするのと同時に、思わず声を掛けるのも躊躇った彼に抱きついてしまったのだと悟って慌てて離れる。

「ごっ…ごめんなさい!! あれ見た瞬間訳分かんなくなっちゃって……!」

 自分の馬鹿!と思い切り自らを罵りながら頭を下げたが、それを大きな掌がわしわしとかき回した。

「謝るこたぁ無ぇ。お陰でコイツもぼけっとしてられなくなったんだからよぉ」
「え?」
「ちょっと、じいさん!」

 ガラガラ笑いをするドンに首を傾げ、食ってかかるレイヴンを見つめたが、答えは返りそうにない。
 は呆然と辺りを見回した。
 あの怪鳥はもう消えているし、人々の混乱も収まっている。
 だが、何やら橋の向こうに大きな要塞のようなものが出現しており、その橋も爆破されて渡れなくなっていた。
 あちこちに騎士やギルドの人々が怪我人を運んで走り回っている。

「一体何が……あ、アレクさんは……!?」

 ただでさえ何事が起こったのか分かっていなかった上に恐慌状態に陥っていたので、最早状況についていけない。
 騒ぎの最初に別れた恩人の姿を探して辺りを見回していたが、それらしい人影も無かった。

「おーい、ちゃん、置いてっちゃうわよー!」
「あ、待って!」

 いつの間にか遠くなっていたレイヴンとドンの背中を追いかけようとして、視界の端に映ったものにはっと足を止めた。
 目を凝らせば、壊れた橋の向こう側に、誰かが立っているのが分かった。
 遠すぎて定かではないが、あのすらりとした長身と特徴的な姿からほぼ間違いないだろう。

「デュークさん……」

 呟いた瞬間、その人は顔を上げ、まっすぐにの方を見た気がした。
 この距離で目が合うなんて、まず考えられない。
 けれど、も真っ直ぐに彼を見つめ、再度背後からレイヴンの呼ぶ声が聞こえて身を翻した。





「へ!? 大将が来てた!?」
「そう、宿の部屋にいきなり居るんだもん。それで会うなりエアル採取の報告しろ、だよ。相変わらずで元気そうなのは良かったけどねー」

 ダングレストが怪鳥に襲われた翌早朝、エステルの監視という仕事をこなすべくユーリたちと合流しようと、とレイヴンは急ぎ足でダングレストを出発した。
 途中休息を取るためにヘリオードへ立ち寄れば、何やら騒ぎがあったということで足止めを食ってしまい、その夜はヘリオードの宿で泊まることになった。
 宿に併設された酒場で食事を取りながら、はようやくアレクのことをレイヴンに話すことが出来たのだ。

「まさか大将がねー……あの状況でわざわざちゃんとこ顔出してたとは」

 感心したようにしげしげと見られて、居心地の悪さに眉を顰めたは手元のジョッキを一気に飲み干した。

「言っとくけど、私だってびっくりしたんだから! それに、折角いいとこだったのにあの鳥に邪魔されて見失っちゃったし……」
「……いいとこ?」
「ん? あー、ううん、別に何でも無い。ともかく、また連絡するって言ってたのに黙ってダングレスト出て来ちゃったけど……えーと…大丈夫だよね?」

 聞きながらも段々不安になって来たが、あの毒舌での罵詈雑言は遠慮したい。
 しかしレイヴンはあまり興味無さそうに、いかにも適当に頷いた。

「あー、いいんでなーい? 俺からもデズエールに向かうってその内連絡しとくし」
「その内って……」

 呆れてため息をつき、酒のおかわりを注文したは、ふと向かいのレイヴンが何やら難しい顔で急に静かになったのを見て首を傾げた。

「どうしたの、レイヴン? 何か機嫌悪い?」
「……べーつに? おっさんいつも通りよ」
「そぉ? あ、鯖味噌食べ終わっちゃってちょっと物足りないって思ってるんでしょ? もーホントに鯖味噌好きだよねー。まぁ確かにここのってすごく美味しいもんね。しょーがないからもう一個注文してあげる! あ、お兄さーん! 鯖味噌もう一つくださーい!」
「はいよ! やー、しかし兄さんって年でも無いのに、可愛い女の子に言われると照れるなー」
「そうかな? 私からしたらカッコイイお兄さんだと思うけどなー」
「嬉しいこと言ってくれるねー! あんがとよ! そんな嬢ちゃんにはさっきの鯖味噌サービスしとくぜ!」
「やった! さっすがお兄さん! 素敵! 男前!」

 酒場の店員との会話を終え、レイヴンに向き直り、「鯖味噌ゲット!」とピースを出せば、心底呆れたような重々しいため息をつかれた。

「……おっさん、時々ちゃんが分かんなくなるわ」
「え? なんで?」

 レイヴンの好物をしかもタダで追加注文したのにこの反応で、はきょとんと瞬きした。
 それにレイヴンは両手を広げて首を振り、運ばれて来たの酒を手渡して苦笑する。

「降参降参。女の子は相変わらず難しいわよねー。そこが魅力でもあるんだけど」
「何だか分かんないけど、女はミステリアスな方がいいらしいよ」
「わお、悪女っぽい台詞!」
「それはどーも」

 たわいない会話で再度の乾杯をして酒を酌み交わす。
 酒場の窓から月を見上げて、はそっと目を閉じた。

 ――「次元を越える可能性についてだが……」

 あの時アレクが何を言おうとしたのか、には分からない。
 けれど明日になればユーリたちと合流し、船に乗って別の大陸を目指すことになる。
 当初の目的の、レイヴンを護衛に世界中のエアル調査をする旅というものにようやく出発することになるのだ。

「……ちょっと、ちゃん。月なんか見上げて、一体誰のこと考えてんの? 俺様妬けちゃうわー」
「んー…秘密! と、言いたいとこだけど、ちょっとアレクさんのことをね……」

 レイヴンが目を瞠ったのに笑って、は首元の魔核に触れて立ち上がった。




 この翌日、ユーリたちが街で騒ぎを起こしたのを遠巻きに見ていたたちは急いで追いかけ、道中でようやくの合流を果たし、共にカプワ・トリムに落ち着く。
 そして凜々の明星<ブレイブ・ヴェスペリア>というギルドを立ち上げた彼らと共に、幸福の市場<ギルド・ド・マルシェ>の依頼も兼ねて船で意気揚々と海へとこぎ出した。
 それぞれの思惑と運命を乗せて、新しい冒険へと。







100921
これにて1章終了です!
それぞれに微妙な変化が出て来てるのを表せてるといいなぁ…と。
ここからようやく本格的に旅が始まり、テイルズらしい日常になります。スキットだいぶ書きためてるのでぼちぼち番外とかでも出して行きたいです!
CLAP