――星、だ。

 目の前に広がるそれに、言葉も無くただ魅せられる。

 満天の星だった。
 視界全てを埋め尽くす、180°の星空。

 あまりに綺麗で、瞬きしたら消えてしまいそうだったけれど、星自体が厳かに瞬いている。
 まるでその無数の星の中に落ちそうな気がして、彼女は――は思わず手を伸ばした。

 しかし突然、その夢心地は破られる。

 がさりという音がして、微かに聞こえていた風の音が止んだ気がした。

 嫌な予感がして起き上がれば、遮る木々なども無く、一直線に一匹の獣と視線が合う。
 野犬のようなその獣との距離は遠く、どちらも石のように動かない。
 その視線が決して逸れないことで、相手もこちらの出方を窺っているのだと知れた。

 しかし、それよりも。

「なに、これ………」

 の視線は、自分と獣の間――自分の周囲に釘付けになる。
 その、今まで星空を映していた眼に飛び込んできた光景に…………絶句した。


 それはまさに、『地獄』と呼ぶに相応しい光景だった。

0.ひかり

 ガラガラと、規則的な振動と共に馬車が進む。
 は何も映さない目で茫然とそれに揺られていた。

 ――本当に、最低最悪の夢だ………

 何度思ったか知れないそれを、再び繰り返す。
 そして、まだ覚めないそれに絶望する。

 思い出したくもない。 
 地獄のようなあの場所で、見たことも無い獣にも襲われて……
 それでもこうして今無事なのは、助けてくれた人が……人たちが居たからだ。
 その人たちに連れられて、今はこの馬車に揺られている。

 途中で気を失っていたようにも思えるので細かい記憶は曖昧だったが、彼らが助けてくれたのは事実だ。
 も普段なら、持ち前の楽天的で大ざっぱな性格から、特に何も考えなかっただろう。
 しかし。
 漠然とした……けれど度し難い恐怖は拭えなかった。

 助けてくれた彼らは、何やら揃いの鎧を着ていた。
 まるで中世の騎士のような格好……言葉は日本語のようだが、夜目にも髪の色がバラバラなのが分かった。

 テレビや映画の撮影では無い。
 それを裏付けるかのような、あの地獄――……
 未だ知覚を埋め尽くして去らない、圧倒的な『死』の臭い――

 何か、とんでもないことに巻き込まれているという確信と恐怖。

「……逃げなきゃ」

 このまま運ばれる先は、牢屋のような場所かもしれないし、処刑場かもしれない。
 逆に、手厚い看護や、温かな庇護が待っているのかもしれない。

 何も分からなかったが、とにかく逃げ出したかった。
 『ここ』では無い何処かへ――。

 一度思ったら、居ても立ってもいられないくらいの焦燥感に動かされ、目の前の扉に飛びついた。
 夢中で開けて、何の考えも無く外へ飛び降りる。

「ま…待てっ……!」

 人の叫び声と馬の嘶きと……それらの喧騒を背に、がむしゃらに走って逃げた。

 走行している馬車から飛び降りるということが、そもそも無茶なのだろう。
 飛び降りて転げ落ちた際にあちこち擦り剥き、足まで捻った。
 けれどその痛みさえも、夢を否定し、絶望を齎すものでしか無い。

 胸が苦しいくらいの動悸の中でどれだけ走っただろうか……
 足の痛みに顔を顰めながらも、恐怖と混乱から逃げるように走り続けた挙句、唐突に誰かに腕を捕まえられた。

「そんな足で無茶をする」

 振り返れば、彼らと似たような鎧を来た男が立っていた。
 間近で両手を掴まれたせいで近すぎて顔はよく見えなかったが、マントのように長い布がはためいた。

「離して! もう嫌っ!!」

 逃れようともがいても腕はびくともせず、それに余計混乱してがむしゃらに身を捩る。

「っ……暴れるな。落ち着いて……」
「嫌っ! 何なの……何なのよ、一体! ここは何処なの……あなたは、何なの…!?」

 叩き付けるように言った瞬間、腕が解放されて振り払うような恰好になった。
 相手と少し距離を取ったせいで見えた光景に、は目を見開く。

 夜の街に、大きな幾何学模様が浮いていた。
 ――良く知る人工の…電気の光とは明らかに異なる、不思議な光彩。

「ここは、ザーフィアス」

 その光を背中に受けて、男は聞いたことの無い地名を告げた。
 見たことの無い建物、空に浮いた光……

 まざまざと見せつけられて、はようやく認めたく無かったことを認識した。

 ――ここは、私の知らない世界。
 きっと、自分はもう死んでいるのだと。

「ザーフィアス……」

 鸚鵡返しに呟いたに、男は何か言い淀む気配を見せた後、静かにもう一度口を開いた。

「私は、シュヴァーン。騎士団のシュヴァーン・オルトレインと言う」

「シュヴァーン……」

 名乗った男――シュヴァーンの表情は逆光で分からなかったが、危害を加えるつもりは無いと言った声音は淡々としていて不信感は抱かなかった。
 そうでなくとも、既にには抗う気力も残っていなかったが。

 それでもその時、人形のように黙って従ったのは、相手がシュヴァーンだったからなのかもしれない。


 日常とはかけ離れた世界で。
 は出会った。

 自分にとって唯一絶対となる、『ひかり』と。





100207
好き過ぎてとうとうやっちまいましたのおっさん夢。
社会人なトリップヒロインで推して参ります!
CLAP