39.集束

 夢を、見ていた。

 すぐ傍に、優しい気配を感じる。
 ひどく安心できる、そんな感覚――

(…誰……?)

 疑問に思いながらも、答えを知っているという気がした。
 そして、夢の中でもこれは『夢』だと分かっていた。
 矛盾するような不思議な感覚……
 以前にもこれと似たような夢を見たことがあった――

 <オラクル・ドリーム>……しばらく振り回された、夢のお告げ。

 暖かくて心地よくて……まるで大きな繭に包まれているかのようで。
 もう、何も心配はいらないような安心感。
 さっきまで辛かった身体から、痛みが消えていく――。

 以前と同じに、頬に触れられてから最後に触れた感触まで……とても夢とは思えないほどその夢はリアルに繰り返された。

 しばらくしてゆっくりと離れていったその気配に、言いようの無い寂しさを感じる。
 それに突き動かされるように、瞼を上げて……、は現実に戻った。

 目を覚ましてからも、感じた寂しさは消えなかった――。







「! ……!!」

 後ろから追いかけてくる声を振り切って、は転げるように外に飛び出した。
 場所は、カルサアのウォルター邸――しばらく逗留していたこともあって、内部は勝手知ったる何とやら、だ。
 厩舎から馬を一頭失敬して急ぐ心のままに走らせ、町を抜け出すのにそう時間はかからなかった。

 しかし、辛い身体を押して辿り着いたアイレの丘のその場所には、の目指していたものは跡形も無かった――。


 ウォルターの屋敷で目が覚めて、介抱してくれていたエリーから聞かされたのは、アルベルたちが既に旅立ったという信じられない報せだった。
 フェイトからの伝言で、にはFD世界は辛いだろうからこちらのことを宜しく頼む――と聞いたが、それで納得できるわけが無い。

 思わず部屋から飛び出して、うろ覚えだったアイレの丘の――FD世界とこちらを繋ぐゲートの辺りまで来たのだが、そこにはやはり既にゲートは存在しなかった。


「――

 不意に後ろからかけられた声に振り返ると、ルムに跨ったウォルターが佇んでいた。
 従者を連れて正装用のマントを着用しているところを見ると、王都からの帰りに当たって直接を追って来てくれたのかもしれない。

 申し訳ない、と思うのと同時に、ぽろりと涙が零れた。

「――よう、帰ってきたの。お主が居らぬで、わしも陛下も寂しがっておったんじゃ」

 ウィンクと共に冗談めかして言うウォルターに、は思わず泣き笑いになった。

(ウォルター様――)

 こんな自分の身を案じてくれているのが伝わってきて、申し訳なさと情けなさでいっぱいになる。
 これ以上この人に心配はかけたくない、という思いが先に立った。
 祖父というものがいたら、ウォルターみたいな人なのかもしれないと思いながら、は言葉の代わりに今度こそちゃんとした笑顔を返した。






「アルベルの奴め、魔剣クリムゾン・ヘイトを見事従えおったわ」

 久しぶりに謁見したアーリグリフ王は、挨拶もそこそこに嬉しそうにそう言った。
 がウォルター邸で五日ほど静養した後日のことである。

「その傲慢さ故に偉大な父さえ失い、半ば自暴自棄になっておったあのアルベルが――だぞ。守りたい者の為に力が必要だなどと言ってな」

 本当に嬉しそうに話すので、は苦笑するしかない。

 魔剣クリムゾン・ヘイト――アーリグリフ王国に伝わる魔性の剣だ。剣自体が意思を持ち、自らの主を選ぶという。正統な持ち主が使えば空をも切り裂くが、器でない者が持てば魂を砕かれるとも言われている。今まで使いこなせた者は、アルベルの父グラオ・ノックスのみ――前回の持ち主は何とあのヴォックス侯爵だということだが、半ば剣に魂を魅入られていたという話だった。
 魔剣の存在だけは文献で知っていたでも、それを従えたという凄さが分かるし、その時の様子を事細かく語ってくれる王と同じように、アルベルを誇りに思った。

 あの<強さ>に執着していたアルベルが、自分の<弱さ>を認め、そんな弱さを持った『自身を憎む』と言ったという。
 その場に立ち会えなかったのは残念だが、アルベルが過去の何かを克服できたというなら喜ばしい限りだ。
 
 その後、筆談では流石に失礼に当たると思い早々に御前を辞そうとしたは、王自身に引き留められた。
 ウォルターも王も、が戻って以来一度も、姿を消していた事情を聞いてこない。
 アルベルやフェイトから既に聞いているのかもしれないが、全く話に触れないのも不自然だった。
 エクスキューショナーはこの星にも出没し、地表を徘徊している。未開惑星の住人である彼らに一から説明するのはあまり自信が無かったが、漆黒団長副官として説明を求められたならそれに従うのが義務だと思っていただけに若干拍子抜けした気分もあった。
 だから、王から引き止められた時、いよいよかと思ったのだが――


「どうだ、。<空の散歩>は!」

 誘われるまま散歩に同行することになり、促されてあれよあれよとついていく内に、は気付けば王の騎竜・オッドアイに乗せられ、あっという間にアーリグリフの遥か上空だった。
 地上よりも宇宙の方が近いのではないかとまで思えるような高さだが、澄みきった空の青に心が癒される。

『はい、気持ちいいです!』

 高い所は苦手ではないは、笑顔でそれを伝えた。
 王も僅かに笑い返してくれる。

「お前はそうやって笑っている方が良いぞ、

 は控えめに微笑んだ。
 この突然の<散歩>は、を元気付ける為なのだろう。忙しい時期に政務の合間を割いてくれるなど、本来ならば恐縮せねばならないところだろうが……。

「普段は雪に閉ざされた土地だが、こうして高い所から眺めると中々のものだろう」
『はい…』

 誇らしげに語る王の言葉に、は素直に頷いた。
 雪化粧された偉風堂々たる街並みは、周囲の自然と溶け合って、それこそ目が覚めるように美しかった。

「この光景を見ていると、俺という存在などちっぽけなものに思える。――ここだけの話な、落ち込むことがあるとよくこうして飛んだものだ」

 乗り物と違い、騎竜ならば実際に風を受ける為、まるで大気に溶け込んだかのような気分になる。
 些細な悩みなどさっぱり消えてしまいそうな、ここはそんな場所だ。

「これでも消えないような気鬱があるならば、俺なりウォルターなりに話すといい。なに、遠慮はいらん。アルベルが息子も同然なら、は娘ということになるからな」

 どの程度本気か分からない王の言葉に苦笑と共に曖昧に頷いた。
 どうやらウォルターと言いこの王と言い、無理に事情を聞いてくる気など皆無のようだった。
 聞く必要も無い――そういった類の信頼を寄せられたことなど初めてで、嬉しさと感謝……信頼に答えたいという気持ちが大きくなる。

(そうだよ……前に進まなきゃ)

 は陽の沈んでいく地平線を見つめた。

(世界はどこまでも繋がってる……FD空間とこの世界だって…繋がってる)

 本当はフェイトの言う通り、こちらで大人しくしている方がいいのだろう。
 声も出せず、戦う力も弱く、体調さえ満足に保てないあの世界でのは、ただの足手まといにしかならない。

(だけど、それじゃあ地球で飼われていた頃と同じだ)

 運命に抵抗する力も無く、残った選択肢の上を歩かされ続けてきたあの頃と何も変わりはしない。

(何が出来るかじゃねぇ。何をしたいか――だ)

 アルベルが言いそうなことだと考えて微笑むと、は心を決めて王に向き直った。

『陛下、下に戻ったら一つお願いがございます』

「……何やら、吹っ切れたようだな。初めてまみえた時のような澄んだ目をしている。出来る限り力になるぞ、。俺はそんな目をしたお前を気に入ったのだからな」

 楽しそうに笑った王に最敬礼を送って、は空を仰ぎ見た。
 自分で道を切り開くために、もう立ち止まることはしない――そう心に決意した。








 もう一度FD世界へ行き、アルベルたちと合流する――
 がそれを果たす為の問題は三つあった。

 まず一つ目は、移動手段だ。
 宇宙航行には、いくつかの制限が付随する。
 その中でも、膨大な距離を空間を歪めて一瞬で移動する重力ワープは最たるものだった。
 ワープの乱用によって起こる混乱を避けるために、短期間に長距離・ないしは回数を重ねるワープは法で禁じられている。
 ただ何事にも例外は付き物で、その抜け道というものに外交学を学んでいたは精通していた。
 政治や外交を行う上で、移動時間の短縮は最重要課題だ。従ってその手段を得るための外交も必要不可欠な要素であった。
 ディプロやアクアエリーに乗っていた際も、一刻を争う事態の中で、移動に割く時間は少なければ少ないほどいいに決まっていた。
 だからこそは、起き上がれるようになって以来、方々に手を回してその交渉に努めた。
 その甲斐もあって、エリクールからムーンベース、ムーンベースから惑星ストリームへと、驚くほど短時間で移動できたのだが――

(流石にあの道はもう無理だよね…)

 ここから惑星ストリームまでは時間もかかりすぎる上に、あの頃よりも危険は増しているだろう。
 よしんばタイムゲートまで辿り着けても、あのゲートがソフィア無しにFD世界へと導いてくれる確率は、ほぼゼロに等しいように思われた。

 問題の二つ目は、戦闘力。
 あの後フェイトたちはスフィア社へ乗り込んでその打倒に動き出しているだろう。
 だが、スフィア社は警備も万全だと聞いたし、何よりこの世界――エターナルスフィアの開発元である。言わば、本当の<創造主>と言える集団だ。
 スフィア社が本気になれば、プログラムであるたちの存在そのものが危ういという立場である。攻撃だって通用するか分からないし、あちらからの攻撃一つでこちらが全滅ということも有り得る――。
 そんな相手を敵に回すのだから、こちらだって……力が無いなら尚のこと、並の規格を無視した強い武器と防具が必要だろう。

 最後の問題は――の身体の異常。
 その原因は、激しい頭痛の中でも聞いていたマリアの推測でほぼ正しいだろうと、も思う。
 バンデーン艦を消滅させたエクスキューショナーの攻撃時、そしてFD空間に入った時、どちらにも当てはまるのはとFD世界のものが唐突に同じ領域で接触したということだ。
 プログラム同士の不具合――自分ではどうすることも出来ないのだが、もう一度あの世界に行くならば何とかしなければ話にならない。

 幸運なことに、あの時――レコダで仕入れた情報を踏まえてマリアの仮説を聞きながら、は一つの確信を得ていた。
 握手をしただけでのプログラムが異常を訴えた人物――エレナ・フライヤ。彼女はエターナルスフィアの住人ではなく、FD人なのだと。
 そして、彼女こそがこの三つの問題を解決してくれる人物だという結論に達したのだ。
 


「あら〜ちゃん、久しぶり。そろそろ来る頃だと思ってたわよ」
『お久しぶりです、エレナさん』

 アーリグリフ王に頼んで疾風兵と騎竜を1組借り受けて、その一週間後、は再びシランド城のエレナの部屋を訪れていた。
 本来ならもっと早くに来たかったのだが、一度カルサア修練場に戻りラドフに事情を説明して後のことを頼んだのがマズかった。しばらくアルベルと揃って留守にするなら、せめて未決済の重要事項だけでも片付けてくれと泣きつかれたのだ。
 元々罪悪感のあったは、団長無しでも出来る範囲で大急ぎで仕事を片付け、ようやくこうして出かける許可を貰ったのだった。

『私が来ることが分かっていたのですか? なぜ――』
「あらら、その理由に貴女も気付いたからこそココへ来たのだと思ったけど、違うのかしら?」

 の筆談を最後まで見ずにそう言ったエレナは、相変わらずポーカーフェイスだったがどこか楽しそうにも見えた。
 本当に食えない人だ、と思う。

『私たちは先日<創造主>の居る空間に行きました。そこを見てようやく分かったんです――エレナさんもあちら側の人なんだって』
「あちら側……ね。どうしてそう思うの?」
『根拠は、初めて会って貴女と握手をした時、私の身体が異常を訴えたということと、エクスキューショナー…当時の謎の勢力に近づくな、と忠告してくれたことです』
「ん〜……それだけじゃあ少し説得力に欠ける気もするけど…」
『実際にあの世界に渡ってみて、そしてもう一度貴女の前に立ってみるとよく分かります。貴女はあの世界に属する人……そして恐らくは、スフィア社の中枢に居た開発者の一人――ですね?』

 エレナの瞳が初めて動揺に揺れ、少し見開かれた。

『初めて握手した瞬間に貴女は、「珍しい」と言った――それは、FD世界の何らかのシステムプログラムと相性の悪いAIプログラムの存在――そして、それがレアレイズと呼ばれる稀少種だということも知っていたということ。あちらの世界でも、関係者しか知らない筈のことですよね?』
「………」
『忠告してくれた件も同様です。それに、最近カルサアの酒場で開業した旅の商人――明らかにエリクール人ではないようですが、この彼に強力な武器を流しているのも貴女ですね?』
「…………あはははは、合格! やっぱり私の見込んだだけはあるわね、ちゃん。カルサアの彼に武器を渡したのは、誰かが気付かないかな〜っていうヒントだったんだけど、よく気付いてくれたわぁ。ヒント仕掛けた甲斐もあったってものよね」
『それじゃあ、エレナさん――』
「ええ、ちゃんの読み通り、私はスフィア社でエターナルスフィアの開発に携わっていた人間よ。それが開発中に事故っちゃってねー…まあ、いろんな関係でこっちに精神だけ飛ばされちゃったってわけ」

 シミュレーターの中に精神だけ閉じ込められるなど只事ではないはずなのに、それを何でもないことのようにアッサリ言う所が流石エレナというところか。
 とにかく、上機嫌に正体を明かしたエレナに、はここぞとばかりに詰め寄った。

『単刀直入に言います。私に力を貸して下さい!』
「いいわよ」
『無理なお願いなのは承知していま………え? いい? 本当にいいんですか!?』

 拍子抜けするほど簡単な返事に、逆にの方が戸惑ってしまう。第一はまだ自分の目的も告げていないというのに――

ちゃんが向こうの世界に行ってる間に、私もいろいろ考えてたのよねー。情報だけはいくらでも拾えるから、貴方たちの行動は全て把握していたし。まさかフェイト君たちがキーマンだとは流石の私も気付いてなかったけど……ちゃんがあっちの世界に存在できないというのは知ってたから、いずれこういう日が来るとは思ってたのよねー」

 そう言ってエレナは立ち上がると、隣の部屋に入っていった。がその後を追うと、たくさんのガラクタの中から何かを漁っている最中のエレナがその内の一つを無造作にに放り投げる。
 が慌てて受け取ったそれは、大きなフォルムの弓と矢だった。ただし、見た目と違って驚くほどに軽い。
 次々と放り投げられるそれらを集めると、武器防具アイテムの一式が揃った。

『これは……』
「――フゥ、こんなもんかしらね。ちゃんやフェイト君たちには勝って欲しいし、餞別代りにそれあげるわ。カルサアに流したものなんか比べ物にならないくらい強力なのを作ったつもりだから、一人でどんな敵と戦っても余裕な筈よ」

 頼み込む前にここまで準備までしてくれていたエレナには頭が下がる。
 作った本人にせがまれてが早速それらを装備している最中、エレナは思い出したように声を上げた。

「ああ、それからこれは更に特別製――絶対に外さないでネ」

 そう言っての首につけてくれたのはシンプルなチョーカー。

「レアレイズの不具合は、謂わばバグよ。私が居た頃から何も改善されてないわね……。でもこれを付けてれば、取りあえず今までの異常は回避できる筈よ」

 試しにチョーカーを付けた状態でエレナに触れても、もうあの痛みを感じることはなかった。これなら十分、FD世界でも機能してくれるだろう。

『ありがとうございます!』

 感極まって頭を下げたに、エレナはくすくすと笑うと、部屋の奥へと案内した。
 本棚の一部を動かすと小さな隠し部屋が現れては驚愕する。そこにはFD世界で見たのと同じタイプのCPとモニターが並べられていたからだ。

 エレナはそこに腰掛けると、キーボードを操作して次々に情報を表示していく。どうやらエターナルスフィアと連結していろいろな情報を拾えるようだ。

「お礼はまだ早いわよ、アナタまだどこに行ったらフェイト君たちに会えるか分からないでしょ。――ちょっとこれを見て」

 エレナが示したのは、フェイトたちの行動ログだった。
 それによると、あの後FD界に戻りすぐにスフィア社に乗り込んだフェイトたちは、フラッドの言っていた<ブレア>という人物に会っている。が危惧していた通り、万全のセキュリティ相手に危なかったのところを、ブレア率いる開発チームに助けられたのだ。
 その後フェイトたちは、エターナルスフィアを最早独立した世界として助けようとしている彼らの協力を得て、エクスキューショナーのアンインストーラーを起動させることができた。
 しかし、バグの修正――銀河系の破壊を成そうとするスフィア社オーナー・ルシファーの施していたシステムが作動し、エクスキューショナーが排除されると同時に新たなエクスキューショナーというもっと強力なバグフィックスプログラムが解き放たれてしまう。これらを排除するには、もはや直接ルシファーを止めるしか無いと判断したフェイトたちは、ブレアの協力で居場所を特定し、そこにコンタクトする為のデバッグツール――シーハーツの聖域カナンに奉られる宝玉セフィラを持って、ゲートのあるモーゼル古代遺跡に向かった――

『セフィラに、モーゼル遺跡――?』

 こんな未開惑星に、なぜそんなにも符号が揃っているのか――当然の疑問を抱いたを見透かしたように、エレナは言った。

「元開発者である私がこの地を選んだのも、ただの偶然だと思う?」

 それが、答えの全てだった。エレナはFD界からのアクセスでここにいるのだ。容姿は勿論、場所や時代も自由に選択できた筈――

「フェイト君たちの後を追っていけば大丈夫よ。ファイアーウォールへのゲート、そしてルシファーの根城へは一度開いたらオープンだから。――後は、ちゃん次第ね♪」

『はい――!』

 大きく頷いて再び頭を下げると、そのまま踵を返しては駆け出した。

 エレナが巻き込まれた開発中の事故がどんなものか知らないが、エレナは最初からこの世界を守ろうとしてくれていたのかもしれない。

(後は私次第――)

 お膳立ては全て整った。
 どんな未来を引き寄せるかは、自分次第――自分で決められるのだ。

 もう、以前のように運命に踊らされているだけではない――
 強く前を見据えながら、は自分の心――胸の辺りを握り締めた。








05.5.1
CLAP