13.蕾の色

 高い空に大きな翼を持った鳥が堂々と飛んでいく。
 甲高い剣戟が響いた直後、その空とご対面したは、荒い息の下で目を細めた。

「ありがとうございました」

 身を起こして服についた土を払い、相手をしてくれた風雷兵に頭を下げる。
 別にいいよと手を振り去って行った彼を見送って、も歩き出した。

 元は鉱山の町として栄えたカルサア――今ではその生活源を無くしてどこかしら寂しいこの大きな町を治めているのがウォルター伯爵だ。
 そして、彼を団長とする風雷の駐屯地も、町の四分の一を占める大規模なものだった。

 は鍛錬場から同じ駐屯地内にあるウォルターの屋敷へと足を早める。
 忙しい仕事の合間をぬって抜け出したから急いで戻らないと大変だ。
 特に、の仕える青年はすぐに仕事をサボろうとするので――……

「お、。なんだ鍛錬でもしてたのか?」
「……鍛錬なんて大層なものじゃないですよ。あなたにしてみたら軽い運動のようなものです」

 途中行き会ったラドフに、は肩を竦めてみせる。
 入団考試を受ける前、ラドフに協力してやると言われ強制的に受けさせられた『鍛錬』日々が甦る……
 確かに、3日間という僅かな時間しか無かったし、過酷な修行になることは予想していたが、あれは予想を上回るものだった。

「いきなりモンスターの巣に放り出されたり、武器一つでサバイバルさせられたり、正規の漆黒騎士相手に無制限勝負なんてことはもう勘弁ですからね」
「なんだ、お陰で漆黒に入れたからって、今更礼なんてしなくていいぞ?」

 相変わらず皮肉屋なラドフに苦笑する。
 彼の言う通り、あれで少しは戦えるようになったのだから感謝はしているのだが、恨み言の一つも言わせてくれない辺り、彼の彼たる由縁だろうか。

「そう言えば、こんな時間にどうしたんですか?」
 ははたと思い当たって首を傾げた。
 短い間だったが元上官であるラドフは、今はアルベルの護衛隊長をしている。普段この時間は執務をするアルベルについているはずだが……

「いや、いつも通りさ。団長が脱走するのは修練場じゃ日課みたいなもんだっただろ?」
「え……でも、ここはウォルター様のお屋敷なのに……」
 言いかけて、諦めた。
 ウォルターのことをじじいと呼ばわるアルベルが、そんなことを気にするとは思えない。

「そうだ、お前暇だったら団長探してきてくれよ」
 軽い口調で言われた言葉に――
 は笑顔が強張らないように息をつめた。
「――すみませんが、私も急いでウォルター様の所に行かなきゃいけないんで」
「そうか、悪かったな。ウォルター様のとこだったらいいが――だがもう、勝手に街を出んなよ。団長の機嫌が悪くなる」

 先日、怪我が治ったかどうかも危うい時期にポッドまで出ていた時のことがバレてアルベルに大目玉を食らい、現在は一人での外出を禁じられている。
 どうやらシェルビーたちに捕まったことで大分信用を無くしてしまったらしく――心配してくれているのだろうとは分かるのだが……

 ラドフと別れた後、の顔からは笑みが消えていた。
 今の心を締めている心配事は、まさしく会話に登った彼に関係している。
 それを振り切るように数度頭を振り、は止まっていた足を動かした。






 アーリグリフ王がカルサア修練場を視察して二日――
 五日ほど前の漆黒内部の騒乱で、団員は三分の二ほどに減った。
 失った人材の穴埋め、乱れた団内の統制――団長としてやらなければならない仕事は山積みである。
 だが……

「あの女のせいで余計に仕事が増えやがった……」

 悪態をついて、アルベルは執務机にペンを放り出した。
 アルベルの副官となったは、本来団長の仕事となるような先述項目に率先して取り組んだが、これを機に根本から人材などの的確な配置を見直そうという算段らしく、そのおかげで団長のアルベルも仕事の量が半端では無くなっている。
 アルベルにはこうやって書類仕事を押し付けて、ちょっと目を離せば自分はあちこち動き回っているに舌打ちして、アルベルはこの日も早々に執務室を抜け出した。

 勝手知ったる何とやらで屋敷内をスイスイ歩き、屋敷の当主であるウォルターの執務室の前まで辿り着いた。

 ウォルターがこの国のことを何も知らないにいろいろと教えると言ってこの屋敷に呼び寄せたのは昨日。
 副官であるに同行しろと言われただけのアルベルは、殊更ウォルターに用がある訳ではないが、聞きたいことなら……ある。

 ほとんどをウォルターの執務室か書斎で過ごしているが今は鍛錬場に行ってるということは知った上で、アルベルは軽く扉を叩いて室内に踏み込んだ。

「なんじゃ、アルベル。おぬしの方から出向くとは珍しいのぅ」
「………フン」

 まあ座れと促されてその言葉に従いながら、アルベルは窓の外に目を向けた。
 鍛錬場で風雷兵相手に弓を撃っているが視界に入る。

「また仕事をサボったのか? 仕様の無い奴じゃ………まあ、いい。どうせのことでも聞きに来たんじゃろ」

 何でもお見通しなのは、アルベルが幼い頃から変わらない。
 亡き父、グラオ・ノックスの友人だったウォルターは、どこか父とも似た雰囲気を持っている。

「――じじい……テメェ、何か聞いてるだろ」
 逡巡した後、アルベルは単刀直入にそう言った。

 記憶喪失だと嘘をつく少女――この大陸の国を知らないことや、初めて会った状況から見ても、ただの街娘とは思えない。
 本人には無理に聞くつもりは無いなどと言ったが、アルベルとて気にならない訳ではないのだ。
 いや、むしろ………

「そんなに気になるか?」
「っ! オレは別に――……!」
 咄嗟に否定したアルベルに独特の笑い声を上げて、ウォルターは椅子に座りなおした。

「何も隠すことはなかろう。突然ふらりと現れて、お前に仕えるなどという酔狂を言い出す娘じゃ……上に立つ者として気にならない方がおかしい。それとも、お前にはそれ以外の何かがあるのか?」
 意外な言葉に一瞬目を見張ったアルベルは、すぐに視線を背けて嘲笑った。
「はっ! 何を馬鹿なことを。あんなクソ虫相手に一体何があるってんだ。オレはただ、じじいが知ってることを聞きに来ただけだ」

 頑なな態度のアルベルに溜息をついたウォルターは、「わしが知っていること…のう……」と言って手元の書類をいじりだす。こうなると、いつも煙に巻かれてしまうのは分かっていたので、アルベルは聞き方を変えることにした。

「そもそも、なんであいつをここに留めようとする?」
 確かに、漆黒団長の副官という肩書きを持った以上、この国についての勉強や仕事についての知識がに必要なのは分かる。
 だが、それをウォルターが直々に教える……ましてや、屋敷に留めてまで付っきりで教えるというのは、何か事情があるからではないのか。

「――しばらく、目の届く所に置いておきたいんじゃよ」
「何……?」
「変な意味に捉えるでないぞ。確かには危なっかしいが、わしはおぬしのように過保護で言うておるのではない。今この時期が問題なのじゃよ」
「時期……シーハーツとの戦争か?」
 過保護という言葉に反論したいのを抑え、そう聞いたアルベルに、ウォルターは首を横に振った。

「もう一つあるじゃろ。……先日王都に落ちた謎の物体とその持ち主じゃよ」
「あれはシーハーツの……」

 言いかけて、アルベルは口を噤んだ。
「……シーハーツとは無関係なのか…? そんであいつも……も、あれに乗ってた奴らと同じだと…?」
「流石は腐ってもグラオの息子、馬鹿では無いの」
「じじい……!」
 話をはぐらかそうとするウォルターに掴みかかろうとしたアルベルを制し、ウォルターは立ち上がった。
 窓の外では、ラドフと別れたが屋敷に入ってくる所だ。

「気になるならこんな所へ来ず、本人に聞くがいい。おぬしはの主じゃろうが」
「……あの阿呆が話す気が無いんだ。オレが聞いてやる義理も無い」

 やれやれと首を振って、ウォルターは溜息をついた。
「お前さんに話さんのは、信頼しとらんからじゃないじゃろ。は、何か事情を抱えとる」

 アルベルの脳裏に、先日カルサア修練場でが目を覚ました時のことが甦る。
 丸一日意識も戻らず眠り続けた挙句、ひどくうなされ始めたの頬に思わず触れた瞬間、悲鳴を上げ怪我人とは思えぬ身のこなしで警戒を露にした。
 どこかで護身術でも習ったのか、素人の動きではなかった。
 そして、確かに向けられた殺気――
 アルベルを引き倒した体は、始終震えていて……

 あれも、の事情とやらに関係しているのだろうと分かるだけに、アルベルには無理に聞くことは出来そうにない。

「その事情を、お主には話しにくいのじゃろう」
 女心という奴じゃ……と付け足してウォルターが笑った瞬間、扉がノックされた。

「ウォルター様、です」
「おお、待っておったぞ。入れ」

 失礼します、と言って入ってきたと入れ違いに、アルベルはその横を通り抜ける。

「えっ、アルベル様っ!?」
「……………」

 の言葉には振り返らず、アルベルは無言で自室に向かった。
 胸の中には、正体不明の苛立ちを持て余したまま――。





「アルベル様ー?」

 それは、がウォルターに呼ばれて屋敷に着いた日の事。
 屋敷内の勝手が分からず、アルベルの部屋を探して居た時に、たまたまウォルターの執務室の隣で、メイドと喋っているアルベルの姿を見つけた。
 普段、部下ともあまり話そうとしないアルベルが、そのメイドとは不機嫌顔でもなく会話している。

「あら、アルベル様、お迎えがみえましたよ」
「チッ……。おい、また仕事か?」
「え……あ、はい。この書類を夕刻までに……」

 から書類を受け取って毒づきながら出ていったアルベルを呆然と見ていると、先ほどのメイドがに声をかけてきた。
「アルベル様の副官となられた様ですね? 私はこちらでメイドをしているエリーと申します」
「エリーさん……あ、私の事は様付けなんてしなくていいです」
 エリーはアルベルよりも若干年上に見える美人だった。かわいらしいスカートのメイド服がよく似合っている。
 先ほどのアルベルとエリーの姿を思い出して、の胸がちくりと痛んだ。
「エリーさんは、アルベル様と仲がいいんですね」

 思わず言ってしまった言葉に、エリーが数度瞬きして何を思ったのかを手招いて目の前のソファに座らせた。

「アルベル様のお父上であるグラオ・ノックス様は、ウォルター様と非常に親しい間柄でした。アルベル様が幼い頃は、よくこの屋敷に遊びに来ていたものです」
「エリーさんは、その頃のアルベル様もご存知なんですね…」
 またチクリと痛む胸を押さえるに、エリーは柔らかく笑った。

「私は幼い頃からこちらにお仕えしていますから、アルベル様の遊び相手というか……、アルベル様はよくやんちゃして叱られてましたよ。ですから、今でもウォルター様に対しては頭が上がらないんですよ。ズイブンと強がってはいますけどね」

 その後もいくつか昔のアルベルの話を聞き、その部屋を出たは、アルベルの部屋には行かず鍛錬場へ足を向けた。

 当然ではあるが、自分はアルベルのことを何も知らないのだと……今更ながらに突きつけられた気がする。
 彼を理解し、彼の傍で共に歩む……

「はぁ……」
 とても大それた望みなのだとようやく気付いて、大きな溜息が漏れる。
 は、理解しようにもアルベルのことを何も知らないし、役に立とうとしても何の力も無い……ちょっと先進惑星出身というだけのただの小娘だ。

 エリーと一緒に居る時のアルベルは、に対してのように刺々しくも無く、お互い分かり合っているようで……
 自分ではアルベルの傍に居るのに相応しくないと、そう実感して胸が痛くなる。
 この気持ちは一体何なのだろう……
 アルベルの力になれない事に今更気付いたからか……そもそも、それ自体が……

「……思い上がりだよね」
「何がだ?」

 の呟きに、後ろから声を掛けたのはラドフだった。
 元上官であり、この国に来てから一番面倒を掛けている彼に対しては、も何でも話せるような友情を感じている。
 だから、自分でも驚くほど素直に考えていたことを話していた。

「……お前、今時珍しいくらいの鈍感だな」
「は?」
「いや……そうだな。それじゃあ、修練場でお前が団長に助けられたときのこと、どんだけ覚えてる?」

 急な話題に驚きつつも、は記憶を辿った。
「シェルビー派の奴らに斬られて……その後、アルベル様が助けてくれたことは何となく覚えていますけど、朦朧としていたので……」
「つまり、俺が途中で合流したのも、団長が捕虜たちを見逃したのも覚えてないんだな?」

 アルベルがフェイト達を逃がしたというのは、ヴォックスが忌々しそうに話しているらしいと噂で聞いたが、その時のことは気を失っていたのかには全く記憶に無い。

「そうかそうかー。団長はお前の傷を必死に手当てしてたよ。ブルーベリィを飲み込もうとしないお前に口移しまでしたりしてなー」
「えっ……!?」
「口移しだよ、く・ち・う・つ・し!! いやぁ~、団長もあんまり自然にやってのけるもんだから、オレはシェルビーたちが言ってた『団長の女』ってのが本当だったんだとてっきり……」
「なっ……!!」

 は真っ赤になって口元を押さえた。
 頭の中が混乱する。
 確かに、『アルベルの女』だと言われて嫌悪を感じた事はないし、アルベルのことは人として好きだと思う。
 けれど、エリーと二人で居る姿に胸を痛めたり、口移しされたと聞いてこんなに動揺するこの気持ちは……

「…失礼しますっ!」

 そう言って、は自室へと逃げ込んだ。
 ウォルターについてこの国のことを学ぶ云々以前に、考えなければならないことが出来てしまった。

 それも、結論を早く出さなければならない問題――








04.4.1
CLAP