「アルベル、何かあったのか? 先ほど女の悲鳴が聞こえ……」
「何でも無いっ!」
謁見の間に入るなりそう問いかけてきた王の言葉を、アルベルは機嫌の悪さを発揮しながら一刀両断で遮った。
まだ花瓶を受けた顔面が痛むのか、右手で軽く抑えている。
王の隣に並んだウォルターがその態度を嗜めようとしたのに気付いて、も責任を感じて助け舟を出した。
「陛下とウォルター様におかれましては、ご心配をお掛けしたと聞き、大変申し訳ありませんでした」
「おお、」
跪いて礼を取ったに、ウォルターが相好を崩して微笑みかけてくれた。
それに控え目な笑みを返して、再び王の前に頭を垂れる。
「よ、大怪我をしたと聞いたが、もう動いても平気なのか?」
「はい、大丈夫です。こう見えましても頑丈に出来ておりますので」
「ははは、そうか。今回のお前の活躍、聞いておるぞ。後でそのことも充分労おう」
だが、その前に――そう言って王はアルベルに視線を向ける。
アルベルは一つ頷くと、続き間からシェルビーについていた漆黒兵5人を連れて来た。
鎧を剥がれ、縄を掛けられた五人の中には牢までをからかいにきた連中も居たが、今はそこにあの時の余裕の欠片も無い。
「その者たちの処分についでだが――さて、どうしたものか。このような事は例が無いし、とにかく、当時あの場に居た者から事情を聞きたいのだが……」
「恐れながら陛下――」
下座から再度声を上げたに、王は視線を向ける。
「どうした、」
「私がこの者たちに捕らえられていた時、彼らから直接聞いた話が一番確かかと存じます――」
「ふむ、そうだな……。よし、話してくれ」
一つ頷いて、は牢で聞き出した話を掻い摘んで説明した。
要所要所で囚人となった彼らに確認を取ることで、認めさせながら続ける。
そして、最後にこう付け足した。
「更に、彼らはアルベル様のお命も狙っていたと思われます」
「そっ…それは、俺たちは知らなかったことだ!」
確かに牢ではその話は聞いていないが、を人質として扱っていたのだから、知らなかったという事はあるまい。
しかし、囚人たちもこれ以上罪が増えればどうなるか……と躍起だ。
「捕虜たちを捕獲する前にアルベル様が帰ってきた場合、私を人質に取ってアルベル様を手に掛けるつもりだと……シェルビーは彼らの前で明言していました」
「その時に初めて知ったんだ! だ…大体、俺たちが知っていたという証拠はあるのか!?」
「――そのことについては、彼らからご説明いたします。……ラドフさん、マユ」
に呼ばれて進み出た二人は、御前で頭を垂れる。
「の上官に当たります、漆黒所属のラドフです」
「カルサア修練場の厨房係をしております、マユと申します」
「ラドフは、例のシェルビー派に潜伏していたという腕利きの男ですぞ」
ウォルターの説明にも一つ頷いて、王は二人に視線を戻した。
「ラドフに、マユ。お前達の話を聞こう」
「はっ。私はの助言に従ってシェルビー派に潜伏し、機会を窺っていた折、偶然彼らが団長を毒殺する算段をしている所を目撃したのです」
「なっ、俺たちはそんなこと……!」
「うるせぇ、黙れ。――続けろ」
アルベルの促しを受けて、ラドフはマユの背中に手を添える。
「この厨房係のマユが、彼らに言われ、知らず料理を作りました」
「――はい。えっと……アルベル様が帰ったら召し上がっていただく料理を、この香辛料を使って作ってくれと頼まれまして……これがその料理です」
(げ、カレー……なのに甘そうな臭い)
マユは料理のクリエイターでもありながら、その作品は時々破壊的だ。
はこっそり溜息をついて、ラドフに目線で続きを促す。
「マユには誰にも食べさせてはならないと言い含めて、全て終った後でモンスターで実験して見た所、凶悪なモンスターもイチコロという強い毒でして……」
「う…嘘だっ!」
動かぬ証拠と証人を突きつけられて真っ青になった囚人達に「ご愁傷様」と心中で呟いて、はトドメの一言を口にした。
「首謀者が没した今、彼らは何も出来ないとは言え、企みは余りにも凶悪です。命までは取る事は無いかと思いますが……陛下、御裁断を」
「お…お待ちください、陛下。その女は――……」
「黙れっつってんだろ」
刀に手を掛けてすごんだアルベルに囚人たちが口を噤んだ直後、王の裁きが下った。
「お前達のやったこと、許される事ではない。軍籍を剥奪の上、永久国外追放とする」
一度王から下った裁きに逆らえるものはいない。
連行されていく囚人たちを見送りながら、たちはほっと胸を撫で下ろした。
「俺は、毒殺だの何だのって話は聞いてねーぞ」
「それはそうです。嘘ですからね――ウォルター様は気付いておられるでしょうが」
絶句するアルベルを他所に、は平然と微笑んだ。
「じゃあお前らも……」
アルベルの視線を受けて、後ろを歩いていたラドフとマユは苦笑した。
「に一芝居打ってくれと頼まれた時はどうなるかと思ったんですけど……それにしても寿命が縮みましたよ」
「毒入りのお料理なんて最初で最後でしょうね」
「証拠は必要ですし、説明は私じゃ駄目でしたからね……私は嘘が下手ですから」
言ったに、アルベルは嘲るように笑った。
「お前のは嘘っていうか、人をおちょくってるようなもんだからなァ」
「うっ……言い過ぎですよ、アルベル様!」
否定できず顔を赤くしたにマユたちも笑う。
そこで、廊下の分岐に着いて、ラドフとマユとは別れた。
「………………」
しばらくアルベルと二人で歩きながら、二人の間を沈黙が支配する。
思えば、何だかんだと事後処理に追われ、こうして二人がまともに話すのは、が単身アーリグリフを経ってから初めてのことだった。
(聞きたい事、いっぱいあるんだろうな…)
思いながら、は前を行く背中を見つめる。
本来なら部下であるから全て正直に報告しなければならないのだが……
報告できれば、いいのだけど……
「……おい、どこに行く気だ」
そう言われて我に返ると、アルベルの執務室に着いたのに気付かず素通りする所だった。
事後処理と今後の対策について、これから検討することになっていたのだ。
「ぼーっとしてんじゃねぇ、阿呆」
「すみません!」
どうも考え事をすると周囲に疎かになっていけないと反省しながら、は慌てて扉を潜った。
扉を閉めて、部屋の奥に入っていくアルベルに視線を向ける。
「……あのっ、アルベル様!」
「……あ?」
「すみませんでしたっ!!」
は深々と頭を下げた。
いろんな罪悪感があって、中々顔が上げられない。
無言で近づいてきたアルベルはの前で立ち止まり、その頭に乱暴に右手を置いた。
「全くだ――弱ぇ分際でうろちょろすんじゃねぇと言っただろ、阿呆が」
「……すみません」
アルベルの言う通り、アーリグリフから修練場までの道のりを甘く見ていた――正確には、道程でなく状況を。
自分の戦力というものを考えて、もっと慎重に行動すべきだった……
しゅんと項垂れたに、アルベルが深々と溜息をつく。
「……もう過ぎたことをとやかく言っても仕方ねぇ。だが、二度目は無いと思えよ」
「――はい!」
その言葉だけで不問に処そうとしてくれている優しさに嬉しくなっただが、もう一つ言う事があったのを思い出した。
「あ…あの、アルベル様……実はもう一つお詫びしないといけないことが……」
言いにくそうなの様子に、アルベルは聞きたくないという風に呆れ顔で顔を顰める。
「……まだあんのか」
溜息と共に促されて、も溜息したくなるのをこらえた。
「実は、先日一人で修練場に向かってる途中、カルサアの街で捕虜の少年と偶然会いまして……」
「……あの青髪の奴か」
「アルベル様も会いましたか。彼――フェイトというんですが、そのフェイトとは世間話をした程度だったんですが、お互い名前と顔は覚えていたもので、シェルビーたちの前でうっかり名前を呼んでしまって……」
てへ、とお茶目に笑ってみても、全く効果は無かった。
顔を顰めたまま、アルベルは深い深い溜息をついた。
「本物の阿呆だな、お前は………」
「私もそう思いました……」
その情け無い返答に、アルベルはまた溜息をつく。
「それで、シーハーツの間者だと疑われる前にあの猿芝居という訳か」
「……勝手をしてすみません」
本来、アルベルはああいった裏工作を嫌う。
かなり罵声を浴びせられる事を予想していたは、アルベルの言葉に目を瞬いた。
「まあいい……オレもあいつらは気に食わなかったからな」
いい気味だ、と笑ったアルベルにがほっとしたように気付いたのか、アルベルは意地悪い笑みを浮かべた。
「だが、お前の話を信用する理由にはならねぇな。カルサアで会ったというのが嘘で、お前が本当にあっちの隠密じゃないという証拠があるか?」
「それはっ……」
「ラドフの話じゃ、あの金髪の男の事も知ってたみたいだな」
(クリフ・フィッター……)
は押し黙った。
クリフのことは、数年前から情報だけは知っている。
そう、反連邦組織・クォークの元リーダーとして……
だが、それをアルベルに説明しようと思えば、今まで隠してきたことの一から十まで話さねばならない。
全ての事情を明かす………
考えてみて、は途方に暮れた。
アルベルに聞いて欲しい気も、アルベルだけには話したくない気もする。
「………どうしても…話さなければなりませんか…?」
何を馬鹿な事を言っているのだと思いながら、はアルベルを見上げた。
二人の視線が交差して、数秒が流れる。
やがて、赤い瞳が閉じられ、その口から溜息が漏れた。
「話す気も無い奴の言葉など、聞く気もねぇんだよ、阿呆が」
「アルベル様……」
それで話は終わったとばかりに背を向けたアルベルは、しかし数歩歩いて再び止まった。
「……さっきのは冗談だ。お前を信じてない訳じゃない」
「え……?」
疑われて当然の状況で、まさか一番欲しい言葉を貰えると思っていなかったは、茫然と立ち竦んだ。
「テメェの主は、オレなんだろう?」
振り向いて、ニヤリと太々しく笑った赤い瞳に……
「はい――!」
は精いっぱいの笑顔と共に頷いた。
「――よ、此度のお前の機転、本当に見事だった」
脳裏に甦るのは、先ほど王から貰った言葉。
「いいえ、結局は捕らえられてご迷惑をおかけしましたので……」
「それについては、お主よりもシェルビーの騎士道に問題があろうよ」
ウォルターの言葉に、王も頷いた。
「とにかく、これでは実戦闘よりも頭で戦う方に長けていると分かった訳だが……どうだ、シェルビーの後任も決まらんことだし、これを機にアルベルの副官をやらんか?」
「はい……えっ!? わ…私がですか!? とんでもありませんっ!」
思わぬ言葉に全力で首を振ると、王とウォルターは声を上げて笑った。
「何も、副団長をやれと言うのでは無いぞ?」
「オレにとってのウォルターみたいなものだな」
つまりは、参謀ということだろうか……
確かに、は実戦闘には向いていないと自覚しているし、策謀も苦手ではないが……
「私には、大役すぎます……」
「そうかの? ワシはそうは思わんが……アルベルはこの通り強さ一途の男。今回のような事が二度と無いように、お主が傍におればこやつも助かるというものじゃ……のぅ、アルベル」
話を振られ、今まで黙って聞いていたアルベルは、相変わらずの不機嫌顔のままを見た。
「……確かに、戦場をウロチョロされるより楽ではあるな」
ぶっきらぼうに言われたその言葉は、ウォルターが「照れ隠しじゃよ」とそっと教えてくれなくてもにも分かった。
胸の中に温かな気持ちが流れ込んでくると共に、決意が固まる。
「――分かりました。アルベル様のお役に立てるのであれば、微力を尽くします」
あの場ではなく、今この瞬間がの副官――参謀としての始まりに思われる。
執務室で主である青年をまっすぐに見つめ、は臣下の礼を取った。
04.3.21