20.かぐや

「――政宗様、先程のは一体……」
「……お前も見たか、小十郎」

 手元の燭台が揺れる中で、政宗は眠るの顔を見つめていた。
 政宗の後ろに小十郎、屋根裏にはが疾風と名付けた忍の気配がある。

「――疾風、お前にはどう見えた?」

 音も無く政宗の斜め後方に跪いた疾風は、低い声で短く告げた。

「忍びの技ではありません」

 やはり、と小十郎が呟いた。

「存在自体が、一瞬で消えかけたように……見えました」

 続けられた疾風の言葉はいつに無く沈んだもので……政宗は目の前で起こった光景を思い出していた。







 そもそも政宗は、宴などというものは無礼講で、皆が好きなように楽しめば良いと思っている。
 それは、手ずからの料理で持て成すという政宗のポリシーにも何処か通じるものがあった。
 要は、客人も自分も自分の臣下も、皆が楽しめれば、それに勝ることは無いのだ。

 だが、宴も会食も、そうは行かない場合が往々にしてある。
 両者とも、政治的な駆け引きには絶好の場であるからだ。

 今日の宴は、まさにそれだった。
 前田家が政宗に下ったことを大々的に示す打って付けの機会――特に、まだ平定したばかりの奥州の結束――政宗への絶対服従を促すにはまたとない機会だ。

 利家とまつを始めとした前田家の面々を丁重に扱い、それでも上下の別ははっきりと付ける。
 宴も終盤に差し掛かり、かなり座が乱れてくると、それはほぼ成功に終わったと見てよかった。

 しかし、ふとした時に政宗から出るのは、笑みではなく溜息ばかり。
 入れ替わりたち代わり、政宗の元にやって来るのは、媚を売ってくる者や近づこうと企む者がほとんどだ。
 ――おもしろくない。
 政宗はこの様々な思惑渦巻く宴を取り仕切る者なのだから、仕方ないと言えばそうなのかもしれないが、自分が全く楽しめないことに不満を感じていた。
 小十郎などはそれに気づいているのか、わざわざ気を回して政宗の前で様々な芸をやらせているようだが、いつもと違ってそれもあまり効果は無い。

 つまらないご追従ばかりを口にする傍らの臣の話を適当に聞き流しながら、政宗は広間に視線を彷徨わせた。
 しばらくして、一つの姿が目に止まり、自分の心中を自覚する。

 視線の先には、盆を持って酒席の間を回っているの姿があった。
 左肩を負傷している為、右手だけで盆を持ち、時折話しかけられながらも器用に仕事をこなしている。
 片手なので時折危なっかしくよろめくが、その度に同僚たちに支えられながら動き回っていた。

「…………………………」

 政宗は無言でその姿を目で追う。
 普通の新入りの一兵としてなら、至って普通のその光景――しかし、今はなぜか無性に政宗の神経を逆なでた。
 どうやら、今日がいつも以上につまらないと思う原因は、にあるらしい。

 ここ最近、数日に一度はと気軽に酒を飲んでいたのだ。
 伊達家の当主でも、奥州筆頭でも無く、ただの政宗として自分を扱うが傍に居るのは、妙に気が楽だった。
 政宗がプライベートで訪れる際はいつでも、は本当に遠慮なく接してくる。
 力仕事を頼んでくるし、雑事を手伝わされることすらある。
 この身分社会でそれは異常なのだろうが、それこそ政宗が望んでいることだった。
 人一倍聡いは、それを知った上でそのように接してくる。そして、公の場では、普段が嘘のように丁寧に振舞う。だからこそ、普段から礼儀には人一倍小うるさい小十郎でさえ何も言わないのだ。

 いつもなら、政宗の傍で甘い酒を飲みながら笑っているは、上座の自分からはほとんど見えないような場所で給仕に走り回っている。
 いつもなら、がよろければ支えてやるのは政宗だが、伝令隊の政宗が顔も知らないような下っ端がその場所に居る。

 ――おもしろくない。

 本日何度目になるか分からない言葉を心中で吐き、ぐいと酒を煽った。
 頑是無い子どものような感情だと分かっているが、そう感じるものはどうしようも無かった。

 やがて、目の前で披露される芸もゲテモノ芸になり始めた頃、政宗は我慢できずに疾風を呼び、を呼んで来るように命じた。
 広間は大分騒がしいから、少しくらい政宗が給仕の配下に酌をさせて絡んでいても、問題は無いだろう。

 やがてやって来たは、公の場で自分が政宗に酌をすることの不自然さを心得ているようだったが、広間の様子を窺って傍に座った。
 にこりと政宗に笑いかけ、いつものように豪快に酒を注ぐ。
 政宗の返杯も恐縮したように受けたが、二人で杯を傾けるとまるでここが宴席などと忘れてしまいそうで、政宗は笑った。

「? どうかしましたか?」
「いや、これじゃいつもと変わんねぇなと思ってな」
「…そう言えばそうですね」

 言うの口調がいつもと全く同じだったので、政宗の口元にも笑みが浮かんだ。
 途中で小十郎・成実・綱元の三人が割って入ってきたことにはやや気分を害したが、と何気無い話をすることで、政宗は大分気分が良くなっていた。

 しかし、そう時も置かず、はすっと腰を上げる。
 どこへ行くのかと不思議に思って問えば、ここには長居出来ないから仕事に戻ると答えた。

 確かに、の言う通りだった。
 いつまでも新入りの一兵が政宗の傍に居たのでは、邪推を招くかもしれない。
 それは、政宗の為にも、の為にもならない。

「…………そうか」

 答えた声は我ながら硬くて、政宗は苦笑した。
 頭では分かっているが、を宴席の間中手元に置いておきたいなど……全く馬鹿げているとしか言いようが無い。
 また明日の晩辺りにでも、城を抜け出しての家に行けば良いのだと自分に言い聞かせたが、成実が言った言葉にあることを思いついた。

「オイ、。お前も何かやれ」

 にも何か芸をやらせれば、それを口実にもうしばらく手元に留めることができる。
 そんな単純な思考で、女装しろと言えば、はあからさまに戸惑った表情を見せたが、思いがけず話を聞いていたらしいまつが、自分に任せてくれと言ってきた。
 丁度良い――に、まつと戦った時の話を聞いていた政宗は、にゆっくりと頷いてみせた。
 それだけで政宗の意図に気付いたのか、も表情を引き締めて頭を下げる。

 まつに連れられてが退室してからは、妙に長く感じられた。

 そして、現れたは……

「きっと独眼竜殿も驚かれまする。かぐやも斯くやと言わんばかりでごさいますれば」
「へぇ……かぐやねぇ……そいつぁ大きく出たな。OK、もし言葉通りなら褒美をやるぜ?」

 まつの大袈裟とも取れる言葉に、軽口でそう返したと言うのに、政宗の前で顔を上げて微笑んだはまるで別人のようだった。
 赤を基調とした打ち掛けはまつのものなのだろうが、にとても良く似合っている。
 いつもは結い上げている髪も下ろし、所作も堂に入っていた。
 絶世の美女という訳でも無いのに、凛と顔を上げ、背を伸ばして毅然と佇んでいるその姿は、本当にかぐやのように一瞬にして宴席中の注意を惹きつけた。

 猪口を取り落としたのに気付かなかったのは、失態以外の何ものでも無い。
 小十郎から新しい杯を受け取り、に注がれた酒を飲み干す――その一連の動作の中で、政宗は何とか平静を取り戻した。
 しかし、どうやら服装に合わせて丁寧にしているらしいの言葉遣いが、政宗の心中を波立たせる。
 正確には、恰好も仕草も口調も……そのものがいつもとまるで違っていて、政宗を落ち着かなくさせていた。
 小十郎たちや利家たちと会話している間も、成実のしまりの無い顔や広間のあちこちから集まる好色めいた視線に、苛立ちばかりが募る。

 を呼び戻し、無理やり強い酒を飲ませたのは、八つ当たりに近いものがあった。
 だが、先程と同じに二人きりだと言うのに、口調も言葉遣いも崩さないに腹立たしさを感じたのも事実。

 苛立ちのままに会話が途切れ、大分酒も回ってきた頃、政宗は思わず胸の中の苛立ちを口に出してしまった。

「そんな恰好も動きも喋りも、似合わねぇっつってんだよ!」

 言った直後、の身体がぴくりと震えて、顔が歪められる。
 苦しそうなその表情に、政宗の胸がずきりと痛んだ。

「…どい……ひどいです、政宗さん! そりゃ私は美人じゃないし、可愛げも無いし、ここに来てからは化粧どころか女物の服さえ着たことはありませんでしたけど、これでも一応女なんですよ!? 似合ってないのなんて私が一番分かってます! そんなにはっきり言わなくたって……」
「お…おい、……」

 声は潜められていたので、幸いほとんど誰も気付かなかったようだが、政宗はうろたえた。
 今まで酔い潰れたも見たことがあるが、こんな風になるのは初めてだ。
 せいぜいが、その場で寝てしまう程度のものだった。

 俯いたの手元に、ぱたぱたと涙が落ちて、政宗はぎょっと息を詰めた。
 の肩に置いた手から、その身体が震えて泣いているのが伝わる。

 ――傷付けた。

 その実感が、信じられないほど政宗を打ちのめした。

 そして、硬直して動けない政宗の目の前で、それは唐突に起こったのだ。

「……らい、きらい。政宗さんなんて、大嫌い…!」

 押し殺したような声で、が叫んだ直後、その身体が突如赤い光で包まれ、すう…と音も無く、"ごと薄れた"のだ。

 ――消える

「っ…!!!!」

 漠然とした予感だった。
 を失う――そう思った瞬間、政宗は大声でその名を呼び、薄くなった身体を掻き抱いた。

「!? ……政宗様!?」

 驚いて駆けつけてきた小十郎たちに気付き、恐る恐る身体を起こした政宗は、腕の中に意識を失ったが居るのを確かめて深い安堵の息をついた。
 もう、赤い光も無く、姿が薄れて見えるということもなかった。

 広間中が注目しているのに気付いた小十郎が、そっと政宗に耳打ちする。
 眉を顰めて溜息をついた政宗は、を抱いて立ち上がった。

「かぐやは月へ帰る時間だ」

 衆目に告げると、「筆頭、頑張ってくださいよ!」などと揶揄が掛けられる。
 これが伝令隊のだというのは、ほとんどの者には知られていない筈だから、今は政宗の女ということにしておいた方がいいだろう。

「今夜はもうお開きだ。お前らも潰れねぇ内に切り上げろよ!」

 目線で小十郎に後のことを任せて、政宗は広間を後にした。
 揶揄に否定しなかった手前もあって自分の部屋へ運び、寝かせる。
 一旦まつからの借り物の着物を女中らに着替えさせ直して、今に至る。

 は深い眠りに落ちているが、ちゃんとそこに存在している。
 今では、あの時消えかかったことなど嘘のようだった。

 宴席のフォローを終えてきた小十郎を交え、政宗は深々と溜息をついた。

「とにかく、これ以上考えても埒が開かねぇ。こいつは俺が預かるから、お前らはもう下がれ」
「しかし……」
「――疾風、命令だ」
「……は」

 のことが心配なのか、食い下がろうとした疾風にも、政宗は有無を言わせなかった。
 その頑なさに何かを感じたのか、珍しく何も言わずに小十郎も下がり、部屋には自分とだけが残される。
 頼りない灯りの元、政宗は消えかけたを引き止めた自分の腕を見つめていた。







 夜半過ぎ、自室の障子を開けて、政宗はぼんやりと月を眺めていた。
 戦明けで疲れている筈だったが、眠気は感じない。
 明日からはまた戦後処理の仕事が大量に舞い込んでくるのだと分かっているが、どうにも眠れそうに無かった。

 ――「……らい、きらい。政宗さんなんて、大嫌い…!」

 今になって、その言葉が鋭い刃物のように政宗の胸に突き刺さる。
 いくら酔っていたとは言え、余りにもらしくない言葉だった。

 ――「ただ……私だって政宗さんを守りたいと思ったから……」

 戦の直後、なぜ無謀にもまつと対峙したのかと叱責した政宗に、が言った言葉――あの時、確かに政宗は嬉しいと思った。
 それは、心からのの本音だと分かったからだ。
 政宗のことが大切だと、命をかけてでも守りたいと、そう言われたも同義だったから――

 ――「政宗さんなんて、大嫌い…!」

 にしては感情的な言葉は、そんな政宗の胸を抉るようだった。
 それだけ、傷つけたということなのだ。

 ――「そんな恰好も動きも喋りも、似合わねぇっつってんだよ!」

 決して本音なんかじゃなかった。
 が別人みたいで、自分の知らない、手の届かない人間のようで、一人で勝手に焦って、そんな憎まれ口を叩いた。
 あの姿でが現れた時、茫然自失するほど見惚れていたなどと、本人にだけは知られたく無かったから。
 
「大嫌い……か……」

 ぽつりと呟いた時、ふと、室内の気配が動いた。
 寝ていた筈の人物が体を起こして、政宗は体を強張らせる。

「ま…むねさ……?」

 月明かりが眩しかったのか、目を擦っているの声は、ひどく掠れていた。
 眠っていた為に僅かに肌蹴ている着物の合わせから目を背け、政宗は部屋の急須から水を入れて渡してやった。

「すみま…せん……」

 受け取って一息に飲み干したは、眩暈でもしたのか、くらりと体勢を崩した。
 慌てて抱きとめた政宗と、苦しげに目を開けたの目線が間近でかち合う。

「え……あれ……? 政宗さん……? え? え……!!??」

 一気に覚醒したのか、赤くなって混乱し、動いたせいで青くなったりと、突然慌しいに日常を感じて、政宗は柄にも無く緊張していたのだと知って脱力した。
 思ったより元気な様子にも僅かにほっとして、手を放してやる。

「ま…政宗さん、どうしてここに……っていうか、ここって……」
「あぁ、俺の部屋だ」
「!!」

 おもしろいくらいに赤くなったに、何を考えたのか知った政宗はにやりと笑った。

「Hey Honey、まさか覚えて無ぇなんて言わねぇよなァ? さっきはあんなに大胆だったじゃねぇか」

 政宗の部屋、一組だけの布団、いつの間に着替えたのか分からない肌蹴た夜着、すっぽりと抜け落ちた記憶――
 トドメに、布団の上に身を起こしているの腰を抱き寄せて、その耳元でわざと声を低くして囁けば、腕の中のがぞくりと大袈裟なほどに身を震わせた。

 物凄い力で政宗を引き離し、飛び退って真っ赤な顔で耳を押さえている。

「なっなっなっ……!!」

 威嚇するように睨みつけてくるその反応が毛を逆立てた猫のようで、からかい過ぎたという反省よりも、もっと苛めたいという衝動に駆られたが、辛うじて政宗は踏みとどまった。
 これ以上からかえば、自分が洒落にならない。

「Han! 嘘だよ、嘘。寝てる女をどうこうするほど落ちぶれちゃいねぇよ」
「う……そ………?」
「大体、、お前は俺のこと『大嫌い』なんだろ?」
「…………!」

 笑い飛ばそうとして失敗した政宗は、暗くなった自分の声を呪った。
 たかが嫌いと言われたぐらいで落ち込んだと思われるのは、無性に癪だ。
 しかし、政宗がを傷つけたのは事実。
 ――それによって、政宗自身が傷付いたのも。

「……私、あのまま潰れちゃったんですね……もしかして、政宗さんが運んでくれたんですか?」

 何と切り出そうかと政宗が迷っている内に、の方からそう聞かれ、政宗は一つ頷いた。
 政宗の言葉で、ようやく潰れる前のことを思い出したらしい。
 すると、やっぱり、と溜息をついて、は突然頭を下げた。

「――すみませんでした! 私の仕事は給仕の手伝いをすることだったのに、よりによって政宗さんの前で酔い潰れて、運ばせるなんて……政宗さんの面目丸つぶれですよね……」

 本気で落ち込んでいるらしいに、政宗は呆れて眉を顰めた。

「お前に強い酒を飲ませたのは俺だろ?」
「でも、潰れるほど飲む前に自分で気付くべきだったんです」
「運んだのも、俺が勝手にしたことだ」
「そもそも潰れなければ運ばせることも無かった訳ですし」

 硬い表情で言い募るを遮って、政宗はバシリと畳を叩いた。

は悪くねぇ! 悪いのは俺だ! You see!?」
「え……?」

 きょとんと目を瞬いたに、政宗はガシガシと頭の後ろを掻いた。

「言っとくが、お前の『女装』にケチ付けたのは、ありゃノリだからな!」
「ノリ……?」
「Ahー…つーか、あれだ! 勢いっつーか、八つ当たりっつーか」
「勢い……八つ当たり……」
「あんな恰好であんな喋り方で、普段のお前と全然違ってたから、調子が狂ったんだよ! お前じゃねぇみたいで、落ち着かねぇだろーが!」

 自分でも何を言っているのか分からなくなってきた政宗だったが、は突然笑みを浮かべた。
 その何事か企んでいそうな笑みに、嫌な汗が伝う。

「……つまり、別に似合ってなかった訳じゃなくて、見惚れてたんですか?」
「っ……Ha! んな訳あるか! 何言ってんだ!」
「それで、私が『大嫌い』って言ったのが、そんなに堪えたと……?」
「べ…つに、お前にどう思われようと、んなこたぁどうだっていいんだよ!」
「……………政宗さんって……」
「アァ?」
「かわいいですね」
「!!」

 学習能力はあるのか、少し距離を置いた安全圏からそんなことを言うに、政宗は最早怒る気も失せて脱力した。

「独眼竜を捕まえて、かわいいなんて言うのはお前くらいだ――ですか?」

 まさに自分が言いそうなことを言ってくるに溜息をついて、政宗は布団の上に転がった。
 こちらは傷つけたことを弁明しようと必死だというのに、はくすくすと笑っている。
 図星を当てられたような格好だが、にすれば冗談なのだろう。
 何だか、無性に疲れた。
 はそんな政宗の心中になど気付きもしないようで、のこのこと近寄り、顔を覗きこんで不意打ちの一言を口にした。

「私も、『大嫌い』って言ったのは、ノリと勢いと八つ当たりですから……本気にしないで下さいね…?」

 政宗は隻眼を瞠って、思わず手を伸ばしていた。
 の腕を捕まえ、ぐいと引いて、布団の上に押し倒す。
 驚きに見開かれた瞳に、しかめっ面の自分が映っていた。

 政宗は、聞くことを躊躇って口に出来なかった言葉を、気が付けば吐き出していた。

「お前は本当は何者なんだ――?」
「! ど…いう意味ですか?」

 微かな動揺が押さえつけた体から伝わり、政宗は眉を潜める。

「さっき、お前が潰れた時――いきなり赤く光って、消えかけた」
「消え……?」
「ああ、幽鬼みたいにな、体がすっと薄くなったんだよ」
「!!」

 の目がますます見開かれた。
 心当たりがあるのか、政宗から目を背けて、思考に沈む。

「思えば、お前が現れた時も唐突だった。アレと同じように………」

 言いかけた政宗の台詞は、途中で止まった。
 伸ばされたの手によって口を塞がれたのだ。
 何を言うでもなく、ただ泣きそうな顔で見上げてくるに、政宗は深い溜息をついた。

「言いたくねぇなら、今日は一芸に免じて許してやるよ」

 口を覆っていた手を外し、の横にごろりと転がる。
 何事かと慌てたの体を引き寄せ、背中からすっぽりと抱き込んだ。

「まっ…政宗さん…!?」

 裏返った声に、政宗は苦笑する。

「何もしねぇから、このままとっとと寝ろ」
「このままって……」
「おっと、それとも、何かして欲しいのか、Honey?」
「ハ…ハニーじゃないですってば!」

 身を捩って耳を押さえるの頭をぐしゃぐしゃと撫でて、政宗は自分も誤魔化すように言った。

「さっきの質問に答えるか、大人しく寝るか――好きな方を選ぶんだな」

 ぐっと詰まったは、小さな声でそれに答えた。

「寝ます――でも、政宗さん、これだけは信じてください」

 腰に回した腕に、の手がぎゅっと重ねられた。

「嘘は……ほとんどついてないんです。ただ、私にもどうしてこんなことになったのか……よく…分からなくて……」

 その声が泣いているような気がして、政宗はぽんと小さな頭に手を置いた。

「I trust you」
「…………Thanks」

 トクトクと、速い鼓動を刻む体を抱きしめて、政宗は目を閉じた。

 信じろというのなら、今は何も考えずにこうしていよう。
 かぐやのように突然消えてしまわないように……

 がお守り代わりに持っていた貝合わせのかぐやが、不吉な符号で無いことを祈りながら……









060924
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