「ついに…ついに会員数が10人になったぞいーーーーーー!! これで廃部、いや、廃ギルドの危機もなくなったわい!」

 ユニオン本部の廊下でウサギルドの老人が歓声を上げたのは、星喰みを打倒しに行く直前のことだった。

「お前さんには感謝感激雨あられじゃ! では、ファイナルご褒美のとっておきのうさみみじゃあ!」
「………………………………」

 後顧の憂いを無くす為にユニオンに立ち寄った所にこの成り行きで、一同は老人が差し出したものにごくりと息を呑んだ。

「や…やったね、ユーリ!」
「つ…ついにこの日が……!」
「――で、どうすんの? あんたもつけんの? それ?」

「誰がつけるかあああああああ!」

 ――『うさみみ紳士用』

 ウサギルドの宣伝を頼まれていたその報酬として今まで様々なものを貰って来たが、とうとう最後の褒美まで辿り着いてしまったらしい。
 黒いうさみみを地面に叩き付けたユーリの絶叫が、広いホールに響き渡った。

獣耳ギルド

「駄目ですよ、ユーリ! やっぱり、貰ったからにはつけてみないと!」
「そうねぇ、あたしらだけなんて不公平よねー」

 場所をダングレストの宿に移しての夕食後、ウサギルドで貰ったうさみみを大事に抱えてきたエステルがユーリを嗜めながら力説し、リタが半眼でそれに同意する。

「そぉよー、青年。人の好意を無碍にするなんて、おっさんはそんな子に育てた覚えはありません!」
「育てられてねーよ!」

 レイヴンの茶々にも間髪入れず答えながら、しかしユーリは甚だ不利だった。
 何せ、今まで女性陣がうさみみを貰った際に強引に着けることを促し、散々その姿をからかってきた過去があるのである。
 男性陣であるカロル・フレン・レイヴンとラピードは女性陣の手前、静観を決め込んでいるようで、まさに孤立無援だった。

「さぁ、ユーリ。海の漢らしくドーンと着けるのじゃ!」
「はい、どうぞ!」

 パティとエステルから張り切って差し出されたユーリは、全員の視線を集めたまま苦いため息をつき、顰め面のまま嫌々渋々装着した。
 その、瞬間。

「っっかわいいです!ユーリ!!」
「のじゃ! 流石うちのユーリは何を着けても似合うのじゃー!」
「本当。中々似合ってるわよ」
「……ふん、いいんじゃないの?」

 女性陣全員の好感触が伝わる黄色い歓声が上がり、意外な事態にユーリは虚を突かれたように目を丸くする。
 しかし次第に頬を染め、照れ隠しのように顔を背けた。
 その顔は多少付き合いのある者なら分かる程度にわざと不機嫌を装ったもので、その実満更では無いことは明らかだ。

 それを見ておもしろくないのは、ウサギルドの報酬の中に装着できる自分用のうさみみが無かったレイヴンである。

「おーおー、鼻の下伸ばしちゃってさー。青年ったら結構ムッツリよねぇー」
「……何だよおっさん、自分が無かったからって不貞腐れてんのか?」

 ユーリが気を取り直して余裕たっぷりに鼻で笑えば、レイヴンは子どものように頬を膨らませてそっぽを向いた。

「べーつにー? おっさん、別に自分がバニーちゃんになりたい訳じゃないしー」
「まぁ、おっさんはジュディのバニー見れればそれで良かったんだもんな?」
「そうそう! うさみみだけじゃなくてレオタードと網タイツにうさしっぽまであったら、もう俺様死んでも……」
「今死ねー!」
「ぶふぇあー!!」

 ある意味、毎度お決まりのやり取りを繰り広げたメンバーに、カロルがボスらしく宥めにかかる。

「何はともあれ、これで全員分いろんなやつが揃ったわけだね」
「全員分? いろんな? 何のコトかしら?」
「アタッチメントの動物の耳だよ。僕もほら……アレとかアレがあるし」

 意外とコレクター気質が揃った凜々の明星は、このカロルの言葉に食いついた。

「何言ってんのよ。そもそも、アレとかは動物に入んないでしょーが!」
「でも、いろんなアタッチメントを手に入れるのは楽しいですよ。コレクター図鑑もだいぶ埋まりました!」
「そうね、後一息ね」

 和気藹々と話すリタ、エステル、ジュディスに、レイヴンはチッチッチッと指を振る。

「――ふっ、お嬢さん達。アイテムとは持っているだけじゃその真価は発揮されないものさ。持っているものを有効に使ってこそはじめて、真のコレクターと言えるだろう!」
「……ウザ」
「あら、でも確かに、折角もらったのに着けないのは勿体ないわね」
「ジュディスちゅぁーん!」
「確かに、レイヴンさんの言う通りですね」

 今まで黙っていたフレンまでがそう言って、ユーリは呆れたようにため息をついた。

「何だ、フレンまで。こんな時までおっさんを立ててやることは無いぞ」

 それに対してシュヴァーンを崇拝しているといっても過言ではないフレンは、そういう訳では無いよと困ったように笑う。

「純粋に楽しそうだと思っただけだよ。今まで集めた物は良く似合っていたし、みんな可愛かったからね」

 邪気の無いキラキラしい笑顔に、カロルと女性陣は若干赤い顔で感嘆の息をつき、ユーリとレイヴンはけっと悪態をついた。
 レイヴンが言ったらセクハラなのに、フレンが言うと逆に爽やか王子様発言になるのはこれ如何に。 

「はいはーい! 面白そうだから、今日は僕らも耳とか着けて行こうよ!」
「いきなり何よガキんちょ」
「だってこういう時でもなきゃ、少なくともユーリは着けてくれないよ」

 一理ある発言に明確な反論も上がらず、ユーリも諦めたように息をついた。

「まぁ、ボスが言うなら別に構わないけどな。……そうだおっさん、アレやってくれよ」
「アレ?」
「水着の時のやつ。これは点数を付けるなら、どうなんだ?」
「あぁ! そうねぇーー」

 唐突なユーリの言葉に、何のことか思い当たったレイヴンは、カロルから受け取ってうさみみを着けた女性陣をじっと見つめた。

「まず、嬢ちゃんは120点よね! 文句なしで犯罪的に可愛い!」
「うちは? おっさん、うちはどうじゃ?」
「パティちゃんは、安心のクオリティ! ある意味不動の80点!」
「おお!」
「ジュディスちゃんは……勿論規格外の10000点!」
「リタっちは……そうねぇ……」
「……何よ、どうせまた14点とか言うんでしょ!」

 水着コスチュームの時の光景が再現され、怒ったリタが大声で抗議すれば、しかしレイヴンは目を瞠って否定した。

「違うわよ。リタっちはうさみみじゃなくて、ネコ耳の方が似合うわよね。――よっと。…うん、こっちなら120点!」
「なっなっ……調子に乗ってんじゃないわよー!」

 無理矢理ネコ耳を着けられて満足そうに微笑まれたネコ好きのリタは、林檎のように真っ赤になって口を開閉させた。
 しかしこれには、リタを誑かされたようで面白くないエステルとジュディスが顔を顰める。 

「いつもそっちばっかりズルイと思います!」
「そうね、今度は私たちが点数を付けてみてはどうかしら」
「おお! それは面白そうなのじゃ!」

 何やら雲行きが怪しくなってきたのを感じて一番に逃げようとしたユーリが、まず最初にジュディスの槍に捕まった。

「とりあえず、うさみみが一番似合ってるのはユーリかしらね」
「そうですね。ユーリは100点でいいんじゃないでしょうか」
「うちの中では一兆点なのじゃ!」
「……でもあれよね。こんな恰好で詐欺とかしてそうよね」
「詐欺……駄目です! 誰かを騙すなんて、絶対駄目です!」
「んじゃあ、999999999950点マイナスで、50点ね」
「何でだよ!」

 理不尽なことを言われようが抗議しようが、総スルーされて落ち込むユーリには最早目も暮れず、次のフレンに視線は移る。

「フレンはー……とにかくキラキラじゃの」
「リタのネコ耳がありなら、他もいいわよね。フレンはこっちの方が合うんじゃないでしょうか?」
「ネコ耳……あら、でもこれは金色の獅子というカンジね」
「いや、それはちょっと……」
「いいですね! とっても似合います」
「そ…そうでしょうか、エステリーゼ様」
「はい、ちょっとマニア向けな気がするので80点で」

 嬉しそうに花を飛ばしているフレンに呆れていたカロルは、いつの間にか自分に向けられていた値踏みする視線にひっと半歩後ずさった。

「犬っころね」
「犬ね」
「ワンちゃんです」
「犬じゃの」
「えー!? 僕のどこが……」
「そのまんま。まあ、ある意味70点?」

 一瞬で判断が下されて沈み込むカロルを慰めていたレイヴンは、突然後ろから結い紐を取られてバサリ落ちてきた髪に跳び上がる。

「うわっ、ちょっ…ジュディスちゃん!」
「おじさまは……」
「レイヴンは……」

 ――ギクリ
 上から下までジロジロ見られて、レイヴンは冷や汗を流した。
 男性の視線を集める女性はいつもこんな心許ない心地を味わっているのだろうか。
 昔から容姿のみに注目されたことのないレイヴンは今までの自分の行動を省みたりしたのだが……

「……番犬といったところかの」
「あら、うさみみも似合いそうよ?」
「野良ネコなんじゃないの?」
「いえ、間違いなく狼です!」

 女性四人の意見が真っ向から割れて、レイヴンはギンッと鋭い視線を向けられることになった。

「そうね、前髪を下ろして……」
「服装でも変わるんじゃないの?」
「そうですね! うさみみはタキシードで、ネコ耳は騎士服がいいんじゃないでしょうか!」

 嬉々として散々弄られた挙げ句に、やはり実戦してみても全員のイメージが揃うことは無かったらしく、結局「30点」と着けられたレイヴンは激しく落ち込んだ。
 次から、人に点数を付けるなんて失礼なことは二度としないでおこうと決意するくらいには。

「そうだ、折角じゃし写真を撮るのじゃ!!」
「写真? ですか?」

 元から自前の耳が付いているラピードにもオシャレさせながら、急に思い立ったらしいパティが大声を上げた。
 そうして飛び出し、連れて来たのは写真ギルドの人間。

「あちこちを放浪してた時に知り合っての」

 妙な人脈の由来を話しながらも、あの後それぞれアタッチメントに似合う服装に替えて、もはや仮装としか言えない恰好になったメンバー全員を立たせて笑顔で言った。

「これで大々的に、凜々の明星の宣伝にもなるのじゃ!」

 その発言の本当の意味を知るのは、その約数日後。
 てっきり自分たちの記念用だと思っていた例の写真が、「新興ギルド、凜々の明星 参上!」というキャッチコピーと共にチラシになり、大々的にばらまかれた後だった。


 しばらく 『獣耳ギルド』 と呼ばれ、怪しい仕事なんかも舞い込むハメになったという……
 ……これがその経緯である。
CLAP