スイーツの地平線

 ある日エリーゼは、メルヒェンが言った言葉が気になった。
「疲れた時は、甘い物が食べたくなるね」
 どこのリーマンだと言いたくなる言葉だが、人情としては分かる。だから、女の子らしく手作りお菓子でもあげたいなどと考えた。そうして訪れたのは……


「まぁ、エリーゼ! 来てくれて嬉しいわ!」
「ベッ…別ニ! タダ、貴女ナラ役ニ立チソウダト思ッタカラ来テミタダケヨ!」
 エリーゼの元の持ち主であり、一番の友達でもあったエリーザベトは、満面の笑顔で出迎えてくれた。それについ憎まれ口を叩いてしまうエリーゼだが、彼女は今となっては恋敵でもあるので、複雑な女心というやつだ。
「……そうなのね。でも、一番に私の所に来てくれるなんて感激だわ」
「ダッテ……、貴女ガカワイイオ菓子デモ作レバ、メルモ喜ブト思ッタカラ……」
「ええ、そうね! きっと私たちで頑張れば、メルはすごく喜んでくれると思うわ!」
「モ…モウイイカラ、ソレジャアサッサト作ッチャイマショ!」
 さて、何を作るか……と思いながら台所に移動しようとしたエリーゼだったが、エリーザベトは困り顔でため息をついた。
「でもどうしましょう。私、お菓子の種を持っていないの。エリーゼは持っている?」
「種……?」
「どこに行けば手に入るのかしら。ヴァルカンにでも聞いて…」
「チョット待チナサイ! 一体何言ッテ……」
「だって、種を育てれば花が咲いて、その後実がなるんでしょう? それが果物や野菜なのだって、ちゃんと昔メルに教えて貰ったから知ってるわ。お菓子の実を育てるのは初めてだけど、エリーゼと一緒ならきっと何とかなるわよね!」
「……………………アー…エェ…ト……」
 激しく突っ込みたいが、エリーザベトの純真無垢な瞳の前ではきつい言葉は憚られるし、そもそも幼いメルが元凶なのか…それならメルを育てた人間の責任ということになるのか……いやいや、やっぱり執事が悪いだろう、どんだけ世間知らずなんだよ……引きこもり怖い……そういうことを一気にぐるぐる考えてしまって、結局、是も否もコメントも、何も言えないというエリーゼらしからぬ状態に陥っていた。
 きょとんと首を傾げているエリーザベトに、結局エリーゼはこの少女にも弱い自分を自覚しつつ、その手を強引に引っ張ってある決心をした。
「~~~! モウイイワ! トリアエズ、行クワヨ!」


 そうして、同じ地平線に暮らす屍姫たちを片っ端から招集して美味しいお菓子を作ることにしたのだが……
「お菓子が植物から勝手に実ると思っているですって!? どれだけめでたく育ったらそんな世間知らずになるのよ!」
 早速雪白姫がツッこんで、他の姫君達もその話に加わる。
「知らないことも時には罪となりますわ。けれど、これから学べばきっと主もお許しくださいます」
「おらの村ではパンも食べれず苦労しただが、世の中にはお菓子の家みたいもんでも放っときゃ生えてくると思ってる人も居るもんだべなぁ……」
 修道女が宗教的な台詞を言えば、田舎娘もしみじみと言う。しかし、首を傾げたのは同じく箱入りに違いない野薔薇姫だ。エリーゼは何となく言われる台詞が分かって身構えた。
「? どうして? パンが無いならお菓子を食……」
「言ワセナイワヨ!?」
 速攻で叩き伏せられた野薔薇姫がビクリと震えている横で、雪白姫が既に手際よく材料の計量を始めていた。隣に居た先妻が感心したように声を上げる。
「お姫様なのに、慣れてらっしゃいますのね」
「そりゃあ苦労したもの。継母から毒を盛られていたから、城で出されたものは安心して食べられなくて結構自炊してたし、愉快な小人たちと暮らしていた時は料理は私の担当だったわ」
「同ジヨウニ命狙ワレテ育ッテモ、性格ニヨッテエライ違イネェ」
 エリーゼはエリーザベトと雪白姫を見比べてしみじみと呟いた。まぁ、もしエリーザベトがこれだけ逞しければ、そもそも磔刑なんてことは起こらない。
 感慨に耽るエリーゼを置いて、早くも竃に火を熾し始めたのは雪白姫チームから少し離れたところでくるくると立ち働いていた継子である。彼女は家事全般を継母に押しつけられていたし、年若いとは言えかなり期待出来るだろう。何を作るのかと聞いたエリーゼに、継子は嬉しそうに答えた。
「ファーティの大好きだったケーキよ! 一緒に焼くチェリーの甘みが絶品なの! あたし、頑張るッ!」
 しかし、程なく焼き上がって修道女がトラウマを持っていて近づけない竃から出てきたものに、一同は絶句した。
「あら、まぁ……」
「どうしたの?」
「……コレガ……?」
「うん! ファーティの大好物だよ! 子どもにもこのレシピだけは教えておけって、お義母さんも言われてたんだって!」
 それは、二つの丸い焼き菓子だった。
「子供ニ何ツーモン作ラセンノヨ、アノ男――ッ!!」
 半球型が二つ並び、ご丁寧にそれぞれのてっぺんにチェリーなどが埋め込まれたソレは、アレにしか見えない。
 その時、不意に空気が歪み……
「ふっ、この私の好物を使って誘い出すとは、全く仕方の無い奴らだ。面舵いっぱーい!」
「オッ……ッテ、誰が言うカ――!! 墜チテモランドグラーフノ血筋キーック!!」
 のこのこと沸いて出て来た金髪男の横面に跳び蹴りを食らわせて強制的に元の空間へ弾き飛ばしたエリーゼは、はっと嫌な予感がして振り返り、思い切り脱力した。
 そこには、雪白姫たちが焼いたケーキなどを囲んで、当たり前のように王子と女将と青髭が座っている。
 エリーゼは、ブチリと切れた。
「ココハ男子禁制ヨ――ッ!!」
「ちょーっと!あたしは女よぉぉおぉぉぉぉぉぉお!?」
 一部野太い悲鳴を響かせて、ようやく落ち着いて調理を再開した姫君たちは、完成したお菓子を囲んでお茶を飲み、お互いの恋話などに花を咲かせて、和気藹々とおしゃべりに興じた。

 そして結局、エリーゼもエリーザベトも、当初の目的は忘れたまま、姫君たちだけの女子会を楽しく過ごしたのだった。
CLAP