不器用な幼馴染

--仲の良いアルカディアの双子王子王女と、その幼馴染であるアナトリア王子のお話-
(超シスコン兄が、幼馴染に恋してる妹と能天気な鈍感幼馴染の間でヤキモキするお話)

「私にだって、好きな人くらいいるもの!」

 勢い込んだその言葉の直後、後ろに稲妻が走ったのは、発言した彼女が雷神の眷属だからというわけでは無いだろう――傍で見ていたオリオンは思った。
 そう、彼女アルテミシアのせいでは無い……もう一人の雷神眷属・彼女の双子の兄エレフセウスが衝撃を受けたからだ。

 アルテミシア、エレフセウスとオリオンの三人は幼馴染で、共に王族であり、つまり神の眷属である。
 よって系譜を汲む神の力の一端も使えるが、エレフセウスは彼の兄共々その力が強かった。
 だが、戦の時は頼もしいその力も、こんな時にまで発揮されては迷惑以外の何物でも無い。

「まぁ、落ちつけよエレフ」

 間一髪雷の余波を避けて、オリオンは親友を宥めにかかった。
 オリオンが避けた先にあった野花が黒こげにされている……自然破壊も甚だしい。
 果たしてこの友は罪無き花を焼いて何とも思わないのか、と思い、思わないだろうなと直ぐに自答した。
 別段、倫理感に欠けた冷たい人でなしという訳では無い。
 事が彼の双子の片割れに関わった時は、他の事は全て二の次三の次になるというだけである。

「……これが落ち着いていられるか……っ!」

 異常に双子の妹を溺愛……いや依存?している彼にとって、『好きな人』という言葉は刺激が強すぎたようだ。
 だが、アルテミシアとて、もう年頃の娘……恋をするなと言う方が無茶である。
 見目麗しく心優しい彼女をその辺の男が放っておくはずもない。

「ミーシャだって年頃なんだ。惚れた男の一人や二人くらい居るさ。なぁ、ミーシャ」

 双方の間を取り成そうとそう言ったオリオンは、しかしその一言に凍りついた双子の間で「え?」と間抜けな声を出した。

「オリオン……お前、分かってて言ってんのか………?」
「は? な…何だよ。一体何が…………」
「ふっ……」

 何かドス黒いものを背負って詰め寄ってきたエレフセウスに眉を顰めると、不意にアルテミシアが何事か呟いた。

「え、ミーシャも、どうし………」
「ふ…二人もいないもんっ! オリオンの馬鹿っ!!」

 しっかり平手の置き土産も忘れることなく走り去っていったアルテミシアに、オリオンは張り倒された姿勢のまま待ってくれと手を上げた。
 しかしその後姿は振り返ることも立ち止まることも無い。

「………一体何なんだ……泣きたいのはこっちだよ……」

 そもそも、双子の些細な口論に巻き込まれただけのオリオンである。
 その上、エレフセウスのとばっちりで密かに想いを寄せていた幼馴染の姫君に意中の男が居ることまで知らされて、その上「馬鹿」と罵られて泣かれた日には、いくら能天気なオリオンでも泣きたくなろうというものだ。

「黙って泣いとけ。自業自得だ」

 自分自身も泣きながら同情を寄せてくるエレフセウスに、優しい言葉ありがとよと返して溜息をついたのだった。







この可愛いバカ正直め
「お前さ、ミーシャが嫁に行くっつったらどうするわけ?」
「相手の男を殺す」

 先日、アルテミシアの『好きな人』発言に衝撃を受けたエレフセウスに、オリオンはふとした疑問をぶつけてみた。
 間髪入れずに返ってきた答えに脱力したわけだが。

「お前ね……ミーシャの相手ってことは、どっかの王族の可能性が高いんだぜ? 下手したら外交問題だぞ」
「そんなこと知るか。嫌なもんは嫌なんだからしょうがない」

 大国アルカディアの姫君ともなれば政略結婚など当たり前だが、これまた王子にあるまじき台詞をのうのうと吐くエレフセウスもすごい。

「俺が認めた男でなければ、ミーシャはやれない! 当然だろ!?」
「……ちなみに、お前が認めるって……」
「もちろん、俺に勝てる男だ!」

 堂々としたその宣言にも、オレオンはげっそりと溜息をついた。
 このギリシアで一・二を争う勇者に勝てる男など、果たして居るのだろうか。
 ちなみに、エレフセウスと一・二を争っているのは彼の実兄レオンティウスであるのだから、アルテミシアからすれば二人とも肉親だ。
 アナトリアの武術大会を制したオリオンでさえ、エレフセウスと本気でやり合えば恐らく敵わない。

「……まぁ、俺に勝てなくとも、百万歩譲ってミーシャを幸せに出来る奴なら…………半殺しくらいに抑えてやってもいい……」

 そんな事を真面目腐った顔でぽつりと呟くものだから、オリオンは思わず笑ってしまった。

「オリオン! 人が真面目に……」
「いや、悪ぃ悪ぃ。お前があんまりにバカ正直で可愛いからさ」
「なっ……!」

 瞬時に顔を真っ赤にしてぱくぱくと金魚のように口を開いたエレフセウスは、まさしく捨て台詞と呼べる格好で――どこかのアマゾネスを彷彿とさせる仕様で――その言葉を残した。

「俺はまだ認めた訳じゃないからな! 忘れるな!!」







嘘を練習して出直せ
「いや、急にミーシャの顔が見たくなってさぁー」

 突然の幼馴染の訪問に驚くアルテミシアに返ってきた答えは、そんなあからさまなものだった。
 普段こういった回りくどい物言いをしない彼――オリオンに限って、本心とはとても思えない。

「……エレフに頼まれたの?」
「えっ!? い…いや、そんなこと無ぇよ?」

 本当に嘘をつくのが下手だなぁと思ったアルテミシアだったが、今回ばかりは笑えないと溜息をついた。

 双子の兄とささやかな諍いをしてから既に十日余り……同じ宮殿内に居るというのに、まだ一度も会っていない。
 徹底的にアルテミシアが避けているからだ。
 そろそろあの過保護な片割れが黙っていられずに行動を起こすだろうとは思っていたが、まさかオリオンを――今回の口論の元凶となった彼を使うとは思ってもみなかった。

 それとも、これも片割れなりの気遣いなのだろうか。
 アルテミシアが想いを寄せる相手が誰なのかを知っているからこその。

「まーあれだ。エレフも今回はかなり参ってるし、もう許してやっちゃどうだい?」

 苦笑してそう言うオリオンをじっと見つめて、アルテミシアは今度は内心で深い溜息をついた。
 いつもオリオンはこうだ……人のことばかりを優先して自分のことは後回しなのである。
 他人のために一生懸命になれる……そんな優しいところに、アルテミシアも惹かれたのだけれど。

「……オリオンは、私が怒って会わないとか思わなかったの?」

 オリオンの馬鹿!と叫んで平手をお見舞いしたのが前回である。それから初めて顔を合わせたのに、エレフセウスと同じように避けられるとは思わなかったのだろうか。
 ふとした疑問に、オリオンは「それは考えないでも無かったけど……」と前置いてとんでもないことを口にした。

「どうしても……ミーシャに会いたかったから……さ」

 考えてる余裕無かった。
 妙に真剣な顔で言うものだから、アルテミシアは思わず顔が熱くなって背を向けた。
 オリオンを直視出来なかった。
 いつも飄々とした彼がこんな不意打ちをするとは思わなかったから。

 しかし、これもきっと嘘だ、エレフセウスの入れ知恵だと思うと、恥ずかしさ以上の悔しさが込み上げて来る。

「もういい加減にして! 嘘つくならもっと練習してから出直して!!」
「えっ、嘘って…ミーシャ!?」

 今度は平手をする余裕も無く一目散に逃げ出して、アルテミシアはまだ早い心臓の鼓動を持て余して溜息をついた。







見守るだけで満足してんな
「お前あれからミーシャに会ったか?」

 お互いに自国の雑事に手を取られて、久しぶりに再会したのはアルテミシアの爆弾発言から一月後のことだった。
 宛がわれた部屋に入り、早速アナトリア王子としての正装を崩し始めた悪友にエレフセウスは問う。

「手紙は?」

 マントやじゃらついた飾りをその辺に放り投げて寝台に倒れこんだオリオンは、ゆるゆると首を振った。

「いんや。会って無いし、手紙のやり取りもしてない。お前の方はどうなんだ? とっくに仲直りしたんだろ?」
「ああ……って、俺のことはいいんだよ」

 事実、あの後すぐに何事も無かったかのように元通りの日常を過ごしているエレフセウスとしては、変にこじれてしまったアルテミシアとオリオンの方が心配だった。

「何だよ、ミーシャが喋ってくれないって死にそうな顔してたくせに」
「うるさい。……表に出すか出さないかのことだろうが」
「…………」

 沈黙は肯定と受け取って、エレフセウスは溜息をついた。

 エレフセウスにとってオリオンは兄弟も同然の幼馴染で、幼い頃から傍に居るのが当たり前の親友だった。
 いつも二人で悪さをして、そこをアルテミシアが笑って見ている――そんな図式だった為か、オリオンもアルテミシアのことを『妹』と認識してきたらしい。
 だがそれも、成長と共に微妙に心が変化したことは、幼馴染として傍にいたエレフセウスが一番良く知っている。
 もしかしたら本人以上に。

「……ま、俺はお前やミーシャが笑っててくれりゃあ、それでいいんだ」

 その言葉が恐らく純粋な本心であろうだけに、エレフセウスは頭を抱える。

「見守るだけで満足してんな、この馬鹿」
「え?」
「お前も笑ってなきゃ、意味ねぇだろうが」

 泣き笑いのように顔を歪めたオリオンをぽかりと殴る。
 全く、仕様の無い兄弟だとエレフセウスも笑った。







自分を知らなすぎる罪だ
「おっ、ミーシャだ」

 アルカディアの雷神宮で、久しぶりに開かれた宴。
 挨拶周りも一段落つき、ようやくとばかりに寛いでいたオリオンとエレフセウスは、今しがた登場した可憐な姫君に目を向けた。
 彼らの幼馴染は、今宵眩い真珠の散りばめられた薄布のドレスを纏っており、普段の可憐さの中に仄かに色香も増して、場の視線を一心に浴びていた。
 それに気付かないのは当の本人だけで、男を虜にする満面の笑みを惜しげもなく辺りに振りまいている。

「……お前、兄貴としてどうにかした方がいいと思うぞ、あれは」
「……どうにか出来るもんならとっくにしてる」

 二人は顔を見合わせて深々と溜息をついた。
 どうもエレフセウスたちと共に野山を駆け回っていたからか、アルテミシアは年頃の娘としての自覚に欠けるところがある。
 勝手にその気にさせられている周囲の男たちに危機感を抱いたエレフセウスは、今までも何度もアルテミシアに「気をつけろ」と注意してきたのだが、鈍感なアルテミシアは「間者が潜んでいるかもしれないから気をつけろ」程度にしか理解していないらしい。
 そうなると、もうアルテミシアをどうこうするのはお手上げで、後は寄ってくる男共を密かに闇に葬るしか道は無いというわけだ。

「エレフ……命までは取ってやんなよ…?」
「ふん、そこまで根性のある奴なんて一人もいなかったぞ」

 何せ相手は英雄エレフセウスである。
 軟弱な貴族なら睨まれただけですごすごと引き下がるかもしれない。

 そんなことを話している内、不意に熱気に当てられたのか、アルテミシアが外へ出て行くのが見えた。
 一人でなんて無用心だと心配性の幼馴染たちが眉を顰める前で、一人の男がこそこそとその後を追う。

 ――ガタリ

 立ち上がったのはエレフセウスとオリオン同時だった。
 夜の帳の下りる屋外に、若い娘を追っていくなど……

「……これでも、命を取るなと?」
「さぁ。場合によっちゃ、俺が射落としてやる」

 果たして、駆けつけた屋外のテラスでは、嫌がるアルテミシアと、その手を握っている男の姿があった。

「! やめろ、エレ――……」

 オリオンの静止の声も空しく、鈍い音が響き、男は軽く殴り飛ばされた。
 呻くその様子に、エレフセウスに殴られてまだ意識があると知れ、どうやら手加減されたらしいことが分かる。

「なっ…何をする! 私を誰だと思って――」

 全部言い終わる前に、オリオンはすかさず間に割って入って、エレフセウスとは逆側からアルテミシアの手を取った。

「失礼。彼女は我等の大事な姫君なので、薄汚い手に触られるだけでも我慢がならない」

 消毒と呟いてその手に口付けを送ると、一瞬にしてアルテミシアの顔が赤く染まった。

 ……そういう顔をするから、男が勘違いするんだ。

 今だ、窘めろと目線でエレフセウスを促したが、親友はなぜかむっつりと黙り込んだままだった。
 こちらの正体を知って慌てて逃げていった男をアルテミシアの視界から消そうと、オリオンは彼女の前に回りこむ。
 エレフセウスが言わないなら、自分が言わなければならない。

「ミーシャ、大丈夫かい? だけど、一人きりで宴を離れるなんて、そんな無防備なことしちゃ駄目だ。それに誰かれ構わず笑いかけるのも……ミーシャ? 聞いてる?」
「えっ、あ、はい……ごめんなさい」

 いつに無く素直なその返事に拍子抜けして見返すが、アルテミシアは逆に困ったようにオリオンを見つめた。

「あの……オリオン、さっきの……」

 自分の右手を抱くように握り締めているその仕草からすると、先ほど手に口付けしてことだろう。
 そんなに嫌だったかと思うと胸が痛んだが、それを誤魔化すようにオリオンは言った。

「あれは、自分を知らなすぎるミーシャへの罰だ」
「罰……?」
「これに懲りたら、もう二度と……」

 鈍い衝撃の後、オリオンはアルテミシアにまたしても殴られたのだと悟った。
 しかも今度は平手では無く、鉄拳が火を吹いた。

「自分を知らないのはオリオンでしょ!? オリオンの馬鹿! エレフもオリオンも大っ嫌い!!」
「え! ミーシャ、俺まで!?」

 慌てて追いかけるエレフセウスと、怒って走り去るアルテミシア、呆然と取り残されたオリオン……

「……はぁ。不器用な弟妹たちだ……」

 それをたまたま目撃してしまった彼らの苦労人の兄王子は、溜息をついて、けれどおかしそうに笑ったのだった。
CLAP