フワリ、フワリと窓際のカーテンが風に揺れる。
朝の日差しを浴びながら、枕に顔を埋めて眠るのは、信じられないほどの“美”を兼ね備えた少年。
朝日に反射するプラチナブロンドの髪が眩しくて、そのベッドサイドに佇んでいた黒髪の少年は目を細めた。
「…………………」
黒髪の少年は口元に柔らかな笑みを浮かべ、眠る少年にそっと何かを呟くと静かにその部屋を後にした。
その直後、いつもの寝起きの悪さが信じられない程、何かに導かれるようにブロンドの少年は目を覚ました。
「………………英二?」

ASLAN-夜明け-

「……どこ行ったんだ、アイツ……」
 ベットから抜け出して、取りあえずシャワーを終えたプラチナブロンドの美しい少年――アッシュは、新聞に目を通しながら溜息をつく。
 もう以前ほど自分たちの周りに危険が無くなったからと言って、やはり一人歩きはいただけない。自分が彼に対して過保護すぎるということは自覚しているつもりだが、失う事に比べたら何でもないのだ。
 それに、今日は一日付き合ってくれと言ってきたから、アッシュは英二の為に予定を空けていたのだ。だが、起きてみれば当の相手は出かけていて……
「チッ……」
 ――苛ついている。らしくないと思いつつも、気になるのだからしょうがない。
 そのまま近場にあったシャツをひっかけて玄関に向かった。


「! シンか。何してんだ、こんなとこで」
 こんな所――アッシュ達のアパートの前である。
 アッシュは、思わず懐にやった右手を戻して溜息をついた。
 仮にもチャイニーズのボスともあろうものが、こんな人の家の玄関先で何をやっているというのだ。
「アンタを待ってたんだ、アッシュ」
 ニッコリ全開の笑顔で言われ、首を傾げるアッシュ。
「さ、行こうぜ」
「ちょ…ちょっと待て! 行くって一体どこに!」
 有無を言わせず、意外な程の馬鹿力で引っ張っていくシンに、アッシュはそう声を上げるのが精一杯だった。


 ――午後6時――
 ポリスのチャーリーが以前にお見舞いに、とくれた鳩時計ならぬポリ時計が6回鳴り、その部屋の少年は慌てて作業していた手を止めた。
「うわっ、もう6時!?」
 取り敢えず電気を落とすと、普段から重いカーテンの引かれた室内は薄暗く沈んでいった。
「ホントに大丈夫なのかな………」
 溜息と共にテーブルの影に身を潜め、ポケットからあるものを取り出す。
 それと同時に玄関が騒がしくなった。
 言い争うような怒鳴り声と、それを宥める複数の声。
 少年――英二は、クスリと笑う。
 やがて声が近くなり、ダイニングのドアが荒々しく開かれた。
「帰ってんのか!? 英二!?」
 パンッパンッ!
「!?」
「ハッピーバースデー! アッシュ!!」


 ――午後6時――
 アッシュは、機嫌の悪さも最高潮にアパートへと戻ってきた。
「このまま英二が見付からなかったら、覚悟しておけよ」
 ボソリと告げた言葉に、後ろをゾロゾロとついてきていた面々は瞬間冷凍されたように固まった。
昼にシンに連れ出され、どこに行くかと思えば、ケビンの所やマックスの所。果てはアレックスやコング達も合流し、ユーシスやチャーリーまで出てくる始末。
「俺は行く所があるんだ!」
 何度そう言おうがどんどん増えていく取り押さえ軍団に拘束され、一日中引っ張りまわされた挙句に、当初の目的――英二を見つけるも叶わないまま部屋に戻ってきたという次第である。
「ま…まあ、落ち着けよアッシュ。英二だってもう帰ってるさ」
 アッシュ自身も何となく英二は帰っているような気がしたので、大人しく玄関のドアを開ける。
 だが、そこでアッシュの眉間に深い皺が刻まれた。
 部屋が暗かったのである。既にこの時刻、居るなら電気くらい付けるだろう。
「チッ、もうこれ以上は付きあわないぜ!? 誰が何と言おうが探しに行く!」
 拘束されたままの両腕を振り解き、玄関に向き直ると、目の前に立っていたのはマックスだった。
「そう焦るなよアッシュ。父さんはお前をそんな子に育てた覚えはないぞ?」
「俺もアンタに育てられた覚えはないよ、ダディ」
「まあいいから入ってみなさいって」
 横からジェシカが言った時点で、アッシュの形のいい眉がぴくりと吊り上がった。
「お前ら、何を企んでるんだ?」
 悪態をついて、それでもアッシュはダイニングに足を向けた。
 そのドアを一気に開いて、暗い室内を見回す。
「帰ってんのか!? 英二!?」
 パンッパンッ!
「!?」
 とっさに右に飛んでS&Wを引き抜いた。
「ハッピーバースデー! アッシュ!!」


 明るくなった室内には、クラッカーを持ってニコニコと佇んでいる英二、ダイニングに続く廊下から忍び笑いを漏らすギャラリー。そして……銃を片手に放心しているアッシュの姿があった。
「……え…英二……?」
 ようやくそれだけ言うと、ギャラリーから爆笑の渦が巻き起こる。
「だ~から言ったろ!? アッシュは絶対銃を抜くって!」
「笑い事じゃないぞ! もし英ちゃんに当たってたら、どうするつもりだったんだ」
「俺、ボスのあんな顔、初めて見た……」
 勝手な言い分にアッシュの青筋がくっきりと浮かび上がってきた頃、英二がおずおずと口を開いた。
「アッシュ、ごめんよ……怒ってるかい?」
「……………」
 英二の一言に、何も言えなくなってしまうアッシュ。
「アレックス達から、今日が君の誕生日だって聞いてね。みんなでお祝いしようと思ったんだ。だけど、言ったら絶対照れるだろ? だからこうやって黙ってたんだよ」
 ここまで言われたら、もう怒るに怒れない。
 そもそも、英二が自分の誕生日を祝ってくれようとしているという時点で喜んでしまっている自分がいる。
 アッシュは苦笑して降参とばかりに手を上げた。
「分かったよ、オニイチャン」
 英二は嬉しそうに無垢な笑顔を浮かべた。


 深夜まで続いたどんちゃん騒ぎは、いつかのハロウィンの夜よりも人数も規模も大きかったので、一層騒がしいものとなった。
 まだ日も昇らない頃、アッシュは一人、寝室の窓辺に腰掛ける。
 まだ闇に包まれたままのマンハッタンの街を見下ろして、不覚にも涙が出そうになった。
 ずっと…闇を彷徨っていた……ココロ。
 いつの間にこんな温もりを感じられるようになったのだろう。
 神に感謝するとはこういうことなのだろうか。
夜明け前の冷たい空気を吸い込むと、体の中から清められていく気がした。たくさんの命を奪ったこんな体と心でも……。
窓辺に腰掛けたまま、膝の上に頭を置いて、祈るように目を閉じた。
そして、暁の色を纏って新たな日が昇る。
外界から柔らかく注いだ光に、アッシュは自分というものが溶け込んでいくような感覚を味わった。
――カシャリ。
背後で聞こえた小さな音に顔を上げると、カメラを片手に携えた笑顔の英二。
「いい表情(かお)だね」
 そう言った英二の方が、全てのモノを愛し、許すような慈愛に満ちていて、アッシュは思わず目を細めた。
「何してたの?」
 アッシュの側まで来て、英二も彼と同じように外を見つめる。
「カミサマへのお祈り。」
 冗談ともホンキともつかない言葉。けれど英二は笑うことなく、「じゃぁ僕と一緒だ」と言った。
「お前、クリスチャンじゃないだろ?」
 日本人は節操ないからいいんだよ。そう言いながらも、ふと真剣な顔になった。
「アッシュの神様に祈ってたんだ。感謝の祈りかな。君がこの世に生まれた事、そして君と出会えた事――」
 ふと、一粒の雫がアッシュの瞳から零れて、アッシュはとっさに英二に抱きついた。
 英二は外を見ていたから、見付からなかった筈だ……。
「アッシュ……?」
 いつもと様子の違うアッシュに、優しく声を掛ける。
 胸から響いてくるその声に、アッシュは胸を満たす温かなもので息苦しいほどの感覚を味わった。

 これを、幸せと呼ぶのか――?

 アッシュが顔を押し付けている辺りから熱い水分の感触に気付き、英二は黙って抱き返した。
 君は一人じゃない。ずっと側に――……

 英二の誕生日にも、

 次のアッシュの誕生日にも、

 こうして一緒に居られたらいい。
 こうして、一緒に夜明けを眺めれたらいい。

 きっと、一生目に焼きついて離れないだろう、このASLAN-夜明け-を――……
CLAP