(……生身で宇宙に浮いてる気分)
モーゼル古代遺跡のゲートからファイアーウォールへ――そして数々のセキュリティを突破してルシファーの居る<螺旋の塔>へと入った途端、は思わず圧巻されて辺りを見回した。
色とりどりの宇宙空間――それだけでも異様なのに、そこにぽっかりと浮かんだような塔は、プログラムだと分かっていても迫力がある。
――「帰ってきたらお土産話ヨロシクね。あの子…ルシファーは派手好きだから、わざわざプライベートで作った根城ってのには前から興味あったのよねー」
エレナが言っていた言葉なのだが、半ば冗談かと思っていたそれは彼女の性格を考えるだに本気だったのだろうと理解する。
それに螺旋の塔とはよく言ったもので、美しいながらも複雑な造りになっている。ここに至るまでのシステムを考えてみても、ルシファーとはよほど完璧主義な理想家なのだろうと推察できた。
ともあれ、いつまでも呆けている訳にはいかない――は気を取り直して、武器を構える。
襲い掛かってきた大型の竜に似たセキュリティシステムの攻撃を慎重にかわし、狙いすました一撃を放つ――!
命中して、敵があっさり消滅したのを見届けると軽く息をついた。
エレナの作ってくれた武器や防具ははっきり言って<反則>というぐらいデタラメに強かった。
今まで見たこともないくらい強暴なモンスター相手でも、一本でも矢が命中すれば滅ぼしてしまう。普通なら即死してしまうような攻撃を受けても、かすり傷一つ負わなかった。
フェイトたちが一度通ったルートだからというのもあるが、敵の方が寄り付いてこないというのもあながち気のせいではないだろう。
おかげで、ここまでたった一人で強行軍を続けてきても、怪我もほとんど無いし、疲労もそれほどたまっていなかった。いざとなればエレナ特製の回復アイテムもある。
そんな良好な状態だったので、寝る間も惜しんでとにかく先を急ぎ、塔の最上階に達したのも予想よりもかなり早かった。
それでも、ここに来るまでにはまだアルベルたちに追いつけていない。
(急がなきゃ――)
焦りながらも、階段の終着点である大扉の前に立ったの胸元で、エレナから貰ったチョーカーがチリチリと音を立てた。
(……! これは……)
この先にあるのはルシファー自身が作り出した彼の空間の心臓部。エターナルスフィアの母体であるマザープログラムがある場所だ。
ごくり、と唾を飲み込むと、数度深呼吸して、は光を放つ最後の扉をくぐった――。
――カチ…カチ…カチ…カチ……
(……っ!!)
扉を抜けた瞬間、辺りを夥しい数の時計の音が包むのと同時に、侵入者を拒むように圧力を持った突風がを襲った。
風に含まれた何かと反応したのか、激しくチョーカーが振動する。
この空間とのプログラムの間に挟まれて、オーバーロード寸前といった様子だ。
チョーカーの振動と連動するようにの頭もズキズキと痛んだが、我慢できないほどではなかった。
エレナの技術をもってしても、予想を上回るキャパシティということだろう。
次第に晴れていく視界の中に飛び込んできたのは、巨大な振り子時計だった。
大きく揺れる振り子を中心としたその空間をぐるりと無数の時計が囲んでいる。――というよりも、その空間自体が様々な時を刻んでいるといった方が正しい印象だ。
振り子時計から直結した足元に、マザープログラムらしい装置があった。
今やチョーカーは唸りを上げるようにそこと共鳴している。
バシリという音がして、ようやく風が収束した。
空間の中央に目を留めると、ははっと息を呑んだ。
武器を構えたアルベルたちと、金髪の男性が向かい合い、それを銀髪の女性が心配そうに見守っている。
男性の方がルシファー、女性が協力者だと言っていたブレアだろうか。
ルシファーとの話し合いはやはり徒労に終わったのか、既に戦闘は始まっていた。
この場はFD界では無く、エターナルスフィア内の特殊な空間にあたる。
ルシファーは創造主というだけあってパラメーターをいじっているのだろう、アルベルやフェイトたちもかなり苦戦を強いられている様子だった。
戦闘も終盤に差し掛かっているのか、双方とも消耗が激しいようだ。
「所詮データだけの存在に過ぎない――ましてやバグを招くウイルスである分際で……! さっさと大人しく消去されるがいい!」
そう一喝して、ルシファーは大きな槍を頭上に翳した。
ビリビリと、そこにエネルギーが蓄積される。
間に合わない――あれを食らうとマズイ――直感的にそう悟ったのか、全員さっと防御の姿勢を取った。
それと同時にはルシファーに視線を据えて、弓を構える。
(――FD人から見てただのデータだろうがウイルスだろうが、私たちが生きていることには変わりない!)
心で叫んで、はキリリと弦を引いた。
ルシファーの攻撃よりも早く放たれた矢は、空間を切り裂くような軌跡を描いて真っ直ぐにルシファーに命中する。
「ぐあぁっ! 馬鹿な……!」
自身が放とうとしていたエネルギーによって逆に弾き飛ばされたルシファーが、勢い良く顔を上げた。
その憎悪の視線に沿って、全員が後ろを振り返った。
「「――!?」」
ルシファーとブレア以外の声が重なった。
なぜここに――みんな驚愕に目を見張っている。
とりわけ咎めるような視線も宿している赤い瞳に対してどんな顔をしていいのか分からず、は弓を下げて曖昧に微笑んだ。
「あの赤い光は――……」
「プログラムと反応している…?」
こちらを指してのブレアとルシファーの言葉に、は自分の体を見下ろした。
身体全体が淡く赤い光を発している……チョーカーからも同じ光が漏れていた。
チョーカーの振動に合わせて時々身体が薄く透けているのに気付いて、も目を見張った。
「、アナタ大丈夫なの!? レアレイズの身体はFD空間では――…」
「なるほど、レアレイズ!――またしてもバグかっ!!」
マリアの言葉を捕らえて、ルシファーが納得したように唸った。
「間違っている…! こんなことは絶対的に間違っているっ!!」
頭を掻き毟って立ち上がろうとしたルシファーだったが、最早その力は無いようだった。
ブレアが慌ててその体を支える。
「バカな……創造主たるこの私が…どうして…!!」
「兄さん…、もうこれで終わりにしましょう」
答えないルシファーを承諾と取ったのか、ブレアは振り返って補完作業の為のバックアップを指示した。
フェイトが頷いて動き出したのに従って、も合流しようと足を進める。
しかし、作業に移ろうとしたフェイトがルシファーによって遮られて、も足を止めた。
再び立ち上がったルシファーに、全員武器を構えなおす。
「そうか……問題となるデータの消去などという生易しいことを考えていたからこうなったのだ。ウイルス同士による該当データの補完があるというのなら、全てを無にしてしまえばいい!」
高笑いしているルシファーの言葉に、は目を見張った。
「そうだ! 銀河系などとは言わず、エターナルスフィアに連結している全てのデータを消去してしまえばいいんだ! そうすれば、コイツらも完全に消滅させられる。――色々と小細工をしてくれたようだが、これで終わりだ。何もかも消え去るがいい!」
言っている間にも手元のコンソールで素早く操作し、ルシファーは笑いながら実行キーを押した。
その僅かな時間の間、思ってもみない事態に誰もその場を動くことが出来なかった。
愕然とした面持ちで皆が見守る中、青白い光がルシファーの周りをバリアーのように球状に広がっていく。
「なんてことを! エターナルスフィアに精神を投影したままでそんなコトをすれば、兄さんだって無事ではすまないのに! やめて、兄さんっ!」
兄――ルシファーに対するブレアの悲痛な声がその場に響いた。
近寄ろうとしても、青白い障壁に弾かれてしまう。
障壁の中で、ルシファーは狂ったような笑い声を上げながら、繰り返していた。
――「たかがデータなどに」「バグは消さねばならない」「ウイルスの消去」「現実へ干渉してくるなど」「脅威」「これが正義」――
は、眉をしかめたままそっと目を閉じた。
――ここまで、ルシファーを追い詰めたのはたちだ。
短い間だったがFD界をこの目で見て、フラッドの話を聞いて、FD界が基本的にはたちの世界とそう変わらないことを知った。
ルシファーからの一方的な立場から見れば、彼は自分が開発しているシミュレーターの中に規格予定外のバグ《紋章遺伝子学の発達》が起こり、バグフィックスプログラム《エクスキューショナー》を送り込んでウイルスとなり得るデータの抹消《銀河系の破壊》をしようとしただけだ。
だが、水面下で進行していたバグ《ラインゴット博士らの研究の成果であるフェイトら三人》は、修正プログラムを潜り抜け現実の世界《FD界》にまで武力をもって干渉してきた。
――確かに、脅威だろう。
虚構の世界の住人であるはずのたちと生身で剣を交えるなど、およそ恐ろしい事態に違いない――だからこそ、ルシファーもこのエターナルスフィア内で待ち構えていたのだ。
感情としては、分かる。
追い詰めてしまったことにも、罪悪感は感じる。
けれど、それは認識の違いだ。
ルシファーにとっては、《エターナルスフィア》というただの作り物。
たちにとっては、自分たちの暮らす《現実の世界》。
「滅べ! 滅べ! 滅べ! 滅べ! 滅べ! 滅べっ! 何もかも無くなってしまえっ! 正義は絶対に勝つのだからなぁっ!!」
『正義』――ルシファーにとっての正義。たちにとっての正義。
人の数だけ、それぞれの正義が存在する。
ではいつの時代も歴史が語るように、勝った方が正義なのか――?
それは何か違う気がする。
自分達の手に、世界の全ての存在がかかっている――
裏返して言うなら、少し前まで自分の運命にさえ抗えなかったのに、今は同じこの手で世界の運命を切り開くことができるということ――譲れないという想いの強さでは、ルシファーには負けない! 自分の『正義』は何があっても揺るがない!!
「データはデータらしく、消え去るがいい!!」
更にパラメーターを上げてパワーアップしたルシファーがその力を身に纏い、たちに刃を向けた。
急いでブレアを後方に下がらせると、全員臨戦態勢をとる。
十分な態勢も整わない内から圧倒的な力の攻撃がたちを襲った。
カウンターで大打撃を受けたが、すぐにマリアとソフィアの回復術が行き渡る。
「みんな、下がれっ!」
戦端が開いてすぐに連続して矢を打ち込んでいたも、クリフの一言に一時後方に下がって息をついた。
クリフの大技が決まって、すぐにフェイトが近距離攻撃をしかける。圧倒的なルシファーと対抗するには、人数を有効に使って連携を取るしか無い。
ルシファーが消去プログラムを実行したことに関係しているのか、チョーカーからもからも発せられる赤い光は強くなっていた。
その分、例の頭痛も増しているが、弱音など吐いていられない。
「――オイ」
聞き慣れた声にはっとすると、いつの間にか隣にアルベルが来ていた。
「戦闘中にぼーっとしてんじゃねぇ! わざわざ死にに来やがったのか!?」
相変わらずの口の悪さに、は苦笑する。
しかしそう悠長にしていられる場合でもなく、二人とも隙を突いて後方からの攻撃を繰り出した。
前でまともに攻撃を受けたフェイトが回復の為に下がってきたのと入れ違うように、今度はたちが前に出た。
至近距離からのコンボ攻撃を放ち、相手の攻撃を防御で受ける。
息を乱しながら回復アイテムを使っているの背中に、アルベルの背中が触れた。
アルベルも相当息を切らしている。
「……テメェ、くたばったりなんかしやがったらタダじゃおかねぇからな」
(アルベル様こそ)
アルベルにも回復薬を施しながら、心の中でそう返す。
「大体、なんで来やがったんだ……この阿呆が」
不意に真剣になったアルベルの声に、も瞬間呼吸を止めた。
(……貴方に、言いたいことがあったから――顔を見て、声に出して、伝えたいことがあったから――)
一人エリクールで待っていたとしても、アルベルは帰ってこないかもしれない。
銀河系自体がエクスキューショナーに滅ぼされてしまうかもしれない。
例え無事に全てを成し遂げて帰ってきたのだとしても、の伝えたいことは自分だけぬくぬくと安全な所にいて言うことではない。
それでは、伝えられない――。
だから、ここへ来た。
後悔しない為に。
自分の手で運命を切り開く為に。
結局、こうしてアルベルと再会出来ても声に出して伝えられないことに苦笑しながらも、には後悔は無かった。
実はただこうやって一緒に居たかっただけなのかもしれない――あながち外れていないような気のする馬鹿な考えに自嘲する。
けれど、こうして背中合わせに戦って、満足している自分を確かに感じた。
「伏せろっ!」
中距離から弓の連打を行なっていたの背後から、アルベルが叫ぶ。
言葉に従って屈んだ直後、真上を以前にも見た焔の竜が駆け抜けた。
ルシファーが体勢を崩したのを見逃さず、マリアの銃とソフィアの紋章術が炸裂する。
続いてクリフのナックル攻撃とフェイトの剣が見事に決まると、ルシファーはとうとうその場に膝をついた。
「創造主であるこの私が…馬鹿な…そんな馬鹿な…! 認めない…認めないぞ…消え去るのはデータの方だ…!!」
ザザザ…と、ノイズ交じりのルシファーが立ち上がり、力の具現化である翼を広げた。
尋常で無いほどの何か得体の知れないエネルギーが嵐のように渦巻いて収束されていく。
――ドクンッ!
全身が大きく脈打って、は自分の腕を抱いた。
自分の中の何かが告げている。
あれに触れてはいけない――触れれば、もはや存在し続けることは出来ない――と。
唐突に嵐は止み、ルシファーの高笑いと共にそれは放たれた。
見開いたの瞳に、その青い光はゆっくりと近づいてくる。
(コノママジャ、ダメ――)
このままでは、みんな消滅してしまう。
フェイトも、マリアも、ソフィアも、クリフも、そして――アルベルも。
「…………め…!」
消えてしまう、大切な皆――データの補完など関係ないほどに、再生も出来ないくらいバラバラに。
そんなのはイヤだ…許せない……
「……駄…目―――――っっ!!!!」
の中で何かが膨れ上がり、それは悲鳴と共に迸った。
チョーカーが乾いた音を立てて弾け飛ぶ。
その瞬間、抑制されていたものが吹き出るように、赤い光が溢れた。
それは青い光を呑み込んでルシファーに襲い掛かる。
「なにぃ―――――っ!!??」
最後の力を打ち消されて、ルシファーは地に落ちた。
ノイズは力である翼にまで及んでいる。
「そんな馬鹿な…! ウイルスは消されるもの! バグは是正されるべきものっ!!」
「兄さん……!!」
尚も攻撃をしかけてこようとするルシファーに、ブレアの涙声が訴える。
だが既にそれすらも届いていないようだった。
フェイトが無言のまま一歩前に出る。その体は淡く白い光に包まれていた。
「……これで終わりだ! データだろうが何だろうが、僕たちは生きている! この現実に生きているんだ!!」
叫んだフェイトの体から白い光が発せられて、それは無数の魔方陣と、ルシファーよりも大きな……この空間を覆い尽くすほどの翼を形作る。
破壊の力――ディストラクション。
その発現はあっという間にルシファーの翼を分解し、消滅させた。
その残滓のように、ばさりと無数の羽が舞い散る――それはまるで、粉雪のように美しかった。
05.5.1