「ねー教えてよ、ビクトール。勿体ぶらないでさー」
「そうよそうよ、減るものじゃないんだし」
テーブルの端からひょこりと顔を覗かせた姉弟が交互に声を上げる。
息もぴったりに騒ぐ姿は雛鳥のようでもあって周りの人間は微笑ましそうに眺めているが、絡まれている本人としては溜まらない。
「元気だねー、お前らは」
最初こそ笑って相手をしていたビクトールだが、相手があまりにしつこいのでとっくに呆れに変わっている。
――解放軍の軍主ソラとその姉ナナミ。
場所は解放軍本拠地の酒場だが、酒以外にも出しているので子供の彼らがいることも珍しくはない。
強いて言うなら、日中は何だかんだと忙しく外を飛び回っているソラが昼間から酒場にいるのは珍しいが、今日は朝から強めの雨が降っていた。
外で軍の演習をする予定だったのが中止になり、暇を持て余しているのだろう。
ここにいる面々やビクトールと同様に。
つまり、みんな暇なのだ。
「そう言えば俺も聞いてなかったな。お前がさくっと決めてたから」
向かいでエールを飲んでいたフリックも酒の肴とでも言うように話を振ってきた。
ビクトールは苦虫を潰したような心地で睨み付けるが、付き合いも長い腐れ縁同士、全く効きもしなかった。
「ね、ハンフリーも気になるよね?」
「………………ああ」
同じテーブルに居た無口なハンフリーまでもが頷き、姉弟は更に勢いづく。
「教えて、ビクトールさん」
「なんで……」
「どうして……」
「「…傭兵隊の色は緑だったの?」」
協力攻撃のように息がぴったりの二人に、ビクトールの口元が引きつった。
そして、更に予想外の声がかかる。
「――何だか面白そうな話をしているね」
「! リクさん!」
バンダナを巻いて棍を携えた少年は、雨の中をやってきたとは思えない穏やかさでにこりと笑う。
「リク――……」
濡れて雫が滴ることを気にも留めない笑顔にビクトールは三年前のことを思い出していた。
それは、ビクトールがトラン湖の畔に集った解放軍のリーダー、リク・マクドールと共に赤月帝国と戦っていた頃。
彼の実父である赤月帝国六将軍の一人テオ・マクドールをリク自身が打ち倒したその夜のことだった。
本拠地への帰路、急な雨に遭い、川が増水して軍は立ち往生。
森の中で雨をやり過ごそうとそれぞれ分かれて大木の下に散り、雨宿りをしていた。
リクは普段から年齢にはそぐわないほど落ち着いていたし、朗らかで誰とでも打ち解けるまさにリーダーの資質を発揮していたが、この時ばかりは憔悴を隠しきれず、人を寄せ付けない雰囲気で虚ろな目をしていた。
そっとしておいてやりたかったが、野外なのでどうしても魔物の襲撃はあり、警戒は怠れない。
ビクトールとフリックが護衛代わりに付いていた。
眠る訳にもいかないのでフリックと二人で雑談をしていた中で、何が切っ掛けだったのか「雨は何色か」という話になった。
ビクトールが透明に決まっていると言うと、フリックは水なんだから青だろうと言う。
青はお前だろうとビクトールが鼻で笑って一蹴した時、今まで押し黙っていたリクが不意に顔を上げた。
「……お前はどう思う? リク」
ビクトールは気分転換にでもなればと話を振ってみた。
返ってこないかもしれないと思われた問いだったが、虚ろだった瞳がゆっくりと瞬きし、どこか遠くを見るように真っ暗な筈の空を見た後、今度はじっとビクトールを見つめる。
「…………緑」
返ってきたのは短い一言だったが、こちらを見つめる瞳が不意に撓み、笑みを浮かべる。
「――うん、やっぱりそうだ」
再び噛み締めるように頷いて、言った。
「ビクトールは緑が似合うよ」
雨に濡れた髪から滴る雫にも頓着せず、ただ穏やかに笑っている姿に――無性に胸が痛くなった。
だが、この年若い少年が今や多くの人の希望を背負うリーダーであることは事実。
ビクトールも含め、周りにいるのは彼が率いる解放軍のメンバーだ。強がらなくても良い、無理しなくても良いと言ってやれる人間はこの場にはいない。
その事実に拳を握りしめ、ビクトールもがははと笑ってみせた。
「緑ぃ? それならまだお前の方が似合うだろ。頭のも緑だしな」
「水の色」のくだりを聞いていなかったのか「ビクトールに似合う色」の話と勘違いしていることは分かったので話に乗って続けるが、我ながらその通りだと頷いた。
懐が深く、安心できる雰囲気のこの少年は時に深い緑のような…もしくは若々しい明るい翠のような色が似合う。同時に正義感に溢れた強い赤や猛々しく明るい黄色やこの雨のように静かな青も似合う。
多様な魅力を持つそのリーダーは否定するように首を振り、その瞳がまっすぐにビクトールを見つめた。
「服の色は関係ないよ。ビクトール自身の色だから」
深い瞳がビクトールを映してそう言い切った。
不思議とその言葉はすとんと心に落ち着く。
「……そうか。俺の色、か」
このリクが言うのだから、そうなのだろうと思えた。
彼の目にそういう風に見えている自分も悪くないと。
頷けば、その時だけはようやく感情を取り戻したように笑ったリクの瞳にひどく安堵した。
「――ビクトールの傭兵隊が緑だった理由……」
酒場の席に加わり、話を聞いたリクがちらりとビクトールを見て、居心地の悪さを感じる。
別に隠したい訳ではないが、自分でもよく分からない気恥ずかしさのようなものがあった。
「そうなんです! そのままこの解放軍も同じ緑の布を巻いて戦ってるから、元の理由を知りたくて」
「そーそー! 私たちにも知る権利があるよね!」
普段からリクに懐いているソラとナナミは彼を挟んで力説する。
強力な味方を得たと言わんばかりの彼らとビクトールを見比べて、リクは首を傾げた。
「どういう理由なんだろうね?」
あの時の話を忘れている、もしくは結びつかなかったことにビクトールが安堵した瞬間……
「でも、緑はビクトールの色だから」
にこりといつも以上に深い笑みでリクが言い、それを聞いたフリックが連鎖的に思い出したのかがたりと立ち上がった。
「ああ! お前、あの時の――! ……へぇ、だからか~」
にやにやとからかう態勢になったフリックに、これはあまりにも分が悪いと、ビクトールは早々に負けを悟って逃走を選んだ。
この調子だと酒場に入る前から話が聞こえていて答えも分かった上での確信犯だったリクに去り際びしりと指を突き付ける。
「てめぇ、リク! 覚えてろよ!――次は泣かしてやるからな!」
三年経ってますます食えない人間へと成長している元リーダーだが、まだまだ少年の域を出ない年齢だ。
そして今は、リーダーと部下でもない。同じ軍の仲間ならば、今度こそ甘やかしても……泣かせてやっても問題はあるまい。
一見人でなしで低レベルな捨て台詞に、周りの見物人たちは苦笑していたが、意味が届いたのか驚いたようなリクの顔にざまぁみろと一矢報いた気分になった。
「えっ、ビクトールの色ってどういうことなんですか、リクさん!」
今度はリクに質問攻撃をし始める姉弟の声をバックに酒場を出た。
気付けば折角の酒も酔いが覚めてしまっている。
最後に見たソラたちと話していたリクの顔が幾分年相応に思えて胸が軽くなった。
ふと窓から見えた外では雨は続いているものの空は明るくなり始めている。
明るい雨の向こうに見える木々の緑のまぶしさに目を細め、ビクトールは上機嫌に飲み直すことに決めたのだった。
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幻想水滸伝シリーズwebオンリー「星の祝祭Ⅵ」 webアンソロ テーマより「雨」「緑」をお借りしました。