Tales of Vesperia本  
「salamander」 

B5横オフ  36P ¥500(イベント頒布価格) 230702発行

TOV、レイヴン中心。漫画と小説で一つのお話になってます。
騎士団の夏教練に凛々の明星も参加してチーム対抗戦を行うお話。登場人物多めの賑やか本です。


内容紹介



■comic■ 一部抜粋




■novel■ 一部抜粋


 灼けるような太陽の熱にじりじりと体力を削られながら、彼は――親に付けられた名で呼ばれていた頃の青年は、震える手を伸ばした。
「し…しぬ……みず……みずくれ……」
「お疲れ! おおっ、流石だな! なんと順位は――丁度ど真ん中の一五位だ!」
 死にものぐるいでゴールラインに到達したばかりの彼に、運営側に回った仲間の非情な通告が追い打ちをかける。
「っだーーー!! またかよ! 今回は結構いい線行ってると思ってたってのにチクショウ!」
 悪態を付いて仰向けに転がった彼の目に、真夏の凶暴な陽光が突き刺さり、水を渡してくれた仲間たちから揶揄うような笑い声が上がった。
「気張れよ、副官殿―! そんなんじゃ新人たちに示しが付かねーぞー!」
「うっせー! 分かってるっつーの!」
 夏とは相性最悪の鎧を身に付けて、蒸し風呂のような状態での訓練――まともな人間なら絶対にやらないようなそれを平然と行っているのは、帝国騎士団の中でも一部のまともな部隊だけだというから皮肉である。
 そんな地獄の教練にあまり真面目とは言えない彼も全力で参加しているのは、偏に自らに必要だと思ったからだ。武器を使っての模擬戦や頭脳戦ならばそこそこ自信があり、周囲から認められて小隊の副官を務める彼も、体力だけは平凡なのが地味にコンプレックスだった。
 しかも、いつもまさに中の中の成績で隊内でも揶揄いのネタになっていた。今度こそ打破してやると意気込んでいたのに、年若い新人を加えての今回の訓練でも中間の順位――馬鹿にするように照り付ける太陽にさえ毒づいてしまっても仕方ないことだった。
「それにしてもこの暑さはどうにかならんもんかね……体力付ける前に死んじまうって」
「……それは困るな」
 ざわりと周りの空気が揺れ、一拍置いて「騎士団長閣下!」とガシャリ!と敬礼の鎧音が響く。ぎょっとした彼も慌てて起き上がり、遅れて敬礼を取った。
「訓練は死ぬほど厳しいかね?」
「あ、いや、その……申し訳ありません!」
 自ら教練を主導している騎士団トップに愚痴を聞かれ、しどろもどろで謝った彼に、団長は涼しげにさえ見える爽やかな笑顔を返した。
「それは良かった。なればこそ、能力向上が見込めるというもの。この教練の意義も上がるだろう。諸君も一層励んでくれたまえ――ただし、死なない程度にな」
 最後に彼をちらりと見遣って加えられた一言に、周りもどっと笑って賑やかな雰囲気に戻る。

 辛くも充実していた騎士団恒例の夏の強化訓練……あれは何だったか、確かそのあまりの過酷さに異名が付けられていたのだ。古代語で火の精霊の名だと言われていたそれは――

 

     ◆◇◆

 

「―― ”サラマンダー ”?」
過去の記憶からはっと思考を引き戻した彼――レイヴンは、驚きの声を上げた少年を見遣った。途端に、思考のピースがぴたり嵌ったような感覚にぽんと手を打つ。
「あ、それだわ、サラマンダー! いやぁ、また懐かしい名前ねー!」
「レイヴンはやっぱり知ってるんだね! なのに、なんでユーリは知らないの?」
「さてな。そんな大層なもん参加した記憶はねーな」
「ユーリの記憶にも間違いはないよ。僕も参加していないからね。というより、人魔戦争以降途絶えていたんだ」
場所は帝都ザーフィアスの下町にある定食屋。今や帝国騎士団団長であるフレンは元々下町の出身であるし、幼馴染のユーリと彼の所属するギルド凛々の明星(ブレイブ・ヴェスペリア)の首領であるカロル、騎士団・ギルド双方に顔を出しているレイヴンという異色な取り合わせも、最早見慣れたものとして気に留める者はいない。
ギルド女性陣は買い物に繰り出しており、男達は先に昼食を取って待っているのだが、その席で雑談として騎士団の新人騎士訓練の成果が芳しくないという話が出た。その流れで、以前に行われていた騎士団恒例の夏教練の話題になったのだが、苛烈さのあまり古代火の精霊の名を冠していたその教練の様子をまざまざと思い出してしまったレイヴンは思わず遠い目になった。
「いやぁ……ほんっとに厳しい教練だったわ。アレクセイの大将が自ら主導しててねー。死ぬー!って愚痴ってたら、やたら爽やかーな笑顔で「死なない程度に励んでくれたまえ」ってさー!」
途中口調を真似ておどけて見せると、聞いていたフレンが突然立ち上がった――瞳を輝かせて。
「アレクセイが自ら……シュ…レイヴンさん! その話を詳しく教えてください! 是非!」
しまったと思ったのも束の間、横で聞いていたユーリとカロルは知らないぞとばかりに苦笑していたが、次いでフレンは何やら昔の騎士団長を思わせる爽やかな笑顔で堂々と言い放った。
「勿論、君たち凛々の明星も協力してくれるだろう? 騎士団の増強は、この世界の平和にも繋がっている大事な問題だからね」
レイヴンの表情が伝染したように顔を引き攣らせた二人の視線が責めるように向けられる。口笛を吹くジェスチャーで受け流そうとしたが、更にフレンはそんなレイヴンにも念押しした。
「よろしくお願いしますね、レイ…シュヴァーン隊長!」
いつもと逆に名を呼ばれ直され、これは逃げられないと悟ったレイヴンは項垂れるように頷いたのだった。

 

     ◆◇◆

 

 灼けるような太陽の熱にじりじりと体力を削られはするものの、昔より体が辛く無いのは、自前ではない心臓魔導器(カディス・ブラスティア)がエアル豊かなこの場所で快調だからなのかもしれない。
 思わず胸のあたりを押さえてその皮肉さを実感していると、後ろから恨みがましい声が投げられた。
「おい、おっさん、何一人で黄昏れてやがる……自分だけ涼しそうな格好で快適に過ごしやがって……!」
「ん? おお、青年……ごほん! ユーリにフレン、思ったより早かったな」
 レイヴンがシュヴァーンを心がけつつ振り返れば、見るだけで暑そうな騎士団の鉄鎧に身を包んだユーリとフレンが肩で息をしながらへたり込んでいた。
 やれやれと片手に持っていた果実水を置き、サングラスを外して、日差しを遮る天幕の中からため息をつく。
「お前たちが最初だが、これくらいで情けない。ラピード、辿り着いた者たちに水を頼む」
 ラピードは若干不審げにしつつも、相変わらずのアイテム捌きで二人に水が入ったボトルを投げた。
「なんでおっさんだけラクしてんだよ!」
「……だっておっさん、監督官だもーん」
 二人にしか聞こえない声量でおどけて見せて、本気で毒づいているユーリにカラカラと笑った。
 フレンから問答無用で振られた夏教練(サラマンダー)を引き受ける条件としてレイヴンが提示したのは、自分は監督官として完全に運営側に回ることだった。
 実際、人魔戦争以来途絶えてしまったこの教練の経験者は少なく、年若い世代が中心となっている今のフレン団長の体制だけで開催するのは困難だっただろう。
 まずは以前のサラマンダーでも毎朝行っていた、筋トレと鎧着用での持久走を行っただけで既に数名脱落者が出ている。
 尤も、環境が砂漠の炎天下なので、初めて参加する者たちは皆息も絶え絶えだった。
 ユーリたちの後続も次々と到着して来たが、皆その場に倒れこんで水を頭から掛けられても返事をすることも出来ない者など、脱落こそしないまでも想像を絶していたらしい地獄の教練に、目に見えて士気は底をついていた。
「……うーん…こりゃマズイねぇ……」
「いや……ほんとに……死んじゃうってこんなの……」
 レイヴンの独り言に応える形でようやくゴールしたカロルが、目の前でバタリと倒れた。
 流石に騎士たちは上官の手前もあって声高に文句を言う者はいないが、ギルドからの参加者たちは別で、慣れない鎧を投げ捨てて賑やかに悪態をついている。
 フレンの意向でギルドからも有志を募って騎士団との合同訓練という形を取ったのが裏目に出ており、所属ギルドのボスから無理やり参加を命じられた者などは早々に脱走していた。
 カロル率いる凛々の明星の面々は真面目に参加してくれていたが、快適さを重視したレイヴンの装備に顰蹙の目が向けられているのは気のせいではなさそうだ。
「えっと、昔のサラマンダーもこんなに厳しかったんです?」
 流石に参加はさせられず、貴賓としてレイヴンの隣に控えていたエステルがカロルを介抱しながら聞くと、レイヴンは言い辛さを感じながらも頷いた。
「このまま休憩なしでもう一往復ってのが毎朝の日課だったんだけど……まあ、あの頃は騎士団ももっと規律が厳しかったしねぇ。きついだけっていうのも、今どき流行んないわよねー……んー、何か賞品でもあればやる気も出るんかね…」