Sound Horizon [Marchen]本  「夜想曲 - ノクターン -」

A5 36P ¥400 111229発行

幸せMarchen、メルエリ。

小説オンリーの未央個人誌です。
成長したメルがエリーザベトを探してMarchen世界を旅するお話。
Marchenオールキャラで、ギャグだったりシリアスだったり。

表紙:コロン様




内容紹介




■夜想曲 - ノクターン -■ 一部抜粋





 軽やかで優しい旋律が、小さな指先から零れ落ちる。
 それに合わせて紡がれる唄は穏やかな風に乗り、優しい音楽を生み出す彼女の金色の髪をリズムに合わせて羽のように舞わせた。
 彼女の空色の瞳は、時には音に集中するように伏せられ、時には隣のメルツを映して柔らかく微笑む。
 まるで、魔法のようだとメルツは思った。
 キラキラ輝く光の洪水が、彼女と彼女の生み出す音楽を中心に溢れ出すようだった。
 宵闇に沈んだ古ぼけた教会が神々しい光の園に変わってしまったような……メルツはそんな錯覚さえ抱いた。
「――どうかしら、メル」
 半ば夢見心地で飽きることなくじっと聞き入っていたメルツは、演奏を終えて手を止めた彼女――エリーザベトににっこりと微笑んだ。
「すごく綺麗だったよ」
 思ったままを答えれば、頬を薔薇色に染めたエリーザベト
は、ありがとうと嬉しそうな笑みを返す。
「このピアノのお陰ね」
 エリーザベトがそっと撫でたそのピアノを見つけたのは、ほんの偶然だった。
 いつものようにメルツ親子が住む古教会の周りで二人で遊んでいたある日、かくれんぼの最中に納屋の奥で見つけたのだ。
 まるで隠されるように厳重に布に包まれて仕舞われていたそれを二人がかりで引っ張り出し、エリーザベトの執事ヴァルカンにこっそり調律して貰った。
 生憎メルツは弾けなかったが、大きなお屋敷に居たという頃にピアノを習っていたらしいエリーザベトは下手だけれど、と前置いて弾いてくれた。
 メルツにとっては充分上手で驚いたのだが、どうやらエリーザベトにとっても習っていた頃よりずっと上手に弾けたらしく、不思議なピアノだと言って驚いていた。
 それ以来二人は、度々大人の目を盗んで二人だけの秘密のコンサートを開いていた。
 エリーザベトがピアノを弾いて唄い、時にはメルツもそれに合わせて唄って、二人だけの曲を考えてどんどんと手を加えていく。
 何も無い所から全く新しい音楽を生み出していく喜びは、退屈を持て余していた二人をすっかり魅了してしまった。
「この曲ももうすぐ完成ね! 完成したらいっぱい練習して、テレーゼ様やヴァルカンにも聞いて貰いましょうよ!」
「うん、そうだね。きっとムッティたちもビックリするよ」
「ふふ、楽しみだわ」
「楽しみだね」
 二人は密かに笑い合ってその日が来ることを疑ってさえいなかった。
 まだ何の憂いも無く笑っていた、眩いあの時代に――

 

 滑らかに踊っていた指先が不意に止まり、懐かしい旋律が途切れる。メルツは鍵盤から顔を上げ、ため息をついた。
「……もう少しで完成だったんだよ、エリーゼ」
 残念そうに語り掛けた先には、埃をかぶったピアノに腰掛けた、小さな人形。別れの日に、「せめて私の代わりに、この娘を一緒に連れていってね」そう言って預けてくれたエリーザベトが大切にしていた友達――彼女そっくりの人形エリーゼだ。この小さな友達との付き合いも、もう数年に及んでいる。
 メルツは、かつて見た時より大分高くなった視線で、ぐるりと部屋の中を見回した。
 小さな村の外れにある廃れた教会――
 幼い頃に過ごした場所の一つであり、エリーザベトと過ごしたあのひと時の住み処でもあった場所だ。
 数年ぶりに訪れた森の村は、相変わらず世俗から忘れ去られたような長閑な場所で、この古教会もメルツたちが出て行ってから他の住人は入っていないらしい。
 全てが昔の儘……ただ、エリーザベトだけが居ない。
「……君は、何処にいるんだろうね、エリーザベト」
 教会の窓から庭を見下ろし、メルツは呟いた。
 視線の先には、野薔薇が咲いた古井戸がある。幼いメルツとエリーザベトが仲良く並んで腰掛けお喋りに興じ、そして再会の約束をした場所。
 ――「メル、ぜったい、ぜったい迎えに来てね!」
 ――「ああ、約束さ」
 あれから数年……もうメルツも、小さく無力な子どもではない。
 あの時の約束を叶える為、エリーザベトをあの縛られた生活から連れ出す為に、ようやく母の許可を得て、この村を訪れたのだ。
「僕が遅かったのか、それとも……」
 エリーザベトが居ない……そのこと自体は、半ば覚悟していたことだ。彼女は貴族の令嬢だし、特殊な身の上だった。
 存在を隠すように屋敷に軟禁同然の生活を送っており、彼女に好意的な執事がいなければメルツとの交遊も難しかっただろう。生家では死んだことになっているという話も聞いたことがあった。
 事情は分からないが、そんな身の上の令嬢がいつまでも同じ場所に置かれるとは考え難い。
 現に、エリーザベトが暮らしていた屋敷は、建物自体がもう跡形もなく消えてしまっていた。
 村の人間に聞いても、口止めされているのか誰もが一様に首を横に振り、何処へ行ったのか、いつ頃居なくなったのか……それどころか、エリーザベトという少女が居た痕跡さえ残っていない。
「………………」
 ため息をつきながら室内へと視線を戻したメルツは、ピアノの上からこちらを見ている人形のエリーゼに苦笑を返した。
「大丈夫、きっと見つけてみせるさ」
 その言葉で自分自身も鼓舞して、言い聞かせるように頷いた。
 ピアノの鍵盤を一つ爪弾けば、ポーン…と物悲しい単音が響き渡る。その音を噛みしめて、メルツはここには居ない少女に想いを馳せた。
「僕らの唄を完成させよう、僕たち二人で。だから、待ってて……きっと君を迎えに行くよ――エリーザベト」
 メルツは決意を新たにして、四角い窓から晴れ渡った空を見上げた。
 エリーザベトもメルツも憧れ続け、彼女の瞳の色でもある明るいその空の青を――




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 あの王子たちに候補を教えて貰って当座の明確な目的地が出来たメルツは、ライン川を船で下った方が速い――そう判断して、乗せてくれる船を捜していた。
 そして田舎町では珍しく、他国で航海士をしている男を見つけることが出来た。
 これ幸いと、丁度家に戻ってきているというその男に早速頼みに来たのだが……
「お兄さん、終わった?」
 明るい声が聞こえ、小柄な少女が元気に駆けてきてメルツの手元を覗き込んだ。
「こんなものでいいかな?」
「うん! お兄さん、器用ね! あたし、助かる!」
 頷くと同時に金色のおさげがぴょこんと揺れて、メルツは目を細めて少女の頭を撫でた。
 もし妹や娘が居たらこういうものかもしれない……そう温かな気持ちで思ったというのに、突然後ろから後頭部に鈍痛が突き抜けてひっくり返る。
「なっ…何をするんだ!」
 頭を押さえて抗議したメルツの傍から少女を引き寄せ、不機嫌に睨んできたのは、彼女に良く似た金髪の男だった。
「五月蠅い、この低脳が。人の娘に気安く触らないでもらおうか」
「ファーティ!」
 大好きな父の登場に、嬉しそうに抱きつく娘――麗しい光景ではあるのだが、メルツとしては非常に不満だ。
「イド……確かに私が軽率だったけど、何も殴ることは無いんじゃないか?」
「なに、君みたいに頑丈なら例え古井戸に頭から落ちたとしても、髪は黒染め・顔は白塗りあたりで人形と指揮棒を抱いて出てくる…くらいのことは、きっとやってのけるさ」
「何だい、それは……」
 相変わらずいい加減な物言いに、メルツは疲れたため息だけを返した。
 イドルフリート・エーレンベルクと名乗った男は、海を渡った征服者達(コンキスタドーレス)にも名の知れた航海士らしく、家を空けていることが多いという。
 先妻を亡くしてから再婚し、今は後妻と母親の違う二人の娘の四人で生活しているが、この先妻の遺した上の娘を取り分け可愛がっているように見えた。
 そのイドルフリートに船を出してくれるよう頼んだメルツだったが、当初の彼の返答はにべにもなかった。
「愛しい人を探すなら、自分の足で探したまえ」
 尤もな言だが、「怠惰は人間を堕落させるよ」とも言った当のイドルフリートは日がな一日庭のハンモックで寝ていて、何だか釈然としない。
 だからメルツは代価の労働を申し入れ、イドルフリートは嫌そうにしながらもそれに頷いた。
「初対面の筈だが、この奇妙な親近感はどこから来るのかと思っていた所だ。まぁ、そういうことならこの私が一肌脱いでやろうじゃないか、感謝したまえ」
 その奇妙な親近感とやらはメルツも感じていたので、ついつい旅の目的も話してしまい、そういう交換条件に落ち着いたのだった。
 幸い、メルツは家事が苦手では無いし、今やっているような芋の皮むきだってテレーゼに鍛えられている。
 そうして三日ほど雑用に追われ、四日目の朝、メルツはイドルフリートの持つ小舟で大河を下った。
「エリーザベト……」
 川面を渡っていく風を受けながら、メルツは晴れ渡った空に向かって呟いた。
 光に弱い色素の瞳では顔を上げて太陽を見ることは出来ず、真深く被ったフードの影から見つめることしか出来ない。
 その距離がエリーザベトとの距離を示しているようで、余計に歯がゆさが募った。
「焦っているのかね? その婚約者とやらに自分の女を取られるかもしれないと?」
 海の男らしい明け透けな言い方に憮然とするメルツを引っ張り寄せ、ところで……とイドルフリートは神妙な声を出した。
「その彼女は、巨乳かね?」
「………………は?」