ある日のこと。
 本当に何の前触れもなく唐突に、エステルは一つの疑問を口にした。

はレイヴンの奥さんなんです?」

 悪意も感じさせない無邪気な一言に、当のは飲んでいたジュースを吹き出し、他の面々は唖然としてエステルを見る。
 野宿の為に熾した焚き火が勢いよく爆ぜ、夕飯用の鍋が良いにおいを上げ始めた頃合いだった。
 この場に居ないのは、足りない薪を探しに行ったユーリとレイヴンだけである。

「あら、素敵ね」
「えっ、それってホントだったの!?」
「はぁ!? 何言ってんの。そんな訳ないでしょ!」

 ジュディス、カロル、リタが声を上げ、エステルは可愛らしく小首を傾げた。

「だってリタ。ドンがのこと、レイヴンの嫁だって言ってたんですよ?」
「ああ……あれはドンが最初に勘違いしてね。今じゃドンも分かっててからかってるんだって」

 最初のショックからようやく立ち直り、口元を拭いながらもやや疲労気味に説明すれば、エステルはそうなんですかと眉をハの字に下げた。

「納得はしたけど残念、そういう顔ね」
「えっと、残念というか……」

 一体このお姫様は何を言い出すのだろうと恐々見守るに、エステルは予想の更に斜め上を行く言葉を口にした。

「お嫁さんってどういうものなのか聞きたかったんです」

 にっこり笑顔で言われて、を含めたその場のメンバーは一様に口を噤んだ。

 いかにも、恋物語を読むことが好きな普通の女の子な言葉である。
 だが、口にしたのが帝国の王位継承権まで持つ姫君なので、世間一般の『お嫁さん』の話が彼女に役立つかは微妙だった。

「……ていうかエステル、お嫁さんになりたい相手が居るってこと?」

 はふと思いつきで口にしたようだったが、エステルが瞬時に真っ赤になったことで周りの女子は一気に色めき立つ。

「えっ、そうなの!? 誰々!?」
「あら、そこはやっぱり彼じゃないかしら」
「ばっ……ちょっとエステル! アンタ本気なの!?」
「ちっ…違うんです! そんなんじゃないんですっ!」

 赤くなって必死に否定するエステルにここぞとばかりに詰め寄る女三人。
 この場にカロルもラピードも居ることは、既に意図的に無視している。

「だからそういうのじゃ無くってですね……」
「そういうもどういうも、ああいうこと聞くってことは……そういうことでしょ?」
「そういうことなの、エステル!?」
「当然、そういうことになるわよねぇ」

 ああだこうだそうだとキャイキャイ盛り上がる女子組と、諦めてラピードの毛繕いを始めたカロル。
 そんなある意味平和な場面に終始付を打ったのは、薪を抱えて帰ってきた男二人だった。

「なーにキャーキャー騒いでんだよ。飯はできたかー?」
「……ちょっとユーリ、人の頭にもたれないでくれる?」
が一番五月蝿かったからなー。お仕置きだ」
「なっ…お仕置き!? ちょっと青年! 卑猥よ!卑猥!」

 呆れ顔での頭に体重をかけてきたユーリにが抗議し、それを見たレイヴンが卑猥だと連呼して二人を引き離す。

 あからさまな行動に、ユーリとジュディスは溜息をつき、エステルは顔を輝かせ、リタは米神を震わせた。
 当の本人であるだけはキョトンとした顔で首を傾げている。

 しかしレイヴンは流石の面の皮で、それら面々の反応を悉くスルーし、何処吹く風でそう言えばと続けた。

「さっき、お嫁さんがどうのって聞こえたけど。何かあったの、ちゃん?」
「えっ!? ……い…いやー、別に何も……」

 そもそもの話の発端が『レイヴンの嫁』である。
 全くのデマだが、やはり本人を前にするとなんとも言えない気まずさがあるのか、特に何も悪くないのには若干うろたえた。
 なんでもないと堂々と誤魔化そうとしたが…… 

「いま、はレイヴンの奥さんなのかって聞いてたんです」

 可憐な笑顔であっさりと言ってのけたエステルの言葉に、翡翠の目が見開かれた。

「奥さ……っ、――………………」

 目を瞠ったまま言葉を無くし、レイヴンはそのまましばし思案するように目線を上に泳がせる。
 それを横目に睨んだユーリは、呆れた溜息をついた。

「……おーい、そこのおっさん。今、の新妻姿でも妄想したろ」
「ギ…ギクーン!!」
「そんで、それも良しとか思ったろ。鼻の下伸びてんぞー」
「えっ、嘘!? おっさんの鼻の下伸びてる!?」

 レイヴンが慌てて両手で自分の口元を覆い、その場を沈黙が流れる。
 何も言わず無言でそんなレイヴンを見つめているだけのに、おずおずとレイヴンは尋ねた。

「…………あ…あれ? ちゃん? 怒んないの?」
「…え? あ、ゴメン」

 女の子なら普通怒るとこでしょ? などと取りようによっては甚だ失礼な物言いに、はむっと頬を膨らませた。

「ちょっと考え事してただけだし、そんな小さいことで一々怒ったりしないよ」
「『奥さん』の考え事って、やっぱり今日の献立とかです?」

 相変わらず的を外した天然姫の言い分に、は苦笑して首を振った。

「ううん、私じゃなくて。レイヴンって料理も上手いし、『新妻』って聞いてむしろレイヴンのエプロン姿想像してた」
「へ?」
「花柄なんかきっと似合うと思うけどなー。かわいいんじゃない?」
「かわっ……ちょっと、ちゃんおっさんをからかわないでよ!」
「からかってなんか無いよ。エプロンして美味しい料理作ってくれる旦那様なんて素敵じゃない」
「そ…そう?」
「うん、絶対かわいいって! あ、何なら今からデザイン考えようよ!」
「え!? ちょっ、ちゃん!? 青年、見てないで助け――――……」

 鼻歌交じりのご機嫌なと、焦った悲鳴と共にずるずると引き摺られて行ったレイヴン。

「――行っちゃったよ。良かったのかな?」

 話には加われないながらも何となく動向を見守っていたカロルが不安そうに尋ねたが、遺されたメンバーは深い溜息をついた。

「中年おっさんの花柄エプロン……」
「あたし時々、本気であの子の感性分かんないわ……」
「で…でも、レイヴンも何だか嬉しそうでしたし」
「満更でも無いのかしら?」

 すっきりしないと顔に書いてあるメンバーの前で、頭を捻ったボスは苦し紛れに締めくくった。

「要はが天然たらしで、レイヴンがの嫁ってこと?」

「「「「…………………」」」」


 四様の沈黙が降り、ラピードが暢気にあくびする。

 時々物事の核心をつくボスを擁する凛々の明星は、今日も平和である。








おっさんは世界一可愛い嫁になりそうだという妄想(笑)
CLAP