鉄板

「アレクさんって猫とか飼って無いんですか?」
「……毎回のことながら唐突だな、。もう課題は終わったのか?」

 それは、アレク様直々の魔術レッスンが始まって数日経った頃。
 片や大量の資料を広げての難しい研究、片や初歩的な魔術の基礎理論にそれぞれが打ち込む重厚な一室でのことである。

「教えてくれなきゃ気になって集中出来ないですー」
「ほぅ、良い度胸だな。たかだか……」
「嘘です。出来ました。ゴメンナサイ」

 会って数日で発覚したこの命の恩人様の毒舌……いや独裁は留まることを知らず、言われる方としては精神衛生上よろしくないので出来れば聞きたくないのが正直なところだ。
 出された問題を何とか解いて不慣れな文字で綴り、差し出したそれを、アレクは溜息と共に受け取る。
 しかし目を通した瞬間アレクはピクリと米神を震わせ、ふわりと宙に浮かせたその一枚の紙を、瞬時に燃やしてしまった。

「あぁぁっ! 何てことを!」
「あのようなゴミで私の目を汚すなどどういうつもりだ」
「っっっ……もしかして間違って……たんですよね、ハイすみません! ただちにやり直しマス!」

 瞬時に消し炭と化した努力の結晶に肩を落とし、しぶしぶ机に戻る。

 まずは理論を叩きこめと言われて、分厚い本を大量に渡されたのはレッスン初日のこと。
 何がすごいと言って、半月やそこらしか無い準備期間の手始めとして、こんなものを読破・理解出来ると本気で思っているのが凄い。
 一冊を読むのに一カ月はかかる自信があると胸を張って主張した結果、死ぬ気でやれと言われたりもしたが、同じ部屋で自作辞書を引きながらちびちびと読み進めるを見る内にあながち誇張表現でもないと分かったのか、その後は世にも恐ろしいアレク直々の講義となった。
 そして数日に及ぶスパルタすぎる座学を何とか生き延び、出された課題に必死に取り組んだ回答用紙に対する結果が……先程の消し炭である。

「おっかしーなー……あ、最初の代数間違ってるー! ガーン、最初からやっちゃってるって……となるとここが……」

 ブツブツと独り言を呟いていて五月蠅いとその辺りの本や文鎮が飛んで来たこともあるが、この時のはそれさえも忘れて猛スピードで解き直し、再提出した。

「……ようやくか。こんな問題にどれだけ費やせば良いのだ?」

 どうやら正解だったようで一安心だが、こんな時も優しい言葉はいただけないらしい。
 おまけに、シュヴァーンならば数分で完璧にこなすぞ。などと言われて、思わず言い返した。

「またシュヴァーンさんですか! しがないOLと騎士団の隊長主席様を同列に扱わないでくださいよ!」
「何、自発的に私の道具に志願する以上、それぐらいでなくては困る」
「道具って……」
「何か間違ったことを言ったかね?」
「っ……」

 ぼんやりと軟禁されているのがあまりに無意味で、それくらいなら恩人であるアレクの役に立とうと自分で言い出したのだ――道具と言われても間違いではないのかもしれない。
 しかしそのまま認めるのも余りにもアレなので、は話を変えようと最初の質問に戻った。

「課題は解きました! で、結局アレクさんは猫を飼って無いんですか?」
「呆れたしつこさだ――猫など手間のかかるもの、飼う訳がなかろう」
「えぇ!? そんな…私のイメージが……」

 先日許可を貰って庭の散策をしている時に小さいながらも立派な薔薇園を見かけたし、夕食を共にする時も必ず食卓にはワインがある。
 薔薇とワイン……そしてお屋敷の大きな暖炉、アンティークなロッキングチェアー、見たことは無いがアレクが就寝時にガウンを着て寛いでいるのはの想像の中では確定事項だ。
 そして後一つ、欠かしてはならない足りないものが………

「猫!! 猫は絶対外せないのに……」

 傍らに真っ赤なバラを置き、暖炉の前でガウン姿で安楽椅子に座って寛ぐアレク……。
 右手には深紅のワインを揺らし、左手は膝に抱えた猫を撫でて……

「さっきから一体何を言っている?」
「だって鉄板じゃないですか! 似合いすぎだし!!」

 あまりに力説しすぎて、はっと気付いた時にはの前にはうず高く積まれた本の山があった。 

「そんなくだらないことを考える暇があるなら、もっと上級の技でも習得して貰おうか」
「えっと……いや、人にはそれぞれ無理ってものがですね……」
「道具に拒否権など無い」

 うわー……と唖然とするような人でなし台詞に固まるの前で、更にアレクは綺麗な笑みを浮かべた。

「それに私は、どちらかと言うと犬の方が好みでね。忠実な犬ならば、なお歓迎だ」

 ――そうでしょうとも。
 こんな独裁台詞を堂々と言われても彼がの恩人であることは、動かしようのない残念な事実だ。
 もう何も言うまいと引き攣る笑みを返すに、トドメとばかりに恩人様は笑みを深くした。
 の腕を唐突に引いて、その耳元に低い声を落とす。

「それとも、たまには気儘なメス猫でも飼ってみるとするか。シュヴァーンのものを奪うのも悪くは無い」

 生理的に背筋に走ったゾクリとする感覚に、は思わず耳を押さえて飛び退った。
 なんでそこでシュヴァーンが…などなど言いたいことはいろいろあるが、赤くなっているだろう顔を見られるだけでも今は何となく耐えがたい。

「――フッ。まさか本気にしたか? 定番が好きなのだろう、異界のお姫様?」

 キザたらしく騎士然とした礼まで取られて、カーッと頭に血が上る。
 怒りか何だか分からない感情のままに、定番ではなく鉄板ですから!と喚き、
 トイレです!と淑女にあるまじき言葉を残して部屋を飛び出した。

 今頃ドSな顔で笑っているに違いない恩人様に、絶対、きっと、いつか、出来たら、もしかしたらー…なリベンジを誓って、は結局遊ばれてしまった悔しさを噛みしめるのだった。








当サイト精一杯のアレクセイドリ(笑)
取りようによっては美味しいワンツーマンの術技レッスン期間のお話。
CLAP