「う……完全に出遅れた……」
更衣室のカーテンの隙間から太陽の下で盛り上がる仲間たちを見ながら、は大きなため息をついた。
思い返せば実に長い道のりだったが、凛々の明星一行は、ヨームゲンの近くで出会った貴族一家から無事に男性陣、女性陣それぞれの水着を選ばせてもらえることになった。
男性陣の水着は既に前回の探し物の時に貰っていたので、今回は女性陣の水着選びだ。
女同士でキャッキャと選んでいた時はとても楽しく、お互いに似合いそうなものを提案したりなど可愛い年下少女たちと潤いある時間を過ごした。
しかし、いざ選んだものを着てのお披露目となると、え、ほんとにこれを着て仲間の男性陣たちに見せるの?と思った瞬間、熱心に水着獲得を目指していた彼の顔を思い出して、躊躇してしまった。
そうしている間にも他の女の子たちは試着室から出て行ってしまい、お披露目に対しての感想が繰り広げられており……
「こっ!これはっ!?」
「立ったまま気を失っている……」
「それほど嬉しかったのか」
驚いた様子のフレン、カロルに続いて呆れたようなユーリの台詞で、どうやらレイヴンのことだと分かった。
「……そりゃあれだけセクシーな水着姿拝めたらねー」
いじけた台詞が漏れてしまい、はっとして首を振る。
元々、ジュディスの水着姿と比べられては全く勝ち目など無いのだ。
だから、何とも思うはずがない。
面積がこれでもかと少ない黒ビキニ姿のセクシーで美しすぎるジュディスを前に、レイヴンが嬉しさの余り気絶したとしても。
何とも思わないと言ったら思わないのだ。
「ん? そう言えばはどうした?」
外から聞こえたユーリの言葉にギクリとして、は反射的に裏から逃げ出した。
砂漠の真っただ中に突如設営された試着室だったが、この辺りは岩場も多いので身を隠すにも困らない。
「……さて、どうしようかな……」
逃げ出してしまった後悔もあるが、こうなったからには、みんなの興味が薄れるまで身を隠していたい。
幸い、すぐそこに海があるのでエアル切れの心配も無いし、それは仲間たちも分かっているだろうから、その内帰ってくるかと放っておいてくれるだろう。
慌てていたので水着だけで出てきてしまったのは後悔したが、折角水着を着ているのだからと、も仲間たちが向かうであろうとは逆の海に向かった。
「海だー!」
やがて真っ青な波が打ち寄せる白い砂浜に到着すると、誰もいないのをいいことに、恥も外聞も無く駆け出して海の中に飛び込んだ。
自分の上げた歓声が響いた後に冷たい水と押し寄せる波の感覚。
更に、元の世界に居た頃は感じたことも無い充足感――肌から水のエアルを吸収しているかのようなじわじわとした不思議な心地よさだった。
「気持ちいいー……」
波の間をぷかぷかと浮きながら、水の心地良さを楽しむ。
しかし対照的にぼんやりと頭に浮かぶのは、今頃麗しのビキニ美女相手に鼻の下をのばしているだろうにやけた顔だった。
「……ていうか、気絶って。どんだけ嬉しかったのよ」
自分の独り言がかなり怒った声音をしていて、改めてむっと眉を寄せる。
気にしないようにしていてもこれだけ考えている時点で負けなのだが、自分だって彼女たちと同じように水着を着ているのに、悔しいような悲しいような複雑な気分だった。
折角のオーシャンブルーも雲一つない空も、心なしかくすんだ色に見える。
「……はぁ、さっさと着替えよ」
このまま水着でいるから余計なことを考えるのだ。
いつもの服に着替えて、一足早く涼しい船内で冷たい飲み物でも飲んで優雅に一人寛ぐのもいいかもしれない。
そうと決まれば戻ろうと浜に目をやると、向こうから見知った人影がやってくるのが垣間見えた。
「――ちゃーん! ちゃーん!? どーこー!?」
「っ!!」
思わずザブンと海の中に潜って姿を隠したは、軽く混乱した。
息せき切ってやってきた様子のレイヴンは、どうやらを探しているようだ。
水着の女の子たちに夢中だと思っていたけれど、面倒見の良い性分だからまたいつもの過保護が発動したのだろう。
以前に砂漠で行き倒れた前科のあるを心配して探しに来たといったところか。
水に潜ったまま、近くの岩場まで移動して、岩に隠れるようにして水面から顔を出すと、レイヴンは水際まで到着していた。
「ちゃーん!? ……さっき姿が見えたと思ったが」
どうやら泳いでいた姿を見られていたらしいと悟って、どうやってこの場を切り抜けたものかと考えながら、息を殺して岩場伝いに浜の方へと少しずつ移動する。
波間に目を凝らしている様子のレイヴンは、不意にはっとしたように立ち止まった。
「……まさか……っ!?」
珍しく焦った口調で言い、慌てたように上のシャツを脱ぎ捨てると躊躇いなく海に飛び込む――直前で、も焦って岩場から飛び出した。
「ここっ! 私はここにいるからっ!」
「へ……!?」
飛び出したと飛び込んだレイヴンと。
宙で目があった数秒がスローモーションのように過ぎ、大きな水音を立ててレイヴンが海中に沈んだ。
先ほどまで海で泳いでいた筈のの姿が消えたことで、溺れた可能性に青ざめて飛び込んでくれた――そう分かったからとっさに出頭したのだが、少し遅かったらしい。
勢いよく飛び込んだところに途中で声を掛けられて中途半端に意識を逸らされたレイヴンは、飛び込む際におかしな態勢になってしまったらしく、ゲホゲホとその場で噎せた。
「ごっごめんレイヴン! 大丈夫!?」
波と砂に足を取られながらも、波打ち際を駆け寄ると、苦しそうに咳き込む背中を慌ててさする。
涙目で見上げてきたレイヴンは、位置的に思い切り太陽に目を焼かれたのか眩しそうに目を眇めたので、流石に可哀想になって手を差し出した。
「大丈夫? 立てる?」
「うう……ちゃん?」
疑問形で手を伸ばしてきたのに苦笑して腕を引くと、それほど重さも感じず引き上げることが出来た。
「ぺっぺっ、しょっぱ……うー、海水飲んじまった……」
「ごめんね、レイヴン。私が急に声掛けたから」
「ていうかちゃん、探したのよー! こんな所で一人で何して…………………………」
始まるかと思われたお説教が途中で不自然に途切れ、は首を傾げた。
「レイヴン……?」
目を瞠ったまま動かなくなった相手を怪訝に思って呼ぶと、はっと我に返ったように瞳が揺れた。
「あ……ああーいやーそのー……なんだ、その水着……」
たどたどしく綴られた言葉に、ようやく自分の格好を思い出したは、レイヴンの視線が胸元あたりにある気がしてとっさに両手でそれを隠す。
ジュディスの豊満すぎる胸と比べられたと思うと居ても立ってもいられずに駆け出したが、場所が砂浜ということを忘れていて、ものの数歩で派手に躓いた。
こけそうになったところを腕を取って支えられたが、支えてくれた人は今は絶対に見られたくない人である。
「放して! ほんとに無理だからっ!」
「ちょっ! 危ないって! 無理って何が!?」
何とか手を振りほどこうと振り回してもびくともせず、問われてかっとなり気づいた時に叫んでいた。
「セクシーダイナマイトなジュディスと比べられるの! 無理だって言ってるの!」
ぽかんと口を開けたレイヴンは、数秒後に深いため息をついた。
「なんだ、そんなこと……」
「そんなことって! めちゃくちゃ重要だよ! レイヴンだって気絶するほど見惚れてた癖に!!」
「あれはっ……しょーがない男の性っていうかー……」
「ほら、やっぱり! レイヴンはああいう女の子が好きなんでしょ!」
「…………ねぇ、ちゃん。それって……焼きもち?」
「やきっ……!!」
絶句したは、これでは認めているものだと気づきすぐに「違う!」と付け足したが、自分の顔が赤くなっているだろうと自覚していた。
レイヴンの口元が僅かに緩んだ気がしたが、すぐに顔を手で覆って溜息をつかれる。
仲間内の年下の女の子に勝手に嫉妬して行方をくらますなど……しかもそれを本人に見抜かれるなどと、恥ずかしさに居たたまれなくなったが、相変わらず手首を握られたまま抜け出せない。
ため息を終えたレイヴンは不意にの方を見て、言った。
「焼きもちなんか焼く必要無いでしょ――そんなに可愛いのに」
手を取ったままじっと見つめられて、は目を瞠ったまま硬直する。
声にならない悲鳴を上げていると、不意に握った手を引かれてその距離が近づき……
「おおーい、ー? レイヴンー?」
「どこですー?」
刹那、ぱっとレイヴンは両手を上げ、お互い距離を取った。
「あ、レイヴン! も見つかったんだね!」
「あー……そうなの。ようやく見つけたわよー! ちょっと待ってねー!」
探しに来たらしいカロルたちに何食わぬ顔で手を振ると、レイヴンは先ほど脱ぎ捨てたシャツを拾いに行った。
も観念して戻ろうと後からやってきたユーリたちにも手を振ろうとすると、再び後ろから手を引かれる。
「ちょい待ち」
「え?」
何かと思って足を止めたの上に何かが降ってきて、ふわりと視界が陰った。
「これ……」
気付いたら、レイヴンが来ていたシャツを頭から被せられていて、体を覆われいた。
「着ててちょーだい。……勿体ないから」
言われた意味を咀嚼して、もしかしてと行きついた仮説に、顔が熱くなる。
その後、仲間たちと合流し、結局全員水着で海辺のバカンスを楽しむ最中、レイヴンとパティが何か話していたかと思うと、フレンやユーリも巻き込んで、水着女性陣の点数を付け始めた。
「エステル」
「――80点」
「リタ姉」
「――2点」
「ジュディ姉」
「――2兆点」
100点を超えすぎな規格外の点数にフレンもユーリも納得した様子で、は再び黒い靄を感じそうになったのだが……
「」
「――――満点」
他より長い沈黙の後に言われた台詞に、全員呆気にとられる。
「おいおい、何だよ、満点って」
「それは2兆点とどっちが上なのじゃ?」
「大体、はずっとレイヴンさんのシャツを着たままですから、公正に判定出来ないと思うのですが」
「だからつっこむとこそこかよ。……けど、一理あるな。公正な審査の為にも見せて貰わないことにはなー」
口々に言われる言葉に、もふむと尤もらしく頷いて、シャツに手を掛けた。
「じゃあ、脱ごうか?」
過敏に反応した男性陣の視線を浴びて驚くの前に、レイヴンが慌てたように割って入った。
「満点なんだから、もういいの! ちゃんも変なこと言わない!」
「そんな風に言うってことはレイヴンさんは見たってことですよね!?」
「おっさん、横暴だぞー」
フレン、ユーリの抗議にムキになっているレイヴンを見ていると、も堪えきれずに笑ってしまった。
「……うまく逃げたけど、今日は許してあげる」
呟いて、真っ青な空と海に目を細める。
気分はまさに満点に晴れやかだった。
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ゆめグミ!(アップルグミ感謝祭2内)のテーマ企画「水着」から、
ずっと書きたかった水着サブイベントと点数スキットネタでした。
もっと短かったはずなのに……こんな筈では……。
当社比甘めですが、気に入ってもらえたら嬉しいですー!