三割増な小悪魔

「桜餅食べたい……」

 空腹という訳でもないのに、思わず呟いてしまった。
 旅の一行がカプワ・ノール近郊の平原で小休止している現在、傍らには故郷の桜にそっくりな木が聳えている。

……花を見ての感想がそれなの」
「色気より食い気ってか?」

 無意識に出た言葉にはっとした時には既に遅く、カロルには呆れた目を向けられ、ユーリには思い切りからかわれる。
 確かに、エステルを始めとした少女たちは少し離れたところで可愛らしい歓声を上げて花を愛でている。
 まさしく『可愛い女の子』のお手本とも言える反応だ。

 それと比べられては相手が悪かったと言わざるを得ないが、それでも反論したい。

「だって、似てるじゃない!? ねぇ、ラピード!」

 ユーリの傍らに目線を向けるも、ハードボイルド犬士からは我関せずの欠伸が返っただけで、がっくりと項垂れる。

 日ごと温かくなってきた早春、平原で見つけた桜は確かに綺麗に咲いていた。
 ただし、下半分ほどは既に緑の葉が芽吹いており、立派な葉桜になりつつあったのだ。

 思わず「桜餅」を連想して食べたくなってしまったって、罪は無いと主張したい。

 最後の希望とばかりに、ちらりとレイヴンに視線を向けると、フェミニストである彼はにこりと笑った。

「この前も美味しそうに食べてたもんね。ちゃんらしくて可愛い~」

 そのてらいの無い笑みには、悪気など欠片も見当たらない。
 だからこそ、はこの言葉に衝撃を受けた。
 私『らしい』って何!?と心の中で雷鳴音が鳴った程だ。

 まるきり幼い子ども扱いだ。
 ユーリの「色気より食い気」と大して変わらない。悪気が無いだけに、もっと質が悪い。

 何だか、カロルに言われるよりも、ユーリに言われるよりもショックだった。
 こんなに「可愛い」という言葉が嬉しくなかったことは無い。

 そんな心情が顔に出ていたのか、焦ったようにフレンが助け船を出してくれた。

「可愛らしいお菓子が好きなんて、女性らしいよ。は桜という花がとても好きだと言っていたし、ゆっくり見たいんじゃないかな」

 テルカ・リュミレースでは別名で呼ばれる花が故郷での「桜」にそっくりなことや「桜餅」というお菓子のことも、以前に年中桜満開状態のハルルを訪れた際に仲間たちには話してある。

「フレン……! フレンだけだよ、分かってくれるのは!」

「お…おっさんも!おっさんもそういう意味だかんね!女の子らしくて可愛いな~って……」
「あー、ハイハイ。アリガトウ」
「ちょっとちゃん!? なんで片言!?」

 取って付けたような言い訳には余計に腹が立っただけだった。
 は慌てるレイヴンからふいと顔を背けて、可愛いお花見女子たちに参加したのだった。





 そんな小さなショック事件があってからというもの、は女子力を上げようと決意した。

「絶対見返してやるんだから!」

 傷ついた乙女心は、悔しい!見返す!という気持ちに移行していた。

 ジュディスのように"お色気美女"路線は無理だとしても、せめて"食いしん坊なお子様"は脱したい。

 まず、女子力アップの基本はオシャレから!と、ダングレウォーカーやファッション誌を読み漁った。
 とりあえずのリサーチを雑誌に頼る辺りが既に何かに負けている気もするが、気のせいということにしておく。

「ふむふむ、ポイントはさり気ないボディタッチと上目遣い……ん?『カレを落とす小悪魔テク』って、これはちょっと違うか……」
「――小悪魔がどったの?」

 雑誌に夢中になっていた所を危うくレイヴンに見つかりそうになって、は飛び上がった。

「な…なな何でも無い! 小悪……そう!小悪党は許せないなって……!」
「小悪党が? 立派な悪党の方が許せなくない?」
「そりゃそうだけど……小悪党は…ほら、懸賞金も低くてお金にもならないし!」
「あら、厳しい。流石、凛々の明星の会計係!」

 よっ!と調子よく笑われて、思わぬ着地の仕方には顔を引きつらせた。
 これでレイヴンのに対するイメージが、「子どものような食いしん坊守銭奴」ということがよく分かった。
 女子力アップの進化どころか、退化している。


 こうなったら手段を選んでいられない!と、次に考えたのは化粧だった。

 雑誌で取り上げられていたメイクショップは、流行最先端の新色を出して店舗で実際にメイクレッスンをしてくれるザーフィアスの有名店らしいと耳にして、すぐに飛びついた。

 春の新色限定メイクパレットをゲットし、キレイになる為――!
 そう決意しての即断即決を、まさか深く後悔する時が来るとは、この時は夢にも思わなかったのである。






「どうしてこんなことに……」

 茫然自失とした言葉は、冷気の乗った夜の空気に流されていく。
 隣から深いため息が漏れて、はびくりと身を竦ませた。

「誰かが呑気に"あの人"のテリトリーをうろついていたからだろう」
「…ごめんなさい。すみません。申し訳ありません…!」

 一番の被害者の言に、は全面降伏して深く頭を下げた。


 ――帝都ザーフィアス郊外の山の中。

 目の前には多くの野営テントが並び、高々と帝国の旗が翻っている。

 そんな野営場所の一番奥で、は、流行メイクばっちりでオシャレな服に身を包んでいる――訳では無く、化粧気も無く騎士団の制服を纏っていた。
 隣には、女子力上げて見返してやろうとしていたぼさぼさ髪のおっさん――ではなく、この部隊の責任者である隊長主席様が机で仕事中だったりする。

「怒って……ますよね、シュヴァーン隊長」
「……呆れてるだけだ」
「うっ……ほんとにごめんなさい」

 立場が逆でも同じ感想を抱いただろうと思えるだけに、は謝罪して項垂れるしかなかった。



 二日前、レイヴンにも同行してもらってザーフィアスを訪れたは、口実としていた簡単なギルド依頼を早々に片付け、無事にメイクショップでの目的も果たし、概ね晴れやかな気持ちで宿で寛いでいた。

 折角見返したい相手と二人行動だし、明日はオシャレしてギャフンと言わせてやる!と意気込んでもいた。

 しかし、夜半に密使よろしく宿の部屋に現れたのは、『騎士団長の使い』を名乗る人物で、シュヴァーン隊と共に翌日からの騎士団の作戦に参加するようにとの『命令』を携えていた。

 何故彼と共に帝都にいることがバレた――!?
 そう思って、はっとした。

 例のメイクショップは、帝都の貴族も御用達の店で、騎士団長様の邸宅がある貴族街と城との間に位置している。

「まさか、あそこで見られてた――?」

 翌朝、レイヴンとの朝食の席でうっかり漏らした独り言を後悔しても後の祭。
 お説教モードで本来の目的地を吐かされ、しっかり呆れられてしまった。

 その後、シュヴァーンとして緊急召喚された彼と共に城に赴き、夜には出発するという遠征隊に問答無用で組み込まれ、準備の手伝いに明け暮れたのだった。

 とは言っても、淡々と書類に目を通し指示を出していく隊長殿の横で出来たことと言えば、せいぜい軽い荷物を運ぶとか、ひっきりなしに訪れる部下の騎士たちに挨拶して書類を預かるとか、お茶を入れるとか……まさに子供の使い程度のことだけだ。

 のつまらない事情で巻き込んでしまったシュヴァーンにはいくら謝っても足りない。

「……えっと、シュヴァーン隊長、私にお手伝い出来ることがあれば……」
「今は特に無い。休んでいて構わないぞ」
「そう言わずに! お酒…はダメだし、肩でもお揉みしま……」

「――失礼いたします!」

 その時話を遮って幕舎に入ってきたのは、にも見覚えのある騎士だった。

「シュヴァーン隊長に補給部からの書簡を……って、君は昼間の、ちゃん!」

 年はユーリやフレンと同じくらいだろうか。
 シュヴァーン隊の一員であるその青年は、中々の爽やかイケメンだ。名前までは覚えていないが昼間準備中に会った内の一人だった。

「よく会うね! そうだ、入隊したばっかりだって言ってたし、良かったら俺がみんなにちゃんを紹介しようか!」

 嬉しそうに手を取られて、その押しの強さには目を瞬いた。
 いくら騎士団に女性が少ないと言っても、その手慣れた様子からして、彼は結構な遊び人なのかもしれない。

 見た目年下であろう彼に"ちゃん"付けされるのは複雑だが、目下女子力アップ月間のにとっては、向けられる好意は素直に嬉しかった。

 ここに居ても他に出来ることも無さそうだし申し出を受けようかと、にこりと笑顔を返した時だった。

「――

 不意に近くで呼ばれた低い声に、ドキリと心臓が跳ねる。

「任務だ、行くぞ」
「えっ…シュヴァーン隊長!?」

 気付いた時には、いつの間にか席を立っていたシュヴァーンにやや強引に逆側の手を掴まれ、幕舎の入口に向かっていた。

 外套を掴んだシュヴァーンは、一人残された格好の爽やか青年を一瞥した。

「書簡なら戻り次第確認する。そこへ置いておけ」
「は……はっ! いってらっしゃいませ、シュヴァーン隊長!」

 慌てて敬礼する青年を置いて、シュヴァーンはの手を引いたまま幕舎を後にしたのだった。





「う……わぁ……キレイ……!!」

 問答無用で野営地を出ていくらか山道を登った先で、シュヴァーンはようやく足を止めた。
 そこで目に飛び込んできた光景に、は思わず感嘆の声を上げる。

「これ、全部桜……? すごい絶景……!」

 木々が途切れて山中にぽっかりと空いた空間は、静かな水面が鏡のような池だった。
 そのほとりを埋め尽くすように、満開の桜が所狭しと咲き誇っている。
 山中なので平地よりも遅咲きなのか、先日葉桜を見てから数日経っているが、まさに今が見頃のようだ。

 は呼吸も忘れるようにその光景に見入った。
 元の世界よりもずっと明るい星明りを受けて水辺に佇む満開の桜は、とても幻想的で怖いくらいに美しい。

「――見たかったんだろう、この花が」

 後ろから掛けられた声に我に返って、お礼を言おうと振り向いた瞬間、は目を瞠った。
 自分に向けられている翡翠の瞳が優しく弛んでいるのを見て、思わず視線を泳がせる。

(……暗くて良かった)

 きっと顔が赤くなっているに違いない。

「よ…よくこんな穴場知ってたね」

 照れ隠しにそう言うと、シュヴァーンはああと事も無げに頷いた。

「前に任務で来た時にな。今回も行軍ルートの近くだったから、もしやと思っていた」

 確かに桜の咲くタイミングは偶然だったのだろうが、場所はもしかしたら最初からここに来るために近くをキャンプ地に設定してくれたのかもしれない。

 密かに感動しているには気づかず、シュヴァーンは手ごろな岩に腰を下ろし、その隣に持ってきた外套を敷いた。
 そして、腰の携帯容器を外し、に差し出す。

 もしかしなくても、そこに座ってこれを飲めということだろうか。
 突然の女性扱いに不意を突かれて立ち尽くすと、シュヴァーンは怪訝そうに首を傾げた。

? 座らないのか?」

「っ……す…座ります。ありがとう……これ、中身はお水じゃないよね?」

 砂漠などでもレイヴンが携帯していた瓢箪だが、この場面で彼が水を持ってくるとも思えない。
 シュヴァーンにしては珍しい悪戯な笑みを浮かべると、水が良かったか?と聞いてきた。

「花見には酒だと力説していたのは誰だったか……」
「うっ……私です。お花見とお酒サイコー!」

 やけくそで瓢箪を傾けて喉を焼くアルコールを流し込むとまた笑われる。

 求めていた女の子扱いで、わざわざ連れ出して綺麗な桜まで見せてくれて……至れり尽くせりだというのに、何だかこれはこれで悔しい。
 涼しい顔の彼とは対照的にばかりがドキドキしているのは、一方的に負けた気分だ。

 二人きりだというのにシュヴァーンの口調を崩さないのもその原因かもしれないと考えて、先ほどの天幕でのことを思い出した。

 それと同時に、心地よく酔いが回ってきた頭に浮かんできたのは、先日読んだ雑誌の一頁だった。


【――花や綺麗な景色の中では三割増し。デートで積極的に活用すべし――】

「――桜満開でキレイ……ですよね、シュヴァーン隊長?」
「うん? ああ……」


【――ボディタッチはどんな男性にも有効――】

「ほら、隊長ももっと飲んで飲んで」
「あ、ああ……」


【――上目遣いは暗がりだと一層効果的――】

「ところでさっきは……もしかして、あの爽やか青年に嫉妬したんですか?」
「っ…ごほっ……!!」

 飲む瞬間を見計らって告げた言葉に盛大に噎せたシュヴァーンに、更には体を寄せて近くから覗き込む。

「ねぇ、どーなんですか? シュヴァーン隊長?」

 触れた体が硬直して瞳が見開かれたのを目にしたは――

 ――堪えきれずに噴き出した。

「なーんてね! 冗談だよ、冗談!」

 そうだったらいいのにと思ってしまったことに気づかれる前に、本能的に身を引いた。

 けらけらと笑い飛ばせば、シュヴァーンは恨みがましい視線を返す。

「……酔ってるだろう」

「――ふふ、秘密」

 自嘲を隠すように、精いっぱいキレイに微笑む。
 あのまま、聞きたくない台詞を聞いてしまったらと思うと、冗談だと言って逃げることしかできなかった。

 負けた気分だったのを少しは意趣返ししたかったのだが、今夜は特に分が悪い。

 自分で仕掛けた事に自分で赤面しているなどと悟られないように。

「……さ、今夜は飲みましょう、シュヴァーン隊長!」

 我ながら圧倒的女子力の低さにため息をついて、桜を背にした端正な横顔をこっそり見遣った。


【――花や綺麗な景色の中では、三割増し――】

 あの雑誌の一文だけは、あながち間違ってないかもしれない。

 ふと思ってしまったことに再び赤面して、盗み見ていた"三割増し"から目を逸らして花見酒を勢いよく煽ったのだった。






210407

レイズのシュヴァーンガシャ爆死記念 兼 相方のリクエスト。
「シュヴァーンとお花見」でした。
やたら長文になってしまった上に、どこで間違ったのか、やたらシュヴァーンが好きな夢主になってしまいました。
CLAP