「トリックオアトリート!」
「……何の呪文だ、それ?」
きっかけは、そんな日常の1コマだった。
ふと、秋と言えばハロウィンだなーと思ったが、甘いもの好きなユーリからお菓子を巻き上げてやろうと声を掛けたら、行事自体を全く知らず、先の言葉が返ってきたという訳である。
他の仲間たちにも聞いてみたところ、どうやらハロウィンという概念自体が無いと聞いて……クリスマスに続き、は目を輝かせてカウフマンの元を訪ねた。
そうしてハロウィンが間近に迫った現在、テルカ・リュミレースの子供たちを中心にあちこちでその言葉が流行していた。
その驚くほど短時間での広まりは、勿論この世界の流通を一手に仕切る女社長の仕業――いや、御技である。
「いやぁ~、流石よね、カウフマンさんは!」
「何言ってんの。どうせ嗾けたのはちゃんでしょ?」
「ギクッ! な…何のこと?」
一応はしらばっくれてみただったが、こちらの性格にも慣れてきたらしい仲間達は容赦なかった。
「とぼけても無駄だぞー。ネタは上がってんだ」
「ネ…ネタ……?」
「先週だったかしら。急ぎの依頼があったのに、
がどうしても一刻を争う事態だから、自分だけカプワ・トリムに送ってくれって言ったのは」
「ジュディ! シーッ! 内緒って言ったじゃない!」
「何だか急にジュディスとバウルがいなくなって、みんなで足止めに遭ったあの時のことです?」
「そう、あの時は大変だったんだから! 期限付きの依頼だってあったのにさ!」
「……で? いくら貰ったの?」
呆れたようなリタの問い掛けに、は目線を泳がせた。
確かに金銭のやり取りはあった。
むしろ、とカウフマンが手を組んで金銭の絡まないことは皆無である。
今回も、売上に対するマージンから、在庫が出たときのリスク保障まで、お互いが損を出さないように事前に細かい取り決めが綿密に行われ、書面も交わしてある。
事後の精算なので、現段階では
にも幾ら入ってくるかは分からないのだが……試算では、ざっと見繕っても1年以上分の凜々の明星の運営費にはなるはずだ。
「凜々の明星の臨時会計として、ボスに報告する義務はあるよね!?」
そこをボス直々に突かれては痛い。
は正直にまだ分からない旨を伝え、そうして妥協案としてこう答えた。
「……まあ、協力してくれれば、みんなの武器新調して宴会開くぐらいは貰える筈だよ」
途端にわっと沸き立って俄然盛り上がる仲間たちの後ろで、レイヴンが低い声で言った。
「ほぉ~、こりゃまた随分控えめな金額だわねぇ~。ちゃんがわざわざ女社長のとこまで足運んで、そんなみみっちい仕事するもんかね~?」
「レ…レイヴン、……何か欲しい物はある…?」
にっこりと笑ったレイヴンは、笑顔でこう言った。
「凜々の明星主催でやるって言ってたハロウィンパーティー、ちゃんはおっさんとお揃いで参加ね」
"お揃い"が何を指すのか、はすぐに思い知ることになった。
自分が詳細を伝えたのであるが、ハロウィンと言えば仮装な訳で……
「わぁっ、可愛いです!」
「おー、似合ってんじゃないか。中々いいぜ、なぁフレン」
「ああ……その……とても似合っているけれど……ちょっとその…丈が短いような……」
「うむ。フレンはウブな割にムッツリじゃからのー」
「ちち…違うんだ、! 僕はっそういうことではなくっ……!」
「……まぁ、実際悪くないよな。それ、おっさんの趣味だろ」
「あっ、分かっちゃったー? 可愛いでしょ? 魔女っ子よ、魔女っ子! ホントはおっさんに血を吸われる美女役やってほしかったんだけど、それはどうしても嫌だって言うからしょうがなくねー」
しょうがなく、などと言われるのは心外だが、はぐっと我慢した。
例え、イイ年して黒い三角帽子にゴスロリみたいにフリフリの黒いミニワンピースを着せられてホウキを持たされた魔女っ子スタイルになろうとも、胸の上半分が空いたドレスでレイヴンに噛み付かれるよりはマシだからだ。
「それにしても、よくが着る気になったわね」
「勘弁してよ、ジュディ。私だって弱みさえ握られなければ……!」
「うわ、でも弱み握られちゃったりするんだ」
「それは……ちょっと知りたいような……」
口を滑らせた挙げ句に自ら藪をつつく前に、はメンバー全員が着替え終わったのを確認すると、一連の段取りを打ち合わせてボスの掛け声の元に散会した。
「凜々の明星、出動ー!」
一番張り切っているカロルはユーリの口車に乗せられて誰もやりたがらなかったカボチャの被り物をし、その後ろに続くパティが白いゴースト、エステルとリタが対でエンジェルとデビルをやっており、ジュディスはなぜか際どい黒バニーガール(当然レイヴンが大興奮だった)、ユーリが狼男でフレンがフランケンシュタイン、ラピードが海賊という出で立ちだ。
そして一日にくっついていると宣言したレイヴンが……
「美女の生き血を啜るドラキュラ伯爵よー! どう? この滲み出る気品、漂う危険な香り……ムンムンな大人の男の魅力っ!!」
「……ハイハイ、カッコイイワヨー」
「ちょっと、ちゃん! 気持ちこもってなーい!」
実際、口を開かなければ中々に様になっていて、黒いマントも、年代物のループタイも、ハーフアップに纏められたいつもとは違う髪型も、格好良いには違いないのだが……そこは何だか悔しいので言ってやらない。
そして、日暮れ前から始めたパーティーや、街の子ども達のご近所訪問など一通りイベントが終わり、
もカロルやパティに詰め寄られてお菓子をあげたり存分に満喫したのだが……
「トリックオアトリート?」
「ゲッ、ユーリ!」
最後に最も見つかりたくなかった相手に捕まり、は呻いた……ふりをして、大量のお菓子を渡してやった。
「ちっ、何だよ、もうカロル先生たちにやっちまって残ってねーかと思ったのに」
「お生憎様。私だってユーリの性格くらい分かってるからね、絶対この前のお返しにそうくるだろうとは分かってたわ」
「まぁ、くれるもんはもらっとくけど……オレはイタズラの方でも良かったんだぜ?」
「ユーリ! 君は何てことをっ……!」
「おっ、美味いな、コレ。、もっとくれ。トリックオアトリート!」
その後も、お菓子を貰える魔法の呪文だとばかりに連呼してきたユーリと、それを止めるフレンを宿へと無理矢理帰して、何かの保険の為にと隠し持っていたお菓子まで全て身ぐるみはがされたはどっと疲れたため息をついた。
「ユーリのお菓子好きを甘く見てたわ……!」
「あららー、お疲れねーちゃん。まあ、企画から運営まで駆けずり回ってたら無理もないけど」
「ううん、レイヴンこそお疲れ様。結局一緒に居たからいろいろやらされちゃったでしょ。私より力仕事も多かったし、そっちこそ疲れたんじゃない?」
「うーん、疲れたっちゃー疲れたけど……そうねぇ、疲れた時は甘いものっていうし……じゃー俺様も、トリックオアトリート?」
「え?」
聞き間違いかと思ったが、今日だけで数え切れないほど聞いたそれを間違えるはずもない。
「お菓子? イタズラ? さぁ、どっちかな、お嬢さん」
「いや、あの、レイヴン? さっきあの恐ろしいユーリに根こそぎお菓子持ってかれて、私がもう何も持ってないの知ってるじゃ……」
「お菓子くれないってことは、イタズラしちゃってもいいってことね。それじゃあ、遠慮無く……」
バサリとマントで包むように抱き寄せられて、首筋に作り物の牙が近づけられようとしたその時、
硬直して思いきり動揺したは、勢いよく飛び退って木の根に躓いて派手に転倒した。
「きゃあっ……!」
「ちゃんっ!」
すぐにレイヴンが助け起こしてくれたが、転んだときに捻ったのか、右足がズキリと痛んだ。
「! 痛むの?」
「う…ん、でもすごくってほどじゃないからファーストエイドでも掛けとけば大丈……」
台詞が終わる前に抱き上げられ、魔術効きにくい癖に何言ってんの!と体質のことで叱責されては何も言えない。
後片付けは取り敢えず現場に残っていた他ギルドに一旦任せ、すぐに宿に戻り、ベッドに座らされて足を取られた。
「ちょっ…レイヴン、自分で出来るからっ……!」
「だーめ、俺のせいなんだから、ちゃんは大人しくしてる。……ちょっと腫れてるね、ごめん」
その恰好でいきなり素に戻って低い声を出すのは反則だとか、人の生足を掴んだまま跪いて見上げてくるのは最早犯罪だとか、言いたいことはいろいろあったけれど、次のレイヴンの行動で、それは全て吹っ飛んだ。
ちゅ…という軽いリップ音を立てて、レイヴンはあろう事か手当していたの足に口付けたのだ。
更に彼は、真っ赤になって固まったを見上げてドラキュラらしい怪しい笑みを浮かべて言った。
「――イタズラ、なんてね。今日はこれで我慢してあげる」
パクパクともう何も言葉が出てこず、魚のように口を開け閉めすることしか出来ないに、「勝手に歩かないこと! 治るまで俺様がちゃんの足の代わりやるからねー、さっきのはその証」などとレイヴンは一方的に言って部屋を出て行ってしまった。もしかしたら、の代わりにイベントの撤収作業に戻ったのかも知れない。
も戻らなければと思いつつ、身体はそのままへなへなとベッドに沈み込み、先ほどキスされた足を抱えて丸くなった。
「なんか……すごい負けた気分……!」
そんな憎まれ口で自分の熱すぎる顔を隠して、ふと思い出したことは。
「"足へのキスは服従の証"……」
一般的にそういう意味があることを思い出し、何だか余計に居たたまれなくなってしまい……
それから一週間、レイヴンの食事に嫌がらせの甘味攻撃をして少しだけ恥ずかしさを誤魔化したのだった。
121029
今回は少しだけ早めにお届け出来ました! ハロウィン夢でした。
お菓子根こそぎ強奪で、終いには「飛べ!」とか言ってガサリと音がしたら「まだ持ってんじゃねーか!」とか言うユーリが書きたかったけど、いざ書いたらドラキュラコスのおっさんにパーンした夢。
シュヴァーンぽいドラキュラでイメージしてください!