このお話は、「狐花」のヒロインが、
・トリップする事無く順調に武田の姫武将として成長
・同盟関係にある伊達家当主とは恋仲
・しかし、武将としての戦力を手放す訳にはいかないという信玄の妨害工作により、輿入れの目処は立たず
――という、もしも二人が恋人だったら? な設定でお送りします。
「はぁ……会いたいな……」
甲斐武田家の末姫・は、本日何度目になるか分からない台詞と溜息を零した。
既に日も落ち、皆が寝静まっている時刻。自室の縁側から空を見上げて。
その体勢はもうずいぶん前から動いていない。
視線の先は夜空に輝く満点の星空で、頭の中はたった一人に占められている。
「今頃何してるかな……政宗さん……」
恋人の名前をぽろりと呟いてしまったは、我ながらなんて乙女なんだと一人で赤面した。
恋をするまでは……彼に会うまでは、こんなに切々と乙女らしい想いを抱えるなんて思ってもみなかった。
幼い頃から猛将・武田信玄の娘として育てられ、武田家の熱い家風にどっぷり浸かって来たのだ。
年の離れたお淑やかな姉たちはともかく、は活発で武芸を好み、幼馴染の幸村と共にどちらかというと男の子のようにして育った。
だから、好きな人のことを考えて延々溜息をつく自分なんて、全く想像すら出来なかった。
それが……である。
「我ながら情けないなぁ……」
自嘲するように言って、は自分の女々しさを振り切るように立ち上がった。
今日は七夕祭り――夜空に光る牽牛星と織女星が年に一度だけ逢瀬が出来ると言われている日である。
そんなロマンチックな伝説から恋人達の夜とも言われ、乙女の密かな憧れのイベントであるらしい。
――らしい、と他人事なのは、今までがそういったイベントに興味が無かったからなのだが。
だが今年は、彼女の恋人の方からお誘いがかかった。
恋人兼婚約者――奥州の独眼竜と異名を取る伊達政宗。
伊達者と呼ばれる彼は、噂に違わず粋で如才無く、そして非常にマメな性格だった。
手紙など女のが辟易するくらい書いてくれるし、の欲しい物ややりたいことには敏感で、こちらが何か言うよりも前に手を差し出してくれる。
そんな彼から、七夕の夜に秘密の逢引きをしないかと持ちかけられたのは先月のこと。
いくらイベントに疎くとも、愛しい恋人と過ごせるのを嬉しく思わない筈も無く、はこの日を心待ちにしていた。
ところが――
「仕方無いものね……」
数日前に、奥州の一豪族が内乱を起こしたという報が甲斐にも届いたのである。
情報をもたらしてくれたのは忍隊の長である佐助で、その信憑性は疑うべくも無い。
奥州筆頭として、政宗は自ら陣頭に立ち、これを鎮める義務がある。
後日に約束を守れずすまないという簡単な手紙も届いたし、とて一国の姫。
国主の第一は国と民であるというのは分かっている。
分かっては、いるのだ。
「それでも、理性と心は別なんだから……厄介よね」
溜息をついて室内に戻った。
今頃政宗は、恐らく戦場でこの星空を見ているだろう。
会えないのは仕方無いと分かっていても、会いたいと――そうが思ってしまうように。
彼も、この空を見ていると……のことを少しは想っていてくれていると、そう信じたかった。
だから離れていても同じ空を見ていようと、ずっと飽きずに見上げていたのだが、それはそれで余計に恋しさが募ってしまう。
「――もう寝よう」
溜息と共に呟いて、部屋の奥に戻った時だった。
ふと、今しがたまで居た庭先で気配を感じたような気がして、は動きを止めた。
息を殺し、自分の得物の一つである薙刀を引き寄せて一気に障子を開ける。
「何者っ!?」
驚いたのは、刃の切っ先を突き付けられた方では無く、それを突き付けたの方だった。
「よぉ。How are you, my sweet?」
「まっ…政宗さんっ……!?」
思わず大声を上げてしまい、慌てた相手――が会いたいと願い続けていた政宗の手によって口を塞がれる。
ぐっと近くなった彼からは、汗と埃と……微かに血の臭いがした。
「馬鹿、気付かれんだろ? ここまで忍んで来た苦労を踏みにじる気かよ」
「どうして……」
呆然と呟いたに、政宗は薄く笑う。
「織姫に会いたかった――これだけじゃ、七夕に会いに来る理由にはなんねーかい?」
相変わらずキザなセリフに赤面して、は言葉を失う。
――本当に会えた。嬉しい。
この独眼を見詰めているとそれだけに満たされてしまいそうな自分を叱咤して、相手を少し押し返す。
彼に限ってとは思うが、もし国主としての責を投げ出してここに居るのだとしたら……
「……Huuu、俺の織姫はそんじょそこらの女とは違うってことを忘れてたぜ」
「え……?」
「んな顔すんな。ちゃんと乱は潰して来た」
内心を見透かされたことよりも、はその言葉に驚いた。
政宗の城から内乱が起こった地まではどんなに早く見積もっても行軍するのに2日はかかる。
更に、そこから直接甲斐まで来たとしても5日はくだらない。
――日数的に見て、今ここに居るのがほぼ不可能なそれ。
しかし政宗が嘘をつく筈もなく、そして現にここに居る。
本人が言うからには、本当にこの短期間で反乱を鎮めてここまでやって来たのだろう。
――会いたかったからだと……そう言って。
「………私の…為に……?」
鎧兜こそしていないが、政宗の腰には六本の刀が佩かれ、闇にも沈まない見慣れた青い陣羽織も纏っていた。
そして、先ほど感じた戦場の臭い。
無理に戦を終わらせて、そのままろくに休まずに何日も馬を駆って来てくれたのだと――疲労の見える顔からもそう分かって。
胸が詰まって何も言えないに、政宗は口の端を引き上げた。
「雨が降ったら会いに行かねぇなんつーひょろい牽牛じゃねーからな、俺は」
「………牛じゃなくて、竜ですからね」
泣きそうになるのを誤魔化すようにそう言えば、政宗も快活に笑った。
「Ha! that's right! 竜が愛しい姫を攫いに来たんだ。――お手をどうぞ、織姫?」
差し出された愛しくて堪らない手を迷い無く取ろうとしただったが、不意に感じた気配にとっさに体が反応する。
政宗の背後から投げられた手裏剣を、逆の手を一振りすることで属性の炎で払い落とした。
誰かなどと問わなくても、答えは一つしか無い。
「――控えよ、佐助」
「そういう訳にもいかないのよ、姫さん。俺様のお仕事だからさ」
見慣れた迷彩柄の忍が、いつの間にかそこに佇んでいた。
忍隊の長・猿飛佐助――幸村の直属の配下で、武田の大きな戦力でもある。
物心ついた頃から近くにいるため、にとっても家族のようなものだった。
「よぉ、猿。相変わらずだな、テメェも。人の恋路ばっか邪魔してねぇで、自分の相手でも探したらどうだ?」
「相変わらずなのはアンタでしょ、竜の旦那。余計なお世話だよ。侵入者の癖にそのでっかい態度どうにかなんないわけ?」
「あっさり侵入される方が馬鹿なんだろ。天下の武田も警備がザルじゃあ箔がつかねぇぜ? そんなとこに大事な女置いとく俺の身にもなってくれよ」
寄ると触ると険悪になる犬猿の仲は相変わらずだったが、今日はも黙って見ている訳にはいかない。
何せ時間は真夜中――政宗が真田忍隊の目を掻い潜って忍び込んでこれたのは流石としか言いようが無いが、彼も最後まで見つからないとは考えていないだろう。
そして時間が経てば経つだけ、他の忍や幸村、信玄にも知れる可能性が高くなる。
「――佐助、お願い。今日は見逃して? 元々今日は政宗さんと会う約束をしていたんだから、侵入者じゃなくてお客様でしょ?」
「お客なら昼に門からおいでいただけると有り難いんだけどねぇ」
「Ha! そいつぁ残念だったな。生憎俺は、普通ってのが苦手でね」
表面上だけは笑顔で睨み合う二人は本当は仲が良いのかもしれない。
そんな埒も無いことを考えながら、は手を伸ばした。
「政宗さん、浚ってください」
「ちょっ…………!?」
焦る佐助と目を瞠る政宗。
しかし、すぐに隻眼の竜はニヤリと笑みを浮かべた。
「仰せのままに――ってな」
伸ばした腕ごと体を抱えられ、ふわりと縁側から抱き上げられる。
政宗に触れられるのはいつまで経っても慣れず赤面してしまうが、これでも婚約者なのだから何も後ろ暗いことは無いと言い聞かせてそのまま佐助を見つめた。
「佐助、特別ボーナス」
「……へ?」
「私のへそくりから特別ボーナス出すから、今日は見逃して。夜明けまでには戻るから――」
「――reject.(却下)」
「え?」
「たっぷり十日は借りてくぜ」
の言葉を遮ったのは政宗で、佐助と同じように驚いた。
しかしどこまでも飄々とした政宗は、を片手で抱え直し、もう片方の手を懐に入れる。
そこから取り出し、縁側に放り投げられたのは、皮製の銭入れと一通の書簡だった。
「俺からも当座の口止め料だ。朝になったら信玄公にそっちの文を渡してくれや」
それだけで用は済んだとばかりに踵を返した政宗を、佐助は追って来なかった。
首を廻らせて窺えば、深い深い溜息をついて姿を消すところで――
「悪いことしちゃったかな……」
「お前はあちこちに気ぃ使いすぎなんだよ。この俺をこんだけ掻き回してる癖に他の男の心配してるなんざ――Ha、全く悪い女だ」
「――それを言うなら、政宗さんの方が悪い男です」
「HaHa、入ってくれるねぇ、Honey. 俺のどこが悪い男だって?」
ようやく下ろされた先は、躑躅ヶ崎館の外に待機していた政宗の愛馬の上だった。
鞍の上に横座りに下ろされ、すぐに政宗がその後ろに跨る。
こちらが近い距離に弱いということを知った上でそうするのだから、は赤くなりながらも睨み付けた。
「こういうとこが、です」
「可愛い顔で凄まれても、誘ってるようにしか見えねぇぜ?」
「誘っ……もう! いいから早く浚ってください!」
十日ということは、ほぼ間違いなく政宗の居城に連れて帰るつもりなのだろう。
ここ最近、も武田での武将としての仕事に負われて会いに行けていなかったので、わざわざ迎えに来てくれたのが純粋に嬉しかった。
「言われなくとも、ご希望には答えるぜ、princess. ――Ha! しっかり捕まってろよ!」
「はい!」
満点の星の下を、政宗と共に疾駆する。
天上の恋人達のように大人しい逢瀬は自分たちには似合わないと思いながら、は笑った。
「……いつまでも、この竜と一緒に走っていけますように」
「Ah-nn? 何か言ったか?」
「何でもありません!」
風圧で聞こえなかっただろう政宗にはそう返して、はつい先ほどまで一人で焦がれていた天の川をそっと背中の温もりと共に心に刻んだのだった。
080709
連載本編がアレなので、ゲロ甘(当社比)なのを書こうと思ったが為に、途中で何度も砂吐いて二日も遅れました。(つくづく甘いのが書けない夢書きで……)
障害の無いこの二人っていうのは、書いてる私にとってもすごく新鮮でした(笑)
CLAP