このお話は、「狐花」のヒロインが、
・トリップする事無く順調に武田の姫武将として成長
・同盟関係にある伊達家当主とは恋仲
・しかし、武将としての戦力を手放す訳にはいかないという信玄の妨害工作により、輿入れの目処は立たず
――という、もしも二人が恋人だったら? な設定でお送りします。

武田道場~末姫の挑戦~

「断じてならぬ!!!!」
「いくら父上でも横暴です!」

 正月五日……重要な正月行事も終わり、徐々に日常に戻りつつある躑躅ヶ崎館。
 武田家の本拠であるこの館が賑やかなのは常であったが、今日ばかりはその様子が違っていた。
 当主である武田信玄と、その愛娘である末姫――が真正面から言い争っていたのである。
 日頃から仲の良い親子であるこの二人が諍いをすることは異常であるが、その原因と言えば、一つしかなかった。

「なぜ駄目なんですか!?」
「七福巡りも七草も終わっておらぬと言うに、若い女子がふらふらと他家に出かけるなど言語道断じゃ!」
「七福巡りや七草が終わっても、次は節分だ、彼岸会だとおっしゃるのは目に見えています! もうこれ以上は待てません! 兄上・姉上たちも好きにせよとおっしゃいました!」
「ぬ……あやつら…!!」

 ちなみに、の兄たちも既に嫁いでいる姉たちも、皆父を尊敬しているし、滅多なことで異を唱えることは無い。
 だが、姉たちはとにかく同性であるの味方だし、兄たちも末の妹を溺愛している。
 それでも兄たちは父とは親子以前に主従関係のようなものがあるので、普段に味方することは無いのだが……

「今回ばかりは絶対に譲れません!! ね、兄上も私の方が正論だと思いますよね!?」
「え!? あ…ああ、そうだな」

 運悪く通りかかった嫡男の勝頼は、父の恐ろしい視線から目を背けながらもに同意した。
 所詮、本気になったを相手に、弱味を握られている人間が抗える筈が無いのだ。

 それを知らない信玄は、思わぬ新手の敵にうぐ、と口籠り、はここぞとばかりに言葉を重ねた。

「たかが年始の挨拶に行くだけじゃありませんか! 伊達とは同盟国だし、そんなにおかしなことですか!?」
「おぬしが行かずとも、使者はぬかり無く手配しておる!」
「私が行かなきゃならないんですよ! 大体、い…許婚の所に行くのに止められる理由が分かりません!」

 照れながらも言いきったに、信玄は心底嫌そうに顔を顰めて、あの小僧めが…!と吐き捨てた。
 そして徐に、自らの得物である軍配斧を取り出す。

「ならば! どうしても行くと言うなら、この父の屍を越えて行けいっ!」
「望むところです!!」

 売り言葉に買い言葉――「屍って…」と呆れて呟いた迷彩柄の忍をも巻き込んだ、父と娘の真剣勝負がここに幕を開けた。





「フフフフフ……準備は良いな、!」
「いつでもどうぞ! 必ず突破してみせますから!!」
「よう、言うた! それでは開始じゃ!!」

 ドォンと言う轟音を立てて開いた扉を、は潜った。
 門前には、『武田道場』という文字がデカデカと掲げられていた。
 何でも、以前に幸村の修行の為に作られた道場らしいのだが、今では武田兵の憩い=修行の場になっているという。
 信玄が斧の一振りで裏の林の木から一瞬にして作り上げたなどという都市伝説じみたものも存在するけれど、内部の装飾や堅固な造りから、そんなバカなと思わざるを得なかった。
 尤も、は初めて足を踏み入れたので、右も左も分からないのだが。

 勢い良く駆け込んですぐ、大きなリングのような場所に出た。
 その中央に進むとどこからとも無く信玄の声を降ってくる。

「百人組み手、開始じゃ!! まずは、百の漢の荒波に揉まれよ!」
「漢の荒波って……」

 女の自分に対して何か間違ってはいないかと思うものの、どんな強い人間が来ても、絶対に突破しなければならない。
 そもそも、世間で言う所の許婚に当たる恋人――政宗と最後に会ったのは、もう一ヶ月も前である。
 加えて、新年に一緒に神社に詣でる約束をしているので、これ以上遅くなれば何を言われるか分かったものではなかった。
 何より、自身が切実に会いたい衝動を持て余している。

「手加減はしませんよ?」

 掛かってきた兵たちに釘を刺して、弓を近距離用の薙刀に替えた。
 百人組み手ならも日頃からやっている。
 しかし、随分な好タイムで全員伸したというのに、流石にいつもとは違っていた。

「中々やるのぅ。だが、武田の真髄はここからよ。――皆の者! 気合! 気合じゃ!!」

 ゲ、と思って振り向いた時には、既にむくむくと先程倒した兵が起き上がっていた。

「お館様が呼んでいる……!」
「お館様!」
「気合だっ!!」

 武田名物の気合注入……いつもは微笑ましく見るこの光景も、自分が相手をするとなるとゲンナリする。
 それでも、刀わ振り回して闘魂を燃やす面々を何とか全員沈めて進んだ次の間――そこには、一人の男が待ち構えていた。

「見事じゃ、。ならば、この男をどう捌く?」
「――ようこそ我が道場へ」

 キザたらしく一礼した見慣れた迷彩柄――しかしその顔には……狐のお面。

「てなぁ、いくら何でも恥ずかしすぎるだろ、これは」
「………………何してんの、佐助」
「ど…どーもぉ。……て、やっぱり俺様だってすぐ分かっちゃった?」

 本気で恥ずかしそうに両手を広げた佐助――いや、天狐仮面?は、その手に大きな手裏剣を取り出した。
 どうやら佐助を倒せということらしいが、お面の意味が分からない。

「バレバレじゃない。分からない人間なんて、相当の馬鹿だと思うけど」
「……………それがさ、一人居る訳よ、ものすごーく身近に」
「まさか……」

 時間も無いので、手合わせしながらの会話。
 佐助は深々と溜息をついた。

「そう、そのまさか。未だに同一人物だって気付いてないし。それを利用して、『佐助の給料上げてやれ』って助言したんだけど、キレイにスルーしてくれちゃってさ」
「……………へぇ?」
「うっ、何かヤな予感…!」

 声のトーンで分かるようになってきたとは、流石、観察眼に優れた一流の忍である。
 はにっこりと笑い、持ち替えた弓を引き絞った。

「幸村に他人装ってそんなこと言ったって……本人に知られちゃあ困るわよねぇ、天狐仮面さん?」
「……あ…あはは……やっぱそう来んのね……」

 言い終わる前に解き放った矢は一直線に飛んで、回避しなかった懸命な忍に命中した。
 刃を潰して属性の力を乗せた矢は、半端無い突進力だけ伴って大きく佐助を吹っ飛ばし、扉ごとぶち破る。

「うあっ! うおっ、いってぇ…」

 武田式開門――とどこかで興奮した雑兵の声が聞こえたのを無視して進めば、次の間にも佐助が顎を擦りながら立っていた。

「おー、痛ってー! さっき本気で撃っただろ!?」
「うん」
「うんって……。まぁもうどうでもいいや。んじゃ、次はこれでどうだい?」

 どんどん捨て鉢になってきた佐助は、軽く印を組んでくるりと回転した。
 一回転した時には、既にその姿は見慣れた赤い青年のもの。

「我こそは、真田源次郎幸村! ――どう、似てる?」

 似てると言うか、見掛けはそっくりだ。
 しかも、佐助も妙にノリノリである。

「我が心、熱く燃ゆる! ……こんな感じか?」
「この幸村、全力でお相手いたすっ!」
「えーと、見ていてくだされ、お館さまぁぁぁ!! いやぁ、熱いねー」
「我こそは、日本一のツワモノなり! いや、ホント」
「これ慣れると結構楽しいんだよね」

 一人でノリにノッた佐助が一通りのポーズを決め終わった頃、既には大技発動の為の準備を終えていた。

「政宗さん的に言うと――お祈りは済ませた?」
「ゲッ……ヤバっ……!!」

 このまま直撃すれば流石の佐助でもしばらくは起き上がれまい……そのタイミングでが気合を溜めた矢を放とうとした刹那。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!! この幸村を騙るとは言語道断!! しかし今は、お館様の命によりの相手を致すっ!」
「だっ…旦那ぁ?」
「闘魂絶唱!!」

 熱く…どこまでも熱く燃え滾った本物の幸村の登場に、佐助は呆気に取られ、は……冷やかに微笑んだ。

「このタイミングで邪魔するとは良い度胸ね……」

 絶対零度に冷え切って冴え渡った気迫が、冷たい炎の闘気となって幸村に吹き付ける。
 カキン…と身も心も固まった幸村に、はキレた状態のまま冷たく告げた。

「幸村、お座り」

 真っ青になってその場に正座した幸村を見届けるまでも無く、は発動を遮られていた技を解き放った。
 幾分威力は落ちたものの、隙を突かれてまともに食らった佐助は、ふらふらと起き上がって自棄気味に叫んだ。

「いったたたた……やめたやめた! 割りに合わないって、コレ。俺様抜けさせて貰うわ」
「……はいそうですかって行かせる訳には行かないって、分かってるでしょ?」
「そんじゃ、これで……」

 くるりと再び回転した姿は、足軽兵と同じものになる。
 それと同時に雪崩れ込んでくる新たな兵たち。

「……どうだい? 探せるもんなら、探してみなよ! に逃げる兵士が殴れるかな?」

 メラメラでは無く、カキンカキンと自分のまわりの炎が凍っていくのを、は他人事のように感じていた。

「皆、死にたくなかったらさっさと佐助を差し出してください。ねぇ、幸村?」
「うっ…も…勿論でござる…!」

 笑顔で言い、最早何に頷いているかも分かっていないであろう幸村に同意を得て、顔色を失くして逃げ惑う兵たちを伸していく。

「そんなこと言っても、姫様…!」
「うわっ…偽者はあっちです!」

 その内に、薙ぎ払った兵の内の一人が煙を立てて佐助にもどった。

「本当に殴るとは思わなかった…ぜ…」
「何をしておる! 気合! 気合じゃ!!」

 へちゃりと力無く倒れた佐助に再び信玄の声が降ってくるが、佐助は「あー、ムリムリ」とばかりにひらひらと手を振った。

「……ようやった! これで第一試合は終わりとす」

 やる気の無い第一の刺客を倒した直後、息つく暇もなく、次の間への扉が開いた。
 進んだその奥の床からごごごという音と共に大仏が迫り出してくる。
 その頭の上には父信玄の姿が――……

「よくぞ参った。わしこそが、この道場の主よ」

 その顔には、なぜかまた仮面――火男の仮面が付けられていた。
 もしかしてこれでも正体を隠しているつもりなのだろうか?

「それにしても罰当たりなんじゃ…?」

 小さな呟きは幸い信玄には届いていない。
 信心深い父だが、仏さまの頭の上に乗るなんて……どうにも分からない人だと娘ながらに思った。

「数多の試練を越えてみせぃ!」

 導かれた先は、下が奈落になったステージ……その下から規則的に針山が突き出していた。

「いつの間にこんなものを…」
「休日は針山修行に限りますなぁ」

 悪趣味な『試練』とやらに顔を顰めるとは対照的に、ぶすぶすと刺されている兵たちは生き生きとしている。
 ため息をつきながらも、一足飛びに跳んで奥にあるカラクリを壊してクリア! ――と思いきや。

「良し、では扉を開けてやろう。――フン!」

 ――ぶち。

 嫌な音が響き、はエ? と振り仰いだ。
 途中から切れた紐を掴み、あれ?と首を傾げている信玄が目に入る。

「ん? おかしい。開かぬわ」
「……………………」
「…………………………」

 剛腕で思い切り引っ張られて千切れた紐に罪は無い。
 力加減の出来ない父にも同じく罪は無いだろうと寛大な心で思っただったが、次の瞬間、紐が切れた影響か、下の入口が開き、わらわらと兵たちが押しせよてきた。

「慌てるでない。これも試練よ」

 顔を引き攣らせるの頭上に、その無情な言葉が降り注ぐ。
 そして、更に……

「扉を開けるのは、これじゃな」
「ちょっ、父う……」
「しまった」

 の静止も間に合わず、また懲りもせず間違った紐を引いた信玄に、はがくりと項垂れた。
 おじさんが機械操作に疎いのは、古今東西時代を選ばず同じだろうが、自分の父親もそうだと突き付けられると何となく物悲しい。

 多すぎる兵たちの襲撃と針山地獄までが並行して起動し、は涙を呑んでひたすら目の前の試練に勤しんだ。

「うわ……ひでぇ……」

 姿を隠した佐助の同情の声も、何の慰めにもならない。
 やがて、ようやく奥の扉が開いた。

「やっと開きよったわい。さあ、進めぃ!」
「……はい」

 もう抗議したりツッ込んだりする元気も無い。
 そうして次の試練・達磨叩きも難なくクリアした先―― 一番奥には二槍をクロスさせた幸村が佇んでいた。
 顔にはお約束のお面――かわいらしい子犬の。

「漢には、やらねばならぬ時があるぅ! 天・覇・絶・槍!! 真田幸村、見参!!」
「…………どきなさい、幸村」
「ぬぁっ!? そっ…某はこの道場の師範! そのような名ではっ……」
「さっき自分で名乗ったじゃない」
「しっ……しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! この幸村、一生の不覚!! 叱ってくだされ、おやくぁたさむぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「………………………幸村、お手」

 ぽん。
 無意識なのか本能なのか。
 素直に差し出された右手からは槍が離れており、はすかさず幸村の首に手刀を叩きこんだ。

 ――仮面無くても、まんま子犬なんですけど。

 そう苦笑しながら、呆気なく落ちた幸村を見やる。
 流石にこのままでは可哀想なので、佐助を呼んで回収して貰おうとしたその矢先、

「こんんんんんんんんの馬鹿者めがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 上から竜巻のように降ってきた信玄が、落下途中のすれ違いざま……ほんの一瞬間に、幸村を殴り飛ばした。
 壁を突き破って空の彼方にキラーンと飛んで行った幸村と、降って来た勢いのまま床を突き破って落ちて行った信玄。

 時間にすれば、ほんの瞬きの間の出来事。
 その場に残されたのは、呆気に取られたと、目の前に開いた大穴だけだった。

「ち…父上……?」

 恐る恐る呼びかけるが、どうやら下に降りられるらしいと分かり、注意深く降りていく。
 そして、計り知れない驚愕を味わった。

「マッッ…マグマ……!? …嘘…でしょ……!?」

 そこはかなり広い洞窟のようになっており、周りに溶岩がぐつぐつと燃えたぎっていた。
 そんなもの、勿論生まれてこの方見たことが無いし、見ようと思えば活火山の火口まで行かなければ拝めない代物だろう。
 ――想像してもらいたい。
 それが、自分の家の地下に広がっていたという信じられない事実。

「武田が熱き魂の源、ここにあり!」

 思わず、なるほどと頷きそうになる自分をは叱咤した。
 ――いやいや、常識的に考えておかしいから!

「熱い魂って言われてもねぇ…俺様苦手なんだよね…熱すぎるのって」
「何を言うておる、佐助、働けい!」

 あの父の言葉に水を差せる佐助はある意味ものすごく凄い。
 しょーがない。とばかりに向かって来た佐助や、ぞろぞろと現れた武将級の家臣たちを相手に多勢に無勢の『試練』が始まる。

 もここに来るまでにかなり体力を消耗していたが、かと言って諦める気は毛頭無かった。
 一日も想わぬ日は無い政宗の顔を思い浮かべ、ここを突破しなければ会えないのだと決死の覚悟で臨む。

 弓矢と薙刀を駆使し、少し遠慮しているらしい家臣たちを怒涛の如く殴り倒し――
 先ほどのダメージがかなり尾を引いているらしい佐助を問答無用でど突き飛ばした。
 アイテテ…と膝をついた佐助を最後に、周りはようやく静かになる。

「はぁ……こうなったら、溶岩よりも熱い方を呼びますか」

 これだけのダメージを受けていながら楽しそうな声と言葉に首を傾げたの目の前で、本日一番の『さぷらいず』が起こった。

「たぁぁぁ! はっ!」

 聞こえてきた掛け声は、聞きなれた父のもので。
 しかし、次の瞬間、それはの見開かれた網膜に焼きついた。

 触れたら確実に溶けてしまいそうにぐつぐつと煮立った溶岩の海――その中から、武田信玄その人が飛び出してきたのである。

「心頭滅却すれば火もまた涼し――これはわしよりいでし炎よ。武田信玄! われここにあり!」
 
 目を剥く――というのは、こういうのを言うのだろう。
 の目の前に降り立った信玄は、マグマの名残で赤くなって湯気を立ててはいるものの、どこにも怪我は見られなかった。

 逆にの方が、驚きやら衝撃やらいろいろなものを受け、強度のショック状態に陥る。

 ――父上がマグマの中から……!
   でもでも、マグマの中で人間が無傷でいられる訳無いって!
   あれ、じゃあ…父上は……
   ちっ……父上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??

「数をかぞえよ。準備は良いか! さぁこのわしを倒してみせ……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 まるで化け物でも見たかのような形相で、特大の悲鳴を上げて。
 父の言葉さえ遮って放たれたの攻撃はすさまじく、甲斐の虎と呼ばれる信玄ですら為す術も無く幸村と同じ空の彼方へ飛ばされていった。







「What's matter? 何かあったのか、honey?」

 果たして、見事に武田道場を制覇して、恋人の待つ伊達行きを許された
 その二日後には無事米沢城に入り、愛しい政宗と再会を遂げたのであるが……

「――聞かないでください! お願いですから!」

 いろいろなことがしばらくトラウマになりそうな、至って平和な年明けであった。







080112
正月らしく武田家で! 念願の武田道場ネタでございます!
幸村がひたすらアホの子ですみません…。個人的には、ブラック幸村とか、アホそうな子犬に見えて実はアホじゃない若虎とかが好きなんですが、連載の反動かひたすらお馬鹿なワンコになりました。
恋人設定ということで期待された方も居るかもしれませんが……政宗様ほとんどしゃべって無くてすみません。 私的には、狐花ヒロインが政宗のことを「許婚」と呼ぶだけで事件でした(笑)
CLAP