冬のある日。
は、武田の一軍を率いて越後へと来ていた。
とは言っても、上杉と戦を構えるのではなく、その逆だ。
越後を治めるのは、軍神として天下へ名高き上杉謙信。
謙信との父である武田信玄は長年覇を競ったライバルであると同時に、不思議な絆で結ばれた友でもある。
長年の川中島での戦に終止符を打ち、同盟を結んだのは近年のこと。
此度は越後の北方豪族が反乱を起こし、その鎮圧の為に上杉は軍を動かすことになった。
兵糧が不足しがちな真冬――同盟国の友軍として武田が動くことは至極当然の流れで。
その将として、が選ばれたのである。
任された仕事は、兵糧の補給ルートを確保し円滑にすることと、その傍ら、戦闘にも参加すること。
寒さには滅法弱いが、この大抜擢に張り切らない訳が無い。
「薪は十分あるから、火は絶やさないように! いざという時凍えて手足が動かせないなんてことが無いように、しっかり火に当たっておいて!」
が率いてきたのは、武田の精鋭衆である。
雪が降り続ける悪条件の滞陣でも、指示通りにテキパキ動き、その顔に疲労も不満も見えない。
「承知いたしました、姫様!」
「なーに、雪の中の戦闘は不慣れなれど、武田武士の強さを見せ付けてやりますぞ!」
「拙者等にお任せあれぇぇ!」
熱血は信玄や幸村だけに限らず、武田家のお家柄である。
武田の陣が張られた天幕から出て鼓舞して回るに、それぞれが得物を空に突き上げて呼応した。
それに一々苦笑混じりに頷いていた時だ。
「あーらら、こんなに寒いのに士気は上々だねー。相変わらず血気盛んなお人の多いこって」
「佐助! おかえりなさい」
偵察に出ていた佐助の帰還に、は駆け寄って用意しておいた手拭を渡した。
佐助は少し驚いて、「…どーも」と笑い、髪や服に降りかかった雪を拭う。
今回は、普段行動を共にすることが多い幸村は別方面の守りでここに居ないが、代わりに佐助が補佐についてくれていた。
佐助は上杉の忍・かすがとも親しいし、越後と長年敵対していただけあって地理にも明るい。
その上仕事も出来て腕も立ち、気心も知れているので、正直とても心強かった。
「様子はどう?」
手近の火を引き寄せて佐助が暖まる位置に置き、手早くかき混ぜた熱い甘酒を注ぎながら問えば、佐助は半分涙目になって「至れり尽くせりで俺様大感激」としみじみ言いながらも答えた。
「あっちもこの雪が堪えてるみたいだからね。多分もうすぐ動くよありゃ。今夜ってとこじゃない?」
「今夜……」
はぎゅっと自分の手を握り締めた。
武者震い……という訳では無いが、今夜戦いが始まれば、この手で見ず知らずの人たちの命を奪うことになる。
将として父に仕えると決めた時点で覚悟はしていたし、実際何度か戦にも出ているけれど、何度味わっても慣れない感覚だった。
むしろ、慣れてはいけないのだと思う。
「……まぁ、戦力差は明白だし、すぐに片も付くさ。それより、俺様上杉軍として参加すんのは初めてだからさぁー、これで上杉の謎を知ることが出来るかって、ちょっと期待してるんだよね」
「上杉の謎……?」
無言になったを気遣ってくれたのだろうか、佐助は唐突に明るい調子でそう言った。
上杉軍と敵としてすら接したことの無いは、首を傾げる。
「そ、今まで武田は何回も上杉と戦ってきたんだけどさ。その度に、上杉が動き出すのの遅いことったら。流石にこっちが夜討ちを仕掛けた時なんかは向こうも素早く応戦すんだけど、川中島なんて、毎回陣を敷いて睨み合って、こっちが動き出しても、上杉が動くのは必ず一晩明けた朝なんだよね。俺様は旦那の傍を離れられなかったから配下を偵察にやってたんだけど、なぜか皆特に何も無いって言葉を濁すしさぁー。その癖、そういう時の上杉は士気が尋常じゃ無いくらい高くて、ものすごい勢いなんだよねぇ」
かすがに聞いても教えてくんないしさぁー。そう言って拗ねたように言う佐助に、もはてと頭を捻った。
上杉の忍頭であるかすがが敵であった佐助に教えないということは、何か士気を高める秘密でもあるのだろうか?
「――どちらにせよ、夜を待つしか無いわね」
分からないことを延々考えるほど無駄なことは無い。
はそう一人ごちて、甘酒片手にすっかり寛いでいる佐助に向き直った。
「ところで佐助、少しは温まった?」
「そりゃぁもう! 体の外も中もぬくぬくだし、何より心って言うの? 姫様の真心が染み渡ったよ」
あながち芝居でもない涙を浮かべる佐助に、もそれはそうだろうなと苦笑した。
としては特別なことをした訳では無いが、普段の佐助と幸村を見ていれば、天国と地獄ほどに違う。
「そう、それは良かった。じゃあ、はい、コレ」
「え?」
餌は十分のようなので、はにっこりと笑って懐にしまっていた文を手渡した。
怪訝そうにそれを広げた佐助の顔が見る見る内に強張り、引き攣っていく。
「……まさかとは思うけど、コレって……」
「夜までには戻ってきてね」
それには、甲斐に残った他の忍が届けてくれた情報が記されていた。
現在上杉と敵対している勢力の他にもそちらと内応して寝返ろうと画策している者がいる――と。
場所は、今まで佐助が偵察に行っていた郷の更に北側、積雪の激しい地域である。
「…ちょーっと、待ってよ。こんなのかすが達に任せときゃ……」
「それが、軒猿は皆出払ってるらしくて。それに、確実な情報を掴んで渡したほうが謙信公も喜ばれるでしょう?」
それはつまり、の手柄に……武田勢の手柄になるということだ。
「旦那や大将でもこんな無茶は……」
「ごめんね……でも、今ここで私が頼れる人は、佐助しか居ないんだもの……お願い出来ない?」
目の前で両手を合わせて上目遣いで懇願すれば、佐助はうっと言ってたじろいだ。
落ちた――と思った瞬間に、佐助は盛大に溜息をついた。
「分かった! 分かりました! お願いされますよ! ったく、本当に忍び使いの荒い親子なんだから! ――行ってきます!!」
「行ってらっしゃい」
の満面の笑みで送り出された佐助は、自棄のように言い捨ててまたまた涙を流しながら旋風と共に掻き消えた。
「……ちょろいわね」
直後、もう限界とばかりに天幕の中に駆け込み、寒さ避けの布を何枚も重ねて甘酒を啜るの耳に、近くに居た兵の呟きが聞こえた。
「幸村様を子ども扱いするあの忍を、ああも簡単に……」
「姫様には絶対に逆らうなよ!」
「当たり前だ! 俺だって命は惜しい!」
何やらまたとんでもない認識をされているらしいのは不満だったが、寒さの前に些事は須らく吹っ飛び、はただ夜までに暖を取っておくことに専念したのだった。
「虎の姫よ、おかげできょうげきされるしんぱいはなくなりました。礼をいいます」
「いえ、お役に立てたのなら何よりです」
その夜、上杉本陣――
佐助が戻って確かな情報を掴んだは、武装を整えて総大将・謙信の元に来ていた。
丁度、上杉側でも不確定情報を手に入れたばかりだったらしく、の持ってきた情報を元に、そのまま諸将を集めての軍議が開かれた。
その結果、ほぼ全員一致で策が決められ、後は相手の出方を待つばかりとなったその時――
「――申し上げます!」
一人の伝令が、陣に飛び込んできた。
一同に緊張が走る。
「敵に不穏な動きが見受けられます!」
「何と! 思ったより早いでは無いか!」
「お館様!」
「お館様ぁ!」
「いざ、ご決断を…!」
集まった諸将の視線を集めて、謙信はすいと一歩前に出ると優美な動きで刀を持ち上げた。
「 運は天にあり
鎧は胸にあり
手柄は足にあり
なんどきも敵をわが掌中にいれて合戦すべし
死なんと戦えば生き
生きんと戦えばかならず死するものなり
われにはむかうは、神にそむくものとしれ! 」
朗々とした声が陣内に響く。
それは、謙信が戦いに臨むに当たっての訓戒……そして皆を鼓舞する檄――
は、ごくりと息を呑んだ。
立てられた篝火がぱちぱちと爆ぜ、それに合わせる様に場の闘気が膨らんでいくのを感じる。
これが、佐助が言っていた『秘密』なのだろうか……
確かにその美貌と美声のカリスマから発せられる檄は神懸かってはいるが――
そして、すいと音も無く抜刀した謙信が、その刀身を高々と天に掲げた。
「みなのもの、いざ、出陣です!!」
うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!
謙信の言葉に合わせて津波のような鬨の声が響き渡ったその時、本陣の『毘』が染め抜かれた陣幕がぱらりと落ち、現れた光景には絶句した。
「お館さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「謙信さまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
陣の前に大勢の兵が待機しているのは知っていたが、これは規模が違う……もしかして全軍が集まっているのだろうかと思わせる人数がひしめき合っていた。
それに、明らかに様子が異常だった。
言うなれば、アイドルが登場したライブ会場のような……異様な熱気。
「……あれって、まさかステージ…!?」
驚愕するの前で、謙信は背後の兵たちに手を上げて応え、颯爽とその人だかりの中へ歩き出した。
足軽たちが一歩引いて出来た花道を、どこまでも優美に歩いていく謙信――その行く先は、やはりどう見てもステージにしか見えない壇上と……ギター…いや、琵琶?と笙?と琴…?
そしてどうしても見間違いとは思えない……スタンドマイク。
「なっ…何なの一体……!?」
呆気に取られるしかないの背後から突然、今まで黙って座していた武将たちが駆け出した。
集まった兵達の裏を回って、素早く壇上に上がり、徐に用意された楽器を弾き始める。
……それはまるで、前奏のように。
その間にも悠々と花道を歩ききった謙信は、満を持してステージに上った。
すらりとした立ち姿で、マイクの前に立つ。
――えっ…ちょっ…待っ……まさか…まさかよね……!?
の心の叫びも空しく、謙信の口から美声が零れ出た。
「うっ…歌った……!!」
高々と紡がれた旋律は演奏に合っていて、まさに歌だった。
最早、何が何だか分からない。
けれど、何やら凄いショックだった。
ライブで歌う戦国武将……
頭痛のする頭を押さえ、夢かもしれないと閉ざした視界は、再び開けた時にも何も変わっていなかった。
それどころか曲が盛り上がりを見せ、会場はますますヒートアップしている。
拳を握り締め、リズムに合わせて高々と突き上げる足軽たち。
楽器を掻き鳴らす武将たちは、ロックミュージシャンのように全身でリズムを刻んで兜頭を振り回す。
そして、夢のように舞い散る紙吹雪……
がひくりと顔を引き攣らせた所に、背後に佐助が姿を現した。
「これだったのね……上杉の秘密って」
呟くに、佐助もはははと乾いた笑いを漏らし、妙に疲れた様子で言葉を発した。
「俺様は、忍の存在意義を問いたくなったよ……」
佐助の話によれば、今日の昼間、上杉の忍隊――軒猿たちは、確かに忙しかった。
偵察にも行かず、かすがを筆頭にした全員が何やら砦に篭って作業に没頭していたと言う。
戦を直前に控えて、武器・弾薬の準備や手の込んだ罠や伏兵でも仕掛けているのだと、佐助は思っていたようなのだが……
「は…ははは………」
ある程度の力のある者たちには見える――
謙信のライブと化したその会場では、宙を忍が飛び交い、紙吹雪を散らしていた。
影になって見えない場所では、提灯を加工したものがスポットライトのように未来顔負けの証明効果を発揮し、張り巡らされた布が音響効果まで生む。
そして、曲の盛り上がりに合わせて派手に爆発する火花――
「さぁ、おいでなさい――雪組!」
高らかに叫ばれた謙信の言葉に、上杉軍の精鋭忍隊――雪組が現れてステージでラインダンスを踊り始める。
熱気は最高潮に達し、毘沙門天の旗が振られ、観客席の足軽たちは全員が抜刀して抜き身の刀を高々と突き上げて絶叫している。
「みなのもの! 今宵はぞんぶんにたのしんで、あすに英気をたくわえるのです!」
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「明日って……もしかして、夜通し……ライブ……?」
そりゃこのテンションで一晩中騒げば、翌朝の士気は鰻上りだろう。
寝不足と興奮で、最初から異様な精神状態に違いない。
「有り得ない……」
もう何の感慨も浮かばず、ただただ会場の片隅で固まっているに、不意に謙信の視線が向けられた。
「虎の姫、ほんじつのあなたの功にむくいて、とくべつにここにおまねきしましょう!」
「――――――え…っ!!??」
余りにも予想外のことに、は反応が遅れた。
丁重にお断りしようとした矢先、返事の遅れたのが災いして、背後から白い鳥――を駆使したかすがに体ごと攫われる。
「謙信様と同じ舞台に立てるなど……光栄に思え!」
嫉妬がありありと見える苦しげな言葉に、は目を見開いた。
出切る事なら変わってあげたい。
「いや、私はちっともそんな……あの、ちょっ……佐助、助け……っ!!」
Help me! と叫ぶ暇もあらばこそ、あっという間にはステージに上げられていた。
「さぁ、虎の姫。そなたも一曲」
どこまでも……どこまでも美しく優雅に。
差し出された手は、地獄への招待状のようだった。
会場にひしめいた上杉軍全軍の視線が一身に集まっている。
「嘘でしょ……どうしよう……」
蒼白になったの脳裏に、未来の異世界で見たCMが甦る。
・歌う(士気上昇)
・逃げる(士気低下)
・誰か助けて!(現実逃避)
――どうする!? どうすんの、私!!??
自業自得……そんな言葉が脳裏を掠めながらも、は絶体絶命のピンチの前で固まっていた。
出陣は翌朝……上杉軍出陣前夜祭は、まだまだ終わりを見せない。
080104
やっちゃいました、紅白夢!(笑)
元ネタは、07年紅白の某上杉謙信様のステージと、無印BASARAの謙信様です。
大晦日に爆笑――いや、ある意味鮮烈な衝撃を与えてくださった某様に敬意を表して、BASARAファンなら絶対思ったであろうネタ――in狐花でした。
ヒロインがどのライ○カードを選んだのかは、皆さんの想像にお任せします。
新年早々、ドリでも何でもないものでお目汚し失礼しました。
書いてる人間は、頗る楽しかったですvv(笑)