奥州視察白書

 「視察だ、視察!」――その言葉を印籠に、奥州筆頭にして伊達家当主が城を抜け出すのは日常茶飯事だった。
 供も付けず一人でふらりと飛び出して行ってしまう主君に、彼の随従や政務に関係する家臣たちは毎度悩まされていた。
 その度に余分な仕事を押し付けられ、身を案じなければならない臣たちにしてみれば堪ったものでは無い。

 堪りかねた彼ら臣下一同を代表して、主君の右手――人呼んで『竜の右目』たる男は言った。

「そんなに視察に行きたければ、向こう一年分、まとめて行って来ていただきましょう」

 こうしてトントン拍子に準備は進められ、奥州筆頭――独眼竜伊達政宗は、約半月もの日程の視察旅行へと放り出されたのだった。





「shit! 小十郎の奴……向こう一年分なんて冗談じゃねぇ……覚えてろよ」
「shitはこっちのセリフですよ……」

 馬を進める政宗の隣で同じく自身の馬を操りながら、は深くため息をついた。
 なぜかこの視察旅行に唯一の護衛として同行することは既に決定事項で、は訳が分からないままあれよあれよという間に旅支度を整えて送り出された。

「チッ……餌につられた俺が馬鹿だったぜ」
「餌……?」
「何でも無ぇよ」

 ――餌って……もしかして……私?

 いやいや、そんなバカな。
 そんなことを考えた自分を笑って、は速度を上げた政宗を追った。


  
 旅の序盤は頗る順調だった。
 政宗は流石に常日頃からフラフラしているだけあって、あちこちを知っており、美しい景色、美味しい茶屋、質の良い馬市――の興味を引くものをたくさん見せてくれた。
 途中で泊まる宿も趣味の良い所ばかりで、勿論部屋は別だったし、特に危険な目に遭うことも無く……

 何だかんだと、好きな人との二人旅を思う存分満喫していた――のだが。

 旅も半分を過ぎた頃になると、はすっかり辟易していた。
 政宗や旅に対してでは無い。

 小十郎が用意した『視察』は全て公のもので、行く先々でその土地を任せている領主の館で接待を受けた。
 それ自体は、奥州筆頭としての政宗の務めであるし、護衛として同行しているも否やは無いのだが、問題は……

「おぉ、貴女が甲斐の虎姫であらせられましたか!」

 名乗ると必ずと言っていいほど正体がバレてしまった。
 かと言って偽名を使うのもいつか米沢城で会うかもしれないことを考えると憚られる。
 更に、通り名で呼ばれるだけでは無く、皆が皆、口を揃えてこう言うのだ。

「健やかなお世継ぎをお産みくだされ!!」

 あまりに突拍子も無いことに最初の内は目が点になるほど訳が分からなかったのだが、視線で政宗と交互に見られその意味を悟ってからは、真っ赤になって否定した。
 世継ぎも何も、そもそも嫁いだ覚えもなければ、情けないことに恋仲ですら無い。
 いきなり政宗の子供を産めと言われても無茶である。

 こうして、は虎姫として伊達の世継ぎを――と言われる度に戸惑いと辟易を募らせて行き、なぜか政宗の機嫌までもが悪くなっていった。



「暑ぃ……」

 お世辞にも良好とは言えない雰囲気の中、政宗は本日何度目になるか分からない台詞をぼやいた。
 酷暑の夏が過ぎ去っても残暑は厳しく、確かに今日は異常というくらいの真夏日ではあったが、そう何度も言われてはますます暑くなってくる。

 足場の悪い山道なので馬をゆっくり歩かせなければならないことも、二人の不快度を高める要因になっていた。
 多少暑かろうが、猛スピードで馬を走らせたらまだ爽快なのに……

「そんなに暑い暑い言わないでくださいよ。聞いてるこっちが暑苦しいです」

 苛立ちのあまりそう刺々しく返してしまっただったが、後悔しても遅い。
 基本的に負けず嫌いの二人は、売り言葉に買い言葉の応酬を始めてしまう。

「Ah-nn? 何だと? この日の本一のcool-guy捕まえて暑苦しいだ?」
「本当にクールな男だったら、女々しく暑いなんて弱音吐きませんよ!」
「テメェこそ、もっと女らしく弱音吐いてみたらどうだ? 可愛げのねぇ!」
「別に政宗さんに可愛いと思われなくても結構です!」
「Ha! そりゃぁこっちのセリフだ。お前にクールだと思われなくても一向にno problemだぜ」
「お互い意見が合って良かったですね!」
「全くだ! ――もうこっからは俺一人で行く。お前は帰れ」
「! ああ、そうですか。それじゃあ、遠慮無く帰ります。このまま甲斐まで一気駆けです」
「!? ………勝手にしろ!」

 引っ込みが付かなくなった二人が、勢いのまま逆方向に馬首を巡らせ……ようとした時だった。
 突然、政宗の乗った白馬――白斗が高い嘶きを上げて棹立ちになる。

「what!? どうした、白斗! 落ち着けっ!」
「政宗さん!? 白斗!? っ…きゃっ…、ちょっ……どうしたの、お前まで…っ!!」

 白斗は脚力だけでは無く、とても頭の良い馬である。
 その白斗の突然の暴走に驚くは、しかし自分の馬まで暴れだして慌てて手綱を引き絞った。

「っ、白斗、stop!!」
「いい子だから落ち着いてっ!」

 しばらく曲芸のようにしてその場で踏みとどまらせようとした二人の奮闘虚しく、二頭はすぐに同じ方向に向かって勢い良く走りだした――足場の悪い山道を。
 当然、少しでも気を抜けば振り落とされそうな震動が乗り手を襲う。

「shit! 、何が何でも手離すなよ!」
「ッ~~頼まれたって離しません……っ!!」

 何がどうしてこうなったのか、二人は命令無視でひた走る自分の馬にしがみ付いて山を越えた。
 何度か政宗がの馬に飛び移ろうと手を伸ばしたが、その度に足場の悪さが邪魔をして上手く行かない。

 一体どこに行くのか……聞いても答えてくれない馬たちは、きらりと光る川原で急停止した。

 突然のことに前に放り出されたの手から手綱がすり抜ける。
 そのまま体が大きな孤を描いて宙を舞った。

っ!!」

 直後、ド派手な水しぶきと共に、とそれを庇った政宗は真っ逆さまに川に落ちる。

「ごほっ…げほげほっ……!」
「だ…大丈夫ですか、政宗さん…!?」
「お…前こそ……怪我は無ぇか?」
「私は大丈夫です。それよりも政宗さんが……」
「これぐらいどうってことねぇよ。けど……ごほっ。チッ、水飲んじまった。――テメェ、コラ、白斗! どういうつもりだ、Ahh!?」

 水深のある緩やかな川だったので体を打つことも溺れることも無かったのは幸いだったが、頭から爪先……刀や弓の装備までびしょぬれだ。
 政宗の険しい叱責の前でも、白斗との馬は、知らん顔で呑気に水を飲んでいる。

「………でも、白斗が政宗さんの言うこと聞かないなんて……」
「あぁ、俺もアイツが仔馬の頃から知ってるが、こんなのは初めてだ」
「本当にどうしたんですかね……うう、びしょ濡れ……」
「はぁ……I'm terrible. さっさと次の町で宿取ろうぜ」
「そうですね」

 毒づきながらも政宗の手を借りて川から上がろうとしたは、はたと気づいた。
 政宗もその動作に一瞬首を傾げかけ、すぐにはっと固まる。

 ――確か自分たちは、喧嘩別れするところではなかったか…?

 余りにとんでもない事件の前に、喧嘩どころか険悪な空気さえ無くなってしまっている。
 そして、もしや――と二人同時に白斗を見た。

 我関せずといった体で、今度は近くの草を食んでいる。
 ぶるると嘶いたそれが深いため息のように聞こえて、は苦笑を漏らした。

「やっぱり白斗、凄すぎですよ」
「段々お前に似てきたんじゃねーか?」
「大変な主を持って、苦労性な所が?」
「人を騙くらかす性悪なとこが」

 にやりと笑った政宗に、は川の水を掬ってかけた。

「ぅわっ、テメェ、! お前を庇って水飲んだっつってる人間にやることかよ!」
「庇ってくれてありがとうございました。……そういうとこ好きですよ」
「!」
「――――あらら? 顔が赤いですよ、政宗さん~?」
「Fall silent!」

 照れ隠しのように眦を釣り上げた政宗が今度は両手を使って水を掬い上げる。

「っや! ちょっと、こんなに本気でやることないでしょう!?」

 お返しとばかりにが。

「五月蠅ぇ。会う奴ごとに全力で俺との仲を否定するようなhoneyにはイイ仕置きだ!」

 更に政宗が。

「え……もしかして、それで機嫌悪かったんですか? それならそうと言ってくださいよ!」
「アァ!?」
「私は皆が皆いきなり子供云々とか言うから鬱陶しかっただけで……」
「………別に俺の奥に見られることには不満は無いってことか…?」
「!!……………………………」

 言葉と水の掛け合いも微笑ましく収束したかに見えた時、真っ赤になったが恥ずかしさの余り固有技を発動した。
 発動の爆風で水を飛ばそうとしたのだが、如何せんの属性は炎――鳥型の炎が水に接触した途端、じゅっ…と音を立てて忽ちかき消えてしまう。

「HAHAHA! 場所が悪かったな。可愛い反抗は利かないみたいだぜ、my dear? 観念して降参しな」
「……言っておきますけど、政宗さんだってこの状態で雷は使えませんからね?」

 水に火は相性最悪。
 だが、政宗の属性である雷も、水は雷を通すので、この状態で使えば自分たちまで感電してしまう。

「Oh……evenか」

 屈託無く笑った政宗に鼓動が跳ねるのを感じながらも、は動揺したのを隠すように目を逸らした。

 ――そもそも、この気候が悪い。

 暑い日差しに参っていたので、未だ川に浸かっているのだが全然苦では無い……どころか、冷たくて気持ち良い。
 しかし、ずぶ濡れである為、どこかの誰かさんはまさに水も滴る何とやら……妙に色っぽくて目のやり場に困るのだ。
 こんなことを思うのは惚れた贔屓目かもしれないが、それにしても――

「……very sexy」

 独白のようなつぶやきにはっと顔を上げると、ニヤニヤと笑った政宗と目が合った。

「色っぽいって言ったんだよ。そんな恰好のまんま川から上がらないのは、俺を誘ってんのか、honey?」
「!!!!」

 悲鳴も声にならず、は懲りずに固有技を発動した。
 それを笑って軽くかわしながら政宗も反撃する。



 ――川原で賑やかに戯れているバカップルが独眼竜と虎姫だとは思うまい……

 そう言いたげな顔で二人を見つめた白斗は、呆れたように馬首を返し、涼しい木陰に移動した。


 結局この日一日は川原でほのぼの過ごした二人は、遅れた旅程を取り戻そうとすることも無く、この調子でどんどんと遅れて行き……五日も延びて米沢城に帰還した後は、仁吼義侠モードの竜の右目に制裁を受けることとなる。







070923
「7周年企画・リクエスト闇鍋夢」第四弾。
企画フィナーレを飾るのは、moon様リク「政宗/ほのぼの」+Lynn様リク「政宗/水遊び」の合体夢です。
鴨とネギくらい相性の良い正統派具材でした……が、この二人の『ほのぼの』を書こうとしたらなぜかハードに……(笑)
ウチの政宗様とヒロインの場合、『ほのぼの』に『意地っ張り同士の口喧嘩』はデフォ装備らしいです(汗)

何はともあれ、これにて闇鍋企画無事終了! 参加くださった方々、見守ってくださった皆様、ありがとうございました!
CLAP