「目が覚めると体が縮んでた――っていう夢を見たんですよ!」
少し変わったメンバーが揃ったお茶の席でのの発言に、同時に茶を吹く音がいくつか響いた。
どうしたの?と首を傾げるに、隣に居たいつきが興味をそそられたように身を乗り出す。
「体が? の体が縮んでただか?」
「ううん。私じゃなくって、政宗さんがね」
しかも、縮んだと言っても子どもに若返ったという意味ではなく、文字通り『縮んだ』のである。
身の丈……約20cm程だっただろうか。子どもの頃未来の異世界で持っていた着せ替え人形のようなサイズだった。
「それは……なんと言うか……小さい政宗殿でござるか」
ジェスチャーで大きさを示すと、逆隣に座っていた幸村が何とも言えぬ言葉を漏らした。
ライバルである政宗が小さくなったのでは、さぞかし幸村は困るだろう。
は笑って「夢の話だよ」と言った。
「ねぇ、政宗さん」
「おっ…おう……!」
少し様子がおかしい政宗を変に思いながらも、はいつきと幸村にせがまれるまま夢の話を始めた。
それは、とある朝――小十郎に頼まれて政宗を起こしに行ったは、彼が寝ていた筈の布団の上で、変わり果てた姿になった政宗と対面した。
「まっ……政宗さ…ん……?」
「……?」
後に聞いたことだが、この時政宗は、自分が小さくなったのでは無く、が大きくなったのだと思ったらしい。
とにかく、まるで未来で見たドラマのようだなどとパニックに陥ったは、早速伊達の頼れるお母……もとい参謀である小十郎に泣きつこうとしたが、当の政宗本人に止められた。
曰く、政宗の身に起こったことが知れ渡れば、大変な騒ぎになってしまうというのである。
それも尤もだとようやく冷静になってきた頭で納得したは、そのまま政宗の命令に従って彼と共に、元に戻る方法を探すべく動き出した。
「でも、政宗はちっちゃくなってただろ? 歩くのも時間がかかるんでねーだか?」
「それは……その……私が運ぶことになったんだけど、肩とかに乗ると目立っちゃうから……懐に…ね」
「なっ…! 破廉恥でござるぞ、政宗殿!!」
とて恥ずかしくはあったが、別に直接胸に触れられる訳でもないし、そんなことを言ってもいられないので何とか我慢した。
早く元に戻る方法を見つけなければ、本当に洒落にならないと思ったのである。
だが、政宗に聞いても体が縮んだ理由などに心当たりは無いと言うし、どこから探せばいいのやら全く見当が付かない状態だった。
取り敢えず、は普通の生活をこなしながら、政宗は一日それに付き合うことになったのだが……
「夢の中でその日は午後が非番でね、手がかり見つける為に城下にでも行こうかと思ってたら、小次郎さんに会ったの」
「小次郎に?」
目を瞠ったいつきの後ろで、小次郎がどこか不自然な笑みで「ほ…ほぉ?」と相槌を打つ。
は首を傾げつつも続きを話した。
顔を合わせ、今から一人で城下に行こうかと思っていると告げるや否や、小次郎は一緒に遠乗りに行こうと誘ってきた。
小次郎も伊達家の男子である。
どうやら最近、馬の扱いを覚えたらしいので、少しでも多く乗りたいのだろう。
に「私が教えてやる!」と得意気だった。
懐の政宗にこっそり尋ねると、行ってもいいと言われ、は小次郎と馬で出かけた。
もしかしたら、米沢の外に何か手掛かりがあるかもしれないと思ったのである。
しかし、先に息切れしたのは、やはりというか小次郎の方だった。
まだ体も出来ていない上に、慣れない長距離を走ったのだから仕方ない。
「……情けねぇだな、小次郎……」
「うっ…うるさい! 夢の中の話だろうが!」
その後、政宗とも時々訪れる森の湖畔で休憩を取っていると、今度は佐助がやってきた。
「なんと、佐助が……!?」
「私もびっくりしたよ、佐助ってば、物凄い血相変えて大凧で飛んで来たんだから!」
「へ…へぇ、俺様ってば夢の中でも大胆だなー…」
どこか遠くを見ながら棒読みで言った佐助に、はむっと頬を膨らませた。
「そんな呑気な状況じゃ無かったよ。もうちょっとで凧に潰されそうになったし、その衝撃で政宗さんは行方不明になるしですっごく大変だったんだよ!」
気づいたら、懐に隠れていた筈の政宗の姿は見えず……慌てて探しただったが、森の中を探しても見つからない。
しかし、途方に暮れて佐助たちと合流すると、なぜか佐助・小次郎・小さい政宗の三人は一触即発の空気でにらみ合っていた。
「心配したのに灯台元暮らしだったんだから、流石に温厚な私もちょーっと怒っちゃったんだけど……」
「どこが温厚でちょっとだ……」
「? 何か言いました? 政宗さん」
「いや……」
「? とにかく、その後政宗さんは佐助に治して貰って無事に元の体に戻れたんだけどね」
「佐助に……それはもしや忍の里のひ……むぐっ!?」
「やーだなー旦那ってば。自分がの夢に出てこれなかったからって嫉妬しちゃってー」
「…うむ。男の嫉妬は見苦しい」
「Ha! 小次郎にまで言われるたぁ、ざまぁねぇな、幸村」
「なっ…それがしは別にっ…!! ただ今の話では政宗殿を小さくしたのはさ……っ!!」
そこでいきなり幸村が昏倒し、は驚いた。
以前なら何が起こったか分からなかっただろうが、今ははっきり見えた――佐助が全く無駄のない動作で首裏を叩き、きれいに幸村の意識を落とした瞬間が。
「さ…佐助……?」
目だけは笑っていない例の笑顔を久々に見たは本能的に背筋を震わせた。
政宗も無言で、戸口に控えていた家臣に幸村を連れていくように指示したため、否応なくその話はそこで打ち切りになったのだった。
しかし、が『夢』だと語った出来事の真相は、実は全く別のところにある。
それを知っているのは、『夢』の中に出てきた以外の登場人物――政宗・小次郎・佐助の三人。
事の起こりはと佐助の会話にあった。
「ならきっとイイ忍になれたと思うよ――実力だけならね」
「忍かぁ……佐助みたいに空を飛んだり早く走ったり出来るのは良いよねー………でも私結構抜けてるから、潜入とかしても、罠にかかってすぐにやられてそう」
「隠密行動は忍の基本だからね。そうで無くても日頃から気を張っているのは訓練になると思うよ。何なら、ちょっとやってみる?」
忍の影の部分云々という暗い部分はお互い意図的に触れずに、二人はそんな会話を交わし、そして戯れのように時々佐助が罠を仕掛けたり軽い攻撃をしてみるようになった。
それは奥州・米沢城でも変わる事無く、勝手知ったる何とやらで二人が暇つぶしとして密かにこのお遊びをおもしろがっているのを、城主である政宗は知っていた。
無論、が他の男と仲良く戯れる様を見るのはおもしろくない。
用の罠を見つければ本人が見つける前に処分し、政宗と居る時にに敵意が向けられれば本人に気付かれる前に内々に黒脛巾を差し向けた。
そしてそんな中で、ある日政宗は、に持っていくのだと言ってお茶を運ぶ女中と出くわした。
聞けば、幸村からの差し入れの滋養強壮に効く薬湯だという。
その匂いを嗅いだ瞬間、政宗は悟った。
「猿飛か……性懲りもねぇな」
政宗は料理と同じように、薬や毒にもある程度の知識を持っている。
薬湯と言う名の通り、それは確かにいろいろな薬草の匂いが混ざっていたが、その中に微かに特有の甘い匂いがした。
―― 毒の一種であろう。
だが、この米沢城内で幸村の名を騙ってこのようなものをに届けられるなど、極々限られている。
そして、他の状況からしてもそれに当て嵌まるのは、猿飛佐助一人だけだった。
自分が持っていくと言って薬湯の乗った膳を受け取った政宗は、さて、と一息の後にそれを自分で飲み干した。
佐助がに飲ませようとしたくらいだから、体に害のある毒ではありえない。
だったら、何の毒なのか――どうせ良からぬことだというのは分かりきっていたので、政宗は自分がそれを飲むことによって阻止し……そしてついでにおもしろそうだから見極めてやろうと思った。
――要は、暇だったのである。
そうして一夜明けて、翌朝目が覚めたら政宗の体は縮んでいた。
忍の里に伝わる秘薬にこういった効用のものがあると黒脛巾の頭領から聞いたことがある。
の体を小さくしてどうするつもりだったのかという甚だ面白くない追究は後々ゆっくりと佐助に聞くことにして、政宗はこの状況を利用することにした。
どうせ本来ならが呑む筈だったものだ―― 一日もすれば元に戻るだろう。
本気で心配するを丸め込んでちゃっかりその懐に入り、政宗は隠れての一日を見守ることにした。
今では米沢城内でも政宗とが共に居るのは当たり前なので、よっぽどの馬鹿で無い限りにちょっかいを掛ける者はいないが、誰彼かまわず気に入られるという厄介な女であることは十分承知している。
案の定、政宗が傍にいないというだけで声を掛けてくる男の多いこと……もちろんその全部が邪な動機で無いことは分かっているが、かなりおもしろくない。
の懐からその顔と名前をしっかり記憶していた政宗だったが、そこへのこのこやって来たのが小次郎だった。
伊達家の若様という身分からか誰にも懐かない弟が、妙にに甘えているということは知っていた。
いつきと一緒になってに纏わりつくのは、親兄弟の愛情に縁遠い小次郎にとっては良いことだと思ってもいた。
だが、に一緒に遠駆けに行こうと誘うその背伸びをした顔は……
(一人前に"男"の顔してやがる)
兄としては微笑ましいが、相手が大問題であった。
「……政宗さん、どうしましょう?」
「何をしておる、行くぞ、!」
その強引さは確かに自分と血の繋がりを思わせるが、の手を取って歩き出した背中に政宗は口元を釣り上げた。
「――別にいいぜ。付き合ってやれよ」
小声でそう答えると、は嬉しそうに笑った。
またその顔に苛立って、政宗は後の仕置きに思いを馳せた。
そして馬で出かけた森の中で、一休みすると小次郎の元に物凄い勢いで佐助がやってきた。
「ー!!」
大凧の最高速度のまま突っ込んで来た佐助に、はとっさに悲鳴を上げて、小次郎がそのを庇うようにその場に引き倒した。
その体勢は許せないが、自分の体を張った行動だけは評価出来る。
佐助の来意が分かる政宗は、どさくさに紛れて自分からの元を抜け出し、近くの茂みに身を隠す。
「ちょっと、佐助! 小次郎さんも居るのに危ないでしょう!?」
「ちょっと、! 何で無事なのさ!?」
叫ばれた言葉は同時だった。
しかし、政宗には意味の分かった佐助の言葉も、にとっては違うように聞こえたらしい。
米神に青筋が浮いたのが見えた気がした。
「とっさに小次郎さんが庇ってくれたから"無事"だったの! 見てたでしょうが!」
「いや、そうじゃなくて……昨日旦那からの薬湯飲んだだろ?」
「幸村からの薬湯?」
「………………………もしかして」
さっと顔を青くした佐助に、流石あの信玄公に仕えるだけあって察しが良いと政宗は小さく笑った。
そしてさして時を置かず、政宗がいなくなったことに気づいたが、残りの二人にここで待っているように言い置いて慌てて足元を見ながら去っていく。
衝撃でどこかに飛ばされたと勘違いして、政宗を探しに行ったのだろう。
政宗は低く笑って、草むらから姿を現した。
その音で気づいた佐助がこちらを見て、ますます絶望的に顔を歪める。
「うわ、やっぱり……もうホント最悪……」
「よぅ、奇遇だなぁ、小次郎、猿飛?」
「あっ……兄上……!?」
それぞれの反応があまりに予想通りで、政宗は笑った。
縮んだ体なので首が痛いほど見上げなければならないが、獲物を前にした時のような気分であることに変わりない。
「ずい分楽しい薬湯だよなぁ、猿飛? いくら実家とは言え、今は伊達に居るにこんな毒盛ろうたぁ……武田は同盟を破棄する気だってことかい? それとも、真田幸村の画策か?」
全て分かった上でそう言った政宗に、佐助は心底厭そうに顔を歪めた。
「性格悪いよ、竜の旦那……あぁもう! 全部この俺の独断です! ちょっとした悪戯だよ!」
「悪戯…ねぇ……あんまりオイタが過ぎると、竜の尾を踏むことになるぜ?」
ギロリと睨んだ眼光の前で、佐助はうっと唸って半歩後ずさった。
政宗は次だとばかりにその視線を小次郎に向ける。
「てめぇもだ、小次郎」
「ひっ……あ…兄上、私はっ……!」
「随分とを気に入ってるみたいだな。だがアイツはあれでも軍属だ。乳恋しいなら母上に貰え」
過保護すぎて小次郎もまた母に対してコンプレックスを持っていることを知っていながら政宗はそう言った。
ぐっと詰まって唇を噛み締める様は丸きり子供で、政宗が知っている弟そのものだった。
――そう、そこまでは、政宗の読み通りだった。
だが、どうも体が小さいということがいけないのか、佐助も小次郎も不満をありありと顔に示して政宗に噛みついてきた。
「ちょっと待ってよ。別には竜の旦那のものって訳でも無いのに、何でそこまで言われなきゃなんないんだよ」
「そ…そうです…! 私とて、成人の儀を終えた男です。いくら軍属と言ってもは女子……それに、兄上の室というわけでも無いではありませんか!」
「俺のだ」
一言の元にはっきりきっぱり言い切っても、「何の根拠があって!?」と言って二人とも引き下がらない。
小さい政宗と、まだ幼さの抜けない小次郎と忍装束の佐助……その三人が睨み合ってバチバチ火花を散らす姿はさぞかし異様な光景だっただろう。
だがそれを破ったのは、この世で唯一竜の弱点となり得る人物――話の渦中のだった。
「随分楽しそうですねぇ、三人とも?」
闇属性の市か信長の攻撃かと思うほどおどろおどろしいものを纏いつかせたの登場に、三人は一様に凍り付く。
「私が必死になって探しに出たこと、知ってましたね、政宗さん?」
「い…いや、俺は……」
「小次郎さんに、佐助も。この姿の政宗さんを見たなら分かった筈ですよね。それなのに、私を放置したままで三人で仲良く鍛練ですか」
「ちっ…違うぞ、! 私はそんなつもりはこれっぽっちも……」
「そうそう、落ち着いてよ、。これのどこが鍛練に見えるっての? だいたい忍たるもの、それぐらいで怒ってちゃ勤まらないよ?」
「私は忍じゃないし! "それぐらい"で怒って悪かったわね!!」
その場に焦げて転がった佐助を背景に、は伊達兄弟ににっこり笑った。
「どちらからかかって来ますか?」
小次郎は言うに及ばず、今のサイズでは政宗も敵うべくも無く……あっさりの仕置きは完了したのであった。
「………あの後、兄上が元に戻って……」
「眠り香で大人しくなるまで大変だったねぇ……」
「全く、とんだbad-dayだったぜ」
「「………………………」」
更にその後、政宗からの仕置きまでも受ける羽目になった自分たちの方が余程災難だった――心中でシンクロした武田の忍と伊達の若様は、顔を見合わせてこっそりと溜息をついた。
肝心のだけが全て夢だと思い込んで無邪気に笑っている。
ぼやきながらも、それに嬉々として振り回されている政宗――
小次郎と佐助はふと思った。
あのお姫様の恋人をやるのは案外大変かもしれない……
否応なく少し認識を改めさせられたある日の出来事だった。
070916
「7周年企画・リクエスト闇鍋夢」第三弾。
矢崎様リク「小次郎/背伸び」+莉緒様リク「佐助/同業のコ」+聖ちとせ様リク「政宗/目が覚めると身体が小さくなっていた!」を混ぜてみました。
これまたヒロインは連載ヒロイン固定なので、「同業のコ」は「同業を目指してみるヒロイン」で代用。
昔のドラマの「●君の恋人」みたいにヒロインを縮ませようかと思ったのですが、リアリストな当ヒロインでやるにはどうしても違和感があって……政宗の方がちっちゃく&ヒロインは夢オチと思い込みーで書いてみました。
個人的には超ブラコンな小次郎君がちっちゃいお兄ちゃんに精一杯反抗する微笑ましい話………客観的に見ると、やっぱりいつでもどこでもひたすら可哀想な佐助のお話(笑)