「ちょっと付き合えよ」
そう言われて元親に無理やり起こされたのは、夜半も過ぎた頃だった。
連日の猛暑で寝付きの悪かったは、完全に寝惚けたまま、あれよあれよと言う間に侍女に着替えさせられ、連れ出されてしまった。
はっきりと覚醒したのは、既に大分歩いた後――暗い森の中で、不気味な狼の声を聞いた時である。
「え………元親さん…?」
「アン? どうした? はっは、もう降参か?」
降参?――話が全く見えず、はただただ首を傾げた。
おぼろげに覚えている気のする記憶を辿っても、半分夢の中だったので、言われるままに歩いていたことくらいしか分からない。
「降参って何のことですか…?」
「だから、怖ぇんだろ?」
「そうじゃなくて……」
「そんな強がんなって!」
会話になっていない――そう気付いたは、訳が分からないなりにそもそもの疑問を口にした。
「ここってどこ?」
「裏の森よ。デカイ木ばっかで暗いし、絶好の場所だろ?」
何だか嫌な予感がじわじわと這い上がってきて、は恐る恐る尋ねた。
「な…何に?」
「夏の風物詩っつったら、お前、肝試しに決まってん……」
「帰りますっっ!!」
即行で力いっぱい叫んで、はくるりと踵を返した。
しかし、がしりと元親に捕まってしまう。
「何だよ、付き合い悪ぃぜ、」
「良いも悪いも無いです! 私そういうのは全っっっっく、無理ですから!」
「……へぇぇ。お前にも苦手なもんがあるとはなぁ……」
ニヤリと笑った顔に、の顔が引き攣った。
隻眼の人間というのは、なぜこうも全員サドばかりなのだろうか。
奥州の竜然り、甲斐の軍師然り。
「まぁ、この俺様が付いてんだから大丈夫だろ。ほれ、行くぜ! 男なら幽霊の一人や二人でガタガタ言うな!」
「嫌です! 無理です! 大体私は女で……って、キャァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーー…………」
暗闇プラスこの世ならざるものという、の嫌いなものの最凶コンビに、はただ愕然としながら悲鳴を上げるしか術は無く……元親はお構い無しに手を握ったままずんずん森の奥へと進んで行ったのだった。
――が途中で失神したのは言うまでも無い。
「ほら、起きろよ! お前の拝みたかったお天道さんだぜ!!」
体を揺すられて気が付いた開口一番に、は右ストレートと共に元親を思い切り罵った。
「ちょっと元親さん!私を殺す気ですか!? 本気で怖かったんですから!って聞いてるんですか!大体元親さんはアニキ肌で男からは慕われてるかもしれないですけどもっと女の子の気持ちってものを……」
「おっ、オイオイ、待てって。悪かった! 俺が悪かったから落ち着けって!」
熱い目頭を堪えてぐっと下から元親を見上げると、相手は怯んだように上体を引く。
はそれを見咎めて、自分から離れた分の距離を縮めた。
「本当に悪かったと思ってるんですか!?」
噛み付きそうな距離でそう凄めば、元親はなぜか顔を赤くして視線を彷徨わせた。
「あ…当たり前じゃねーか!」
そのどもり方が怪しい……と半眼になれば、元親はそれよりも!と言っての後方を指差した。
「ほらよ、あれを見ろよ。怖かったのなんか吹っ飛ぶぜ」
言われるまま反射的に振り返ったは、その光景に絶句した。
遥かに見晴らす水平線から、丁度朝日が昇り始めたところだった。
キラキラと輝く日輪の光が、闇を打ち払うかのように海と空を照らしている。
絶景――まさに、そう呼ぶに相応しい光景だった。
「肝試しっつーのは、ついでだ……お前にこれを見せてやりたくってよ。……夜中に連れ出して怖い思いさせて悪かったな」
「……仕方ないから、許してあげます」
素直に謝られた上、そんなことを言われたのではこれ以上怒ることも出来ない。それどころか……
は小さく苦笑して元親に振り返った。
「ありがとうございます、元親さん」
「お…おうよ! 海のことなら任せときな!」
恐らく照れ隠しであろう優しい鬼に笑って、は再び日の出を見つめた。
自然と数歩前に歩を進め、しばしその美しい世界に見入る。
しかし、ふと、の視界が前方の崖の上に、何やら見覚えのある物体を捉えた。
丁度十字架のように見えなくも無いあの不審な影は……
「おお、日輪よ……!」
その台詞を聞いた瞬間、と元親の表情が同時に引き攣った。
キラキラとした陽光を受けて両手を広げ、全身で恍惚の表情を浮かべているのは、中国を纏める毛利元就その人に他ならなかったからだ。
「……何やってんだ、アイツ」
「麓からここまで登ってくるのに相当かかりますよね……元就さんも夜の内に出たんですね」
もはや何も感想が思い浮かばず、はそう想像し得る事実だけを一人ごちた。
「――む、何だ、騒がしい気配がすると思えば、鬼とでは無いか」
見つかってしまったと妙な挫折感を味わいながら、は何とか笑みを浮かべた。
「おはようございます、元就さん」
「よう、元就」
「日の出の時刻にこのような所で会うとは、さては貴様ら……」
あらぬ誤解を受けたのでは無いかとが赤くなりかけたその刹那――
「貴様ら、ようやく日輪の素晴らしさに気付き、我に教えを乞いに来たのだな?」
「んなわけねぇだろ!!」
絶妙なテンポで繰り出された元親のツッコミはもはや拍手したい域だった。
だがそれも慣れたものなのか、元就は毒舌を返すことは忘れず、それでもまたすぐに太陽に向かいなおる。
確かにこうして朝日を浴びると気持ち良いが、それにしても……
「元就さんは、日輪のどこがそんなに良いんですか?」
「わっ、馬鹿、…!」
その瞬間、元親の顔が引き攣り、元就の目が異様な光を発した。
「そんなに知りたいか!ならば教えてやろう!!」
え、と一瞬の驚きの後には、既に元就に引っ張られ、一緒に光合成の体勢に入っていた。
「日輪は、全てに分け隔てなく降り注ぐ万象なる光。上辺だけではなく、その心の内までをも照らす大いなる輝きなのだ」
「こ…心の内まで……」
その強引さには正直引くものがあったが、言葉はの琴線にも引っかかった。
の心に巣食う暗い闇……確かに、こうしているとそれも清められていく気がする。
(そうか、元就さんが定期的に日光を浴びてるのって……)
「……元就さんにとって、日輪は神様のようでもあり、自分自身のようでもある……そんな切っても切れない大切なものなんですね」
元就と元親がはっとしたようにを見た。
元親はすぐにおもしろそうな表情になり、元就は……相変わらずの無表情で、それでもどこか和らいだ空気を纏って――ゆっくりと口を開いた。
「やはりお前は見込みがあるようだ。特別に日輪とは何か、我が直々に講釈してやろう。そもそも日輪とは、この日の本の国が開かれた頃より神々の……」
神話から入るんですか!?という悲鳴を飲み込んで、これは長くなりそうだと覚悟を固めたは……
……その半日後、覚悟の甘さを嫌という程思い知らされた。
既に太陽は中天と西を通過し、半日前とは間逆の山の稜線に沈んでしまっている。
元親は流石長い付き合いだけあって、最初にちょっと出かけてくると言って一人で逃げてしまっていた。
元就の日輪談義は、当の日輪が沈んでしまった今となっても終わる気配を見せない。
そもそも今日の朝もまだ日も昇らない真夜中に起こされたは、暗くなった空の下で子守唄のように一本調子な元就の話を聞きながら睡魔と闘っていた。
しかし必死の葛藤も虚しく、泥のような眠気に包み込まれていく。
一旦目を瞑ってしまえばもうダメだと思うのに、勝手に瞼は落ちて、ぐらりと体が傾いた。
「! …………?」
驚きを押し殺したような元就の声が体重を預けた先から直接響いてきたが、にはどうすることも出来なかった。
申し訳ないという気持ちだけが僅かに口を動かす。
「すみま…ん。ちょっとだけ……ねむ………」
その後ふわりと暖かな温もりに包まれた所で、の意識は眠りに落ちた。
浮上した意識の端に、聞き覚えのある声が聞こえた。
どうやら言い争いをしているようだが、その声に起こされたというよりは、滲み出ている闘気や怒気に体が反応してしまったらしい。
「だから、何でがそんな所で寝てるんだって聞いてんだよ!」
「静かにせぬか、粗暴な鬼め。が起きるでは無いか」
「だったら、こっちに寄越しな。俺がコイツの部屋まで連れて行く」
「フン、馬鹿なことを。貴様などに預けられる訳が無かろう。はこの我の腕の中だからこそ安心して眠ったのだ。鬼は棲家に帰るが良い」
「アァァ? を預かってんのは俺だろうが!」
「今日からは我の所で世話をしてやろう」
「ふざけんな!」
びりりと肌が痺れるほどの気に当てられて、の意識は急速に覚醒した。
驚いて体を起こし、今にも取っ組み合いになりそうな元親と元就を交互に見つめる。
「どうしたんですか、二人とも」
目を瞬かせて問えば、二人はバツが悪そうに視線を逸らした。
だがすぐに元親は手に持っていたものを掲げて見せる。
「それより! 喜べ、今夜は大物だ! さっさと帰ってさばくとしようぜ!」
「わっ、ホントだスゴイ! これを釣りに行ってたんですね、元親さん」
目の前に吊るされたカジキマグロはの身長にも迫ろうというくらいの規格外の大物だった。
確かにそれはの好物であったので、今夜の食卓を想像すると心が躍ったが……
体を起こした拍子に肩から落ちた緑の羽織を手に、は反対側に振り返った。
「突然眠っちゃってすみませんでした、元就さん。それからこの羽織、掛けて下さってありがとうございます」
にこりと微笑んで差し出せば、元就はしばし無表情で羽織との顔を見比べ、やがて小さく「それはお前にやろう」と言った。
くれると言われても、が着るには明らかに大きい真緑色の羽織である。
眠ってしまったが寒がっていたのか、その上に自分の着ていた羽織を掛けてくれたというのは元就にとって破格の心遣いだが、それをそのままあげると言われても正直困るしか無い。
突拍子も無い申し出には驚きつつも、は微笑んで一先ずはその好意を受けておくことにする。
的外れだろうと何だろうと、それは元来元就の中に眠っていた純粋な優しさで、付き返してしまえば拒絶するのも同義に思えたのだ。
「馬鹿かお前は……いる訳ねぇだろ、んなもん」と言う元親の言葉そのものも皮肉だったが、声の調子が笑っていることは隠し切れない。
は何だか上機嫌な気分になり、二人の間に入るようにして両手でそれぞれの手を取った。
日は完全に沈み、またもやの嫌いな闇の時間である。
帰りもまた、あの気味の悪い森を通るのかと思ったらぞっとするが、元親ももう無理はしないだろうし、光属性の元就が居れば夜道も安心だ。
「帰りましょうか!」
「――おう! そうだな、帰ぇるか!」
「元親さんのお魚、楽しみですネェ、元就さん」
「……ふむ、たまには新鮮なマグロも悪くない」
「悪いどころか、馳走だろーが! つーか、お前も来んのかよ!?」
「勘違いするな、我はと共に食事をするだけだ」
「ほぉーー? そいつぁおかしいぜ。今日こいつと飯を食うのはこの俺様だからよぉ?」
「本気でそう思っているなら哀れな鬼よ」
「なんだと、コラ。喧嘩なら買うぜ」
「貴様なぞに売るのは惜しいが、今日だけは売ってやっても良いぞ」
「やるか、アァ?」
「返り討ちよ」
「――元親さん、元就さん」
まさに一触即発の気配の中で、いっそ無邪気とも言えるにこやかな声に、二人はそれぞれの得物を持ったままぴたりと動きを止めた。
止めたというより止められたと言った方が正しいかもしれない。
「お腹が空きました。早く帰りましょうよ」
「おぅ、ちっと待ってな、! すぐに決着付けるからよ」
「時間は取らせぬ」
「――女の子一人だけを人身御供にして逃げた人でなしと、女の子を半日以上こんな屋外に引き止めた非常識――そんな二人の戦いなんて、別に見たくありません」
その言葉は始終笑顔で抑揚無く語られた為、余計に絶対零度の氷の刃として二人に突き刺さった。
「元親さん、お腹が空いた私の為に、一刻も早くお魚捌いてくれますよね?」
「お…おう、任せときな…!」
「元就さん、日輪よりも明るく夜道を照らしてくださいね」
「…………承知した。お前の為なら容易いことよ」
笑顔を崩さないと、それに恐怖を感じながらも嬉々として言うことを聞く四国と中国の領主――
誰を頂点とするかは自明の、ある意味正しい三角関係が密かに成り立っていた。
070905
「7周年企画・リクエスト闇鍋夢」第二弾。
闇月様リク「元就/日の出」+souki様リク「元親/年上の気になる彼女」+レイ様リク「元親/昼メロ風」+聡様リク「元就/ほのぼの・日輪」を混ぜてみました。
ヒロインは連載ヒロインなので、「年上」は「年上…っぽい」というニュアンスで(汗)
そして昼メロ……ごめんなさい、頑張ったんですが、どうやっても私に昼メロは書けないみたいです……せめてもでVS風味にしてみました。