Present Bomb

「………Jesus…………」

 たった一つの行李を前に、奥州・関東・加賀を統べる大大名である伊達政宗は、絶望の声を漏らした。
 意気揚々と開けた行李の蓋がぽろりと手から離れて畳に落ちる。
 その微かな軽い物音にさえビクリと震えて、きょろきょろと辺りを見回した。

「何てことしてくれたんだ、あいつら……」

 忌々しげな、そして打ちひしがれたようなその声は、広い私室に小さく落ちる。
 けれどその間にも行李の中身から目が反らせなくて、何とかする方法を考えなければと思うのに思考は働かない。

 ぐったりとその場に座り込んで、髪をがしがしと掻き回した。

「俺もヤキが回ったもんだ……」




 そもそも、事の始まりは数日前のこと。
 鍛練場で若い兵相手に汗を流していた政宗の元に、急ぎの書類を携えたがやって来た。
 政宗は俄かに色めき立つ男臭い道場の中を睨みつけることで押さえつけ、さらさらと簡単な書き付けをする。
 それを待っている間、ふと思い出したかのようにが口を開いた。

「そう言えば、もうすぐ政宗様のお誕生日ですね」
「Ah? 誕生日?」
「それって何スか、さん!」
「異国の祭か!?」

 新米兵と組み手をやっていた古株四人組が降って沸いたように話に入りこんでくる。
 政宗は最近知った事だが、はまだ小田原を落とす前に伊達軍伝令隊に属していたことがあるとかで、古参の兵たちには顔見知りも多かった。
 それはそれとして、に群がる四馬鹿を顔を顰めて追い払おうとしたところに、が丁寧に説明を始めてしまう。

「誕生日っていうのは、そのままその人の生まれた日っていう意味です。異国では、お正月じゃなくて誕生日に一つ年を取るんですよ。だからそれぞれの誕生日……BirthDayに贈り物を渡したりしてお祝いするんです」
「へぇ~! そりゃ変わった風習だなぁ!」
「言われてみれば確かにめでてぇ気もしてきた!」
「で、筆頭のばーすでーはいつなんです?」
「えーと、確か三日後でしたっけ?」

 暦を思い浮かべているのか指折り数えて言うに、さぁなと答えたものの、政宗としては自分の誕生日をが覚えていてくれるというだけで嬉しい。
 四人組が「もうすぐじゃねーか!」などと固まって騒いでいる横で、はこっそりと政宗の袖を引いた。

「当日は、私にも何かお祝いさせてください、政宗様」
「Ah-nn? 別に祝いったって……」
「米沢の頃は二人でお祝いしたりもしたんですよ?」

 少し頬を膨らませて下から拗ねたように見上げられては、政宗としてはぐうの音も出ない。
 視線を感じてはっと顔を上げれば、ニヤニヤとムカつく顔をして見ていた四馬鹿と目があった。

「て…てめぇら、何見てやがるっ!!」
「うおっ、いや春っていいなと思いやして!」
「俺等からのぷれぜんと、楽しみにしといてくださいよ、筆頭!!」
「そうだぜ、すーぱーすぺしゃるなもん贈りますから!!」
「なんせ、筆頭が一番欲しいもんですぜ!!」
「「「「ぜってー喜んで貰える自信あります!!」」」」

 逃げながらもぴったりと声を合わせた四人組に、政宗とは思わず顔を見合わせてしまった。

「政宗様が欲しいものって……何ですか?」
「……さぁな。あいつらに貰えるもんで考えても想像つかねぇよ」

 その時はそれで終わり、その後もすっかり忘れていたほどだったのだが……

 今日になって政宗の部屋に四人組からの贈り物だという大きな行李が届けられた。
 別段約束はしていないが、仕事が一段落ついてを探しにいこうと思っていた矢先だったので、思わず顔を顰めてしまう。
 だが、折角自分を慕って届けてくれた贈り物を無碍にすることも出来ず、とにかく中を見ようと蓋を開けた政宗は、思わず固まった。
 そして瞬時にいろいろな感情が廻り、出てきたのは呻き声でしか無かった。

「………Jesus…………」

 行李の中には、何と今から会いにいこうと思っていたその人が横たわっていたのだ。
 下ろされた髪にご丁寧に可憐な花まで飾られている。
 まるでというか、自身がプレゼントという意味なのだろうそれは、本人の意識が無い辺り、承諾済みというわけではないに違いない。
 分かっていながらも赤い唇や穏やかな寝顔に思わず伸びそうになる手を引っ込めて、政宗はぶんぶんと首を振った。

 赤みを帯びた頬や安らかな顔からも、気絶しているのでは無く寝ているだけだというのは分かるが、これは本人の意思では無い。
 そんな状態で手など出そうものなら、取り返しのつかないことになるだろう。
 そもそも、この状況からがして危険である。

 簡単に思い描ける少し先の未来に、政宗の顔から音を立てて血の気が引いた。

 はこう見えても武田で一軍を預かるほどの武将・虎姫だ。
 そのがこんなことになっているということは、手だれの忍が一服盛ったに違いない。
 無理やり眠らされてこんな恰好で『贈り物』として扱われたことを知ればどうなるか……良くてあの四馬鹿と忍(恐らく疾風だろう)に炎の制裁、最悪この小田原城が消し炭である。
 まして、政宗の命令だなどと勘違いされればどう思われるか……考えるだに恐ろしかった。

「何てことしてくれたんだ、あいつら……」

 プレゼントどころか、とんだ爆弾である。
 確かに政宗が一番欲しいものには違い無いが、絶対喜ぶというのは些か違う。
 ……本人の承諾済みであれば、これ以上無く嬉しいだろうが……

 うっかり従順なを想像してしまい、またもや政宗は首を振って妄想を振り払った。
 暢気にこんなことをしている場合ではない。

 この状況を何とかしなければ、とんでもないことになる。
 下手をすればの政宗に対する信頼も好意もがた落ちである。

「俺もヤキが回ったもんだ……」

 たった一人の女にどう思われるかをこれほど気にするなど、少し前の自分だったら想像も出来なかった。
 僅かな時間で自分の中でここまで大きくなったという娘……政宗は、失くした記憶が戻った時にこの想いがどうなるのか怖くもあった。
 大きくなりすぎた想いが、天下への野望や上に立つ者としての責務まで塗り潰してしまったら……

「……Ha、こいつ相手にそれはねぇな」

 はどう考えても傾国の美女などという女では無い。
 むしろ国を傾けた国主などとなれば即刻見捨てられるような気さえする。

「う……ん………」
「!!」

 取りとめも無いことを考えていた政宗は、小さく聞こえたの声に我に返った。

 そうだ、こんなことをしている場合ではなかった……とにかく、本人が目を覚ます前にこっそりと自室へ帰し、何を聞かれても自分は無関係だと押し通すしかない。
 混乱しそうになる頭で何とかそれだけを考え、政宗が手を伸ばした先で……ぱちりとの目が開いた。

「っっっっ……!!」
「……政宗様…?」

 薬のせいで若干頭が痛むのか、眉を顰めながら起き上がったは、パチパチと瞬きした。

「あれ? 私は確か……」
「っ、、落ち着け、これはだな……」

 何とか釈明しなければと政宗が焦って口を開いた直後、自分の状態を見て何事か悟ったようなは不意に俯いた。
 そして、ぽとりと落ちた雫に、政宗はぎょっと目を見開く。

「おっ…オイ、!?」
「ひどい………」

 苦しそうに言われた言葉に、政宗は自分でも信じられないくらい狼狽した。

「こんなことするなんて……」
「いや、だからこれは俺のせいじゃ……」
「絶っ対許さないんだから――――疾風!!」

 泣いていたか弱い娘から突然炎が舞い上がり、庭先に向かって放たれた。
 それが庭の木の上に当たった直後、ぼとりと黒い塊が落下する。

 どうやら黒脛巾の疾風らしいが、混乱していた政宗は今まで全くその気配に気付かなかった。
 いろんな意味で衝撃を受けている政宗の傍らで、ゆらりとが立ち上がる。
 その殺気には本能的な恐怖を覚えたが、このままでは本気で疾風の命が危ないと感じ、政宗は意を決して声を掛けた。

、アー…ちっと落ち着いてだな……」
「口出し無用に願います、政宗様」
「お…おぅ……」

 有無を言わせぬ迫力の前に思わず頷いてしまった政宗だが、いや待てと自分に突っ込んだ。
 そもそも今日は自分の誕生日だ。祝われる立場なのだから、遠慮する謂れは無い。

「いや待てよ……何をそんなに怒ってんだ? 今日は俺のBirthDayを祝ってくれるんじゃなかったのか、Honey?」

 なるべく普段どおりの調子で言えば、はくるりと勢い良く振り返ったものの、その目は潤んでいて政宗は思い切り動揺する。

「すみません、政宗様……でもひどいんです! 折角朝からおもてなしの準備をしてたっていうのに、事もあろうに私が一番張り切ってたメインの料理に眠り薬入れたんですよ!? その上こんな所に連れてきて……きっと今頃私のメインは黒コゲです!」

 もうちょっとで完成だったのにー!と泣くほど悔しいらしいに、政宗は呆れ……などしなかった。
 料理をする人間として、それがどれだけ罪深い所業か十分分かる。
 が味見をすると見越しての所業らしいが、事情を聞いた政宗の脆い堪忍袋も易々と切れた。

「ほぉぉぉ? それじゃ何かい? 俺は愛しいHoneyの手料理を食いそびれたってことか?」
「ハ…ハニーじゃありません!…けど、そういうことです。今から作り直す時間も無いですし……」
「――頭領、四馬鹿連れてこい」
「若、しかし……」
「行け。じゃねーと竜と虎姫の怒りをそこの疾風一人が受けることになるぜ?」
「……承知しやした」

 可愛い部下の命には変えられなかったのか、いつの間にか現れていた黒脛巾頭領はまたすぐさま姿を消した。
 残されたのは、政宗と、そして実行犯である伝説の戦忍である。

「……疾風、自分が悪いことしたっていうのは分かるわよね?」

 何だか母親のような諭し文句に、赤髪の忍は淡々と答えた。

「……なぜだ? も喜ぶと聞いたから俺は……」

 皆まで言わせず、再びの炎属性が疾風を襲う。
 政宗は深々と溜息をついた。

「喜ぶわけないでしょーが!!」

 その後、すぐに例の四人組が強制連行されて来たが、政宗は心中罪悪感を感じながらも剣を手に取った。

 ……共犯では無いにしても、自身がプレゼントというあの状況がオイシイと感じたのも事実だったのだから。

「……政宗様」
「っお、Oh!?」

 絶妙な間合いでに呼ばれ、見透かされたのかと若干上ずった声で振り返った政宗は、目を見開いた。

「邪魔されちゃって仕切り直しには時間がかかりますけど、これだけ先に言っておきます。――Happy BirthDay、政宗様」

 恥ずかしそうに頬を染めて……ひたむきに向けられた柔らかな笑みに、政宗は先ほどまでとは違う意味で衝撃を受けた。

「……Thank you、

 平静を装い礼を言って、制裁を始めながら一人ごちる。

「全く……これはこれで、大したBombだぜ」

 一撃でこれだけ心拍数を上げる辺り、かなり強力な兵器である。
 自然と綻ぶ政宗の口元に、向かい合った四人組が不気味そうに顔を強張らせたが、些かの感謝を込めて雷撃もかなりの手加減をしておいた。
 何せ、この後はと仕切り直しで二人きりの祝いの席が待っているらしいと聞いては、こんなことは早々に切り上げた方が得策である。

「ひっ…筆頭ぉ……」
「お前等……Thanks. だが、今はGood-nightだ」
「そ…そんなぁ……!!」

 ほぼ同時に疾風への仕置きも終えたらしいを引っ張って、政宗は待ちきれずに早足で奥台所に向かった。

「ちょっ…政宗様……!?」
「手っ取り早く一緒に作っちまえばいいじゃねーか! そう思わねぇか、don't you?」
「……そうですね。I think so!」

 嬉しそうに頷かれたのに気を良くして、政宗は更にスピードを速めた。
 誕生日……今の日ノ本には無い文化だが、何にせよ、一年に一度の役得の日であるということだけは確かなようだと認識して、政宗は上機嫌で残りの誕生日を満喫したのだった。









080804
やっぱり当日に更新できませんでしたが、政宗様09年お誕生日記念でした!
珍しくオール筆頭視点でギャグっぽく……。
中々落ちが決まらなかったんですが、お誕生日ということで政宗様的にハッピーにしめました。
きっと一緒に料理作ってヒロインが若干不貞腐れたりしつつも、楽しい時を過ごしたでしょう。
ハッピーバースデー、政宗様!
CLAP