「――まあ、合格と致しましょうか」
戦のように張り詰めた空気の中でようやく貰えたその言葉に、は全身の緊張を解いて長い息を吐き出した。
「よく頑張りましたね、」
菩薩のように見える笑顔で労わってくれる師――まつの言葉に、も笑みを返した。
今でこそ後光が射して見えるが、この数日間はまさしく鬼のような師匠だった……こっそり漏らしたその言には彼女の夫である利家も深く頷いていた訳だが。
「ありがとうございました、まつさん。丁寧に教えていただいたお陰です」
「わたくしは何もしておりません。全て、の努力の賜物にございます。――きっと、喜ばれましょう」
にこりと笑んだその白手から受け取ったものを抱きしめて、も照れながら微笑んだのだった。
「政宗様、またあの者が来ておりますが」
「アァ? ようやく来たか。すぐに通せ」
渋面で報せに来た小十郎に、政宗はそう即答して、言うが早いか目の前の文机を片付け始めた。
「――政宗様、まだやっていただかなくてはならない仕事が山のように……」
「固いこと言ってんじゃねぇよ、小十郎。今日くらいは大目に見ても罰は当たらねーだろ」
いつもそう言っているのをお忘れか!などと小言を忘れない小十郎の後ろから、政宗の待ち人が女中に先導されてやって来た。
「待ちくたびれたぜ。今度こそ俺を満足させてくれんだろうなぁ?」
「この山城屋の看板に掛けて、必ず…!」
血走った目をした相手――贔屓にしている城下の商人が広げた品を隅々まで検分した後、政宗は口の端を引き上げた。
「Great! よくやってくれたな、山城屋。良いもんに仕上がってるぜ」
政宗がそう労って小十郎に代金を払わせると、商人はあからさまにほっと息をついた。
「勿体無いお言葉でございます。――それにしても、此度の政宗様の力の入れ用には参りました。……あの方はお幸せにございますな」
「……It's naturally.」
長年仕えて来た小十郎でも目を瞠るような年相応の表情で、政宗は照れ笑いを浮かべたのだった。
「――私の誕生日ですか?」
きっかけは、去年の政宗の誕生日をが祝った後日。
いつものように弓兵隊長屋に来た政宗が、誕生日を聞いてきたことに始まった。
「分かりません」
「What?」
「養父母の元では拾われた日ということにして祝って貰ってましたが、本当の誕生日は覚えていないので…」
が養父母に拾われる前の記憶を失くしていることを今更思い出しのか、政宗は軽く目を見開いた。
大抵の人はここで申し訳なさそうに謝ってきて、としても返答に困るのだが、この政宗に限っては流石と言うべきかの予想を遥かに超えていた。
口笛を吹いて、至極楽しそうに口元を引き上げたのである。
「だったら好都合だ。お前のBirthDayは俺と同じ日だ」
「え? ……それはどういう……」
「アァ? 文句でもあんのか? 俺がそうだと言ったらそうなんだよ」
その俺様発言は何なのだと言いたかったが、彼は良くも悪くも、どこまで行っても『伊達政宗』だった。
「この独眼竜と同じBirthDayなんだ、光栄に思えよ。そんで、一緒に祝えばいいじゃねぇか」
あまりにもシンプルなその言葉に虚を突かれたが、それが政宗なりの気遣いなのだと分かって、笑みを返した。
「――coolですね。合同バースデーですか」
「Yes! 来年は楽しみにしてろよ、kitty?」
「政宗さんこそ。来年こそはリベンジですから! 首洗って待っててください」
「Ha! 喧嘩売ってんのかpresentくれんのかどっちだよ」
確かに、と笑いながらも、は不敵に微笑んだ。
「それは勿論……売られた喧嘩なら買いますよ?」
「イイ度胸だ。この独眼竜にloseは無ぇ」
「私だって、負けませんから!」
この場に成実あたりが居れば「一体何の勝負なんだよ!?」と突っ込んだであろうが、生憎それに気付く者はいなかった。
――それが、無類の負けず嫌い二人が一年前に交わした会話である。
そして一年後の政宗の誕生日である今日、どちらからとも無く言い出して、二人ともが好きな遠駆けに出かけた。
白斗に乗った政宗と、それに順ずるくらいの駿馬を借りたは、競い合うようにして猛スピードで草原を駆ける。
先に体力が尽きたのは、悔しいことにの方だった。
疲れてスピードを落としたに合わせて、政宗もその横に並ぶ。
「これくらいで音を上げてるようじゃ、まだまだこの俺にはついて来れねぇぜ?」
「うっ……精進します」
悔しがっても事実には変わりなかった。確かに、戦場で見失っているようでは意味が無い。
馬術は自信があった分野なだけに落ち込むを笑い飛ばして、政宗は先導するように前に出た。
「休むならイイ場所がある」
どうやらそこに連れて行ってくれるらしい。
休息を欲していたと馬は、迷うことなくそれに従った。
休憩として腰を下ろした美しい湖畔で、渡された包みを開けたは大きく目を見開いた。
「「Happy Birthday」」
声を揃えて言い、揃ったことに笑い合って互いに用意していたプレゼントを渡したのがつい先ほどである。
見るからに高級な風呂敷包みを解くと、中から出てきたのは美しい小袖だった。
鮮やかな水色は清々しく、一見シンプルな見掛けは、よくよく見ると複雑に縫いこまれた美しい意匠をよく引き立てている。
「それなら文句ねぇだろ?」
ニッと自信満々に言ってのける政宗に、は二の句が継げなかった。
以前、着物を買ってやると言われ連れて行かれた城下の店であれやこれやと着せ替え人形よろしく振り回された時、試着させられたのがどれもこれも豪華すぎるものばかりで……普段に着れる訳が無いとややげっそりしながら断ったことがある。
純粋な厚意を無碍にするのは躊躇われたが、普段の訓練にも仕事にも戦にも、ましてや町さえ歩けないような豪華絢爛な着物を一体どうしろと言うのだ。
どうやら政宗は、あの時のことを根に持っていたようだ。
確かにコレならば、よくよく見なければ値打ち物だとは分からないし、普段に着ることも出来る。
生地は一級品だから、普段と言ってもよそ行きのものだが。
しかしそれにしても……と思わずにいられないのは、その凝りに凝った意匠であった。
が好きだと言ったことのある花ばかりが目立たない色で描かれ、縫いこまれ、絶妙な彩を添えている。
ここまでのものを作らせるのに、一体どれだけの費用と時間を要したのだろうと思うと、申し訳なさやら呆れやら……そしてやはり何よりも嬉しさが込み上げた。
そう言えば、ここしばらく小十郎のため息が多かったのも、これのせいかもしれない。
一方政宗も、同じように渡された包みを開いて瞠目した。
出てきたのは、陣羽織である。
政宗の好きな青地に薄墨で竜が染め抜かれ、背には多少歪んだ竹雀の伊達家紋が刺繍されている。
「完成した日に雨が降った縁起物ですし、良かったら練習着にでも使ってください」
ここ最近の日照りで領内の田畑は打撃を受け、ようやく雨が降ったのは昨日のことだ。
戦では吉凶に敏感で、大将の験担ぎは軍の士気にも影響する大切な事柄だった。
その点で言えば、文句も無い運を呼んでくれそうなものだ。
それ以前に政宗にとっては、からのプレゼントというだけで十分な価値があったが。
もしかして、と問わなくても、が手ずから縫ってくれたものなのだろう。
良妻賢母を地で行っているまつにでも教わったのかもしれない。
政宗は、顔が緩むのを止められなかった。
大名である自分達は例外だが、普通は夫の衣は妻が縫うものである。
が裁縫に関して得手不得手だと聞いたことは無かったが、これだけの物を作るのは並大抵の苦労では無かった筈だ。
恐らく傷だらけになっている指先を隠して笑うに、愛しさが募った。
馬の手綱を持つ手が不自然な力の入れ方をしていることには気付いていたが、恐らくそういうことなのだろう。
「ありがとうございます」
「Thank you、honey」
は満面の笑顔で礼を述べ、政宗はそんなの手を取って指先に口付けながら言った。
「ハッ…ハニーじゃありませんってばっ…!!」
「んな照れずにDarlingって呼んでいいんだぜ…?」
「そんなことを色っぽい声で言わないで下さい!」
「声くらいで赤くなって、この先どうすんだ」
「どうもしません!」
澄んだ湖で喉を潤していた白斗ともう一頭が、何事かというように騒ぐ二人を見つめていたが、乗り手たちはお構い無しでいつ終わるともしれないじゃれ合いを続けていた。
やがて馬たちも呆れたように興味の対象を移した頃、政宗はさてと言って立ち上がる。
「折角のPreciousDayだ。それ着てdateと洒落込もうぜ、princess?」
政宗は流石に町中で陣羽織を着ることは出来ないが、にはここで着替えろと言っているらしい。
は仕方ないとため息をついて、早速着られることの嬉しさを誤魔化しながらも、眩しい笑顔で差し出された手を取った。
「仰せのままに――Darling?」
驚いている政宗に笑って、「覗いたら燃やしますから!」と言い置いてから着替えるべく木陰に移動した。
今日くらいは正直になってみても良いかもしれない。
手を繋いで、独眼竜でも虎姫でも無くなって、ただの恋人同士のように笑い合って――……
「どうですか、政宗さん?」
「It's so beautiful! よく似合ってんぜ、honey!」
「……Thank you, darling」
眩しく笑う政宗に笑みを返して。
泣きたくなるほどの幸せをしっかりと握って。
今日は二人の誕生日―― 一年に一度の特別な日だから。
070803
前々からヒロインの誕生日も政宗に祝って欲しいと思っていたので、二人まとめてのhappy birthdayにしてみました。
連載の時間軸からは外れていますが、折角の誕生日夢なので幸せな二人で。