1日目(20061026)
牛タン祭と仙台の夜……愛しの牛タンvv
平日夜に伊丹空港から仙台空港へ飛んで、三泊四日の伊達政宗ツアーの始まりです。
憧れの仙台までは一時間弱であっという間だったのですが、空港に電車が通っていないのでリムジンバスでの移動……到着早々ぐったりしながらも無事に仙台駅へ~。
やって来ました、仙台! JR仙台駅に着いてようやく実感。
時刻は21時頃になっており、いい加減お腹も空いたし、まずは仙台と言えば牛タンだぜ!
戦国時代では、獣肉の……それもタンなんて食べてた筈もありませんが、まあバサラですから(笑)
「やっぱ肉だぜ、ィヤッホー!!」
「さっすが筆頭! 伊達の宴会に牛タンがねぇと始まらねぇ!!」
「オラ、どんどん食えよ、!!」
肉厚で、大変美味しゅうございましたvv
2日目(20061027)
仙台市内観光-仙台市博物館・青葉城跡……政宗!政宗!血眼なオタ女2名(笑)
ウチのドリでは、政宗の本拠は米沢城ということになっていますが、城や城下の配置などは仙台城(青葉城)をイメージしています。特に理由は無かったのですが、政宗が天下への野望を捨てていなかった青年期なので米沢にしました。
しかし、資料は仙台城しか手元に無かったので……名前だけ「米沢」な仙台城だと考えてください(笑)
さて、まずは仙台市博物館。ここは、仙台城の三の丸(ドリ内では、官舎や倉庫、小十郎菜園がある設定)跡に作られた博物館で、伊達政宗公縁の品々や仙台の歴史物などが展示してあります。もう、入館して政宗関係無さそうな特別展には目もくれず、縄文時代の遺物見ながらも、頭の中は「政宗!政宗!」(笑)
しかし、とてつもなく残念なことに、有名な政宗所用の具足…黒漆五枚胴具足(三日月の前立てが付いたもの)は特別展の余波でこの時は公開されていませんでした。
しかし、墓室出土の家紋いっぱい付いた刀(写真左)や仙台城の模型(写真右)には、非情に創作意欲かきたてられました。
第30話で出てきた、本丸物見部屋の「懸造り」は、この時はじめて知って取り入れました。右写真で言うと、左上一帯が本丸で、懸造りは、その一番手前、中央部になります。ちなみに、ヒロインの住む長屋は、堀の内側……三の丸(模型写真の中央)沿いの手前、右下付近になります。

お次は、本丸跡にある仙台城(青葉城)跡に向かいます。バスもあったんですが、待つのも面倒だということで雨の中15分くらいと言われた道のりを登ったんですが……実際はもっとかかった気がしました。でも、途中で昔の石垣や門跡など(写真左)見れたので、歩きを選択して良かった! 当時で言うと、丁度三の丸を迂回して本丸へ登る登城路を通ったことになります。
つまり、ヒロインの家から本丸までの出勤コースの一部ですね。徒歩だと、30分くらいかかると思われます……それも上り坂。大変ですね、ヒロイン。ちなみに、政宗がヒロイン宅へ遊びに来る時は、勿論馬使用です(笑)
当時の面影を忍びながら、ようやく本丸石垣と対面(写真中)。本丸跡に建てられた護国神社の入口でもあり、鳥居を潜ります。

青葉城見聞館を見学し、ようやく本丸跡から仙台市を見下ろすように建つ銅像とご対面!
夢にまで見た(笑)伊達政宗像……興奮して写真も撮るに撮ったり、いろんな角度から十枚以上!(写真左)
舐めるように眺め回した後、青葉城跡名物ずんだシェイク(写真中)を飲み(甘かったけど美味しかった!)、青葉城資料展示館の入口で思いがけず、仙台市博物館で見れなかった黒漆五枚胴具足に遭遇! レプリカでも何でも良い! すぐ隣に居た資料館受付嬢の痛い視線も何のその、これまた写真撮りまくり(写真右)。
嗚呼、本当にここにお城が残っていれば良かったのに……とつくづく思いました。
とにかく、具足撮影にも満足し、ようやく資料館の中へ。中には政宗公縁の品々もあり、そしてメインは「幻の仙台城をCG映像で復元」というCGシアター!
私たちの他に中年ご夫婦もいらっしゃったので私語は堪えましたが……いや、仙台城の大広間をCGで復元!っていう内容自体はすごく参考になって良かったのですが、ナレーターに冥界から甦った政宗と小十郎という設定でストーリー仕立てになってまして……「政宗様は良くここで隠れて昼寝をされておられましたな~」「なに、見ておったのか」「女中がそう噂しておりました」「ふん、捨て置け」「御意」――みたいなテンポで。何か言葉の使い方間違ってませんか的な会話に苦笑をこらえるのに必死でした。私たちの間で超一時的に「捨て置け」と「御意」がブームになった瞬間(笑)
バサラVirでやったらどうなるんだろう……
「女中がそう噂しておりましたぞ」
「フン、ほっとけ」
「御意」
――アレ?あんま変わんないや(笑)
仙台市内観光-瑞鳳殿・城跡……静かな墓所
続いて、政宗の眠る経ヶ峯にある御廟・瑞鳳殿へ到着です。政宗以下三代の廟と九代・十一代藩主のお墓などがあります。
杜の都・仙台を象徴するような豊かな自然に囲まれたとても静かな場所です。
左右に聳える杉並木を従える石段(写真左)は、藩政時代からのもので伊達家の禄高(62万石)を表しているそうです。政宗が晩年、死の数ヶ月前に訪れて、自分の墓所はここにせよと指定しただけはあるような静かな場所でした。資料館や臥龍梅(写真中)を見て、いよいよ煌びやかな瑞鳳殿(写真右から二番目)の前へ。
現在の廟は戦災で消失後に再建されたものですが、創建当時の姿を忠実に再現しているそうで、豪華絢爛な佇まいは圧巻でした。心静かに手を合わせ、二代忠宗公の感仙殿、三代綱宗公の善応殿と見学して、石段を下りました。
あの政宗がわざわざ自分の墓所を指定したくらいだから、生前も良く訪れていたんでしょう。
バサラでは、政務サボる為にちょっと散歩程度で出かけるご近所の林――そんな印象です。もちろん、ヒロインも無理やり付き合わされることも度々あったはず(笑)
この時点で15時近くなっており、空腹も絶頂なので、中途半端な時間で人気の無い城跡(諸事情で戻ってきた)のお店で食事。名物というハラコ定食をいただく。某事件で、自分の不甲斐なさにめっきり落ち込んでいた私を友人が心配してくれたので、迷惑かけた上に心配かけちゃイカン!と反省し、未央復活。無理やりテンション上げる為に、誰もいない店内で割り箸六爪流「Are
you ready!?」と、お馬鹿をやった所(写真右)、友人にウケたのでほっと一安心。(良い子はマネしちゃいけません・笑)
仙台市~秋保温泉……妄想温泉旅情
JR仙台駅からバスで本日の宿である秋保温泉に向かうために、城跡からタクシーに乗車。
これまた気の良い運転手さんに聞かれるまま秋保温泉に行く旨を伝えると、このまま割引で乗せていってあげようかと営業を持ちかけられる。
ウッカリ見に行くのを忘れてた大手門跡の櫓(写真左)を車内から眺め、一路贅沢にもタクシーで秋保温泉へ。
『伊達政宗も入浴した奥州の名湯』――そんなキャッチコピーで決めた秋保温泉ですが、疲れてはいたけど、広大なお庭がウリのところだったので、部屋からの眺め(写真中)だけでは満足せず、日暮れに差し掛かりましたが少しだけ散策しました(写真右・橋と三日月)
その後、温泉に入り、まったり妄想して癒され、美味しい豪華晩餐に舌鼓を打ち、夜中も一人で温泉入りに行ったりして思う存分満喫しましたvv

こちらの露天風呂は、室内風呂から少し離れた場所にあり、友人と妄想膨らませていました。
だって、温泉ですよ!? 政宗と一緒に行ったなら、ベタなラブハプニングは必須です!!(力説)
「あぁ~気持ちいい~……」
入口でタオルを外し、奥まで進んで体を沈めたは、思い切り伸びをして空を仰いだ。
冷たい空気と温泉の熱気が、体を心地良くほぐしていく。
このまま寝てしまいそうだと苦笑した時、しかし夢見心地な気分は唐突に終わった。
「――アン? そこに誰か居んのか?」
「っっ!?」
(ま…政宗さん――!!??)
なんで、どうして、疑問だけがぐるぐると頭を巡るが、ざぶりという水音で我に返った。
朦々と立ち込める湯気に遮られて全く見えなかったが、政宗が温泉に入った音だろう。
冗談じゃ無いとばかりに、は気配を殺して岩陰に移動した。
「誰だ! 出て来な!」
そっと移動した筈なのに、気付かれたのは流石と言ったところか。
は硬直したままぎゅっと体を縮こまらせた。
いくらお湯が乳白色で体を隠してくれていると言っても、このまま出て行くのは勿論論外。だが、タオルは入口……即ち、政宗の向こう側にある。
「出て来ねぇ気なら、こっちも容赦しねぇぜ?」
スラリと、刃を抜く音が聞こえての頬を冷や汗が伝った。
――万事休す。
「……にゃぁ」
「………………」
「……………………………」
「…………………なんだ、猫か」
苦し紛れの鳴き真似がまさか通用した!?――そう喜んだ刹那、ばしゃばしゃとお湯をかき分けて、逃げる暇も無く政宗に腕を掴まれた。
「よぅ、知ってるか、Kitty? 猫は風呂が苦手なんだぜ?」
――ハイ、とまあそんな感じで。個人的にはこの後は紳士政宗希望ですが(笑)温泉は立派に萌え要素でございます。
その内、番外で温泉話書きますので、お楽しみにv
3日目(20061028)
秋保温泉-磊々峡・秋保大滝~松島……慌しく大移動
この日は松島へ移動しなければならなかったんですが、秋保に来てどこも見て無いよ……ということで、日本三大名瀑の一つでもある秋保大滝を見に行くことに。
バスの時間まで、秋保温泉街にある磊々峡(写真左)をダッシュで見て回り、バスで一時間ほど揺られて秋保大滝へ。
この辺は、政宗が馬で飛び回ってそうな大自然がいっぱいです(笑)
その後、仙台に戻り、電車で松島へ向かいました。
松島-天麟院・円通院……ようやくまったり散策v
松島海岸駅に着いたのは昼過ぎ。まずお昼ご飯を食べようと歩き出しましたが、天麟院の前に差し掛かったので、先に拝観することに。
天麟院は、政宗公と正室愛姫の娘・五郎八姫の菩提寺です。政略結婚の末に離婚して仏門に入ったという、この時代の不幸な姫君の代表的な御方。
お次は円通院へ。ここは、政宗公の嫡孫・光宗公の菩提寺です。若くして夭折されましたが、文武両道で余りにも優秀だったので幕府に毒殺されたというのが定説だそうな……。まあ、物凄い天才と評判でその上「あの政宗の孫」となったら警戒されるのも当然かと思いますが……現代の感覚ではちょっと理解が難しいですね……。しかし、菩提寺であるこのお寺は、広いお庭がとても綺麗な素晴らしい所でした。(写真中) 霊廟である三慧殿(写真右)にある厨子には支倉常長が西洋から持ち帰ったバラが描かれていて(日本最古の洋バラ)、円通院はこのバラを題材にした庭があることから「バラ寺」とも呼ばれています。丁度この日からライトアップが始まっていたので、日没後にもう一度来ようかとも話していたんですが、結局疲れ果てて来れませんでした~……残念。本堂で行われている数珠造り体験でセンス皆無な数珠も作りました。
松島-瑞巌寺……余裕は妄想を生む
円通院からお隣へ歩いて、やって来ました瑞巌寺!
政宗公の菩提寺であり、生前心血を注いで完成させた豪勢な大伽藍です。松尾芭蕉も絶賛した豪壮さで、本堂や庫裡(写真中)は今も国宝に指定されています。
中門を入ってすぐに両脇にあるのが臥龍梅(写真左)。朝鮮出兵の際に政宗が兜に苗を入れて持ち帰ったものだそうですが、瑞鳳殿のものと2つ見たことになります。
撮影禁止だった本堂は、仙台城の大広間と非情に似た造りになっていて、お城が見られないだけに大変貴重でしたv 宝物館でも甲冑姿の政宗木像などが見れました。
さて、瑞巌寺を出て、海岸沿いへ向かいます。中門から総門まで、両側に杉林が並ぶ一本道(写真右)。私たちはお隣の円通院から来たので行きは通っていませんが、ここが正式な山道です。太陽の光も遮る程背の高い杉が林立しているので、静かで薄暗く清浄な空気を感じました。ここを馬で駆け抜ける政宗を妄想してウットリ(笑)
瑞巌寺を訪れた政宗に、伝令隊のヒロインが急使としてやって来る――という29話のシーンは、この時の妄想です(笑)
松島-みちのく伊達政宗歴史観・松島の夜……これでもか!の政宗づくし(笑)
そろそろ陽も落ちてきましたが、松島の海岸沿いを歩いて、みちのく伊達政宗歴史館へ。
みちのくの偉人と伊達政宗公の生涯を表したろう人形があります。
まず入口に伊達家の家紋竹雀紋の提灯が並び、売店の入口は三日月兜仕様!(写真左) これは期待が高まります!(笑)
閉館が迫っていたので、割と急いで見学したのですが、生まれた所から晩年まで、ろう人形でいろんな場面を作ってあって、そのこだわりぶりに感激しました。この旅で一番私たちのテンションに相応しい場所だったかもしれない(笑)
売店でウッカリ三日月兜の置物と、竹雀紋の箱(中の漬物はおまけ)まで買ってしまいました~満足v
4日目(20061029)
松島-五大堂・観瀾亭……早起きは三文の得? コレよ、コレー!!
昨日タイムアップで見れなかった場所を見る為に、当社比で早起きしてホテルを出発!
まずは五大堂です。
言わずと知れた松島のシンボルですが、現在の建物は政宗公が再建した桃山式の建築物です。慈覚大師円仁よって五大明王像が安置されたことから、五大堂と呼ばれているそうです。
海岸からかかる小さな橋を三つほど渡ると、海を見晴らすように堂々とした佇まい……。この日は日曜日だったので、もう少し遅かったら団体客が立て続けに訪れていたようで、早起きして良かったと痛感。
続いて、またもや海岸を歩いて観瀾亭へ。
観瀾亭は、元は秀吉の伏見桃山城にあった茶室を政宗がもらい受けて、そのまま移築されたものです。観月の亭として、また藩主らの松島遊覧や接待時の宿泊施設としても使用されたようです。
現存しているのは、三方が縁側の部屋が2室(写真中)で、この写真の隣の部屋は金箔と極彩色で装飾された豪壮な部屋なのですが、撮影禁止だったので残念。とにかく、これらの部屋を横目に通り過ぎて、まずは隣接する松島博物館を見学します。
博物館には、伊達家縁の品々が本当にたくさんあって、非情に見ごたえがありました。お土産として売られている政宗公御遺訓も自分用と弟・友達用に大量にしっかりゲット。イイ事おっしゃってます。
博物館から出て、先程の部屋に戻って来て、入口で頼んでおいたお茶セットが出てきました。
いろいろとメニューはあったのですが、私たちはずんだ餅をチョイス。人生初ずんだです。
折角なので写真の部屋に上がらせて貰って二人でまったりお抹茶とずんだをいただく……。美味しいvvvすっかりずんだ餅に心奪われました(笑)
途中、団体さんが来たりして「何であんなとこでお茶してんの?」的な目で見られたりもしましたが、朝早めの時間だったこともあってほとんど貸切状態で、二人で写真撮りまくったり、ゆっくりと過ごせました。
室内からの松島の海(写真右)を眺めて、政宗公もこうやってこの海を見たんだなぁ…と感慨に浸り……妄想にも浸りました(笑)
政宗の時代にはもっと広かったとして、松島の別荘ってとこですね。
ヒロイン連れて遊びに来てても、何らおかしいことはありません。
ウチのドリでも、いつか両思いになった二人を遊びに来させて、月見酒とかさせたいものです……。
「月明かりが海に映って……すごくキレイですね……」
「Ofcause。ココから見る月は、天下一だぜ?」
「ふふ……天下一の月と、天下一のお酒……その上隣には天下人ですか」
「これ以上無い贅沢だろ?」
――いや、両思い以前にダークシーンの舞台にしてもいいかもしんないな……(笑)
松島~塩釜……遊覧船とカモメと鷹と
至福の癒しタイムを経て上機嫌のまま、桟橋へ。
ここから松島湾の島めぐりを経て塩釜へ向かう遊覧船に乗ります。
海から見た五大堂(写真左)と松島に別れを告げ、いざ出航!
約50分間のクルージングです。船内アナウンスで点在する島々の説明がされる中、乗船した人たちは徐にカモメに餌をやり出す。餌は船内で売っていました……かっ●えび●ん(笑)
遊覧船イコール餌撒き船とでも思っているらしいカモメたちは、ほぼ50分間ずっと船の周りをぐるぐると回りながらぴったりとついてきます。窓から手を出して、え●せんをそいやっ!と投げると、スイーっと飛んで来て空中キャッチ! めちゃめちゃ上手いです。こいつらプロだぜ…!
「左手に見えますのは、千貫島と申しまして、その昔、伊達政宗公が殊のほか気に入り、舟遊びの際に、「この島を余のやかたに運ぶものあれば千貫をつかわす」と言ったことからこの名前が付けられました」というアナウンスが流れている時も、「何か政宗がどうとか言ってるよ!」「えっ? ついカモメに夢中になってたよ!」と聞き逃す始末(笑)
結局二人で後尾デッキに出て、海風に吹かれながらほとんどをカモメと戯れていました。
しかし、そんな時に奴は来た……なんか茶色いのがいるな…と思ったら、鷹!? 太郎丸!?(笑)
翼が大きくてスピードが速いのでカモメのように小回りが利かないらしく、中々餌に有りつけないらしい……よっしゃ、任せろ! とばかりにタイミングを見計らって……来た来た…そりゃっ! 見事餌付け成功!
政宗だったら、六投流でしょうか(笑)

塩釜~白石-片倉家中武家屋敷……釣り鐘の町
塩釜に到着して、塩釜駅から電車に乗り、仙台を経由して、本日の目的地・白石(しろいし)市へ。
仙台から特急約40分程のこの町は、政宗の時代に片倉小十郎景綱が白石城主となって以降、明治維新まで二百六十年余りを白石氏が治めた城下町です。仙台とは違ってちゃんとお城の天守が復元され、町のシンボルとなっています。
仙台の仇は白石で取る! とばかりに、お城~お城~!と暢気に出向いた私たちをまず迎えたのは、片倉家の旗印ともなっている釣り鐘でした(写真左)。地図を見ながら早速行動開始です。
地図を見ても位置関係を把握できず、まずはお城を目指しました。駅から十分~二十分程歩いて到着。取敢えず腹ごしらえしようと、お城の傍のお店で白石名物の「うーめん」を食べました。油を使わない麺で消化が良く、胃に優しいんだとか……小十郎さんには必須ですね。っていうか、バサラ小十郎だったら自分の為に開発してそうだ(笑)
食事後、まずは武家屋敷へ。
片倉家中旧小関家武家屋敷は、白石城の北、三の丸の外堀にあたる沢端川に面した地にあって、今も川と緑に囲まれた美しい場所です。
宝暦11年(1761)の白石城下絵図によると中級家中の屋敷だったそうで、当時の中級武士の生活を知るには格好の史料です。

外観や内部など、妄想のままにたくさん写真撮って、とても参考になりましたv
(写真・上段右2枚と下段)

もう、妄想炸裂でした。
奥州編のヒロインの長屋は二間設定ですから、こんなに広くは無いのですが、甲斐編中盤でのヒロインの住居となる離れは、丸っきりこんなイメージです。大きな囲炉裏と、広い土間・台所、小さめでも日当たりが良くて気持ちいい庭……幸村や佐助が入り浸り、信玄公も通う箱庭みたいな住居希望。
白石-白石城・歴史探訪ミュージアム……鬼小十郎に度肝を抜かれるの巻
武家屋敷を後にしてまたもやテクテクと歩き、城に戻ります。
天守の写真を様々な角度から写真に収め(写真左・その内サイトの玄関画像になります・笑)、一の門(写真中)と二の門を通って、城跡へ。
そもそも白石城は白石市の中心部にあった平山城で、家康の江戸時代に入ってからは一藩一城という取り決めがあったにも関わらず、仙台城と並んで黙認されたそうで、家康が小十郎の実力を認めていた為とも言われています。
そんな白石城天守は三層からなってますが、一番上からの眺めは中々に壮観でした。例によって政宗もここに立ってこの景色を見たのかしら……としばし妄想に旅立ちました(笑)
「……小十郎さん、本当に良かったんですか? 私を匿ったりなんかして」
天守の最上階……城下を見晴らす手摺の前に、膝を抱えたは座っていた。
こちらを振り向かず、白石城下に向けられている顔は、一体どんな表情をしているのだろうか……
政宗は目を伏せたまま、階段を上りきった。
「政宗さんに知れたら、大変なんじゃないですか? 最悪、武田と内通しているなんて思われたら……」
「………その心配は無ぇ」
声を掛けた瞬間、がばっと振り向いた。
小十郎だと思っていた訪問者が政宗だと知って、大きな目が驚き一色に彩られている。
「小十郎が俺に隠し事するなんてこたぁ、絶対に有り得ねぇからな」
「……………政宗さん」
呆然と呟かれる自分の名前を、政宗は鈍い痛みに苛まれながら聞いていた。
――というようなシリアス展開も、いつかあるかもしれませんね~(笑)
いずれにせよ、白石城は何らかの形で登場させたいと思ってます。

帰途……バタバタ旅行終了!
白石を堪能して仙台に戻り、空港に着いたのはフライト30分前で結局最後までバタバタ……。
帰りの方が飛行時間長かったので、ひたすら旅行で妄想したことをメモに走り書きして過ごしました(笑)
今回は完璧に計画立てた!と思ってたのに実際行ってみるとかなり穴だらけでしょんぼり反省……。
ひたすら伊達政宗だった仙台への旅……次があれば、桜の時期にでものんびり行ってみたいと思いました。
ドリのネタ、資料などをたくさん得ることができたので、大満足ですv