ウチには、所謂、才色兼備・文武両道、そして将来的には良妻賢母も難無く兼ねてしまいそうな……要は真面目で優秀なお姫さんが居る。
最近出来たって言った方が良いのかな?
お館様の末の姫様なんだけど、幼い頃に誘拐されて、ついこの間、俺様の大活躍によって武田家に戻って来たところなんだよね。
大将を始めとした血縁者や古参の家臣以外にとっては、その存在さえ知らなかったってんで、最初は戸惑う連中も居たんだけど、本人の器量で現在鋭意懐柔中――ってね。
とにかく、そんな優秀で強かな姫さんは、大将の寵愛厚く、幼馴染に当たる旦那とも仲が良く、忍の俺様まで『家族』なんて言ってくれる本当に良い子なんだよ。
そんな姫さんだから、俺様も旦那も、常日頃心配していると同時に一目も二目も置いているんだけど……
だけど、怒涛の半生の影響か、時々真田の旦那もビックリの突拍子も無いことを言い出したりするんだな、これが。
ある日、戦の演習で近くの河原に軍の三分の一を連れて出た時のことだ。
各所に隊を配し、敵に見せかけた黒い旗と向かい合う。
指揮を任されている真田の旦那が目を配り、陣構えの甘い箇所などを指摘している傍ら、俺様は旦那が地に突き立てた槍の上に立ち、遠くを見晴らして旦那にその様子を伝えていた。
――これは至って普通のことだ。
そうだよ、俺様ただ真面目にお仕事してただけだよね?
だが、姫さん――はそうは思わなかったらしい。
「ずるい」
自分も一隊を率いて演習に参加していた姫君は、唐突にそう言った。
「ずるいって……一体何が?」
「佐助と幸村ばっかり、そんなに仲良しでずるい!」
「仲良し……でござるか?」
流石の旦那も、返答に困っている。
そりゃそうでしょ。
確かに俺と旦那はもう結構長い付き合いだから、お互いの戦闘スタイルや考え方は知り尽くしててこういう場でも一々口で確認したりする必要はない。
けどそれって、どっちかっていうと主従間の信頼とかいうもんであって、仲良しとかそういう可愛らしいのとは……違うよね?
苦笑して反論すると、なぜか姫はますます不機嫌になって頬を膨らませた。
「自覚無しだし」
ため息までつかれても、俺様も旦那も何も言えない。
言えないのをいいことに、は更に突拍子も無いことを言い出した。
「私も忍の修行する!」
びっくり仰天したのは、後から聞かされた大将も一緒だったと思う。
だけど、俺やましてや旦那がに口で勝てる筈もなく、あっさり姫君の希望は通った。
でも考えてみれば、苦労すんのって俺様一人なんだよねー……まあ、と一緒ってのは楽しそうだからいいんだけど、旦那に嫉妬されるのは……んー、まあ、それも考えようによっちゃそれもおもしろいかもね。
「あぁぁぁぁ…、気を付けよ、そこは慎重に……」
「うるさいわよ、幸村! 余計気が散るからあっち行ってて!」
全くもってその通り。
うんうんと頷いた俺様がとどめだったのか、一人手に汗握ってわめいていた旦那は、しおしおと項垂れて沈黙した。
萎れた耳と尻尾が見えるのは俺様だけじゃないと思う。
落ち込むくらい邪険にされてもそれでもまだその場に留まっている姿は、忠犬そのものだ。
が修行を始めて三日目――
忍の修行と言っても基礎の体作りがせいぜいなんだけど……普通は。
血は争えないというか、流石甲斐の虎の娘なだけはある。
三日目にして手裏剣やクナイなどはある程度の命中率に達し、身のこなしも随分軽くなった。
今は木から木に飛び移る練習の真っ最中で、下でおろおろと真田の旦那が見守っている。
旦那の言葉にうっかり気を取られるじゃないと思うけど、足でも滑らせれば本当に危険だ。
思いがけないことやってくれるからねー、この姫さんは。
月明かりしか出てないことだし、常人の目じゃ足元も覚束無いだろう。
ちゃんと俺様が見てないと。
「何もこんな月の綺麗な夜に危険なことをせずとも……」
ぶつぶつと呟いた旦那の声に、がふと月を見上げた。
俺様もそれに倣って東の空を見やる。
あれま、ホントに綺麗な満月だこと。
思った瞬間、の気配が変化した。
「……!!」
慌てて飛び出した俺よりも下に居た旦那の方が早く、間一髪で受け止めた。
見事に足を滑らせて転落したは、旦那の腕の中で目をパチパチと瞬いた。
「大丈夫でござるか!? どこか怪我は!?」
慌てて聞いた旦那に、はじっと相手を凝視していた視線を見開いて、頭をぶんぶんと横に振った。
言葉に否定を返すというよりも、何かを振り切るようなその仕草。
それだけでが何を思って……頭に思い浮かべて足を滑らせたのかを悟ってしまった。
あー、これだから、目端のきく忍なんてなりたくてなるもんじゃない。
普段は抜けてる旦那も気づいたみたいだったけど、何も言わずにその手を離す。
……あちゃー、あれは密かに落ち込んでるな。
そりゃ、抱き留めたのは自分なのに、腕の中で恋敵のことを想われていたのでは堪らないってもんでしょ。
はっきり言って、俺様としてもかなりおもしろくない。
気乗りしないし、今日はここまでだな。
「……まあ、に怪我がなくて良かった良かった。そんじゃま、今日はこの辺でお開きとしますかね」
「え、もう? こんなんじゃ、いつまで経っても佐助みたいになれないじゃない!」
このの言葉には、俺様もがくりと項垂れる。
「まさか本気で言ってる? 生まれた時から忍修行してるのに、そんなに簡単に追いつかれたら俺様立つ瀬無いでしょ。大体、なんで今さら忍の技を身につけたいなんて言い出したの」
疲れたように言うと、はむっと言葉に詰まった。
うう……この顔に俺様も旦那も弱いんだよ。
ここは、からかって煙に巻くしかない。
「あー分かった。俺様と旦那が仲良しだって怒ってたってことは……もしかして、俺様に嫉妬した? も旦那ともっともーっと仲良しになりたいとか?」
わざと意味深に言えば赤面でもするかと思ったのに、は真顔で「うん、そう。だって私だって戦場でだって幸村と一緒に居たいもの」と言った。
驚いて旦那の顔色を窺えば……あちゃー、完全にやられちゃってるね。耳まで真っ赤。
そしては、更にこう続けた。
「それに、佐助みたいに早く行動出来たら、佐助と一緒に走れるでしょ? そしたらいつも伝令や密偵で出かけることも多い佐助とも、もっと一緒にいられるじゃない」
面喰った俺様は、不覚にも顔が熱いのを感じた。
ちょっと、それは反則だと思うよ、姫さん。
嬉しいこと言ってくれすぎ。
「……幸村も佐助も、顔赤いわよー。あはは、かわいい!」
「ちょっ、かわいいって……」
大の男に向かってそれは無い。
分かって言っているだけに性質が悪いけど、それでこそだと思えてしまう。
……あれ、これって煙に巻かれたのって俺様たちの方?
「……普通、一国の姫さんがこんな男殺しなセリフ言わないよ?」
お説教のつもりで言ったのだが、はにっこりと笑って言った。
「Birth is much, but breeding is more――ってね」
「え?」
「こう見えても庶民育ちだから。処世術は生きてく為に必要でしょ?」
はー……全く降参。
才色兼備・文武両道、その上小悪魔的に世渡り上手なウチの姫さんは、きっとどこででも生きて行けるだろう。
だけど、その分被害者が拡大するんだろうなーと思うと、甲斐のこの顔ぶれの中で平和に留まっていてくれるのを願うばかりだ。