The biter is sometimes bitten. -ミイラ取りがミイラになる-

「春になったらお花見したいですねー」

 以前そういう台詞を、は確かに口にした。
 自宅で酒を飲んでいる時で、いつもの晩酌雑談だったので本当に何気無くそう漏らしただけだったのだが、相手を考えてから言うべきだったかもしれない。
 酒盛り友達――何とも色気の無い言い方だが、あながち間違ってはいない――である彼は、奥州一帯の最高権力者にして、当代一のこだわり派――伊達政宗だったのである。

! 喜びな、お前がやりたがってた花見の宴やるぞ! Let's Party!!」

 ある日、珍しくも早朝から家に押しかけてきた政宗は、文字通りを叩き起こしながら異様に高いテンションでそう告げた。
 しかし、が起き抜けの頭で相手の神経を疑ったのも無理からぬものがある――それは、まだ奥州が雪に閉ざされた三月頭のことだった。

 政宗が言うには、奥州各地の地主を集めた先日の会議(伊達軍では「集会」と呼ぶらしい)で、絶好の花見スポットが見つかったのだという。
 聞けば、米沢よりもやや東北だそうだが、尚更花見の季節には程遠い。

 が言ったのはもちろん桜の花見だが、花の種類までは言わなかったので勘違いさせたのかもしれない…と省みる。しかし、それは丸きり杞憂だった。

「Ahhh? 花見っつったら桜って相場が決まってんだろ」
「え……でもまだ咲いて無いんじゃ……あ、物凄く早咲きの桜なんですか?」

 極一般的な思考だろうを、政宗は馬鹿にしたように思い切り鼻で笑い飛ばした。

「こんな真冬に花見出来る訳ねぇだろ。折角のpartyだ。今から段取りしてとびきり粋なのにしねぇでどうすんだよ」

 どうするもこうするも、それじゃあなんでこんな早朝から起こされる必要があったんですか?――そう聞こうとして、止めた。
 この根っからの『殿様』にそんな庶民の苦情を言っても無駄に違いない。
 それに、まあ……がやりたいと言った花見にここまで力を入れてくれているのが嬉しかったのも事実で、その時は絆されてしまったのだが……


「え!? また延期なんですか!?」

 未来の暦で四月に入ったある日、耳に入った話には思わずそう声を上げていた。

「そうなんだよ~、何でも殿お気に入りの真鯛が今日の仕入れに無かったらしくてさー」
「真鯛の仕入れ……」

 政宗らしいと言えばらしい理由だが、これで通産五回目の延期である。……ちょっと笑えない。

 しかも、かなり大々的な宴にするらしく、奥州の主だった顔ぶれを全員招待している。
 遠方に住む人たちは予め米沢城に入っているので、当初の予定日であった七日前から滞在していることになる。
 その接待役という貧乏くじを引かされている成実は、半分自棄、半分涙目になりながらに愚痴っていた。

「世話すんのは良いんだよ。子どもじゃないんだから女中に任してたら大抵のことは片付くしさ。けどジジイが多いからネチネチネチネチネチネチネチネチ…延々と嫌味言われるんだよね…」

 あははと笑う声は湿度0%、カラカラに乾いている。

「……これ以上は洒落にならねぇな。、政宗様に今度こそ決行するよう、上手く話を付けてきてくれませんか?」

 疑問系ではあったが、上官に当たる小十郎に笑っていない目で言われれば、それは絶対命令も同義である。

 かくしてその夜、政宗の執務が終わった頃を見計らって、は上等の酒を持たされて政宗の部屋へ放り込まれた。
 しかし、「普段なら伽役の端女の役目なんですが……」という申し訳無さそうな綱元の言葉を聞かされたは、部屋に入る前から不機嫌極まりない状態であった。

 が夜中に部屋を訪れても、政宗は何の躊躇いも無く「おう」と砕けた口調で応じる。
 どうせは、政宗にとって女では無い。
 ただの酒盛り友達だと分かってはいたが、こう分かりやすく示されるとムッとしない訳が無かった。

「明日のお花見、楽しみにしてますから」

 それでも務めは果たそうと開口一番に言って、酒だけ置いて出て行こうとしただったが、政宗にがしりとその手を捕まえられた。

「Naturally、楽しみにしてろ――で、何でお前は酌もしねぇまま帰ろうとしてんだよ」

 些か眉間に皺を寄せて言う政宗に、は冷たい一瞥をくれる。

「私の勤務時間はとうに終わっております。これより先の殿のお相手をすべき方は、別にいらっしゃると思いますが?」

 少し驚いたように目を瞠った政宗は、次の瞬間苦々しげに顔を顰めた。

「また誰に何を吹き込まれやがった? アァ? どうせ成実の馬鹿辺りだろーが」
「これ以上無い程誠実な綱元さんに、本来は伽役の仕事なのにと謝られただけですよ」

 ここまではっきり言えば分かるだろうと、恥ずかしさを我慢して言い捨てたは、しかし掴まれた腕を強く引かれて後ろに引き倒された。

「――なんだ、。jealousyとはまた可愛いこと言ってくれるじゃねーか」

 後ろから抱きしめるような格好で耳元に低い声を落とされ、は真っ赤になって飛び退った。
 妙に嬉しそうな顔は反則だと言いたい。

「ジェ…ジェラシーって何のことですか!」
「照れんなよ、Honey。Ah……一応言っとくが、城主の伽役なんてもんがあったのは父上の代までだ」
「え……?」

 思いがけない言葉に、は反射的に背を向けた。
 妙に嬉しいような不可思議な気持ちだが、それを政宗に悟られるのは何だか悔しい。

「綱元はその頃から仕えてるからな。あいつなりにお前に気を使ったつもりなんだろうが……damn!後で覚えてろよ…」

 最後の独り言のような言葉を聞き咎めて、は慌てて振り向いた。

「も…もう分かりましたから! 綱元さんは叱らないでくださいよ!」
「Ah-han……お前の綱元贔屓は相変わらずでおもしろくもねぇが……まあいい。ほら、それよりもこれ見ろよ」

 まだ眉間の皺は無くなって居なかったが、取り敢えず穏やかに言われたのでも大人しく従った。
 政宗の正面に腰を下ろして手元を覗き込むと、それは地図…というか見取り図のようだった。

「party会場だ。ここが上座、余興の楽舞台に能舞台、こっちが騎馬隊、鉄砲隊、弓隊で、そっち側が各武将の部隊だろ。んでここが……」

 示された場所を順に目で追いながら、ふむふむとは頷いた。
 上座となっている場所には政宗がわざわざ花見の為に建てさせた宴席となる小屋敷が有り、そのまわりは広大な池、背後は小高い丘になっている。
 池の周りをぐるりと囲むように桜の木が所狭しと並んでいるのだという。
 その各所に、政宗によって考え抜かれた趣向が散りばめられ、家臣や招待客の席が設けられる。

「うわー……これって、この池に桜が映ってすごくキレイなんじゃ……」
「It's a correct answer. 桃源郷も斯くやっつー場所らしいぜ?」

 得意げに言う政宗につられて、も想像してみた。
 澄んだ水鏡に映りこんだもう一つの世界……満開の桜がそれぞれ引き立て合い、美しい楽の調べがその場を満たす。
 美味しい食事と美味しいお酒……上機嫌に杯を傾ける政宗……

「……ああ、でも、夜桜っていうのもすごくキレイでしょうねー……」
「What? 夜桜? 夜なんて桜も何も見えねぇじゃねーか」
「だから、ライトアップするんですよ。えーと…篝火とかを大量に焚いて、桜を照らすんです」
「Oh、light-up! イイネェ…coolじゃねぇか! 月明かりの桜ってのも悪くねぇしな!」
「あっ、いいですね、お月見とお花見一緒に出来るなんてすごい贅沢! となると折角だったら満月がいいですよね」
「Ahー…昨日の月も大分満ちてたと思うが……」

 その後、延々と花見の趣向について話が盛り上がり、結局朝まで話し込んでしまったは、朝一で顔を合わせた小十郎を見てはっと顔を引きつらせた。

 今度こそ花見を延期させないようにするという自分の役目をすっかり忘れていた――

「The biter is sometimes bitten, you see?」

 事情を聞いた政宗がここぞとばかりに小馬鹿にした顔で耳打ちして来たが、片足を踏んで睨み付け、は必死で小十郎と成実に謝り倒した。

 だが、どれだけ謝っても政宗の中で固まった決定事項が翻る筈も無く――

 結局、伊達軍花見の会が催されたのはそれから三日の後――満月の日であった。








ヒロインも相当凝り性のようです。似たもの同士(笑)
CLAP