You live to eat. - 花より団子 -

「幸村? 良かった、探してたの。そこで何して……」

 そうして呼びかけに振り返った幸村に、は危うく悲鳴を上げる所だった。
 それを何とか堪えた代わりに出たのは、更なる驚きと、乾いた笑いだった――



「くくく……はは…! もうマジで勘弁! あ~腹痛ぇ~!」

 それから数分後、後からやって来た佐助に事の顛末を話すと、佐助は腹を抱えて爆笑した。
 忍がそんな大声で笑って良いのかという気持ちは今更だろうか。
 幸村はそんな佐助の爆笑が耐え難い恥辱とばかりに赤い顔で耐えている。

「――いい加減にせぬか、佐助!」
「そんなこと言ったって旦那、お間抜けすぎだってー…くくく…!」
「っ~~もう良い! お前の今月の給金は無しだ!!」
「なっ…!? そんな、旦那ぁ~! 笑ったくらいでいくらなんでも横暴すぎだってー! ほら、からも言ってやってよ」

 思わぬ方向に流れた話に、は呆れたように溜息をついた。
 ――本当は見ているだけでもすこぶる楽しいのだが、こうした方がもっとおもしろいことは今までの経験から実証済みだ。

「……はいはい。佐助、ご愁傷様」
「俺じゃなくって、旦那にだって!」
「なぜ某がから怒られねばならぬのだ」
「旦那が横暴だからだろー! こんっなに尽くしてるっていうのに……」

 よよよ、と泣き真似してみせる佐助に、純粋な幸村は少し心動いたようだが、はそれを制するように幸村の隣に座って、真面目な顔を作って言った。

「私は幸村は悪くないと思うよ? 武士を笑いものにするなんて、佐助の方がひどいと思う」
……!」

 ぱぁっと顔を輝かせて見つめてくる幸村の後ろに尻尾が見えるのは気のせいだろうか。千切れんばかりに振って喜びを表現しているワンコのようだ。
 は頭を撫でたくなる衝動を堪えて、憮然としている佐助を見遣った。
 不機嫌を露にした佐助の珍しい表情に苦笑して、それに……と言葉を続ける。

「佐助は尽くしてるばっかりじゃないんだから、プラマイ0ってことで」

 以前、佐助とゆっくり話してみて知ったことだ。
 ともすれば闇に引き込まれそうになる心を、幸村の真っ直ぐな気性によって救われている――それはの推察だけでなく、佐助本人も認めるところだった。
 天地がひっくり返ろうとも、佐助がそのことを幸村に教えることはなさそうだが。

「……どういう意味でござるか?」
「……性格悪いよ、

 訳が分からず首を傾げる幸村と、げんなりと顔を顰める佐助。
 は微笑ましい二人に苦笑した。
 この二人には、いつまでも変わらないでいてほしいと思う。
 ――羨ましいからでもあるし、純粋にが見ていておもしろいからというのもあるけれど。

「――それにしても幸村、そんなにお腹空いてたの?」
「いや、そういう訳でも無いのだが……アレを食わぬとどうしても調子が出ぬのだ」

 アレ、というのは、が見つけた時に幸村が食べていた団子のことだろう。
 そもそもの発端は、幸村が隠れるようにして団子を食べていたことにあった。
 ただ普通に食べていただけならいいのだが、の呼びかけに振り返った幸村は――

 ――串団子を一気に十本近く口に入れていたのだ。

 みたらしのタレを口の周りにたくさん付けて口いっぱいに団子を頬張る幸村……どんな面相になっていたかは推して知るべし。
 怪談が苦手なは、一瞬そういったお化けの類かと思って叫びかけたのだが、それを堪えた次の瞬間、幸村はその頬張っていた大量の団子を一口で飲み込んでしまったのだ。
 ……怖いを通り越して、開いた口が塞がらなかった。
 佐助が『間抜けすぎる』と言って爆笑するのも分かる。

「いくら甘いもの好きとは言っても、一度にあんなに食べるなんて知らなかったからビックリしちゃった」
「そうなんだよ……一体どこに入ってるのか知んないけど、燃費悪いったらありゃしない。間食は一日一回って言っても全然聞かないんだよねー」

 疲れたように溜息をつく佐助は、まさに『男の子の母親』が堂に入っている。
 相変わらずだなぁ…と感心して眺めていると、不意に鋭く目線を上げた佐助と目が合った。

「……? いま何か変なこと考えなかった?」
「えっ…? ううん、別に?」
「なーんか引っかかる言い方だよねー。ねぇ、そう思わない? ホントに違うって言い切れるの――?」

 縁側に座っていた体勢からずずいと詰寄られて仰け反ったは、大きく目を見開いた。

(ちっ…近いー!)

 傍から見たらまるで押し倒されそうなその距離に、は本気で焦った。
 近くから見ると一層整った佐助の容貌が際立って思わず顔が熱くなるが、それを悟られるのはいかにも癪だ。
 横目で助けを求めるつもりで幸村を見たが、顔を真っ赤にしたまま固まっていた。

「ちょっ…ちょっと、佐助……っ!」
「何、? そろそろ観念する?」

 何をだ――!
 そう思った瞬間、頭に浮かんだ『キス』という単語に、すっと頭に上っていた血が冷えたのを感じた。
 突然の『キス』を最後に分かれた、隻眼の青年――……

「……――佐助、あーん」
「えっ、ってば大胆! はい、あーん……」

 大きく開けたまま迫ってくる佐助の口に、は懐から出したものを素早く押し込んだ。

「うぐっ……!? な…何コレ……?」

 顔を顰めた佐助のべろりと出した舌の上に乗っているのは、先ほど完成したばかりのの手作りクッキーだった。

「別に毒じゃないから安心して。向こうのお菓子でクッキーっていうの。折角だから、甘いもの好きな幸村にあげようと思って持ってきたんだけど……」

 言って幸村の方を見れば、まだ硬直していた彼は、自分の名前が出てようやく我に返ったようだ。
 真っ赤な顔のまま眉を吊り上げて、大きく口を開いた。

「はっ…はっ…破廉……………………むぐ…っ!!」
「はい、幸村。私の手作りなんだから、しっかり味わってね。――どう、美味しい?」

 大音量の『破廉恥』が飛び出しそうな危機を回避する為に、は幸村の口にもクッキーを詰め込んで自分の手でその口を無理やり押さえこんだ。
 近くなった距離に動揺したのか、幸村は今度はに向かって顔を赤くし、しばらくしてコクコクと何度も頷く。

「うっ…美味いでござる…!」
「そう、だったら良かった。……でも、幸村の食欲だと全然足りないかな……」

 は眉を下げて苦笑する。団子を食べる幸村を見て感じたことだった。
 今回作ったクッキー(材料が揃わないので、相変わらず『もどき』だが)は、試作品だった為に少ししか無い。
 せいぜい後2~3枚だったので、渡すのもやめようかと思っていたくらいだ。

「そんなことは無いっ!」
「えっ……!?」

 しかし、すぐに返って来た強い否定と共に肩を掴まれて、は驚いて顔を上げる。
 幸村は至って真剣に言った。

の作ったものなら、量など問題にはならぬ! 某にとっては、何よりの馳走だ!」
「…………そ…そっか……」

 至近距離から真っすぐに見つめて殺し文句を吐かれたは、そうとしか返すことが出来なかった。

「……旦那のそれって、絶対反則だよね……」

 佐助の呟きに、も内心で激しく同意する。
 これで無自覚だというのだから、幸村自身の方がよっぽど破廉恥だ。天然タラシの素養抜群である。

「ゆ…幸村……そろそろ……」

 離して、と言おうとしたは、上機嫌の幸村に遮られた。

「だが、量があれば尚嬉しいことは確かだな! 、もっと作ってくれ!」

 その場に、痛々しい沈黙が横たわる。

「……これが天然の罠だよねー……」
「…………You live to eat. 」

 何だか複雑なは、肩を落として苦笑した。

 真田幸村撃破の方策は、武や兵法では無く、『餌付け』なのだと……
 そんな不名誉な事実が広まりませんようにと願いつつも、
 結局幸村に甘いは、彼の望みを叶える為に腰を上げたのだった。











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