Knowledge is power. - 知識は力なり -

 それは、あまりにも唐突だった。

「お待ちなされ、政宗様!」
「Nonsense! 待てって言われて待つ馬鹿はいねぇぜ、小十郎!」

 日常業務をこなしていたは、仕事の書簡を抱えて三の丸の官舎を出た所だった。
 突如目の前を走り抜けた城主と直属の上司の二人に、呆然と目を瞬く。

 なぜこんな所に。とか、
 なぜ追いかけっこをしているのか。よりも、気になったのは、
 なぜ政宗の手に大量の野菜があるのか、だった。

 その量は本当に半端では無く、特大の籠いっぱいに詰まっており、あんなのを持ってよく走れるなと感嘆するくらいだった。
 だが、上質な衣裳の政宗が、泥の付いた野菜籠を持って城内を駆け回る姿の異様さの前には、全ての思考も須らく吹っ飛ぶ。

 そして、運悪くその当人に見つかったは、まんまと巻き込まれてしまったのだった。









「いっ…一体何なんですか、政宗さん!」

 息切れした呼吸を落ち着かせながら、は目の前の背中に問い掛けた。
 三の丸の食料庫の外れにある小さな物置の中である。
 小十郎の目を盗んでそこに忍んだ政宗は、じっと伺っていた外から追手が遠ざかっていくのを確認して、がへたり込んだ奥へと余裕の表情で歩いてきた。

「何って、見りゃ分かんだろ?」
「分かりません!」

 目が合うや否や、無理やり攫われるように腕を取られ、ここまで引っ張って来られたのだ。
 こんな誘拐まがいと大量の野菜で、分かれという方が無茶だった。

 しかしの即座の否定にも、政宗は「まったくしょうがない」と言わんばかりに溜息をついてからようやく説明に入る。

「これが何かは分かんだろ?」

 示された大量の野菜に、は首を傾げた。

「……もしかして、小十郎さんの作った野菜ですか?」
「That's right!」

 ああ、それであんな所に居たのか、と疑問の一つが解消された。
 小十郎の自家菜園は、三の丸の外れに作られている。
 そして、小十郎の野菜が奥州の宝であることは、伊達軍の中では常識に分類される事柄だった。も実際に食べさせて貰ったことがあるが、確かにとても美味しいし、見目も良い。

「小十郎の野菜は天下一品なんだがよー、あいつもああ見えて普段の仕事も暇じゃねぇし、あんま畑仕事に時間費やせねーから、こいつはマジでrareな品なんだよ」

 ああ見えて……というか、見たまんま気苦労の多い小十郎の多忙さは、直属の部下であるは良く知っている。
 主に、目の前の無茶苦茶な奥州筆頭に苦労させられているようなものなのだが……
 政宗は自覚があるのか無いのか、さらりと流して話を続けた。

「この俺でさえ、正月か祝い事ん時しか食えねーっつーのに、事もあろうにこいつらを佐竹にくれてやるなんて言うんだぜ?」
「………………………………」

 佐竹とは、政宗が奥州平定の際に一番最後まで抵抗していた勢力だったと記憶している。
 つまりは、平らげたといっても一枚岩で無い奥州の、最も綻びとなる箇所だろう。そこへ友好の証として『宝』である小十郎の野菜を贈呈することになったが、当主である政宗は不満だと――……

「………別に良いじゃないですか」
「アァ? 俺がNOと言ったらNOだ! 良いからお前も手ぇ貸せ、!」

 どこまでも俺様な台詞を吐いた形式上の主に向かって、は胡乱な目を向けた。

「良く分かりませんが、一度そうと決まったからにはそれなりの理由があってのことなんですよね? それを覆して、万一佐竹氏の離反なんてことになったらどうするんですか?」
「小十郎も他の奴らも心配しすぎなんだよ。万が一にもそんなことにはならねぇ。何も小十郎の野菜を出さなくても、馬や装飾品で十分だ」
「……でも、やっぱり私は協力できません」

 普段の素行はともかく、こと戦や政で政宗が断言することを疑うわけではなかったが、とて小十郎を敵に回したくは無い。
 だが、チッと舌打ちした政宗は、急に何かを思い出したように籠の中をがさがさと漁り、奥の手と言わんばかりにそれを差し出した。

「佐竹への貢ぎもんの中には、この小十郎会心の『林檎』も入ってんだぜ!?」
「小十郎さんの林檎……!?」

 政宗の手に載せられた林檎……その色艶形共に黄金比を体現している眩し過ぎる輝きに目が吸い寄せられたに、政宗はトドメの一言を口にした。

「これで作ったお前の好物の焼き菓子は、さぞかし美味いことだろうなぁ……」
「……………………………I give up. ――協力しましょう」
「It said well! (良く言った)」

(……ごめんなさい、小十郎さん)

 心の中で小さく謝ったは、協定成立と言わんばかりに口元を引き上げている無邪気な政宗と、軽く拳を合わせたのだった。









 政宗に協力することを決めただったが、『小十郎の林檎(ついでに野菜)死守大作戦』を実行するにあたり、城内の様子を窺っているとある大きな問題にぶち当たった。

「………一体、小十郎さんから逃げてどのくらい経ってるんですか?」
「あー? ……大体半日ってとこか?」
「そんなに!? もう城内のほとんどが小十郎さんの味方じゃないですか!」

 はウンザリと溜息をついた。
 これでは、死守するも何も、捕まるのは時間の問題だ。

「戦は調略が肝要だって、どこかの奥州筆頭も言ってませんでしたっけ?」
「Ofcourse! だからこうやって、真っ先にに内応を持ちかけたんだろ? なぁ、軍師殿?」

 ニヤニヤと笑って明らかにからかう口調に、はウンザリと溜息をついた。
 ――絶対に面白がっている。
 最近周囲の情勢も落ち着いていると言っていたから、ただの暇つぶしの可能性さえあった。
 だが、一方的に遊ばれるのは、としても本意ではない。

「では、軍師として殿に進言いたします。――じゃんじゃん内応嗾けて、バンバン味方作りましょう!」
「……いまいち締まらねぇ言い方だが、勝算は? 小十郎を裏切らせるのは骨だぜ?」
「疾風、成実さん、いつきちゃん。後は保険に、綱元さん」
「ア?」
「最低でもこれだけ落とせば、絶対勝てます」
「……根拠は?」

 政宗のその問いに答えようとした時、丁度近くを成実といつきが並んで歩いていくのが目に入った。
 絶好の機会を逸してなるものか、と慌てて二人を呼び止める。――政宗には隠れているようにとゼスチャーで示した。

「あれ、ちゃん、どうしたのこんなとこで?」
、久しぶりだべ!」
「お久しぶりです、成実さん、いつきちゃん。丁度良かった、二人を探してたんですよ。……あ、いつきちゃんはちょっとこの部屋で待っててくれる?」

 少し強引だが、は何か聞かれる前にいつきを今まで隠れていた部屋の中へ押しやった。しばらくの間は、中に居る政宗が相手をしていてくれるだろう。

「成実さん――実は折り入ってお願いが……」
「え? 何々? ちゃんが俺に頼みごとなんて珍しいー! 何でも言って?」
「それが……小十郎さんの野菜の件で、政宗さんに捕まっちゃって。成実さんも小十郎さん側なんですよね?」
「う~ん、というか、皆小十郎殿の元で一致団結して殿を探してる所だよ。ちゃんもこっち来なよ、小十郎殿に付いた方が絶対賢いって~」

 いつ政宗がキレて顔を出すかとハラハラしながらも、は交渉を続けた。

「そんな、無理ですよ! 裏切ったら政宗さんにどんな報復をされるか……! だから、お願いです、成実さん! 成実さんも味方になってください!」
「うっ、そういうお願いかぁ~……」
「政宗さんと二人だなんて心細くって……でも、やっぱりダメですよね。ごめんなさい。成実さんが味方になってくれたら物凄く心強いなと思ったんですけど……」
「えっ、俺が仲間だと心強い?」
「はい! 伊達の斬り込み隊長である成実さんが居れば、もう百人力ですよ! ここで一番頼り甲斐があるのも成実さんだし……」
「やる!」
「え?」
「俺、やるよ、ちゃんの為に! 味方になってあげるよ!」
「本当ですか? 嬉しいです! それじゃあ、まだ小十郎さんたち側に居るフリをして、様子を探ってきて貰っていいですか?」
「まっかせといて!」

 元気に飛び跳ねながら成実が飛び出して行った直後、すらりと襖が開いて政宗といつきが顔を出した。

「……いつの間に男を誑かす術なんて身に付けてきたんだ、kitty? それに、聞き捨てならねーことをたーんと言ってたようだなぁ……成実じゃあ頼り甲斐どころか間者には向いてねぇ。明らかに人選missだぜ?」

 こちらを睨みつけてくるほどに途端に不機嫌になった政宗に苦笑して、は一言「分かってます」とだけ答えた。

「いつきちゃん――今の聞いてたよね?」
「ああ、聞いてただ! オラも勿論の味方に付くべ!」
「ありがとう! それじゃあ早速なんだけど……」

 そうして告げた内容に、政宗は呆れたように瞠目した。
 早速目的の二人を陥落させたは、いつきの背中を見送って、にこりと政宗に振り返った。

「成実さんだとあからさま過ぎて、小十郎さんたちはきっと警戒するでしょう? きっと嘘の情報を流すでしょうが、その分その他の結束は固まる筈です。その中にまだ第二の内応者――いつきちゃんが居るとも知らないで」
「……なんで、いつきなんだ?」
「小十郎さんを裏切っても制裁が無いのって、いつきちゃんくらいじゃないですか。万一いつきちゃんが無理だったら、綱元さんにも犠牲になっていただく方向で」

 成実は最初っから捨て駒かよ――そう呟いた政宗に、はきれいに微笑んだ。

「私は小心者だから、勝算の無い勝負はできません」
「……相変わらず怖ぇ女。お前だけは敵に回したくねぇな」
「Knowledge is power. ……女だからって、侮らないでくださいね?」

 にっこりと笑顔で言ったら、なぜか政宗の顔が引き攣ったが、は見なかったことにした。
 今はただ、最高級林檎で作った大好物を食べる為に集中しよう。

 本気になったと、協力者である疾風の暗躍が本領を発揮し、小十郎の野菜はその年、伊達領の外に出ることは無かった――








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