「あそこの部屋の前の廊下、夜通ると何だか物凄く怖いんですよね……」
「アン? ああ、あそこは昔から出るからな…」
「出っ…出る!?……って何がですか……?」
「夜に出るもんつったら一つしか無ぇだろ」
「…………………私、自分の目で見たことしか信じませんから」
「へぇ……、お前見たこと無いのか? そいつぁrareだな」
「見るって……レアって……な…何のことですか…!」
思わず引き攣ったの言葉に、政宗は玩具を見つけた子どものように口元を引き上げた。
「んじゃあ、経験の少ないチャンの為に、オレらがしっかり教えてやるよ!」
「なっ…なな……!」
「ガキの頃を思い出すぜ……久しぶりだな、怪談なんてよー」
「怪っ……!? いっ…嫌ですっ! 結構です! 聞きたくありませんからーっ!!」
のこの切実な要求が、退屈していた殿様に聞き入れられることはなかった。
かくして、小十郎・成実・綱元も集められ、米沢城怪談大会が行われることになったのである。
「おやおや……大丈夫ですかー、殿?」
綱元の心配そうな視線に、しかし強制参加させられていたは、青い顔を上げることも出来なかった。
広い部屋の真ん中に車座に座り、も入れた五人の手元にはそれぞれ大きな蝋燭……怪談を話し終えた者が次々とその明かりを消していく方式だ。
その内、小十郎・成実・綱元の明かりは既に消され、室内には淀んだ闇が圧し掛かっていた。
「ほら、ちゃん、後ろに口裂け女が………」
「きゃぁぁっ!!」
身を乗り出しての後ろを指した成実の腕に、は飛び上がってしがみついた。
成実が話した口裂け女の話は、お化け屋敷で見るようなものは違って非常に現実味に溢れていた。
「だって、この目で見たんだもん」などと言っていたが、は絶対に信じたくない。
「何やってんだ、fool girl! んな嘘に騙されてんじゃねぇよ……いい加減離れろっ!」
隣に座った政宗に力いっぱい引き離されて、ついでとばかりに繰り出された蹴りで成実はその場に転倒した。
「え……う…嘘……?」
恐る恐る後ろを振り返ってみるが、の視界に入るのはただひたすら暗闇……しかしそこには何かが潜んでいそうで、すぐに目を逸らした。
「しかし……殿がそんなに怖がりとは知りませんでした。意外というかなんと言うか……」
「……小十郎さん、私だって人の子ですよ……」
一体何だと思ってたんだ……むっと睨んでも動じない小十郎に、逆に小十郎が話した『首を捜して彷徨う子ども』の話を思い出して、は、それに!と言い訳のように続けた。
「私の国は夜もずっと明るかったんです! そんな、お…お化けに会うような機会なんて……」
「What? 夜が明るい? 太陽が沈まないってのか?」
政宗の怪訝そうな言葉に、は怪談以外の話にほっと肩の力を抜いた。
「そうじゃなくて、あちこちに明かりが付けられていたんです。町の道にも等間隔で一晩中明かりが灯されて、それぞれの家も玄関先だけ明るくしておいたりして……」
「篭城戦の篝火みたいなものでしょうか」
「祭の時のようですなー」
小十郎と綱元の台詞に、は苦笑する。
松明や蝋燭の灯では無く、電灯なのだが、説明しても分からないに違いない。
「へぇ……まあ、そんだけ明るけりゃ、物の怪も出て来れねぇのかもなぁ。――ここと違ってな」
にやりと歪められた政宗の口元に、の背中を悪寒が駆けた。
「次はオレだな……のお陰で思い出した『闇で泣く女』の話をしてやるよ。あれは、オレがまだ子どもの頃……」
おどろおどろしく語り始めた政宗の話に、は自分が青褪めていくのが分かった。
カタカタと体が震える。
(やだ……本気で怖い……ヤバイ……怖い……怖い…!)
「そいつは神出鬼没で、一度狙った獲物の行く先々の闇に隠れて泣きやがるんだ……しくしく、しくしくってなぁ……」
耳にその鳴き声が聞こえて来そうで、は思わず耳を塞いだ。
しかし、政宗の声を完全に遮ることは出来ない。
「同情して声を掛けたが最後……あの世に引きずり込まれて、ずっと闇から出られねぇ体になっちまうらしい……」
自分がお化けの仲間入りをして、真っ暗な中から出られないと想像するだけで、頭が変になりそうだった。
「闇で泣く女に捕まれば逃げられねぇ……ほら、、お前の後ろに……Speak of the devil.」
「っっっっっっ!!きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
もう限界――政宗が耳元で言葉を落とした瞬間、は理性が切れて目の前の人物に思い切り抱きついていた。
温かいのが生きた人間の証だとばかりに、力いっぱいしがみ付く。
「おっ…オイ、……!?」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「オイコラ、離せって、嘘だよ、嘘! オイ、聞いてんのか!?」
「やだやだ嫌ぁぁーーーっっ!!」
政宗の言葉は錯乱したには一切届いていないようだった。
離す気配も無いどころか、ますます抱きついてくる震えた体を、邪険にすることもできず政宗は困り果てる。
溜息をついて、手だけで解散を告げると、苦笑した綱元と、「なんで殿だけオイシイ思いを……」と文句を言いながらの成実が退室していく。
最後に残った小十郎だけは、正座したまま、政宗を半眼で睨んでいた。
「政宗様、まさかとは思いますが……」
視線の意図に気付き、政宗は思わず赤面して声を荒げる。
「こんな状態の女をどうこうする趣味は無ぇよ!!」
耳元での大声に怯えたのか、ますます体を押し付けてくるに、政宗は咳払いしてその頭を撫でた。
「…………そうですか、それではその言葉を信じましょう。もしもの時にはこの小十郎が引導を渡してさしあげます」
恐ろしい脅しをさらりと言って退出していった小十郎に、政宗は深々と溜息をついた。
抱きついているを優しく抱き返して、膝の上に抱えると、ぽんぽんと背中をさすってやる。
「…………小十郎の奴……余計なこと言いやがって……」
苦い呟きは、蝋燭一本だけとなった部屋に消えた。
暗闇に恐れるよりも温もりに安堵したは、やがて安らかな眠りへと落ちていった。