このお話は、「狐花」の夢主が、
・トリップする事無く順調に武田の姫武将として成長
・同盟関係にある伊達家当主とは恋仲
・しかし、武将としての戦力を手放す訳にはいかないという信玄の妨害工作により、輿入れの目処は立たず
――という、もしも二人が恋人だったら? な設定でお送りしております「IF! 恋人シリーズ」の馴れ初め編になっております。拍手お礼で前・中・後連作予定。

馴初 <後> ~独眼竜と虎姫~

「虎姫様!」
「おお、虎姫様じゃ!」

 愛馬と共にいつもの遠駆けからの帰り道。
 とある集落を通りがかったは、そうやって声を掛けてくる村人たちに笑みを返した。

「みんな、息災のようですね。畑の様子はどうですか?」
「へぇ、おかげさまで今年は豊作になりそうです」
「これもお館様や虎姫様たちのお陰です!」

 それは良かったと苦笑して、はいつものように馬を下りて、困ったことはないかと聞いて回った。

 ここ数年、天候に恵まれず、戦も頻発して、農村では僅かの作物しか収穫できない凶作の年が続いていた。
 天候はどうしようもないが、治水をし、戦から土地を護るのは領主の仕事である。
 この甲斐の国を治める武田信玄の末娘――は、女子の身でも父の役に立ちたいと、積極的に領民達と触れあってきた。

 そんなは幼い頃は『花姫』と呼ばれていたが、今では『虎姫』という二つ名で呼ばれていた。
 『甲斐の虎』と呼ばれる信玄の娘というのもあるが、正確な理由は別にある。

「姫様、先日も戦で大活躍されたそうで!」
「まさに優美な虎のごとく、勇ましい姫武将姿だったと、権兵衛さんも言っておった!」

 武田軍の勝利と凱旋を讃えてくれるのは嬉しかったが、話に尾鰭がついている気がして、は苦笑する。

「そんなに大層なものではありませんよ。私はお館様の手足ですから」

 公の場では父のことを『お館様』と呼び、戦場ではその手足として傍らで戦う――それがが長年夢見てきたことだった。
 それが叶い、まして武将として戦力に数えられ、こうして『虎姫』として認めて貰えて……
 こんなに嬉しいことは無いというのは、紛う事なき本音だった。

 けれど、そんなの中には、一つだけしこりが残っていた。

 幼馴染みとも言える敵国の主――米沢周辺を治める伊達政宗のことである。

 一年ほど前、偶然甲斐と奥州の境辺りで鉢合わせした際、は政宗本人の口から伊達輝宗の死とその顛末を聞いた。
 帰る頃にはもう日暮れで甲斐への帰還が不可能だった為、その日はそのまま政宗に連れられて米沢城へ赴き、翌日の輝宗の葬儀にも参加した。

 偉大な父を亡くし、大きな一国を名実共にたった一人で背負い込んだ政宗の周囲には裏切りと略奪が渦巻き、張り詰めて張り詰めて今にも糸が切れてしまいそうに見えた。
 はなぜかそんな政宗を放っておくことが出来ず、帰るタイミングを逸して、結局政宗が敵討ちの為に出陣した戦にものこのこと付いて行った。

 無謀、と言われればそれまでだった。
 当時のは甲斐でさえ戦に出して貰えたことは無く、言うなればその時が初陣。
 幼い頃から鍛錬を続けた武芸の腕前も、ようやく数人の雑兵を相手取れる程度だった。

 けれどは、当然のように傍で政宗の敵討ちを見守らねばならないと思い定め、結果、戦の最中に孤立した政宗を救いに飛び出して……炎の属性に目覚めたのだった。

 政宗の取りなしと共に甲斐に帰還したは、父や周囲からこってりと怒られたが、属性については評価され、次の戦から将として戦場に出して貰えるようになった。
 だが、それと引き替えに国外へ出ることを禁じられ、それ以来政宗とは会っていない。

 政宗を助けて目覚めた力のせいで彼に会えなくなったというのも皮肉な話だった。

 しかし、なぜこんなにそれを不服に思うのか、政宗のことばかり考えてしまうのか、自身皆目分からない。
 分からないから更に気になる――そんな気鬱に最近悩まされているというのが、の本音だった。

 ――当然、民や臣の前でそんなことは表に出せるはずもないが。


 だからに出来るのは、何も考えないように一心に鍛錬やこういった遠駆けや見回りをすることくらいだった。
 そんな自分にこっそりと自嘲した時、それは起こった。

「虎姫様ぁぁぁぁ!! 何か怖いもんが来ます!!」
「……怖いモノ?」

 病の老人に薬草を渡している所に駆け込んできた男に、は首を傾げた。

 次いで家から出て村の入口方面を見た瞬間、絶句する。

 大きな砂煙がもの凄いスピードで真っ直ぐに村に迫っていた。
 一見砂の衝撃波のようにしか見えないそれが何なのか、には分かった。
 力強く地面に震動する蹄、張り詰めた気配――馬である。

 それにしても一体どれだけのスピードで走ればああなるのだろうと思うが、もしも乗り手が彼ならば納得出来る気もする。
 その気配は真っ直ぐの方に向かっていたからだ。

 とにかく、ここに居ては村に迷惑がかかると慌てて入口の方へ走り出ただったが、気付いたときにはもう暴走馬の背に浚われていた。

「Hey, Honey! 元気そうだな! 会いたかったぜ!」
「まっ…政宗殿も、お変わりなく何よりです!」

 全力疾走する馬上でのこと、乗り手の前に落ち着いたは自身も振り落とされない体勢を作って背後に叫び返した。
 伊達政宗――今では奥州の中でも一大勢力を築く彼が、どういう訳か単騎で甲斐まで来たらしい。

 しばらく会っていなかった悩みの種の突然の出現に、はただただ驚いていた。
 しかし政宗は、そんなを見ておかしそうに喉を鳴らす。

「なに鳩が豆鉄砲食らったような顔してやがる。言っただろーが、迎えに来るってな!」

 それが約一年前の人取橋でのことを言っているのだと分かって、目を瞬いた。



 輝宗の弔い合戦として出陣した二本松城――も初陣として付き従ったそこでは、二本松氏と同盟関係にあった佐竹氏・蘆名氏など3万の反伊達連合軍と激突した。
 数の上では伊達は1/5以下の戦力しか無かったが、輝宗の仇討ちという強い結束力が勝り、何とかその窮地を脱することが出来た。

 その戦場で炎の属性を開花させ、政宗を護ったに、彼は伊達領への帰路で言ったのだ。

「今はまだ落ち着かねーが……そうだな、来年だ。来年には今度こそ佐竹も蘆名もぶっつぶしてやるぜ!」
「はい――政宗殿なら、きっと出来ます」

 奥州の列強諸国の結束は時には鋼のように固く、容易ではないだろうが、政宗ならばやってのけるだろうと思った。
 理屈では無かった。
 何の根拠もなく、普段父や軍師の勘助に教えられている兵法などとは無縁の直感だ。

 しかし政宗は野太い笑みを湛え、その隻眼を優しく緩ませての頭に手を置いた。

「Thanks. その時は、お前を迎えに行くぜ」
「はい、楽しみにお待ちしていま――……」

 乗りかかった船というか、仇に味方した大国との戦にも立ち合わせてくれるのかと、は嬉しく思って笑顔で頷こうとした。
 しかしそれは、政宗自身の行動によって遮られる。

 突然間近で向き合ったかと思ったら、右手を取られ、その手の甲に軽い音を立てて口づけられたのだ。
 瞬間、は自分が煮立った鍋のように沸騰したと思った。

「なっ――――何をするんですっ!!」

 ぶわりととっさに炎が出たが、さっとよけた政宗は平気な顔で高らかに笑った。

「HAHAHAHAHA! 覚えとけよ、Honey!!」

 どこまでも楽しそうに背を揺らして遠ざかっていく青い陣羽織――それが、前回の別れ際であった。



「確かに言ってましたが……」

 いつの間にか躑躅ヶ崎館に辿り着いていて、馬を下りながら傍らの政宗を見上げて言った。
 ちなみに、先ほど思い出した口付けのことには気を向けないようにして平常心を装う。
 気付いたのか気付かなかったのか、政宗はにやりと笑っての手を取る。

「思い出したなら話は早ぇ。とっとと行くぞ」
「はっ? 行くってどこへですか!?」
「親父殿んとこに決まってるだろーが」

 驚くの繋いだ手に引っ張りながら、政宗はずんずんと足を進め、評定に使われる広間の障子をスパンと開け放った。

「よぅ、信玄公。邪魔するぜ」
「伊達の……よう参ったな」

 父・信玄の反応から、政宗の来訪は予定されていたものだと初めて知る。
 しかも今気付いたが、父も政宗も、公式の場でしか着ない略正装をしている。

 予め整えられた座に政宗が座り、無理矢理連れてこられたはとりあえず父の傍らに控えようとしたが、ぐいと手を引かれて政宗の横に座らされた。
 それを見た信玄はぴくりと米神を震わせたが、政宗は全く動じず、真正面から対峙する。

「面倒な手順やら儀式やらは苦手でね。だが筋だけは通しとこうと思って来た」
「筋……のう。昨年無断で我が娘を連れ回した小僧が大層なことを言いよる」

 武田と伊達は、対等な同盟関係にある。
 その当主同士の面談であからさまに険を滲ませた信玄には驚いたが、政宗は怒るどころか笑ってみせた。

「ああ、あん時一緒にcoolなpartyに参加できたお陰で確信した。この独眼竜の伴侶は、やっぱりこいつしかいねぇってな」
「え……?」
を俺にくれ。――日の本一幸せにする」

 この時の驚きと衝撃は、きっと生涯で一番だろうとは思った。
 寝耳に水とか鳩豆とか、そういうレベルでは無い。

「………………………、お前はどう思う」

 父から殊更ゆっくり尋ねられたが、恐慌状態のはとても答えられるような状態ではない。
 目が回りそうな混乱の中、不意に傍らからがしりと両肩を押さえられた。

 見上げれば、政宗の真剣な隻眼がまっすぐにの目を射貫く。
 その目の中に、どこまでも蒼穹に晴れ渡る空を見たと思った。

「昔も今も、お前以上の女はいねぇ。……俺の奥になれ、
「――――はい」

 自分でも全くの無意識だった。
 口が勝手に答えていて、目を瞠ったと喜色に染まった政宗の視線が交差する。

「YEARRRR HAAAAAAAAA――!!!!」

 異国風の歓声を上げて政宗がを抱きしめた瞬間、周りの襖が一斉に開き、どうやら様子を伺っていたらしい武田の家臣たちも口々に祝いの言葉を叫びながらなだれ込んできた。
 何が何やら分からないまま祝辞に囲まれ、「まだ祝言には早いわ!」と叫ぶ信玄の声を聞きながら政宗と二人でもみくちゃにされる。

 そして、ここ最近思い患っていたものの正体に気付いて、も笑ってしまった。
 恋患い――どんな薬も効くわけが無い。
 それを治せるのは、一つだけだ。

「――政宗殿」
「ン? どうした、Honey?」
「これからはずっと、政宗殿と一緒にいられるんですか?」

 本当に? と、は未来の夫に問い掛けた。
 政宗は一瞬隻眼を見張って、すぐにくしゃりと満面の笑みを浮かべた。

「離せっつっても離しゃしねぇよ!」




 ――それが、二人の馴れ初め。

 いまだ『独眼竜』と『虎姫』として、それぞれの生国で別々に暮らす許嫁の二人の、始まりの物語である。








IFシリーズ馴れ初め、後編!
嫁取りのシーンが書けて満足です!
CLAP