このお話は、「狐花」の夢主が、
・トリップする事無く順調に武田の姫武将として成長
・同盟関係にある伊達家当主とは恋仲
・しかし、武将としての戦力を手放す訳にはいかないという信玄の妨害工作により、輿入れの目処は立たず
――という、もしも二人が恋人だったら? な設定でお送りしております「IF! 恋人シリーズ」の馴れ初め編になっております。拍手お礼で前・中・後連作予定。

馴初 <中> ~新当主と花姫~

 はひたすらに駆けていた。
 相棒である乗騎と共に、呼吸を合わせてひた走る。

 人馬一体――日の本でも有数の騎馬隊を持つ甲斐武田家の一員として、もその理念を掲げている。

「もっと……もっと速く…!」

 別段急ぐ宛てがあるわけではないが、はこうして一日一回は全力疾走することを鍛練の一環としていた。
 自分が蝶よ花よと育てられた姫であるのは自覚しているけれど、幼い頃に立てた誓いの通り、今日までこうして男子顔負けの厳しい鍛練も続けてきたのだ。
 しかしさほど体が丈夫な訳でも、属性の力が使える訳でも無く、出陣はおろか、軍議などにも参加させて貰えない。
 皆が、「花のような姫君があのように得物を振り回して……健気なことよ」という温かい目で見守っていてくれるのを肌でひしひし感じる。

 それが、にとってどれほど歯痒く、屈辱的であるかなど知ることも無く――

「はっ…はっ……はぁ………こんなんじゃ、笑われてしまう」

 脳裏に浮かぶのは、数年前に会ったきりの同盟国の後継の若君。
 ――その自信と野望に溢れた隻眼。

 妾腹の末の女子である自分とは立場が違い過ぎるが、互いに国主である父の役に立つ為に励もうと……そう誓い合ったのだ。
 偉大な父を敬う気持ちには男も女も無いと、そんな風に言ってくれたのは彼が初めてだった。

「今日は……ここまで、ね」

 背の高い草が生い茂った荒れ地を抜けて小高い丘が見えた所で、自分も馬も限界だと感じてスピードを緩めた。
 軽い駆け足に切り替えて、木々の間を抜けて行く。

「どの辺りかしら……」

 国境を超えるほど遠出することも儘あったが、今日は焦りのまま随分長い間走ったので、大分甲斐から離れてしまった筈だ。
 日が暮れるまでに帰れなかったら、最悪数日の外出禁止を食らうかもしれない。
 それはマズイとようやく呑気に思い始めた時、ふと硫黄の臭いが鼻についた。

 近くに天然の温泉が湧いているらしいと分かって、はそちらに馬首を向ける。
 自分はともかく馬にはかなり無理をさせたから、休ませることが出来るなら好都合だ。

 少女の体躯に不釣り合いな大きな馬体を操って茂みを掻き分けて進めば、予想通りの岩場が見えた。
 しかし、そこに予想外の先客がいるのが分かって目を瞠る。

 滅多にお目にかかれない、驚くほど立派な白馬だ。
 がそちらに目を奪われて茫然としていると、不意に白馬の傍らから声が上がった。

「お前……まさか、か…?」

 聞き覚えの無い男の声にはっとして視線を移すと、簡素な鎧を纏った青年と目があった。
 ――彼の独特のその隻眼と。

「貴方は……梵天丸殿…?」

 唖然としてその名前を呼べば、相手は「政宗だ」と苦笑した。

「今は、伊達藤次郎政宗だ。元服の挨拶ん時に言った筈だぜ?」
「そうでしたね……政宗殿。――あ、十七代当主を継がれたと聞きました! おめでとうございます」

 なぜ彼がここに居るかなどの疑問もあったが、驚きから立ち直って真っ先に出てきたのは、ずっと言いたかった祝いの言葉だった。
 もう一年ほども経ってしまっているが、今日まで言う機会が無かったのだから仕方ない。
 あれほど父・輝宗の役に立ちたいと言っていた政宗が、その父から認められてこの若さで家督を継いだと聞いた時は、本当に我がことのように嬉しかったものだ。

 微笑みかけてそれをつらつらと話していたは、ふと政宗の顔色に気が付いて言葉を途切れさせた。

「政宗殿、何かあったんですか? ひどい顔い……」

 熱でもあるのかと、額に触れようと手を伸ばせば、それは触れる前に相手によって叩き落とされた。
 しまったというように目を瞠った政宗が、すぐに渋面に変わる。

「……わりぃ」
「いえ……」

 ひりひりと痛む手を引っ込めて、自然、もどうしたのかと表情を曇らせた。
 会った回数こそ少ないが、幼い頃に出会ってからこれまで、こんな彼の様子を見るのは初めてだ。

「……それより、元気だったか? こんなとこで何してんだ?」

 思えば、確かに数年ぶりの再会である。
 以前までは輝宗がやって来る度に政宗――梵天丸もくっついて来たし、もその度に幸村――当時の弁丸も交えて遊んだものだが、裳着を終えた頃から彼はぱったり来なくなってしまった。
 政宗にしても元服して初陣を飾り、その後も輝宗について戦場を巡り、家督相続の準備もあって忙しかったのだろう。
 とにかく、最後に会ったのは政宗が元服の挨拶に来た時……まだ声変わりもしていなかったそれ以来だ。

 心配ではあったが、強引に話題を変えた政宗に追求することはせず、もいつも通りに受け答えた。

「私は元気ですよ。今日はこの子と一緒に人馬一体の鍛練で遠駆けです」
「Ha、相変わらずのじゃじゃ馬か」
「じゃっ…じゃじゃ馬とは何ですか!」
「人馬一体なんだろ? だったら馬でもいいじゃねぇか。大体ここはもう奥州の入口だぜ?」
「えっ、嘘っ!?」

 心底驚いて反射的に辺りを見回すが、目に映るのは生い茂る木々だけで真偽が分かるものなど何もない。
 そんなの様子がまぬけに見えたのか、大げさに笑う政宗にむくれた一瞥を投げると、ポンと頭に手を置かれた。

 昔は同じくらいの身長だったのにな、と見上げるに、政宗は笑みに翳りを落として、やがて無表情に近い顔のままぽつりと零した。

「父上が……死んだ」
「――――え?」
「いや、俺が…殺したんだ」

 一瞬、何を言われているか分からなかった。
 伊達輝宗が……死んだ?
 まだまだ頑健な働き盛りでありながら政宗に家督を譲って隠居したものの、御隠居として力をふるっていると聞いていたのに……
 そもそも、政宗が殺したとは一体……

 の驚きと疑問を感じとって、政宗は手近の岩場に腰掛けた。

「俺はまさに母上の言うように『呪われた子』だったって訳だ……父殺しまで仕出かすんだからな。……どうだ? お前の目にも一つ眼の鬼に見えるだろ?」

 自分自身を嘲るように顔を歪める政宗に、はカッとしてその横に腰掛けた。
 何かを堪えるように握り込まれた手を上から握り、絶望に沈んだ独眼を間近から見つめる。

「鬼になんて見えません! 昔と同じままの……ただの泣き虫梵天丸じゃないですか!」
「なっ……泣いてなんざ、いねぇ…!」

 水分の揺れた目は見ないようにして、は政宗を抱きしめた。
 軽く腕を回し、自分の肩口に相手の頭を押さえつける。

「はいはい。ここなら誰も……私も見てませんから、存分に泣いても大丈夫」

 宥めるように頭と背中を撫でてその柔らかな短髪を梳き続けていれば、やがて無言で強張っていた体が小さく震えて肩口に熱いものが染みるのが分かった。

 政宗が父親を殺したと言った時、全く怖くなかったと言えば嘘になる。
 けれど、大名家では家督相続などによりとかく骨肉の争いが多いことは事実だし、何より心から父親を慕っていた政宗が心からその死を悲しんでいると分かったから……
 どうしようもなく悲しんでいると分かったから、は一人では泣くことも出来ない政宗を抱き締めずにはいられなかった。
 例えそうすることによって自身が血にまみれ、罪を共に被ることになっても――

 肩口から涙と一緒に哀しみまで染みわたる……。
 政宗の体を抱いたまま、も一緒になって声も無く涙を落とした。



 どれくらいそうしていただろうか……日が沈み始めた頃、政宗は顔を上げての泣き顔を見て笑った。
 失礼だと怒るが政宗の目が赤いことを指摘して、また二人で言い合いをして、ひどくほっとする。
 そのまま政宗は伊達家に起こった事の顛末を話し始めた。

 元を正せば、大内定綱の変心と不誠実が原因だった。
 後ろ盾の芦名氏共々討ち果たそうと、政宗は周辺諸国に見せしめも兼ねて大内の出城・小手森城を殲滅した。
 そしてそれに恐れをなし、攻められる前に和議を申し出て来たのが大内領と境界を接する二本松城の畠山義継である。
 和議に反対する政宗に、しかし畠山から頼られた輝宗が取りなして、結局輝宗の言を取った政宗は五ヶ村を畠山領として安堵した。
 ところがその礼に来ていた筈の義継が、城門まで見送りに行った輝宗を拉致し、逃走する。
 政宗は鷹狩りに出かけていた先でそれを聞き、取るものも取り敢えず戻って一行を追跡したが、義継を追い詰めた先で輝宗を人質に取られた。
 動けない政宗に、輝宗は自分ごと卑劣な義継を殺せと大声で言い放った。
 そんなことは出来ないと突っぱねた政宗だったが、輝宗が行動を起こし、自分を拘束する義継を振り解こうとした。
 当然周りの義継の供がそれを許す筈も無い。
 後ろから輝宗に斬りかかろうとしたその供を政宗がとっさに銃で撃ち殺した。
 そしてそれが引き金となり、点火してずらりと控えていた伊達鉄砲隊が一斉に銃を発射。
 その場に居た人間は、全員即死だった――輝宗諸共。

「……俺がこの手で殺したも同然だ」
「……ご供養は」
「…済ませた。明日が初七日だ」

 それを聞いて、はだからか、と納得した。
 だから、政宗はこんな所で一人で居たのだ。

「やるべきことが分かっているなら、今日はもう帰られた方が良いですね。明日は早いんでしょう?」

 奥州の入口とは言え、米沢からは大分距離がある筈だ。
 心配して言えば、政宗は隻眼を瞬いて嬉しそうに口元を釣り上げた。

「イイ女になったな、。それでこそ俺のhoneyだ」
「"はにー"?」
「……分からなくていい。…今はまだ、な」

 そう言って笑った顔に、なぜか顔が熱くなった。
 無性にドキドキして視線を逸らせると、政宗は自分の白馬に軽々と跨る。
 そしていとも自然に、馬上からに手を差し出した。

「え?」
「ほら、とっとと掴まれよ」

 言われたことが理解できずに渋っていると、無理やり腕を掴まれてすごい力で引き上げられる。

「ま…政宗殿……!」
「こんな所に一人で置いてける訳ねーだろーが。それとも、甲斐の花姫は野宿がお好みか?」

 もう日も沈み始めた今、確かに暗闇の中を甲斐まで馬を走らせる自信は無い。
 となると野宿しか無いが、いかにが武術の鍛練を怠っていないとは言っても女一人で山賊でも出そうなこの場所で夜を明かすのはぞっとしなかった。

「心配すんな、米沢は良いとこだぜ。甲斐の虎には俺が責任持って話をつけるからよ」

 どうやら政宗の方は馬術にかなり自信があるらしく、このまま米沢まで帰りつくつもりらしい。――明日が初七日法要となれば喪主の政宗が戻らない訳にはいかないというのもあるだろうが。
 以前から米沢に行ってみたかったのもあり、まだ一緒に居たいような不思議な気持ちもあって……結局は頷いた。

「それじゃあ、お願いします。――父君の仇を取りに行くお荷物にはなりません」
「――Ha、上等!」
「………もう一度教えてください。父君を殺したのは、誰ですか?」

 もはや自分とは言わないと分かっていて問えば、政宗は大きな声で吠えた。

「二本松、畠山義継……それに大内! にもあの狐狸じじいの最期を見せてやるぜ!」

 YA―HA――!!と掛け声を上げてすごいスピードで走り始めた政宗の背を、は振り落とされないようにぎゅっと抱きしめた。

 薄闇に沈む空に、三日月がかかり始める。
 傍で力になりたいと――初めて思った、再会の日。









IFシリーズ馴れ初め、中編!
輝宗様お亡くなり事件はドリでも書きたかったとこではあったんですが、
本連載でヒロインが政宗様に会ったときにはもう既に奥州統一した後だったので、泣く泣く諦めた部分でした。
実は、それが書けるじゃん!という下心が大きいこの馴れ初めシリーズ執筆動機であります(笑)
幼なじみから好きな人への過渡期的な思春期話……にはなりませんでしたが、ちょっと青臭い二人で。
CLAP