He was surrounded by foes. -四面楚歌-

 奥州王・伊達政宗の従兄弟にして片腕。
 伊達軍の誇る斬りこみ隊長。
 ルックス・家柄・地位ともに申し分無く、明るく賑やかな性格で女の子にも優しいフェミニスト。
 時に思慮を欠く猪突猛進な面もあるが、大体にそつが無く、世渡り上手でもある。

 伊達成実――彼は概ね、順風満帆な人生を歩んできたし、今後もそれは約束されている。
 しかしそんな彼のとある一日……正に、本厄と大殺界とXデーが重なったとしか思えないその日は、彼にとって人生最悪の一日だった。

 身も蓋も無い言い方をすれば、成実の性分である無思慮が招いた結果であり、自業自得である。
 だが、彼にとってそのダメージは計り知れなかったのである。





 その日、成実は時間を持て余していた。
 要するに暇だった。
 だからどうやって暇つぶししようかと考えを巡らせていた。
 馬を走らせて気晴らししても良いし、たまには真面目に鍛練しても良いかもしれない。
 それとも、誰か可愛い女の子を捕まえてお茶に誘うのも魅力的である。

「ま、誰かには会うだろ」

 取り敢えず厩の方へ歩き出しながら呑気に伸びをした。
 深く考えず、なるようになるだろうと思うのはいつものことだ。

「こういうとこは正反対なんだけどなぁ」

 ぼんやりと歩きながら一人ごちる。
 頭に浮かんでいるのは、今や奥州のみならず関東・北陸まで広大な土地を治める従兄弟殿だ。
 世間からは血気に逸った好戦的な大名と見られがちだが、あれで人一倍慎重な性格だというのを成実は知っている。
 あらゆる分野において多才で何でも器用にこなす癖に、事本気の色事に関しては破滅的に不器用だということも。

「……あれ、珍しい」

 ふと前方に見慣れた人影を認めて、成実は思考から目線を上げた。
 簡素な小袖姿の一人の娘が厩の入口に立っている。

 名目上は侍女頭である彼女が厩に居るのは不自然だが、彼女を知る者からすればすぐに理由も思い当たる。
 馬をこよなく愛する彼女は、取り分け仲の良い白い名馬――従兄弟殿の愛馬・白斗にでも会いに来たのだろう。

 そう、彼女こそはその従兄弟殿の想い人にして、甲斐武田の虎姫という異名も持つだった。
 そして成実自身少なからず想いを寄せている相手でもある。

 従兄弟殿――政宗のことを思えば決して本気になってはならない女性だが、近くに居ればより一層惹かれていくのは止められない。
 それが悩みの種で、いっそあまり関わらないようにした方が良いかもと思った時期もあった。
 けれど、一緒に居て嬉しいと思う気持ちは偽れない。

「悪いね……梵」

 従兄弟殿の幼名を呟いて、けれど言葉とは裏腹なご機嫌な気分で成実は歩を進めた。

ちゃ―――……」

 しかし、呼ぼうとした名前は宙に浮く。
 死角になって見え無かったが、彼女の前には政宗が立っていた。
 二人で白斗の毛並みを撫でたり、近くの馬を梳ってやりながら、色気の欠片も無い馬の話に花を咲かせている。
 だが、そんなやり取りでこの二人は頗る幸せそうなのだ。

 入り込めないようなその雰囲気に小さく胸は痛んだが、成実は政宗のことものこともこの上なく大事なので、この二人が笑っていてくれるならそれで良いとも常日頃思っていた。
 だから、その場を気付かれない内に立ち去ろうと思っていたのだが、次いで聞こえて来た会話に思わず足を止める。

「しっかし、白斗が会って二度目やそこらの奴にここまで心を開くたぁな……まだ信じらんねーぜ」
「……そ…うですか。きっとたまたまですよ」

 実際には白斗とはもう何度も会っているし、一緒に駆けたことも一度や二度ではない上、共に戦場の死線を潜ったこともある。
 政宗と二人で何度も遠乗りに行っていたことだって成実は知っている。
 きっとその思い出は一つ一つにとって大切なものだろう。
 けれど政宗の中には、欠片もそれが残っていない。

 しばらくして、小姓が政宗を呼びに来た。
 どうやら来客までの空き時間だったらしい。

、後で小十郎を呼んどいてくれ」
「――はい、畏まりました」

 主人としての言葉。
 侍女としての返答。
 当たり前のやり取りに、成実はさっきよりも胸が締め付けられるのを感じていた。

 以前の二人も主従という建前は同じだったが、二人で居る時は気の置けない友のようだった。
 けれど、今の政宗が呼ぶ『』という名前は、気に入りの侍女の名前でしか無い。

 勿論成実にだって、政宗が悪いわけでもが悪いわけでも無いことは分かっていた。
 けれど、理屈では分かっていても、感情は別だ。
 やるせない気分に顔を顰めて、重々しい溜息をつくしか無かった。




 その後、鍛練という気分でも無くなってしまった成実は、一人で遠駆けに出てぼんやりと時間を過ごした。
 日が落ちるまでギリギリを外で過ごしたので、城に戻って馬を戻し終えた頃にはもうとっぷりと日も暮れていて……そんな時に、再びに遭遇したのだ。

 成実は近道をしようとして庭を突っ切ったのだが、はその庭の片隅にある池の畔にしゃがみ込んでいた。
 そしてぽつりと落とされた呟きを、成実は聞いてしまった。

「……政宗さん……」

 侍女になってからのが、記憶を失った政宗のことを頑なに『様』付けしていることを知っているだけに、その以前のような呼び方が何を意味するのかは成実にも分かった。
 況してや、聞いているだけで胸が苦しくなるような声でとなれば。

 ――ちゃん
 そう呼びかけようとして、成実は躊躇い、そして唐突に思いついた。
 昔から、政宗と声が良く似ていると言われて育ってきた。
 にも、そう言われた事がある。

 だから、深く考えず、成実は脳裏に思い描いた従兄弟殿の喋り方を真似て、口を開いた。

「――、んなとこで何してる」
「!」
「風邪でも引いて、また米沢の時みたいに翁の厄介にでもなりてぇのか?」
「!? っ――――政宗…さん……?」

 弾かれたように顔を上げたは、目を瞠って呆然と呟いた。
 明かりも無い夜の庭だ。
 丁度館からの光で成実からはの顔が確認できたが、からすれば逆光になっているだろう。

 ふらふらと立ち上がり、一歩、二歩、頼り無げに近づいて来たは、間近まで来て成実の顔を判別したのだろう。
 足を止めた。

「し…げざね……さん――――」

 呆然と呟かれた自分の名前に、成実は苦笑する。

「あはは、騙してゴメンネ、ちゃん。そんなに殿に似てた――……」

 パンと乾いた音がして、成実は一瞬何が起こったのか分からなかった。
 自分の頬が張られたのだと気付いても、あまりにも弱弱しい力だったのかほとんど痛みも感じない。
 そして視線を戻した成実はぎょっと目を剥いた。

 ぽろぽろと大粒の涙を零しているが、成実の視線に気付いてようやく自分のしたことに気付いたかのように右手を握り締める。

「ご…ごめんなさい……!」

 深く傷ついた瞳が、成実をそれ以上に打ちのめした。
 駆け去っていった後姿を追うことも出来ない。

「俺が……泣かせた……?」

 途方に暮れて呟いた自分の言葉は何よりも重く胃の辺りにのしかかった。
 一言も非難されなかったことが、余計に痛い。

 成実の知るは無類のお化け嫌いで、暗闇を怖がる節もあった。
 それなのに、こんな暗闇で一人きりで……そして政宗の名を呟いて。
 よほど、塞ぎ込んでいた証拠だ。

「……馬鹿か、俺」

 そんなことにも気付けなかった自分が心底恨めしい。

 成実はを元気付けようと思って、記憶のあった頃の政宗をまねてみたに過ぎないが、にとってそれがどれだけ残酷なことだったか……
 あの涙が物語っていた。

「ヤバイ……ちょっとマジ駄目かも」

 に謝らなければ思うものの、もし拒絶されたらと思うだけで胸が苦しくなってくる。
 歩く気力すら起こらずに、近くの岩に倒れるように座り込んだ時だった。

 ゆらり、と空気が揺れたかと思ったのは反射神経の成せる業。
 間一髪で地面に転がって難を逃れた成実の前で、大岩がぱっくりと割れていた。

「成実……テメェか、を泣かせやがったのは」

 そこには、いつもきっちりまとめたオールバックも乱れた小十郎が立っていた――抜き身のネギを持って。

「こ…小十ろ……」
「死ね」

 そこから先の恐怖は半端ではなかった。
 地面をネギでこすって火花を散らしながら追いかけて来る小十郎から只管逃げて逃げて逃げて……そして辿りついた二の丸には、かわいらしいチビッ子コンビが……鬼のような形相で立っていた。

「伯父上……に狼藉を働いたとか」
「最っ低だべ!!」
「へ……ちょっと待て、狼藉って……」

 何やらおかしな噂の広がり方をしているらしいことに気付いたのはこの時だったが、訂正している余裕も立ち止まっている余裕も無かった。

「「天誅っ!!」」

 直撃は免れたものの攻撃の余波を食らいながら、成実は更に逃亡した。
 その逃亡の間にも、下っ端兵やら女中やらにまで追っかけ回され、ようやくそれら全部を振り切って本丸に戻ってきた成実を真夜中というのに出迎えたのは最強武具にきっちり身を固めた従兄弟殿。

「しーげーざーねー。待ってたぜ? 俺のhoneyに手を上げて無理やり貞操奪った挙句、ボロボロにして泣かせたって言うじゃねぇか。一万回くらい死ぬ覚悟は出来てるよなァ?」

 笑顔だったが、完全に目が笑っていなかった。
 更に最初から六爪にも電撃迸り準備満タンである。

「ちょっ…待て、俺はっ……!!」
「……WAR DANCE. 踊り狂って死ね」

 静かに言われたそれはまさに死刑宣告だった。

 その夜、成実の悲鳴は長く城に響き渡った。



 自室に引き篭もり、泣き疲れて寝入ってしまった当のが、その成実不在に気付いたのは翌日の昼頃のこと。

「……ねぇ、疾風。その……成実さんが何処に居るか、知らない?」

 昨夜のことを謝ろうと尋ねたに、疾風はなぜか一瞬嘲笑のようなものを浮かべ、そして答えた。

「鬼庭綱元殿が知っている」
「え? 綱元さん? ……あ! 綱元さん! 丁度良い所に! あの…成実さんを知りませんか?」

 丁度通りかかった綱元に駆け寄ってが聞くと、綱元は非常に綺麗な笑みを浮かべた。

「捨ててきました」
「え……?」
「今頃、飢えた禿鷹の餌にでもなっているでしょう」
「エ………えぇ!?」

 混乱するを他所に、その日の城は『不届き者削除完了』という妙な達成感で包まれていた。

 城の全てを敵に回した成実の命運は、誰も知らない……。










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