A tactician indulges in the measures. -策士 策に溺れる-


※このお話は、「狐花」連載未来編となっています。







 『私が居た未来』という言い方を、はする。

 が十年間暮らしたのは未来には違いないが、厳密に言うと今いるこの場所の未来では無いので、もはや別の世界という意味合いだ。
 性格からして遠慮がちなは、ここの者にとって未知であるその世界の話を極力持ち出さないようにしているが、逆に政宗はそういった遠慮を嫌い、話したいことは話せと強要する。

 だから、いつか遠慮無く話そうと思っていたことがある。
 その為の準備もそろそろいい具合に出来ている。

 後はただ一つ……タイミングなのである。




 ある日の午後、がいつものように政宗と碁を打っていた時のことだ。
 最初は何気ない会話をしながら和やかに対局していたが、いつの間にか口喧嘩になってしまった。
 諍いの原因は些細なことだが、このままでは拗れてしまうし、かと言って引き下がるのは癪に障る。

 その時にふと、兼ねてからの計画を思い出したのだ。
 今が『アレ』を実行に移す絶好のタイミングなのでは無いか、と。

 不機嫌も露わにいつもよりも多く煙管をふかす政宗をちらりと見遣り、はため息をついてこう提案した。

「いつまでもこうやってても埒が開きません。次の対局で負けた方が勝った方の言うことを聞くっていうのはどうですか?」

 肺に溜まった煙を吐き出して、政宗は下からじろりとを睨んだ。

「…Ha! 連戦連敗で、サシじゃ一度も勝てた試し無ぇ癖に、んなこと言って何を企んでやがんだ?」
「失礼な。勿論、殿にはハンディキャップを付けていただきますよ。……三子置きでどうですか?」

 本気でむっとして言ったの言葉に、政宗は意地悪く片眉を上げた。

「それで本当に良いのか、honey? 実力の差を計り間違うなんざ、軍師の名折れだぜ?」

 軍師では無いが、馬鹿にされるのは許せない。
 もキッと視線を険しくし、言い放った。

「独眼竜相手にはそれで十分です!」
「……イイ度胸だ、虎姫。OK、いいだろう。その代わり、俺が勝ったら魔王のwifeみたいな恰好で一日俺の近侍をやって貰うぜ」

 の脳裏に、胸元は際どく開けっぴろげで足元はギリギリまでスリットが入った、女でもドキリとさせられる妖艶な衣装が浮かんだ。
 濃姫のようなセクシー美女ならともかく、自分があんな恰好をするなど冗談では無い。

 しかし、これくらいの背水の陣で臨まなければ、の思惑が成功しないのも事実で……
 引き攣る口元をぐっと堪えて承諾した。

「……いいですよ。でも私が勝ったら!――プレゼンツの変装で、成実さんたちに対面してもらいますからね」
「Oh-key. 変装だろうが何だろうが、好きにさせてやる。……後悔すんなよ?」
「そっちこそ!」

 こうして、喧嘩から発展した賭け碁の勝負はスタートした。




 勝負が始まってすぐ。
 自分の黒石を打ちながら、はようやく話す時が来た話題を口に上らせた。

「"私が居た未来"で、友達としていた話なんですが」

 喧嘩中の、それも唐突な話題だったが、政宗はよほど興味を引かれたのか、視線を上げて口元を緩める。

「Ah-ha、お前のfriendsの話たぁ珍しいな」
「庶民育ちなんですから、私にだって人並に友達は居ましたよ」
「I see. それで? どんな話をしてたって?」
「男の人の好みの話です」

 政宗は一瞬ぴくりと手を止めて、それで? と続きを促した。

「友達は面食いで、恋人の条件は何よりも顔だって言ってきかなかったんですけど、私は見かけよりも中身っていうか……どっしり構えてて頼り甲斐がある大人な人がいいなぁと話してたんです」
「………そういうのを何つーか知ってるか? father complexっつーんだ」
「――まぁ、今にして思えば、無意識に父上みたいな人が良いと思ってたんでしょうね」
「信玄公に聞かせてやりゃ泣いて喜ぶだろうよ」
「既に泣いて喜ばれて、うっかり天国見えそうなくらいhugされました」
「Oh……」

 政宗は遠い目をして呻いたが、その時の光景を思い浮かべているのだとしても、その後ろで「流石でござります、お館さむぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!!」と握り拳で叫ぶ幸村と、「ちょっと、いきなり耳元で大声出さないでよ、旦那!」と泣きが入っていた佐助までは想像できまい。

「だが、そいつはおかしな話だな、honey. 実際は見かけも中身もalmightyなcool guyを選んでるじゃねーか」

 自分で言う唯我独尊の男に、はにこりと笑って、パチリと音を立てて碁石を置いた。
 政宗の表情が一瞬固まる。

「私があんまりにも見かけより中身だって豪語するものだから、友達が、じゃあもし自分より美形な彼氏を作った時はどうするんだって聞いて来まして」

 相手が打った直後にノータイムで碁石を置きながら、は笑みを深くした。

「私はこう答えたんです。――誰にも男だって気づかれないくらい完璧な女装させて、笑ってやる――って」

 最後だとばかりにパチリと碁石を置いたは、引き攣っている政宗に笑いかけた。

「まだやりますか?」

 目の前の盤面では既に勝敗は喫していた。

「お前………」

 苦々しげなその言葉に様々な感情が込められているのが分かるだけに、は会心の笑みを浮かべた。

「私だっていつまでも弱いままではいませんよ」
「……負けず嫌いもここまでくれば才能だな」

 心底呆れた顔で投了した政宗が持っていた白石は、盤面の要所も黒に抑えられて無残な屍を晒していた。
 いくらハンデをつけたからと言って、あり得ないほどの圧倒的速さで。

「下手な振りをするのも、中々練習になりましたよ」

 が初めて囲碁に触れたのは、米沢で政宗に付き合わされた時だった。
 それから甲斐へ行き、度々父と打つようになって鍛えられ、次に伊達家に戻って政宗と対局した時、いつかこういう日の為にと思って上達してない振りをしてきたのだ。
 そんな芝居を続けて数か月……長い間の苦労がようやく実を結んだというわけである。

「そういうわけで、政宗さん。小野小町もビックリな美姫にしてあげますからね」

 かくして、賭けの代償の罰ゲームは政宗の上に降りかかったのだった。






「――成実さん……あ、小十郎さんと綱元さんもご一緒でしたか」

 三人がこの一室に揃って政宗待ちの休憩を取っているのを知っていながら顔を出したは、そう言って三人の前に座った。

ちゃんじゃん。どうしたのさ、いきなり」
「元気がございませぬな。お体の具合でも?」
「それとも、政宗様がまた何かされましたか」

 は振りでも無く疲れた心地で、深々と溜息をついた。
 だが、ここからは演技力が必要だ。

「実は、政宗さんがどこかの姫君を連れて来たらしくて」

 側室にするって噂があるんです。と言えば、三人はきょとんと瞬きし、次いで笑った。

「まさか、殿に限って」
殿というお方がおられるのにそのようなことをなさるとは到底思えません」
「何かの間違いでございましょう」
「でも……政宗さんの部屋にその姫君が居るところを見たんです。すごく綺麗な人で……」

 声を詰まらせて俯けば、三人は一様にがたりと立ち上がった。
 真偽を確かめようと、慌ただしく走って行く。

 その後ろからついて行ったは笑いを堪えるのに必死だった。

 奥廊下の中ほどで三人はぴしりと固まり、その視線の先には青地に金刺繍の見事な内掛けを広げて鎮座した姫君が居る。
 俯き加減の横顔しか見えないが、伏せられた物憂げな睫や整った造作が、より一層花を添えていた。

 その手に握られた檜扇が今にもボキリとへし折れそうなのを見て思い切り気の済んだは、三人を言いくるめて連れ戻そうとした。
 だが、三人の行動の方が早かった。
 その内容は、まさしくそれぞれの性格を如実に現した三人三様。

「政宗様あぁぁーーーーーーーー!!」
 小十郎が腰の刀に手をやり、鯉口まで切って城中に響く声でそう叫んだかと思えば、

「うわぁー、すんごい美人っ!! ねぇねぇ、君、あんな鬼畜な殿なんか止めて俺にしない!?」
 成実は一直線にその姫君のところへ飛び、

「……殿! 殿もきっと一時の気の迷い故……それに臣も民も容色だけに捕らわれるものではありませんぞ!」
 後ろに居たに気づいた綱元が、混乱しながらも必死にフォローを入れてきた。

 取り敢えず、を気遣ってくれたのは綱元だけだが、その内容はとても聞き流せるものでは無く……

「――綱元さん、今のは聞かなかったことにしますね?」

 と笑顔で言い、彼の腕を引っ張って物陰に隠れた。

 その、直後。

 すぐ傍の庭先に、巨大な雷が轟音を立てて落ちた。
 そして膨れ上がる体中が凍るような殺気――

「俺が女なら、お前みたいな馬鹿だけは御免蒙るだろうよ」
「!!!!!!」

 地を這うような声に、三人は一斉に青ざめた。
 「ま…まさか、そんな……」とガタガタと震えながら、美姫――に扮した自分たちの主を恐る恐る見る。

「……なぁ、?」

 凶悪な声での呼びかけに、の頬にも冷汗が伝い、三人が物凄い勢いでを見た。
 針のむしろとはこの事だが、賭けの勝者であるのだから開き直るしか無い。

「――はい。いくら女装した政宗さんが私より美人だからって、鼻の下伸ばして寄って行くような男は願い下げですね」

 声無き非難に、棘を含んだ皮肉で返す。
 それで三人は沈黙し、政宗からは「覚えてろよ」というような怖い視線を向けられたが、は取り敢えず満足だった。
 この時素直にやりすぎたと謝らなかったことを後に悔やむことになるとは考えず……。





 後日、小十郎から呼び出され、政宗様に何ということをさせるのですか! と延々お説教をされてしまった。

 うっかり自分も騙されたことが、右目と自負する小十郎にとっては許しがたかったのだろう。
 それもの飾り付けの賜物であるのだが、結果的には三傑の反応で遊んだようなものだし、確かに少し度が過ぎていたと自覚もしているので素直に謝った。

「ごめんなさい。奥州筆頭の体面を潰そうとした私は小十郎さんにとっては許せないですよね。おまけに三人も振りまわしてしまって」

 小十郎と綱元はともかく、成実はあの後存分に政宗の欝憤晴らしの的になった。
 自業自得だとも思うものの、数日は絶対安静の怪我を負い、今すぐに戦があれば伊達軍に影響を及ぼす。

 今更ながらにしょんぼりと肩を落とすに、小十郎は僅かに言い淀んだ。
 強面な外見とは打って変って実は優しいということを知っているは、怒っていた筈の小十郎に逆に慰められる前に苦笑した。

「政宗さんって何にでも自信満々じゃないですか。まあ、それが魅力って言うか……見合っているからいいんですけど、隣に居ると時々悔しくなる時があって。美人とは言い難い自分の外見は分かってますけど、やっぱり女として悔しいし……だからちょっとした意趣返しのつもりだったんです」
「……悔しがる必要は無ぇだろ。お前と話したことは無くても、懸想してる奴らは掃いて捨てるほど居る」
「はい、やり過ぎたって反省して…………え?」
「だから、は十分………」
「――――Hey、小十郎。そのくらいにしといてやれよ」
「政宗さん…!」

 ちっとも気配を感じなかったことに驚いたに、政宗は何がそんなに不機嫌なのか一瞥で睨み、その腕を取って無理やり引き寄せる。

「これは、俺とhoneyの勝負事だったんだ。"外野"が口出すのは野暮ってもんだぜ?」
「――――――は、失礼いたしました。……なれどこの小十郎、の世話役としても関わりあることにて」
「……wait. 誰がこいつの世話役だって?」
「そのようなものにございましょう」
「誰がんなもん許した?」
「さて……ご本人でございましょうか。……そうだな、
「嫌々答えることはねぇぜ、。お前が誰のもんかはお前が一番良く知ってるだろ?」

 政宗からは後ろから羽交い絞めに近い状態で脅され、小十郎は目の前で静かに視線を向けてくる。
 何だか知らない内に双竜の睨みあいに巻き込まれたは、こうなった時の二人が何より恐ろしいことを身をもって知っていた。
 何が原因かは知らないが、二人は時々こんな風に一触即発の状態になるのだ。
 そしてそんな時の回避方法も、常日頃から学んでいる。

「……じゃあ、こうしましょう。もう一度私と政宗さんで勝負をして今度こそ白黒付けるっていうのでどうですか?」

 唐突なの提案に、二人はアァン?と言いたげな頗る柄の悪い視線を向けてきた。
 だがも、もう慣れっこである。

「元はと言えば、あの囲碁での勝負が原因な訳ですし」

 あの時の口論の元はくだらなさすぎて忘れてしまったので、そういうことにしておくしか無い。
 政宗も同様なのか、それに対しては反論せず、「勝負っつっても何で決めるつもりだ? 碁はもうhandicapは無しだぜ?」と言った。

「そうですね……なら、茶席ということでどうですか?」

 としては、引き分けに持ち込んで角が立たないようにしたい。
 それには、確実にこちらが勝てる勝負であることが肝要だ。

 お茶なら甲斐での姫様修行で一番得意だったし、小田原の侍女時代にもみっちりやらされて免許も得ている。
 政宗はその辺りのことは詳しく知らないだろうし、丁度良いだろう。

「………OK. 勝者は敗者を好きにして良い――それに変わりはねぇな?」
「はい、この勝負でふざけるのは終わりにするということで」
、茶の湯では………」
「うるさいぜ、小十郎。口出しは無用だ」




 こうして、後日、場所を趣ある茶室に移して勝負の仕切り直しとなったのだが――

 は自分の浅はかさを心の底から悔いていた。

 最初に亭主をつとめるのは政宗。
 普段刀を六本も握る頑強な指が、羽を扱うような繊細な動きで流れるように茶筅や道具を握り、扱う。
 その所作の一つ一つが洗練されていて美しく、は我知らず見とれてしまった。

 椀が音も無く目の前に出されて、ようやくはっと我に返る。

「……どうした、honey. 見惚れて声も出ねぇか?」

 はっきり言って、政宗は茶の道の達人だった。
 それだけでもどこかの大名家でお抱え茶人になって高禄を貰えるほどである。
 後ろに深々と溜息をつく小十郎が見えたが、一番溜息をつきたいのはだ。

 洒落た着物をそつなく着こなした政宗から無駄に色気のある声と笑みを向けられ、ぐうの音も出ずにその場に項垂れた。

「………参りました」

 考えてみれば、客人を心づくしの料理で歓待する政宗が、茶の道に疎い筈がない。
 なぜそんなことにも気付かなかったのか――……

「OK, 。んじゃぁ早速、約束を果して貰おうか」

 そうして差し出された着物は、黒地に赤の花が染め抜かれ……裾に大きくスリットの入ったものだった。

「……いつの間にこんなものを」
「勝つって分かってんだから用意しとかない手は無ぇ。お前だってそうだっただろ?」

 やはり最初から分かっていたのかと思うと、悔しさも倍増だった。

「A tactician indulges in the measures.」

 ニヤリと笑った顔がこんなに憎かったことは無い。

「尤も、俺は他の男に見せてやるつもりは無ぇがな」

 その言葉と共に腕を引かれながら、は背後に小十郎の大きいため息を聞いた。

 策に溺れた策士がどういう末路を辿るか……は身をもって知ることになったのだった。








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