よく晴れた午後、は一人城を抜け出していた。
城の外とは言っても、城下町の外れなので徒歩でも往復に一刻(約二時間)もかからない。
人の気配の無いその場所で、は一心不乱に……弓矢の練習をしていた。
「――やっ!」
気合と共に放った矢は真っ直ぐに飛んだが、狙いを僅かに逸れて木の枝に刺さった。
「…………はぁ」
今ので手持ちの矢が尽きたは深く溜息をついた。
ここに来てからもう一刻以上……成果はあまり上がっていない。
「…まぁ、しょうがないか」
呟いて、は標的にしていた木の幹を掴んだ。
あちこちに刺さった矢を回収する為、苦労して木に登る。
今まで木登りなどしたことが無かったために要領が分からなかったが、それなりに何とか最初の枝に足をかけた所だった。
「木登りなんて、とんだtomboy(お転婆)だな」
「えっ、政宗さ……っ…きゃぁぁぁっ…!!」
「っ…!」
突然の浮遊感と落下と衝撃と――の意識は白い軌跡を描いて宙を舞った。
「政宗さんが悪いんですよ!?」
近くの川で濡らしてきた布を打って赤くなった場所に当てながら、はじろりと政宗を見た。
馴れない木登りの最中に余所見をしたことが敗因なので悪態もつきたくなるというものだが、その政宗に助けられたことも事実なので、礼も述べた。
「でも、ありがとうございます」
「はっ、不服そうな顔で言われたって嬉しかねぇなー」
にやにやと笑って言ってくるものだから、はこれ以上の譲歩は却下して立ち上がった。
政宗が乗ってきた白斗を撫でながら、そもそもの疑問を口にする。
「大体、どうしてこんな所に政宗さんが居るんですか? 確か午前中にお客様が見えられていた筈じゃ……」
言いかけて、政宗の不機嫌顔にはしまったと口を噤んだ。
奥州全てと、今や北・南関東をも統べる政宗の元には、敵味方を問わず客が多い。
いつもは真面目にそれらの応対を抜かりなく務めている政宗だが、よほど気に入らない客が帰った後は気晴らしに出掛けることが多かった。
恐らくは今日もそのクチなのだろう。
「――どうしてこんな所に、はこっちの台詞だぜ。お前こそ、城の鍛錬所じゃなくてこんなところで何やってる?」
確かに、いつもの鍛錬は城で行うのが通常なので、は溜息をついた。
改めて集めた矢を整理しながら説明する。
「そろそろ戦だというので、鍛錬所は張り切った皆さんでいっぱいで――お邪魔しても悪いと思って、私は散歩がてらにここで」
そう言って、木に矢を放つ仕草をした。
政宗の眉が寄って、「変な遠慮するんじゃねーよ」とでも言い出しそうな気配に慌てる。
遠慮は遠慮でも、異様に盛り上がった伊達軍精鋭の中での鍛錬を遠慮したいというのが本音であった。命がいくらあっても足りないし、あのテンションだけで異様に疲れる。
「それに、ここには城には無い天然の練習台がありますから」
「What? natural?」
一つ頷くと、矢をつがえて目標めがけて放った。
中々良い手ごたえだと思ったが、矢は目標を掠めただけで後ろの木に刺さる。
「あー……失敗」
「…お前もしかして、あのappleを狙ってるのか?」
政宗の言葉に、は頷いた。
木に生っている赤い果実は大きさ・重さ共に手頃で、精度にかけるの弓の練習にはうってつけだったのだ。
「――で? どのくらい当たるんだ?」
「……二刻で、三つ……ですかね」
「Ah? 何だ、そのふざけた数は! テメェ、ヤル気あんのか!?」
「ヤル気は満々ですよ! 簡単に言いますけど、見た目よりずっと難しいんですからね! Seeing
is Believing(百聞は一見にしかず)!」
そう言って、は弓矢を政宗に差し出した。
「Ah? やってみろってか? おもしろい」
ひょいと無造作に受け取った政宗は、軽く弦を引き絞ると、一番高い場所の林檎をいとも簡単に射抜いた。
「There is building either. (造作もねぇ)」
「うっ……」
その鮮やかな一連の動作に目を奪われていたは、それを自覚して悔しさも倍増だった。
やっぱりもっと練習しなければ――! その決意を固めている所に、政宗から弓を返される。
「ほら、見ててやるからもう一回やってみろ」
「! いいんですか?」
相手が頷いたのを確認して、矢を番えて構えると、政宗の手が肩や手に触れてきた。
「余計な力が入りすぎなんだよ――ほら、だからって脇は締めろ」
嫌悪というより羞恥に緊張しながら、赤面しないようにするので精一杯だった。
そんな状態でまともに放ちが出来るわけも無い。
「体が逃げてるぞ。もっと腰を据えてだな――獲物をまっすぐ見て……放て!」
「あっ…!」
政宗の手が腰を掴んだ時点で心臓は飛び上がりそうだったが、何とか耐えて破れかぶれで放った矢は、見事に目標の林檎を貫いていた。
「Good. やれば出来るじゃねーか」
手放しでの笑顔を向けられ、は慌てて背を向けた。
動揺を知られないように木に近づき、射落とした林檎を拾う。
頬の熱をやりすごして政宗の元に戻ったは、無理やり笑みを浮かべた。
「悔しいけど、政宗さんのお陰ですね……ありがとうございます」
「ああ、この俺様自ら指南したんだ――精々有り難がってこれからも励めよ」
「はい」
しかし、政宗がが拾った林檎を取り上げて無造作に齧り付いた途端、は思わず声を上げた。
「あーっ!」
「……ぐっ……何だ、いきなり大声出しやがって」
「その林檎、お城に持って帰ってアップルパイもどきでも作ろうかと思ってたんです」
「Apple pie?」
そう言えば、ここには無いのか、と気付いて、は簡単に説明した。
「異国のお菓子ですよ。パイ生地――ええと、煎餅を甘く柔らかくしたようなのの上に甘いクリームと一緒に林檎を乗せて焼くんです」
「あぁ? 林檎を焼く? そんな料理がある訳ないだろうが!」
そう言えば伊達政宗と言えば、自ら料理を作ることを趣味としていた――というような逸話を聞いたことを思い出したが、だからと言ってアップルパイを否定されて黙ってはいられない。
「焼いたらもっと甘く美味しくなるんですよ!」
「黒い墨みたいな干からびた林檎が美味い訳ないだろ」
「そこまで焼きませんよ! 皮を剥いて芯を取って、身がこんがり狐色になるくらいで――」
「おっ…おい、! Stop!」
「Stopじゃなくてアップルパイは――って、え?」
気が付けば説明に夢中になる余り、政宗に詰め寄っており、の目の前に政宗の顔があった。
今にも触れ合いそうな距離から、整った容貌が驚いて見つめてくる。
「ごっ…ごめんなさい…!」
「いや……」
珍しく政宗も赤くなっており、それがますますを居たたまれなくさせた。この時代、こんな女は所謂はしたないというのであろう。
「あー…そのApple pieだったか? そこまで言うなら、作ってくれよ」
「え……でも材料が……」
言いかけた所で木の下に歩いていった政宗が、徐に腰の刀を抜く。
それを素早く幾度か振るうと、ぼとぼとと十個ほどの林檎が落ちてきた。
「こんだけあれば足りるだろ」
あっという間にそれらを集めて白斗に乗せた政宗は、行くぞと言っての手を引いた。
「いえ、林檎だけじゃなくて小麦粉やバターがですねー……」
「四の五の言うんじゃねぇ。Seeing is Believing!」
要は食べてみたくなったらしい殿様に連れられて、はがっくりと項垂れた。
足りない材料をどうやって補ったのかは、の機転次第――